第18話【戦乱の胎動】
更新が大変遅くなってしまい、誠に申し訳ありませんでした。
一応、今回で一区切りで、次回から第2章となります。
尾張国・稲生部・キャンプ地。
ヒナタカミとミマサカミの接近戦。その攻防による激しい金属音が辺りに響き渡る。
しかし、ノブガの耳には一切入らない。ただただ放心してその場に佇んでいた。
「どうして……なんで……!」
そこでハナヤはノブガの胸元を掴んで激しく揺さぶり、憎しみを籠めて叫び声をあげる。
「なんでユキノさんが死んで、お前が生きてるのよ!! なんで、なんでお前が死ななかったああああああ!!!」
「……」
対する前述したようにノブガは完全に意気消沈しており、為されるがままの状態で揺さぶられるのみである。
何故ユキノが死んで自分が生き残ったのか。それはユキノがノブガ庇ったからだ。
いや、違う。庇ったのは自分の筈だった。だから本来ならば自分が死んでる筈だったのに。それなのに、何故自分がこうして生き長らえているのか。
「分からねえよ……分からねえんだよ……母上」
「私を、母と呼ぶな! お前なんて、生まれなければ良かったのよ! 私を母と呼んでいいのは、ユキノさんだけで、次期当主になるのもユキノさんの筈で……っ!!」
ハナヤは唸るように体を震わす。
どうしてこんなにも上手くいかないのか。その行き場の無い激情をノブガにぶつけざるを得ない。
そうだ、何もかもノブガが悪い。ノブガのせいで、自分の人生は狂ったのだ。
――見ろ、織田一族に化け物の汚れた血を招いた“鬼母”様だぞ。やはり尾張の外から異物を迎えるべきではなかったんだ――
――ノブガ様はとんだ大ウツケだな。女の癖に男の真似事など。やはり蛙の子は蛙か――
――ヒデユキ様、やはりここは側室を迎えるべきかと。ハナヤ御前様は、マトモな子を産めぬようですからな。ははは!――
侮蔑、愚弄、嘲笑。その全てにどれ程神経をすり減らされた事か。
どれだけ自分が、心無い悪意に晒されてきた事か。全てはノブガさえ生まれてこなければ、最初からユキノが生まれていれば、何もかも上手くいっていたのだ。
ユキノ亡き今、早急に代わりの後継者候補が必要だ。生まなければ、ユキノのように普通の体を持った男児を。出なければ、またあの声達が襲いかかってくる。
もう、あんな惨めな思いをするのは嫌だ。何故、自分がそこまで責められなければならない。
「もういい。もういいんだ、ハナヤ」
「ヒデ…ユキ……様」
そこへ、ヒデユキがハナヤの肩に手を置いて諭すように宥める。
後継ぎはもう必要ない。次の当主はノブガだ、ならばもうハナヤが腹を痛める必要も乏される謂れも無い。
城での生活が辛いのならば、市井で大人しく隠居するのも1つの手だ。
「もう、お前が煩わしい思いをする事はない。ユキノも……」
「ですが、ユキノさんが……! ユキノさんがぁぁ!!」
ハナヤの悲痛な叫びがヒデユキの胸に強く突き刺さる。
体の大部分が焼け焦げたユキノの死体を横目で見ると、見開いた瞳に手を置いて瞼を閉じさせる。
そして、ユキノに語りかけるように呟く。
「ユキノ、すまなかったな。切り捨てるのではなく、お前の事も支えてやるべきだった。……せめて、安らかに眠ってくれ」
ただただ後悔しかない。子を守る事こそ親の役目である筈なのに、実際はどうだ。
ユキノがミマサカミの融波熱手に潰されそうになった時、情けない事に自分は茫然としているしか無かった。恐怖で足が地面にくっついているかのように動かなかった。それはハナヤも同じだった。
そう、動いたのはノブガだけだった。ノブガは弟を守るためにユキノを庇った。
ユキノもまた、そうだ。庇われたのにも関わらず、結局はノブガを守るために自分の命を捨てた。いや、託したと言うのが正しいか。
「ハナヤ。ユキノを守ったのは他でもないノブガだ……そして、そのノブガを守ったのもまた、ユキノだ……」
ハナヤは「うっ……うっ……」と嗚咽を漏らす。
ヒデユキとハナヤも心の中では分かっている。ユキノの危機に動けなかった自分達が、ノブガを責める権利等無いのだと。
〈一体、貴女は何が目的なの!?〉
〈退屈なのよ、わっちは! 城に押し込まれて、毎日時間を浪費して、人生を使い潰される! これぐらいの楽しみが無ければ、やっていけんのよ!!〉
〈だからって、無関係な人を――――2人を殺す必要なんて無いじゃない!!〉
ミマサカミの右手に収められた片手剣とヒナタカミの大剣が火花を散らして激しくぶつかり合っている。
両者は決して一歩も引かない。特にマサコは互いの剣がぶつかり合う度にどんどん心が高揚していくのを感じる。
この命のやり取り、それを奪い合う感覚、ミツコから向けられる強い殺気。
どれもが自分を破滅に追いやろうとする禁忌染みた快楽が体を支配する。
そうだ、これだ。自分はずっとこれを欲していた。
城での退屈な生活では決して味わえない感情だ。それは一種の麻薬のように病みつきになってしまう程に。
〈さあさあ! もっとわっちを楽しませておくれ!!〉
ミマサカミはその場で1回転すると、その回転の勢いを利用してヒナタカミの僅かに露出した内部フレームの左手首部位を正確に片手剣で断ち切った。
〈あはは! まずは左手だの!!〉
〈ちょっと……嘘でしょ?!〉
左手が宙を舞って地面にやがて落ち、ミツコは思わず汗を流しながらたじろぐ。切られた部位から内蔵されていた刃指のワイヤーが垂れている。
太刀筋や戦い方はめちゃくちゃだが、ヴェスティードの強度の低い内部フレームの露出部位を正確に狙ってくる。
これではヒヒイロカネ装甲の耐久性は意味が無いに等しい。
〈まだよ、まだ利き手が残ってるもの!〉
〈なら、次は右手を奪ってやるわ!!〉
ミマサカミが片手剣を振り上げた瞬間だ。ミツコは大剣をミマサカミに投げつけた。
しかし、ミマサカミはそれを難なく回避する。そのまま大剣は自身の重さによってミマサカミの後ろに転がる。
〈そんな手は、わっちには通用せんぞ!〉
ミマサカミはジャンプすると、ヒナタカミの脳天目掛けて片手剣を振り下ろそうとする。
ミツコは内心で「よし」と呟く。とにかく、ヒナタカミが今立っている場所にミマサカミを誘えればミツコとしては御ノ字である。
〈でしょうね。だったらこれでどうかしら?〉
ヒナタカミはすぐに回避行動として体の向きを変えずに後退する。
ヒナタカミが立っていた位置にミマサカミが着地したのを確認すると、即座に右手の刃指を射出する。
射出された事でワイヤーが勢いよく伸びてミマサカミを襲おうとする。
〈無駄な事を! そんなの、簡単に避けられ――――はて?〉
ミマサカミの足が動かない。まるで糊で地面に貼り付いたように。
やがて、足元から「ピ、ピ、ピ」という電子音が聞こえてくる。この音の感じ、マサコは即座に理解する。
〈まさか、これは粘着性の爆弾?!〉
〈ご名答! 粘着榴弾で貴女の動きを止めさせてもらったわ!〉
〈チッ!〉
マサコは右側の端末から一時的に右手を外すと、懐からスマホを取り出して何かメッセージを入力した後に送信する。
それを終えると再度右手を端末に接続して、自らに向かって迫り来る刃指に対し、ミマサカミは何とか身をよじる事でその直撃を避ける。まだまだマサコの遊びは始まったばかり、一応の保険をかけつつこんな事で幕切れにするつもりは無い。
〈当たるわけにはいかんの!!〉
〈何か勘違いしてないかしら? 私は別に貴女に刃指を当てようなんて考えていないわよ〉
〈っ?!〉
ミツコの言葉にマサコは目を見開く。ミツコの狙いは何だ、それをマサコは考える。
ミマサカミの横を通過するようにワイヤーを前進させる刃指。ミマサカミに命中させる気が無いのならこの刃指が向かう先は一体、いや、向かう先にある物と言えば――――。
〈あ、しまった!!〉
マサコは理解した。
ミマサカミの後方にある物。それは先程ヒナタカミから投げつけられたのを回避した事で地面に転がっている大剣だ。
刃指が大剣の持ち手に上手く絡んだのを確認すると、ミツコは射出した刃指を回収するために手元に巻き戻す。
それによって大剣がヒナタカミの手元に戻ろうとする。
〈この状況で得物で攻撃されたら――――っ!!〉
次の瞬間、ミマサカミの肩部に収納されていたヤタノ反射鏡装甲板を展開してミマサカミ周囲に高熱を収束させる。
(この手の粘着性の武装は、確か熱に弱い筈。なら、これで!!)
内心でそう思いつつ、ミマサカミの脚部に力を入れる。
マサコの思惑通り、ヤタノ反射鏡装甲板の高熱によって粘着榴弾の粘着性が瞬く間に失われていく。「ベリ」という剥がれた音が僅かに聞こえ、粘着榴弾による拘束が解かれた事が分かる。
〈……ここが潮時かの〉
反撃しようにも融波熱手は使用出来ず、もうすぐ相手の手元に大剣が戻る。使用できる武装も粗方消費してしまい、これ以上の戦闘続行も見込めない。
口惜しいが、ここが引き際だろう。
本音を漏らせばもう少しミツコのヒナタカミと遊びたいが、まあ最初の内はこれぐらいで良い。お楽しみは後に取っておくものだ。
〈今日はとりあえず、ここまでにしておくかの〉
ミマサカミのスラスターが起動した瞬間、熱で融解し始めていた粘着榴弾が一斉に爆発した。同時に大剣がヒナタカミの手元に戻る。
ヒナタカミは大剣をしっかり握り締めると、爆発によって発生した粉塵に向かっていく。
巻き上がった土煙で視界が劣悪だがミマサカミが立っているであろう場所に大剣を振り下ろす。
しかし、手応えは感じられず。
暫くして土煙が治まると、そこにはミマサカミの姿は無かった。
〈一体、どこに……?〉
ヒナタカミは辺りを見渡すと、戦車部隊が控えている方向と真反対のキャンプ地の裏手に向かうミマサカミの足跡があり、即座にそれを追いかける。今ならまだ間に合うだろう。
「あ……待て、ミツコ」
ヒナタカミの後ろ姿にノブガは力無くすがるように手を伸ばす。
今のノブガの精神状態はきわめて不安定だ。
「どこにも……行くな……」
もう自分を置いていって欲しくない。そんな思いが溢れる。
しかし、それがミツコに伝わるわけがなく、ヒナタカミは構わずにミマサカミを追跡する。
〈見つからないわね。まさか、逃げられたのかしら〉
ゴーグルに表示される外の様子を見渡すが、中々その姿を捕捉出来ない。ミマサカミの機動時のヒヒイロカネ装甲の色は青味が強いため、この森林地帯では保護色になりやすいためだろう。
足跡も途中で途切れており、もしかすると既に輸送された可能性も考えられる。
〈最悪の展開ね……〉
手掛かりが無い以上、もうミマサカミの位置を特定する手段は無い。
ユキノとミチルが殺され、ミマサカミまで奪取された。ミツコが言ったように、最悪の展開であり、最低の結末だった。
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尾張国・上空・輸送機内。
ヒナタカミとの戦闘中、マサコはスマホで外に控えているナルミにメッセージを送信していた。
それは、ミマサカミを収納するための輸送機の手配だ。
他人の機体であるものの、マサコはミマサカミを大変気に入った。
マサコ好みのピーキーな機体性能に加えて、不具合を抱えていてもダイロクテンとヒナタカミを圧倒する高いスペック。何よりも、ヒナタカミ以上の近接特化具合がマサコの戦闘本能を強く刺激した。
輸送機に収納されたミマサカミを見上げ、マサコは得意気に笑っているものの、付き人のナルミは苦言を呈するように述べる。思わず頭を抱えたくなる。
「どうするんですか、マサコ様。勝手に尾張国の織田一族の家督争いに乱入した挙げ句に、次期当主候補だった織田ユキノ並びにその付き人の殺害。このままでは出羽国と尾張国で戦争になりますよ。当主様に何と説明したら良いやら」
不安に駆られるナルミに対し、マサコは相変わらず得意気な表情のまま答える。
「大丈夫じゃ、ナルミ。わっちの姿を見た者は居ないし、何より奴等からヴェスティードを1機奪ったのだ。父上ならば目を瞑って下さるだろうよ」
「果たして、そうでしょうか……?」
「そうじゃて。これからきっと面白い展開になると思うから、よーく見ておくがいいの」
「はあ……」
何が愉快なのか「かっかっかっ」と笑うマサコにナルミはただただ不安にしかならない。
予感、と言うのだろうか。これから襲い来るであろう帝界・日本全体を呑み込む戦乱の嵐。それを呼び寄せてしまった片棒を自分達は担いでしまったのではないか。出来れば杞憂であってほしい。
そんな嫌な予感に背中を逆撫でられたのだった。
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翌日・尾張国・城下町・葬式場。
ノブガとユキノの家督争いは、ミマサカミのユキノ殺害によって決着が着いた。
末森城を据える尾張国中心部の城下町。そこの葬式場にてユキノの葬儀が執り行われていた。
参列者は最低限に留め、両親であるヒデユキとハナヤ、ノブガとその友人であるミツコとヨシノ、そして付き人であったカイの計6名による極めて小規模なものになった。
不参加であるトシキとヤスナは、それぞれ破壊されたヴェスティードの整備と港町での遠出を理由に出席を辞退していた。
全員が喪に服し、暗い表情で参列していた。
ノブガは終始無表情、ヒデユキは号泣するハナヤの背中を擦って落ち着かせている。
無表情のノブガは葬式場中を見渡して自嘲染みた笑みを溢す。
「……これは、現実か」
ユキノの死は幻影等では決して無い。現実に起きた変えようの無い残酷な事実。
それでも、この手が血だらけで赤く染まっている事には変わらない。少なくとも、ノブガにはそう見えている。
この葬式場だってそうだ。ミツコ以外、誰も彼もが頭から血を流している。
「ノブガ」
名前を呼ばれ、横目で見ると不安そうな顔でこちらを見つめるミツコの顔があった。
ノブガは一瞬口を強く結ぶが、やがて小さく笑って「大丈夫だ」と溢す。
そうだ、自分は”大丈夫“なんだ。鬼と妖士の血を受け継いだ自分が、こんな事で心が折られるわけにはいかない。ユキノのためにも、折られるわけにはいかないんだ。
指をパチンと鳴らすと、後方で控えていたヨシノが「よし来た」と放送用のカメラ機材を伊賀隊の面々と共に運び入れる。
「な、何事だ……?」
「これは、一体?」
ヒデユキとハナヤは突然の事に戸惑うが、ノブガはユキノが入った棺桶の前に立ち、ヒデユキが挨拶文を読むために設置されていたマイクを手に取った。
一度だけ息を吸い上げ、目を閉じる。もう、覚悟は決めたのだから。
「―――聞け、帝界・日本に住む者達よ。オレは現時刻を以って尾張国当主に就任した織田ノブガだ」
ノブガの言葉にミツコ・ヒデユキ・ハナヤの3人は目を見開く。特にヒデユキは運び入れられたカメラ機材の数々から、恐らくこの映像は日本全土に配信されていると直感する。
それと同時にこれはノブガ自身の首を締める行為であるとも理解する。
(ノブガ。それは自分の逃げ道すら潰す行為だぞ)
ヒデユキから向けられる視線。ノブガは鼻で嗤う。
(上等だ、元より逃げる気なんざさらさら無えっての)
逃げる気も無ければ後戻りする気も無い。自分はただ進むだけ、それがたとえ己の破滅を導く魔の道だとしても。
(地獄の果ての果てまで、突き抜けてやるさ!)
ノブガに後悔の念はありはしない。
「次の尾張国当主が女だと侮るか? なら好きなだけ侮るがいい、こちらとしては好都合だからな。だがこれだけは言っておく、オレは尾張国の当主に収まるような小さな器じゃねえ。オレが目指すのは、天下統一。すなわち、この日本全土を統べる帝だ!!」
その発言に、葬式場に居た者全員が唖然とする。馬鹿馬鹿しいとさえ思う程の、あまりにも大きくそれでいて危険な言葉だ。
“帝”とはすなわち、この帝界・日本を統べる唯一にして絶対の統率者を意味する。それをまだ20にも満たない少女に務めることなど誰が想像できるか。
ハンジは「ヒュー」と口笛を吹きながらも、額から冷や汗を流していた。
「織田の姫様――いや、大将は前々から大胆なお方だと思ってはいたが、まさかここまでとはな。ウツケ姫の名を知ってる奴等からすれば単なる戯れ言で済ます事は出来るが、そうでなきゃこれは帝界・日本全国の当主達に対する宣戦布告だ。リンチを喰らっても言い訳なんて出来ねえ危険な橋だぜ……」
ハンジの言葉にカイは「それでも」と告げる。
「これが姐さんのやり方なんだ、後先考えずに真っ直ぐに突っ走るってのは今に始まった事じゃない」
「なーるほどな。それはまた、部下泣かせな上司な事で」
さて、これからどうなるか。ハンジは脳内で算段を練る。
ヤスナが巻き込まれるようなら早々に退散した方が良いだろう。だが、あのノブガを出し抜くには片腕を失うぐらいの覚悟はするべきか。
ただ、これ程の危険な選択を敢えて選んだノブガの覚悟の裏にはユキノの存在があるに違いないと直感する。
(余程、弟の死が影響してるみたいだな。大方、弟を亡き者にした奴を炙り出すためだろうが。なんともまあ、不器用な姫様だぜ)
天下を取る、それはつまり日本全ての国々に対しての宣戦布告だ。ヴェスティードを奪った者が日本全国のいずれかの国に所属していれば、遅かれ早かれ見つける事ができる。
向こうから来るよりも早くこちらから殴り込みに行く。実にノブガらしいやり口だ。
「アンタはどうするつもりだ、柴田。アンタからすれば、これは最悪の展開なんじゃないか?」
「そうだね、うん。確かに、これは俺の望んだ展開とは全然違う……だけれど」
カイは表情に影を差しながら拳を強く握り締めて壁に叩き付ける。
「ユキノ様を殺した奴は許さない、それは絶対に譲れない」
「なるほど、つまりは姫さんとの利害一致か」
「……おかしいか」
横目で睨み付けてくるカイはまさしく狂犬そのもの。ハンジはその凶悪さに是非とも手合わせ願いたいと考えるが、今は葬儀の場。無駄な血を流すつもりはない。
そして何よりも、やはり互いに鬼の血を引き継ぐ者同士。きっとこれは自分を映す鏡なのだ。
「いいや。俺もヤスナ様を失えば、きっとお前のようになるのだろうよ」
今はまだいい、カイもハンジも。まだ彼等には手綱を握ってくれる者がいるのだから。
もしそれが失われた時、一体この尾張はどうなってしまうのか。
ハンジには、想像するだけでも恐ろしく感じる。背中から付きまとう悪寒に堪らなく居心地が悪くなる。
「ウツケ姫がやってるのはただの綱渡りだ。渡れてる内はいいが、一度落ちればアイツだけじゃない。俺もお前も皆……二度と元には戻れないぜ」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。
同時刻・尾張国・郊外。
「もう、なんですかー? こんな所に呼び出すなんて☆」
場所は尾張国の郊外の森。そこにいるのはトシキの元にヒヒイロカネを提供しにやって来たチャマと、そのチャマを問い詰めるためにここまで連れてきたヤスナであった。
おちゃらけた様子のチャマに対して、ヤスナは無表情で淡々と述べる。
「織田ユキノと林ミチルにこちらの情報を流したのは、貴女ですね」
「えー? なんのことか分からないですー☆」
てへペロとおどけた言動を取るが、ヤスナは一切反応せずに続ける。
「ここ数日間のノブガ様達の行動ログをチェックしましたが、特に怪しい行動は確認できなかったです。柴田に関しても、ミマサカミの情報は誰にも言わなかったです」
チャマは「ブー。ヤスナちゃんノリ悪ーい」と唇を尖らせながら言うも、直後にニヤリと笑う。
「それで、内部に怪しい人がいないのなら、外部にいると?」
「はいです」
ヤスナは述べる。夕方5時に限定されていたOSへの不正アクセス。多少差異があるにしても、同一時刻と同一箇所からのアクセス。
――主にこちらに届いたヒヒイロカネを装甲に加工したり、武装の出力調整を行っています――
あの時トシキが言った言葉によってヤスナは確信した。
「夕方5時には必ず外部の人間である貴女だけが、ヒヒイロカネを搬入するために開発部内部への侵入が可能です」
「あらら、そこまで断言されちゃいますかぁ」
満面の笑顔でふざけつつも、チャマはその目を薄く開けながらヤスナの表情を読み取る。
チャマの言動に惑わされず、まっすぐこちらを射抜いてくるその赤い瞳に思わずゾクゾクする。
チャマとしては金の種となるならば、その全てが取引材料となる。ノブガの保有する戦力とミマサカミの存在はかなり有益な取引であったことはチャマの記憶に新しい。
ただ、尻尾を掴まれないように心掛けていたつもりだった。
「結構慎重に動いてたつもりだったんですけどねぇ」
にゃははと呑気に笑うものの、チャマは「それで」と言ってヤスナを見つめる。その表情はヤスナを茶化すようなものではなく、取引を請け負う商人のものだった。
「わざわざこんな人気のない所に連れてきたんですもの。私を織田ノブガに突き出すつもりはないんでしょ?」
「ええ。貴女みたいな人は利益を優先すれば何でもやってくれるですから、それを信頼してこれを渡すです」
そう言ってヤスナがチャマに差し出したのは1枚のフロッピーディスク。それにチャマは首を傾げる。
フロッピーディスクの中身が皆目見当も着かない。
「信頼していただけるのは嬉しい限りですけど、これは何です?」
「戦闘用ヴェスティードの開発データと設計図です。ボクの依頼は、それを全国のメインサーバーに流してほしいです」
「なっ……」
思わず開いた口が塞がらなかった。
ヤスナの告げたヴェスティードの開発データと設計図、それがこのフロッピーディスクの中に入っている。
戦闘用ヴェスティードの有能性はノブガとユキノが繰り広げた稲生の戦いから、既に多くの他国の当主達に認知されており、その開発データ及び設計図ともなれば喉から手が出るほど欲するところだろう。
それをチャマに渡しさらには流せという依頼に、思わず乾いた笑いが溢れてしまう。
「あ、あはは……いいんですか、ヤスナちゃん。これってノブガさんへの立派な裏切りですよ……?」
「それは重々承知してるです。でも、これは絶対にノブガ様への大きな助けになるとボクは思ってるです」
意思の強い赤い瞳。その中に主君への裏切りの色は見当たらない。
戦闘用ヴェスティードのデータを渡すことが巡り巡ってノブガの助けに繋がると本気で思ってるようだ。少なくとも、チャマはそう感じた。
「どんな手を使っても構わないです。貴女には、出来るだけ多くの国々にそれを流して戦闘用ヴェスティードの普及に尽力してほしいです。ヴェスティードの装甲に使われてるヒヒイロカネの取り引き先も増えて、そちらとしても悪くない取り引きと思うですが」
「……まあ、今一番のトレンドの戦闘用ヴェスティードのデータが手に入るなんてこちらとしても嬉しい限りですよ、うん」
確かに、戦闘用ヴェスティードが全国的に普及すれば必然的にヒヒイロカネをより広く売るきっかけになる。
だとしても、チャマにも気になることがある。
「ただ技術漏洩が疑われる場合、もしそれが私だとバレたら……私、ノブガさんに殺されちゃうかもですねぇ」
身内である弟すら殺しにかかろうとする女だ、これが自分のような外部の人間ならば容赦なく消されるだろう。しかもヤスナのことだ、自分だけは疑われないようにうまく誤魔化すだろう。トカゲの尻尾なんてごめんだ。
いくら儲けたとしても、命あっての物種なのだ。チャマとしてもそれらのアフターケアも欲しいところだ。
「確かに魅力的な取り引きですけれど、だからこそそういう細かいところの保証も確約していただかないと」
「……どうしろとです?」
僅かに眉間に皺を寄せたヤスナの表情からチャマはニヤリと微笑む。この様子ではやはりヤスナは自分を切り捨てる気でいたようだ。
「ほら、丁度いいデコイがいるじゃないですか」
「デコイ、ですか?」
「そう」
お誂え向きの捨て駒ならば既にノブガの手元にある。それを利用させてもらおう。
チャマが周りに聞こえないように小さくそのデコイと称した人物の名前をヤスナに告げると、明らかにヤスナは目を見開いて動揺した。まさに目から鱗が溢れ落ちるような提案だった。
だが同時に頷き、ヤスナにとっても都合が良いと判断したのだ。
数十分後。
「……それで、貴女のような売女が私に何の用ですの? それも、こんな薄気味悪い所にわざわざ足を運んでまで」
「売女とは失礼ですねぇ」
チャマはヤスナから聞いた捕虜を拘束した地下牢に向かい、鉄格子越しに顔を合わしていた。
怪訝そうな表情を浮かべてこちらを見つめてくるのは、今川トモヨ。今川館での戦闘において、チカゲ亡き後に拘束され、捕虜としてこの地下牢にずっと監禁されていたのだ。
両腕を後ろに回されて固定され、口元には自害防止のための特殊マスクが装着させている。そのやつれた様子が、彼女の置かれた状況の辛さを物語っている。
チャマは口説くような声音で、まるで見せびらかすように地下牢の鍵をトモヨに見せる。
「これ、何だか分かります?」
「……ここの鍵ね。どうして貴女がそれを?」
「個人的にトモヨさんと取り引きがしたくて。私、こう見えても商人ですので」
「取り引き、ですって?」
“地下牢の鍵”、そして“取り引き”。チャマの呟く言葉はトモヨにとって一筋の希望であると感じた。今まで死んだように濁っていた瞳にも光が戻り始める。
「トモヨさん。織田ノブガから駿河国を奪い返し、今川一族の復興の手伝いを私がやりましょう」
「織田……ノブガ…っ!!」
“織田ノブガ”。自分にとっての天敵、駿河国を今川一族から奪った野蛮な鬼の女。憎むべき、宿敵。トモヨの心に復讐の火が揺らめいた。
特殊マスクで隠れているが、屈辱によって歯を強く噛み締めているのをチャマは感じる。狙い通りだ。
「勿論、私が提示する条件をトモヨさんが呑んでくれればの話……ですけどね?」
「……何が目的なの?」
チャマは確信した。取り引き成立、と。トモヨほどの自尊心の強い典型的な貴族からすれば、商人に足元を見られるのは本来なら耐え難い屈辱だ。それにも関わらず、チャマの話を拒否せず突っぱねないということは、取り引き成立と言っても過言ではないだろう。
「貴女に戦闘用ヴェスティードの設計データを渡します。そして、この戦闘用ヴェスティードの装甲に使われているヒヒイロカネは現状で私の所でしか製造してません」
その言葉を聞いて、トモヨにもチャマの狙いがおおよそ掴めた。
「つまり、そのデータを全国の令制国に流し、貴女とのパイプ役を私に担えと?」
「そういうことです♪ 悪い取り引きとは思いませんが」
「……」
それだけではない。それだけのために、果たしてこの商人はこんな所で、捕虜へと身を堕とした自分に取り引きを持ち込むのか。トモヨは顔を俯かせる。
データを流すだけならチャマ自身でもできるはずだ。それをせずにわざわざ間にトモヨを介す意味。
トモヨは小さく笑って察した。
「さすが商人様ね。コウモリ役がお似合いですこと」
「つまり、取り引きはお受けしない、と?」
「…………いいえ」
チャマは明らかに自分を切り捨てるための駒にしようとしている。そんなことはトモヨでも分かる。真に平和的に今川一族を復興したいのならば、今は耐え忍ぶべき時である。ノブガの許しが出るまでここで待ち、釈放されてから和解、再び駿河国の統治を任せてもらうべきだ。
だが、そんなのは自分のプライドが許さない。
「今度は、私があの女から奪う番ですもの」
取り返しのつかない悪魔との契約を、彼女は優先したのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。
二時間後・尾張国・城下町・葬式場。
葬儀の場での演説が終わり、機材の撤収作業中。ノブガのスマホが「ピロリロリ」と着信音が鳴り響いた。
通話相手はトシキ、一体どうしたのか。
「何だ、トシキ?」
〈申し訳ありません、ノブガ様。…………今川トモヨが、アッシガールを1機奪取、さらには徳川さんを人質として連れ去りました……〉
回線が悪いのか、所々トシキの声にノイズが走る。また、トシキ自身も酷く疲弊しているのがスマホ越しに伝わってくる。
だが、ノブガの意識はそこへは向かなかった。
「今川トモヨが、ヤスナを連れ去っただと……?」
もう、誰も傷つけさせはしない。尾張の民草も、自身の仲間、家族、……かけがえのない友人。
その全てを守ると決めた矢先だった。
「……どこへ行った」
〈申し訳ありません……追跡をするだけの余裕がありませんでしたので〉
スマホにヒビが入った。意識して力を入れたわけではない。
「必ず見つけろ。そして殺す」
〈……承知しました〉
トシキが通話を切ると、ノブガは壁にスマホを叩きつけた。
憤りは収まることなく、尚もノブガの身体を焼き尽くすように燃え盛る。
「捕虜だからと生かしておくべきじゃなかったな。次は四肢をもいで魚の餌にしてやる……」
行きすぎた怒りは、彼女の内の残虐さを加速させたのだった。
同時刻・甲斐国・要害山城。
「来たか、我が不出来な娘よ」
甲斐国の丸山に建てられた城・要害山城の当主の間にて、甲斐国現当主である『武田トラノブ』は豪勢に装飾品が埋め込まれた椅子にふんぞり反りながら自身の娘を見下ろす。
まるで老婆のように白い髪に、死人のような白い肌。昔から病弱で政略結婚の駒としても不出来な役立たずの女。トラノブからはその程度の評価である。
「父上。突然の呼び出しでしたが、今更私に何の用でしょうか?」
「まずはこれを見るがいい」
自身が何のために呼び出されたのか解せない娘の言葉に、トラノブは壁に掛けられたモニターにリモコンを向けて電源を点ける。
そこに映し出されたのは宣戦布告を告げるノブガの姿。
〈聞け、帝界・日本に住む者達よ。オレは現時刻を以って尾張国当主に就任した織田ノブガだ〉
相変わらずの唯我独尊とした態度と不敵な笑み。トラノブの娘は思わず手を強く握り締める。
〈次の尾張国当主が女だと侮るか? なら好きなだけ侮るがいい、こちらとしては好都合だからな。だがこれだけは言っておく、オレは尾張国の当主に収まるような小さな器じゃねえ。オレが目指すのは、天下統一。すなわち、この日本全土を統べる帝だ!!〉
それだけではない。この女は言うに事欠いて尾張国当主の席に飽きたらず帝とまで言い放った。
震える声を抑え、娘はトラノブに問う。
「これを見て、どうしろと?」
「決まっている。お前のような何の役にも立たない穀潰しでも、僅かながら使い道があったということだ」
トラノブはそう言うと、モニターのチャンネルを切り替える。ノブガの映像の後に映し出されたのは戦闘用ヴェスティードの設計図データだ。
娘は首を傾げた。
「父上、これは?」
「私もよく知らんが、なんでも女にしか扱えない人型機動兵器らしい。先ほど、尾張国から亡命してきた今川の一人娘から提供されたものだ」
「今川の一人娘……今川トモヨでしょうか?」
「その通りだ」
今川トモヨと言えば、尾張国の新型兵器によって制圧された駿河国の当主である今川チカゲの娘だ。噂では捕虜になっていたと聞いていたが、どうやらここまで逃げてきたのか。
だが、トラノブの娘が注目したのは、機動兵器の使用条件だ。
「女にしか扱えない……ということは」
「察しの通り。お前にはその人型機動兵器に乗り、目障りな尾張国を潰す役目を与える。どうせ死ぬのなら、戦場に死んだ方が武田一族の人間としては幾分か花があるからな。精々、私の温情に感謝するがいい」
「はい。このような機会を与えていただき、大変感謝しております」
娘は深々と父に頭を下げる。そして脳裏に浮かぶのはあの夜、目の前で連れ去られた親友と、親友である彼女を物扱いする傲慢なノブガ、そしてそれを悔しくもただ見送ることしかできなかった無力な自分。
今やっと、そのノブガと対決する巡り合わせがやって来たのだ。
「この『武田シゲミ』、必ずや織田ノブガの首を討ち取ってみせましょう」
ミツコ達が処刑寸前のヤスナを救出した日の夜。ミツコが出会ったあの病弱の少女こそ、甲斐国当主・武田トラノブの一人娘である『武田シゲミ』だったのだ。
(待っててね、ミツコ。絶対に私が、貴女を救いだしてみせるから)
【次回予告】
尽きることのない闘争。果てのない狂騒。
思惑が交差し乱れる戦場に残るのは、誰かが溢した笑みと涙のみ。
今、彼女達の道が交わる。
次回、【甲相駿三国同盟】




