第16話【ユキノの吐露】
話の内容を変更したので第15話の次回予告をそのまま使用しています。
それはあまりにも語るには幼く拙い物語で、お伽噺にしてはお粗末な出来だろう。
それでも、その時間は当時の彼等にとってとても重要で価値あるものだったに違いない。
「姉上ー!」
少年は少女の元へとひたすら走る。一方の少女は暇をもてあましているのか、縁側に腰掛けて浮いてる足をぷらぷらと揺らしていた。
そして少年の姿に気付くと首を傾げて声をかける。
「どうした、ユキノ?」
「これ、姉上に贈り物です!」
少年は満面の笑みを浮かべながら、手に力強く握っていた銀色に輝くネックレスを少女に差し出した。
ネックレスの形は四つ葉のクローバーであり、太陽の光が反射して爛々と輝いている。
少女はネックレスを手に取ると、暫し唖然とした後に目を輝かせた。
そのネックレスは南蛮の職人によって作られたものであり、当時は南蛮からの流通が少なかったため、とても貴重で高価である事が窺える。
少女は好奇心が強く、特に南蛮の品物には強い関心を持っていたので、少年はきっと少女に気に入ってもらえると自信満々な表情を浮かべている。
「どうしたんだ、これ!?」
案の定、少女の嬉しそうな声を聞いて少年は顔を照れくさそうに赤らめて顔を伏せる。
「本で読んだんです。四つ葉のクローバーは持ち主に幸せをもたらすと……だからお金を貯めて……」
「……お前」
少女は目を丸く見開いた後、呆れたような声を出す。
「あのなー、折角の小遣いなんだ。オレにわざわざ割く意味なんて無いだろ」
「そ、そんな事ないです!!」
しかし少年は明確に少女の言葉を否定した。自分の行動に誤りも無ければ後悔も無いのだから。
「だって姉上は……僕の憧れだから」
「っ!」
その言葉に少女は喉が詰まるような感覚が体全体を駆け巡り、複雑な表情を浮かべる。
ネックレスを握る手が自然と強くなる。
「……オレは母上と父上に疎まれてる。そんなオレに憧れを抱くなんてどうかしているぞ」
「……」
確かに少女は実の両親から関心を向けられていない。だが、それは自分も同じだ。少年はそう感じた。
父と母が自分に目をかけてくれるのは、自分に何か優れた能力があるからではない。
自分には何も特別な能力は無い。可も無く不可も無く、まさに凡人そのものだ。
一方で少女は自分と違い、持って生まれた異形の能力によってずば抜けた身体能力を持っている。大の大人でさえ、彼女の前では小さな赤子のように非力だ。それだけではない、彼女にはそれ以上の魅力がある。その堂々とした佇まいと意思の強い瞳、決して揺るがぬ信念、その全てを総合する事で生まれるカリスマ性は正に唯一無二の彼女だけの天性の素質だ。
では何故、何も能力を持たない自分が目をかけられて、優れた能力を秘めた彼女が疎まれなければならないのか。
その答えは至って簡単だ。自分が男で、彼女が女であるからだ。
たったそれだけの、性別というだけで、凡人の自分が肯定される。
だが、それがもし覆されるとしたら。商人から聞いた話では、南蛮の地では既に男女平等の考えが浸透し始めていると言うではないか。
もし、自分が家督を継ぐような年齢となった時に、男女平等がこの日本全域に広がったのなら……果たして何も無い自分はどうなってしまうのか。
だからこそ、少年は少女に憧れる。明確に自分のアイデンティティを確立させ、圧倒的な存在感を醸し出すその威光に思わず手を伸ばしてしまいたくなる程に。
「姉上、貴女には人を惹き付ける力があります。一度貴女という光を知ってしまえば、きっと誰もが焦がれずにはいられないのですよ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。
尾張国・稲生部・郊外・キャンプ地。
「……っ」
目を開け、辺りを見渡してから布団を退けて上体だけを起こす。とんだ忌々しい夢を見たもんだと、悪態を吐きたくなってしまう。
遠い昔の思い出――そんな我ながら青臭くもおそましい記憶にユキノは思わず顔をしかめて髪を掻き乱す。
「―――どうして、今更あんな夢を……」
何もない無能の自分に残された最後のアイデンティティ、それこそが尾張国の次期当主という座。自分はそのためだけに母の腹からこの世に産み落とされたのだから。
故に奪われたくない。次期当主になるためにこれまで自分なりの努力を重ねてきた。いくら物覚えが悪く無能と蔑まれようとも、それでも次期当主を目指したのだ。
思わず利き手がぶるぶると震える。もし次期当主の座をノブガに奪われれば、たとえ命を繋いだとしても、その時点で“織田ユキノ”という存在の人生は全て壊され、死んでしまうのだ。
その事だけがユキノには恐怖でしかなく、早朝の肌寒さのせいか震えは体全体に伝染していく。
家督を奪われたのなら取り返せばいい? そんなのは無理だ、出来っこない。
家督を奪われた何もない無能の自分に、果たして誰が付き従ってくれると言うのだ。
震える体を両手で抑え、うずくまるように身を丸める。
腹の底から沸き上がってくる吐き気で顔が歪み、自然と息が荒くなっていくのを感じる。
すると、枕元に置いてあったスマホから着信音が鳴り響き、恐る恐る手に取って自分の元に寄せる。
こんな朝早くに一体誰が自分に連絡をしてきたのか、ユキノには見当が着かなかった。
液晶をタッチして通話モードに切り替える。
「はい、もしもし」
〈ユキノさん、おはようございます。ハナヤです〉
「は、母上?!」
ユキノは通話相手が自身の母親であるハナヤ御前であると分かると、目を見開いて飛び起きるように布団から飛び出し、正座するように身を正す。
「こ、こんな朝早くに一体何の用でしょうか?」
〈ええ、今日は貴方とあの鬼との本格的な決戦だと旦那様から伺ったのでちょっと確認を。気を緩まずきちんと早く起床しているようで安心しました〉
「そ、そういう事ですか……」
〈良いですか、ユキノさん。何としてもあの鬼を討ち、尾張の当主として不動の地位を得るのです〉
冷静で平坦な声音であるが、その裏側から滲み出る憎しみが沸々と通話先のユキノにも感じられる。
それによってユキノは気を引き締めて返事をする。
「ええ、勿論。必ず姉上に――」
〈あの鬼を“姉”と呼ぶのはやめなさい!!〉
「――っ!?」
先程の平坦さが嘘のように、ハナヤは声を荒げてユキノの言葉を否定した。
スマホの先から「汚らわしい汚らわしい汚らわしい汚らわしい汚らわしい……っ!!」というひどく取り乱した声が響いてくる。
その声はまるで地獄の底から聞こえてくるような怨嗟に満ち溢れていた。
思わず、スマホを耳から遠ざけてしまう。
「は、母上……?」
〈あの鬼は貴方の姉でも無ければ、私の娘でもありません!! あんな汚らわしい鬼が私の腹から産まれてきたなどと……貴方はそう言いたいのですか!!〉
「ち、違います……そんなつもりは……」
〈あれだけ貴方には教えたではありませんか! “あの鬼は人間の敵、貴方を裏切った意地汚い物の怪の類”だと!! 貴方は、それを忘れたのですか!?〉
その言葉に歯が食い縛ってしまう。ノブガが城を去ってから今日までずっとハナヤから何度も言い含められるように聞かされてきた言葉である。
憎い敵、滅ぼすべき敵、敵、敵、敵……と、それこそ心がそれだけに染まってしまう程に。
(だからこそ、僕は……)
姉の顔を思い浮かべ、心に沸き上がるのは母と同じ憎しみの感情。それはきっと、決して嘘などではないのだ。
「……そんな事はありません。ええ、分かってますよ……彼女は母上と僕を苦しめる敵……勿論、忘れた事はありませんとも」
〈……本当ですか? まさか家族の念を万が一にも抱いているような事は?〉
ハナヤの激情に支配されていた声は途端に弱々しくなり、心許ないように感じられる。
ユキノはハナヤを安心させるように念を押すように言う。
「いいえ、そんなものはありませんよ。今朝も、この手で見事討ち取る夢を見ました」
〈そうですか、それは安心しました。では、今日の戦い、母は貴方の勝利の報告だけを待っていますよ〉
「ええ、任せて下さい。母上」
〈はい、それでは―――私の愛しい息子〉
そう言ってスマホの通話が切られる。
「……」
通話の切れたスマホを見つめながらユキノは黙って自嘲染みた笑みを浮かべた。
「姉上を討ち取る夢なんて、今までだって見た試しがありませんよ……母上」
母に嘘を吐いた。いや、今までにも嘘を吐いた事はあった。だが、それはいずれにしても姉絡みの事のみである。
母に黙っては姉に会いに行く、姉の誕生日を祝う、姉の看病をする、姉に贈り物を贈る。そう、何度も。
それも最早、遠い過去の事ではあるが。
既にスマホは誰とも通話は繋がってはいない。スマホの先にはハナヤは居ない。
――私の愛しい息子――
それでもユキノは遠い目で朝日の光を見つめながら、寂しげな表情を浮かべて問いかける。
「母上……もし姉上が男であったなら、貴女はそれでも織田ノブガを憎んだんでしょうか? 僕を、息子として愛してくれたのでしょうか? ――いや、そもそも……僕を産んでくれてたのでしょうか?」
光が強ければ強い程、地面に差す影というのは強くなるものだ。
「――ユキノ様」
すると、いつの間にか傍らに自身の忠臣であるミチルが立っていた。
気配を消すように佇んでいたので、少し驚くようにユキノは目を見開いた。
「……ミチル、さっきの会話、聞いてた?」
「いえ、何も。戦仕度が整ったので、ここまで参りました」
「そうか……なら、そろそろ動き出すとしようか」
そのまま立ち上がると、身仕度を整える。黒と赤を基調とした軍服を身に纏い、手袋を嵌めて五つ木瓜の家紋が彩られた帽子を被って終了だ。
ミチルと共に外に出れば、既に多くの兵士が戦車並びに戦闘ヘリのメンテナンスを終えてユキノの登場を待ちわびていたかのように整列して待機していた。
大きく息を吸い、その後ゆっくりと息を吐く。気持ちを落ち着かせてこちらを見据える者達に対して声高々に叫んで宣言する。
「今この瞬間、この稲生の大地に日が昇った! 昨日は散々な結果に終わったが、こちらには向こうの使用するカラクリがある! 姉上――いや、織田ノブガ側に寝返った貴族達の戦力が奴等の元に到着するのは早くても今日の正午、最早この拠点を維持する必要も無し、全勢力を以ってノブガの拠点を制圧し首を奪うのだ!!!」
『おぉぉぉぉぉぉ!!!!』
ユキノの宣言に家臣達は大声で応え、互いの士気を高め合う。
その様子にユキノは満足しつつ、家臣達の姿を見回した時、ある違和感に気付いて首を傾げる。
「ねえ、ミチル。柴田の姿が見えないようだけど、どうしたんだい?」
「彼なら、ミマサカミの最終調整の最中ですが……呼びましょうか?」
「……いや、いい。やりたいようにやらせよう」
カイは一見すると軽いように見えるかもしれないが、あれはあれで昔からとても義理堅い性格なのだ。
故に、ユキノは彼を束縛しよう等とは考えないし、その必要性すら感じない。
「ユキノ様、お言葉ですが……あまり柴田を信用しない方がよろしいかと」
しかし、ユキノの言葉に対してミチルは難色を示す。ミチルにとってカイは決してユキノの味方ではない。
彼は心にノブガへの忠義を抱いたまま、それに蓋をする形でユキノに仕えているに過ぎない。全てはノブガにとって利に働くようにするために。
それは立派な二心であり、ミチルに言わせればユキノに対する裏切り行為でもあるのだ。
ユキノは全面的にカイの行動を肯定しているようだが、その事に危機感を抱かずにはいられない。
「あの男は、いずれ貴方様の障害となり得ます。切り捨てる事も視野に入れておくべきです」
「大丈夫だよ、ミチル。柴田は僕を裏切らない、たとえ最終的に姉上の元に戻る事になろうとも――少なくとも今だけは、彼は僕の味方だ」
「ですが……いえ、出過ぎた発言でした。申し訳ありません」
主君であるユキノ自身が「問題ない」と言っている以上、これ以上の抗議は家臣として不適切であると判断し、ミチルは途中で言葉を切って頭を下げてユキノに謝罪した。
ユキノはその様子に首を振って「大丈夫だよ」と笑いかける。
「ミチルは心配性だからね、僕の身を案じてくれてたのだから謝る必要は無いよ」
「いえ、勿体ないお言葉です」
再度改めて頭を下げると、暫く沈黙した後にユキノの背後を見て顔をしかめた。
「それはそうと、噂をすれば影あり……ですね」
「ん?」
ミチルの視線を追うように後ろを振り返れば、そこにはカイが笑顔で手を振りながら「おはようございまーす」と挨拶しながらこちらへと歩みを進めていた。
ユキノは小さくと笑うと「おはよう、柴田」と挨拶を返してカイを出迎える。ミチルはずっと顔をしかめたままであるが。
「ミマサカミの調子はどうだい、柴田?」
「ええ、問題ありませんよ。冷却装置の増設は出来ませんでしたが、完徹してちょっとした追加機構を設ける事は出来ました」
「追加機構?」
ユキノはカイの言う「追加機構」という言葉に首を傾げた。一体どんな改良をミマサカミに施したというのか、ユキノには皆目見当も着かない。
それを案じて、カイは「見に行きます?」と声をかける。
「ミマサカミの追加機構の説明をしたいんで、よければどうぞ」
カイの申し出にユキノは素直に首を縦に振った。
「うん、分かった。ミチルも来るよね?」
「はい、自分の機体の事は把握しておきたいですから」
そして、カイに案内される形でユキノとミチルはミマサカミが収納されている格納庫に向かう。
キャンプ地に端に建設されたミマサカミ専用の整備施設、元は戦車の整備室であったものをカイが数時間かけてヴェスティード用に少しデザインし直したものである。
正座した形で収納されているミマサカミの元に着くと、カイは手元のタブレットタイプのデバイスを操作してコックピットハッチを開ける。
すると、パイロットルームが2層式になっており、2人乗りが出来るように拡張されていた。
「ミマサカミはエネルギー制御が難しく、無駄な浪費が多い機体ですからね。従来通りメインで操縦する者とエネルギー管理を行う事でエネルギーの浪費を抑える補佐役の者の計2人が搭乗出来るように改築しました。これによって理論上、戦闘時間を大幅に延ばせる事が出来ました。………まあ、それでも3時間ちょっとが関の山でしょうが」
カイは視線をユキノからミチルに変える。
「戦闘中は俺がミチルちゃんの補佐をやるからよろしくね☆」
「貴方に命を預けるなんて身の毛がよだちますが、致し方ありませんね」
「わあ、辛辣ぅ~」
ピシャリと切り捨てるミチルにカイはおちゃらけた態度で「ブーブー!」と文句を言うが、ユキノは黙って思考する。
ミマサカミに設けられた補佐役用のパイロットルーム、通常ヴェスティードは女性にしか操縦出来ず、それによって当然ヴェスティードに搭乗出来るのは女性のみである。
前回の戦闘では、最初は事前に仕掛けておいた罠によって翻弄できたものの結局はノブガが操縦するダイロクテンによってボロボロの身にされてしまったのを思い出し、思わず拳を強く握り締めた。
意を決してカイに申し出る。
「柴田、補佐役は僕にやらせてもらえないか?」
「「え?」」
その申し出に、カイとミチルは同時に目を見開いた。あまりにも予想外な事だったのだ。
ミチルは戸惑いながらユキノに尋ねる。
「そ、それはまたどうしてでしょうか?」
「姉上がヴェスティードに乗って戦場に立つ以上、僕だって姉上みたいにヴェスティードに乗りたい。姉上と同じ条件で戦場で向き合いたいんだ」
「で、ですがそれでは柴田の監視が――」
「ミチルは、僕が補佐では不安かい?」
「そ、そういうわけでは……」
ユキノはミチルの目をしっかりと見据えて尋ねる。無能な自分では、やはり彼女にとってお荷物にしかならないのだろうか。
その想いを籠めて彼女の瞳を強く見続ける。
ミチルはユキノからの視線によって「ぐっ」と言葉に詰まり、チラッとカイの方を横目で見つめる。カイの方からも何か言ってほしいと視線で訴える。
(カイ、貴方も何か言いなさいよ!)
(そう言われてもねぇ……)
ミチルからの視線を受け取って、カイもまた沈黙しながら思案する。
補佐役の役割はミマサカミのエネルギー消費の調節及び管理。当然、メインパイロットとの高い連携が無ければミマサカミの真価を発揮するのは難しい。
同じユキノの従者仲間だったとは言え、自分とミチルは長い間コミュニケーションを取っておらず、この通り仲は良好とは言えない。このまま自分が補佐役を務めても戦闘中に彼女と口論になるのは想像に難しくない。
だが、補佐役がユキノになればどうだろうか。ミチルは確かに真面目な性格だが、一度カッとなれば少々周りが見えなくなってしまう程に熱くなってしまい、この事から勝利に焦るあまりミマサカミのエネルギー消費を多くしてしまう要因に繋がる。補佐役の存在はそういった浪費を抑制する役割があり、操縦者を律する事が出来る者が補佐役になるのが望ましい。そういった意味では、自分よりもユキノの方がミチルを補佐する者としては理想的であると言える。
それに、ユキノが補佐役になってくれれば自分としても自由に行動出来て何かと都合が良い。
そこまで考えると、カイはニッコリと微笑んでユキノに対して首を縦に振る。
「ええ。ユキノ様のご要望ならば仕方ないです、補佐役を譲りましょう」
「ちょ!?」
ミチルは目を見開いた後、食いかかるようにカイを睨み付ける。その様子にカイは「おんやぁ~?」とニヤリ顔で首を傾げる。ユキノが見ている前ではミチルが自分に手荒な真似が出来ない事を知っての行為である。
故に、ミチルの顔に青筋がいくつも形成されるが、ミチルは身を震わせながらそれに耐えている。
「ミチルちゃん、ユキノ様からの指示なんだから当然従うよね~?」
「う、ぐっ……………………………ええ、勿論。ユキノ様が補佐役で問題ありませんとも」
カイを睨み付けたまま、忌々しそうにミチルは吐き捨てた。
(カイ……覚えておきなさいよ)
(悪いね、ミチルちゃん。俺にも色々と仕事があるんだよ)
カイは愛想笑いを浮かべるとそそくさとミチルとの距離を開け、ユキノの元に駆け寄る。補佐役をやる上で必要なミマサカミの操作手順を教えるためだ。
「んじゃ、ユキノ様。エネルギー出力の管理並びにエネルギー補充の方法をお教えしますね~」
「うん、よろしく頼むよ」
カイからのレクチャーを素直に受け入れるユキノ。これでやっとノブガと対等だ、自分の意思でミマサカミの操縦は出来ないものの、ミマサカミに搭乗しミチルの助けをする事で間接的にノブガとのヴェスティード同士による対決が実現した。
今日こそ、どちらが尾張国次期当主として相応しいのか決めるのだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。
尾張国・稲生部・軍事拠点。
〈ヴェスティード各機、カタパルトデッキに一律固定。ハッチオープン、同タイミングで出撃して下さい〉
トシキの声でアナウンスが流れ、出撃用のゲートが開き、カタパルトデッキに配置されたアッシガール隊の頭部に『永楽通宝』の家紋面が装着され、赤いヒヒイロカネ装甲が茶色に変化していく。
その後、アッシガール部隊が一斉に「出陣します!」と声を揃えて次々に出撃していく。いよいよユキノとの最後の決戦に向かうのだ。
そしてダイロクテンとヒナタカミもカタパルトデッキに配置された後、同様にそれぞれの家紋面が装着され、ダイロクテンは黒に、ヒナタカミは朱色に、その装甲の色を変えていく。
〈ミツコ、お前も出撃するのか?〉
〈ええ、勿論〉
〈もう一度だけ言っておくが、オレの邪魔をするようならお前であろうと容赦はしないからな〉
〈それも分かってる。だから、私だって自分のやりたいようにやらせてもらうわ。貴女こそ私の行動を邪魔しないでよ〉
〈……お前、何を考えてる?〉
出撃前の会話。ノブガに問われたミツコは「ふふん」と軽く笑い飛ばす。
〈さあて、どうかしらね〉
〈おい、それは一体どういう――〉
〈お2人共、早く出撃して下さい。後ろがつっかえてますので〉
トシキから苦言を呈せられ、余裕な表情のミツコと釈然としないノブガは同時に「了解」と返事をする。
〈明智ミツコ並びにヒナタカミ、出陣するわ!〉
〈織田ノブガ並びにダイロクテン、出るぞ!〉
カタパルトデッキが加速して出撃ゲートまで移動し、そこから一気に各機体自身のスラスターを起動して勢いよく外に出て方向転換。
しかし、ミツコはノブガのダイロクテンとは反対方向へと加速して進んでいく。
これには思わずノブガも慌てた声を出さざるを得ない。
〈お、おい?! ミツコ、どこに行くんだ! ユキノ達はそっちには居ねえぞ!!〉
〈ええ、知っているわよ〉
〈なら、どうして!!〉
〈言ったでしょ? 私のやりたいようにやらせてもらうって〉
〈だから、それは一体何なんだよ……〉
〈それは……今は言えないわ。それを言ってしまえば多分貴女は私の行動を妨害するだろうし。ただ、貴女が損するような事は絶対にしないから、それだけは約束するから安心してほしいの〉
〈……〉
それを言われてしまえばノブガとしても何も言う事は出来ない。ミツコもそれ以降何も言わずどんどんノブガから距離が離れていく。
〈ノブガ様、こちらから遠隔操作でヒナタカミの動力炉を停止する事も可能ですが〉
〈いや、いい。アイツの好きなようにやらせておけ。ミツコ自身も、何か考えがあるんだろう〉
〈承知致しました〉
トシキとの通信を切ってダイロクテンはひたすらに目的地に向かって進軍し続ける。
そのまま先行していたアッシガール部隊を追い抜くと彼女達の先頭に立つように配置に着く。
アッシガール部隊の両脇で並走するハンジ率いる伊賀隊及び戦車隊、全ての戦力は揃った。
先日は向こうからの侵攻を許したが今日は自分の番だ。ユキノが逃げも隠れも出来ないようにキャンプ地への奇襲作戦である。
ノブガは通信回線をその場に居る全員に繋いで言い放つ。
〈いいか、お前等。敵の数が減ったとは言えオレ達の戦力が向こうより少ない事に変わりは無い。つまり、戦が長引けば息切れするのはこちらなのは必至だ。ならば、今日この日でけりを着けるしかない、己の全力を以ってユキノの戦力をブッ潰すんだ、分かったなお前等!!!〉
〈『了解!!』〉
ノブガの鼓舞の言葉に全員が一斉に応える。この場に居る者達の想いはただ1つ。勝って大将の道を切り開くのだ。
(明智のお嬢ちゃんの姿が見えない。つー事はやっぱりやるつもりなのか)
そんな中、ハンジは内心で出撃前の出来事を思い出していた。
思い詰めた表情でこちらに歩んできたミツコは自分に問うたのだ。
――ハンジさんは言いましたよね?――
その言葉の真意が分からず、首を傾げる。はて、自分はこのお嬢ちゃんに一体何か特別な事を言っただろうか。まだナンパの文句も言った覚えは無い……筈である。
そうやって思案している時に、ミツコがこれ見よがしに嘆息した。
――戦争はどれだけ兵器が進化しようともあくまで人間がやるものだと、そう言いましたよね?――
その問いに頷く。確かに言った、今回の作戦会議において彼女が戦力数でしか戦の優劣を判断していなかったからだ。
かの西洋では戦力差を見事にひっくり返してみせた串刺し公が居り、彼は敵の捕虜を敵軍への見せしめとして捕虜達を串刺しの刑に処したという。
串刺し死体を見た敵兵は恐怖し、戦意を喪失した事で見事勝利をおさめたのだ。
戦争は機械ではなく人がするものだ。それはつまり、戦場は常に合理的な判断ではなく彼等の感情によって左右される事を意味する。
如何に優れた兵士であろうと如何に兵士の数が勝っていようと「もう戦いたくない」と彼等がそう思った時点で勝敗は着いているのだ。戦意喪失した兵士程戦場において邪魔なものは無い。
たとえ兵器がどれだけ進化しようと、それを人が扱う以上はその兵器には人の感情が宿っている事になる。
あの発言は、そういった「相手を数で押しきるのが戦争のセオリーではない」という事を伝えたくて言った言葉だ。
そして、ますますその発言を掘り下げようとするミツコの真意がハンジには分からない。一体この少女は自分に何を問いかけようと言うのだろうか。
――あくまで人の意思でやるものだと言うのなら、ノブガと弟さんが互いに争う意思を無くせば、この戦いは終わりますか?――
これはまた回答に困る事を聞いてくれる。
答えは是とも言えるし、非とも言える。
ユキノが素直に引っ込んでくれるのなら、あとは尾張国当主からノブガが正式な後継者として発表されるのを待てばいいだけの話だ。少なくとも、こちらから戦をふっかける意味は無い。
だが、向こうは違う。たとえ大将であるユキノに争う意思が無くとも、その背後に控えるユキノ派の貴族達が黙っていない。どれだけ兵士が戦意喪失しようとも関係無しにこちらに戦力を投入してくるだろう。
そうなれば、敵の兵士はどうなるだろうか。戦場での恐怖と貴族側からの圧力によってヤケクソになり、いずれ特攻を仕掛けてくる。
命を軽視した部隊程相手をして怖いものは無い。そんな事をされればあっという間にこちらがガス欠となるのは明確。
なので、ミツコへの回答として正しいのは以下の一文に収まる。
“ノブガとユキノ派の貴族から戦意が無くならない限り、この戦いは終わらない”
ユキノ派の貴族が「この戦いは割に合わない」と判断しなければ、尾張国当主からの正式発表されるまで延々と侵攻を受けるだろう。奴等からすらば、発表がある前にノブガを亡き者にすればいいだけの話なのだから。
そしてそんな事をされれば、こちらの物資があっという間に尽きる。
戦況を遠目から高見の見物をしている貴族達に戦場の恐怖を与えるのは困難であるため、争いを止める確実な方法を挙げるのなら、大将の首を討ち取るのが一番望ましい。
それでもこれ以上の犠牲を出さずにこの家督争いを止めたいのならば、貴族ですらこの戦いの継続が困難になる程の何か大きな力が働くぐらいの事が無ければ到底無理だろう。
ハンジの見解を聞いたミツコは暫く思案すると、やがて何か思い付いたのか大きく頷いた。
――ありがとうございます。おかげでやるべき事が見えた気がします――
何を、とは敢えて聞かなかった。こちらに向けてくるミツコの瞳には確かな“覚悟”が宿っており、野暮な事を言うものではないと感じたからだ。
このお嬢ちゃんはどうしようもなく甘ちゃんでお人好しで理想主義者だが、自分の尻は自分で拭ける強い責任感がある。
こちらの仕事を増やさないというのなら、ハンジとしては一向に構わない。むしろ、ミツコがどんな事を企んでいるのか、戦場でどんな奇跡をしでかすのか大変興味がある。
駿河国でヴェスティード1機だけで自分の包囲網を見事抜け出した時のように、幾度と無く自身の友人の危機を救ったように。
そこまで思い出して、ハンジは戦車の中で口元をニヤリと歪める。
精々、彼女の登場まで戦いを引き延ばして温めておくとしよう。主役は遅れてやって来るというのは、この世の常なのだから。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。
同時刻・軍事拠点。
稲生部の山岳地帯に隠れるように建造されたノブガの軍事拠点。トシキは端末を操作しながら各ヴェスティードに搭乗しているパイロットのバイタルサインを逐一チェックする。バイタルサインに乱れがあれば、即座に通信で撤退を指示できるようにするためだ。
そんな中、端末の隅で新着メッセージが追加された事を意味する「!」が吹き出しの中で表示され、それをタッチして内容を閲覧する。
“技術内部もしくはそれに近しい者の中に内通者有り”
送り主不明のメッセージ、だが送り主を示す独特のコードから誰が送ってきたかはトシキには容易に想像が着く。
「なるほど、確かに。こちらの軍事拠点の位置を的確に把握しているのが伺える事からそう考えるのが妥当でしょうね…………カイ」
ノブガという少女に仕える同志からの情報にトシキは小さく笑う。
今回のカイの裏切り、それは事前にトシキとの打ち合わせで決まっていた事だ。
いや、そもそもカイの裏切り自体は以前からカイ自身が計画しており、正確にはトシキがその計画に乗っかっただけに過ぎない。
きっかけはカイがノブガを裏切った日の事だ。あの日のカイの言動は明らかに挙動不審であった。
――と、トシキ?! いつからそこに……――
――え、な、ナンパ……?――
――い、いや……そう! ナンパ! ナンパしてました! はは、中々単純ながらも気難しい相手でねぇ!!――
――お、おう! これからは気を付ける、うん!!――
カイの言葉を思い出せば出す程、思わず嘆息してしまう。
あんな大根演技で自分をどうにか誤魔化せると思われていたと思うと苛立ちが沸き上がるし、仮にも尾張国現当主の懐刀ならばもう少し動揺を隠す事は出来ないのだろうかと悩ましくも思う。
だからこそ、ノブガとミツコがヴェスティードによる模擬戦をしている間に問いただした。
観念するように口を開いたカイからもたらされたのは、ユキノの進軍並びにヴェスティード破壊工作の情報、そしてカイ自身の願いだった。
カイなりにノブガの身を案じての行動だったのは理解している。彼女を政治の駒にしないために、遠ざけるために。その上での裏切りだ。
だが、それでも自分はカイと同じ道は歩めないだろう。
カイは敗北によって彼女のしがらみを取り除こうとしているようだが、自分は違う。自分は勝利によって彼女の未来を切り開きたい。
彼女は才ある人間、尾張を腐らせる意地汚い貴族共とは違う。彼女ならば、きっとそんな貴族を排除して尾張をより良い方向へと導く事が出来る。それだけの力がある。
故に最初は、即座にカイを捕縛するつもりだった。ノブガの邪魔をする者はたとえ同志であろうと消す必要がある。
それでも敢えて見逃したのは、カイにはまだ利用価値があったからだ。
見逃す交換条件として、こちら側のスパイとして敵側の情報をリークする。
これによって爆破される予定だったヴェスティード生産工場から最低必要数を事前に運び出してから爆破、ヴェスティードはトレーラーに載せて稲生部の軍事拠点へ輸送。
ユキノ側の勢力がこちらへ到達する時間を逆算してヴェスティードを含めた全兵器の整備を終えて万全の準備を整えたのだ。
恐らく、カイからのリーク情報が無ければ不完全な状態でユキノ軍と衝突し、早々に敗れていたかもしれない。
安堵する一方で想定外な事が1つ……いや2つ程ある。元々はこちらの手筈でスパイとしてユキノ側にカイを潜り込ませるために頃合いを見て取調室での拘束を解く筈がまさかのユキノの忠臣であるミチルの襲撃を受けた事。そしてカイがこちらにすら極秘に開発を進めていたミマサカミを奪取された事。
特に後者に関しては控えめに言って最悪としか言い様が無い。まあ、カイからのメッセージから察するに意図して向こうに渡ったわけではなく、こちらに潜んでいる内通者によってミチルに存在が露呈してしまったようだ。
トシキは息を吐くと思案するように考えを巡らせる。思う事はただ1つ、内通者が誰であるのかだ。
ミマサカミの事を知っているのならば、恐らく開発部の人間だろう。だが、カイはミマサカミを仲間である筈の開発部の人間にすら隠して開発していたのだ。それもトシキが気付かない程に巧妙なまでに。果たして開発部の人間がミマサカミの存在に気付けるのだろうか。
「何してるですか?」
「……」
突如後ろからひょっこりと顔を覗かせたヤスナの存在に思わず頭を悩ますように黙ってしまう。
しかも端末に映っているカイからのメッセージまで見られた。ヤスナは相変わらず感情が見えない無表情な面立ちで「内通者ですか」と呟いた。
トシキは咎めるように言葉の端々に鋭さを持って言う。
「徳川さん、入室するならノックをして下さい」
「忘れてたです」
確信犯なのかそれともただマイペースなのか。感情が読めないというもの程厄介なものは無い。
ヤスナは首を傾げてトシキに問う。
「ボク達の中に内通者が居るですか?」
「居る可能性があるだけでまだ何とも言えないというのが現状です。それより、何かご用ですか?」
ヤスナからの問いかけに応えつつ、こちらからもヤスナに問う。何故このタイミングで自分の元を訪れたのか。
そう問いながらもトシキはヤスナに対しても疑いの目を向ける。開発部の人間とは限らない以上、可能性として全ての人間に疑いがかかる。
それにヤスナはOS開発だけでなくこちらのデータベースの管理並びにサーバー増設等も請け負っている。
各員の行動ログ全て把握しているのはこの中で彼女だけだ。
ヤスナはトシキからの問いかけに対してそのまま何て事ないように応える。
「先日の戦闘ログの確認です」
「戦闘ログ?」
トシキの言葉に頷く。
「設定したOSがこちらの意図する挙動をきちんと行っているのか、エラー等によって不具合が起きていないか逐一チェックしているです」
「そう、ですか」
ヤスナはすぐに椅子に腰かけると、トシキから離れた位置にある端末からOSの異常をチェックする作業を始めた。
今のところ、特に目立った異常は見当たらない。
「……っ」
しかし、1つだけ気になる部分がある。それは異常と呼ぶにはあまりにもお粗末なものと呼ばざるを得ないが。
1機だけ、OSを書き換えようと何者かがアクセスしようとした痕跡があったのだ。
「機体種別はアッシガール……この識別式号は倉庫裏に隔離された……なるほどです」
倉庫裏とはカイがミマサカミを隠していた場所だ。恐らく、カイは生産工場から持ち出したアッシガールを改良することでミマサカミを開発したのだ。
ならば、果たしてOSを書き換えようとしたのはカイだろうか。
いや、違う。
「あのバカがやったにしては、作業が雑すぎるです。だとすると……これは内通者の」
OSへのアクセス時間はおおよそ夕方5時に限定されている。また、この時間に絞って調べてみると不正なアクセスの痕跡が同一時刻に発生している。
「前田」
「何でしょうか?」
ヤスナに呼ばれてトシキは監視カメラの画像データ確認の手を止める。
「夕方5時付近には、開発部では何があるですか?」
「……その時間はヴェスティードの整備作業中ですが」
「ヴェスティードの、整備作業……」
「ええ。主にこちらに届いたヒヒイロカネを装甲に加工したり、武装の出力調整を行っていますが……それがどうかしたのですか?」
「……いえ、何も無いです」
ヤスナは少し思案し、1つの可能性を考える。
(サーバーに記録された開発部員の活動ログに目立った動きは無い。なら、これは内通者の仕業じゃないです)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。
尾張国・末森城。
「キミがカイが報告していた娘か。突然の訪問で些か驚いたが、一体何の用だ」
そこで一旦言葉を区切り、ヒデユキを見据えて頭を下げ忠義の礼を取る少女、その真偽を問うべく少女の名前を呟く。
「明智ミツコ」
「……突然の訪問にも関わらずこうしてお目通しいただき感謝致します、尾張国当主・織田ヒデユキ様」
「生憎だが、もうすぐその役職は別の者に引き継がせる予定だ。キミも分かるだろう、ノブガとユキノの抗争を」
「ええ、それはよく承知しております。ですが、今回の話はその姉弟争いの件にございます」
「ほう……?」
ミツコの言葉をヒデユキは静かに聞き入れる。
「私にノブガの肩入れをしろと、そう言いたいのか」
「いえ、そうではありません」
そこで初めて、俯いていた頭を上げてヒデユキとミツコの視線が空中でぶつかる。
「ノブガとユキノ、双方と話をしてほしいのです。当主としてではなく、1人の父親として」
【次回予告】
始まりはそうではなかった。
小さな親愛がそこにあったから。
そもそも道を違える事はなかった。
周りの思惑がそこにあったから。
憎しみはそこになかった。
何故なら。
絆は確かにあったから。
次回、【2人の絆】




