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悪鬼戦乱のヴェスティード  作者: 語説囃子
【第1章:悪童の野望】
15/18

第15話【進むべき道】

2018/2/3

次回予告の内容及びタイトルを変更しました。

 尾張国・稲生部・軍事拠点。



 山岳地帯に囲まれた軍事拠点の作戦室にて、再度ノブガ達6人が集う。

 表情は芳しくなく、全体的に空気も重い。

 集まった理由は言わずもがな、次なる戦闘の作戦を練るためである。

 全員が押し黙った中で、最初に口を開いたのはトシキだった。


「……今回の戦闘、朗報と悲報がそれぞれ1つずつあります。前者は、ユキノ派だった貴族達の一部がこちらへの後ろ楯を申し出てくれた事ですね、これによって戦力の増強と建て直しも幾分か期待出来ます。後者に関してはですが、これは皆さんも杞憂しているように、敵側に1機だけとは言えヴェスティードが渡ってしまった事ですね」


 敵の手にヴェスティードが渡ってしまった事、そして機体の能力こそがここに居る全員にとっての不安の種なのだ。

 そして、スクリーンを下ろし、問題のヴェスティードであるミマサカミの画像を映し出す。

 トシキは引き続き、ミマサカミの機体データを伝える。


「製造識別式号T20-K03、名称はミマサカミ、ヒナタカミの姉妹機としてカイが独自に製造した近接特化型の機体です。しかし同じ近接特化型と言っても、ヒナタカミとは大きく異なったアプローチがされています。それを象徴するのが肩部に収納されたヤタノ反射鏡装甲板と各関節部に内蔵された特殊な熱エネルギー発生装置です」


 スクリーンに映した画像を切り替えてノブガのゴーグル内に記録されたキャンプ地戦での映像が流れる。

 ミマサカミがヤタノ反射鏡装甲板を展開してからあの奇怪な分身能力を発動させたところで映像を止める。


「カイの使用していた端末内に保存されていた資料によりますとヤタノ反射鏡装甲板の役割は、各スラスター並びに関節内の熱エネルギー発生装置によって生み出された1450度の熱量を自機周囲に濃縮させる事にあります。こうする事でミマサカミ周囲とその外側とで空気の密度に大差を生じさせ、一種の蜃気楼のような現象が発現し機影による残像があたかも分身しているように見せているのです」


 そこまで説明すると、再び映像を再生させ、今度はミマサカミの両手が青白く発光したところで停止する。


「これはある意味、先程の分身能力よりも厄介です。下手すれば、この武装だけで我々の戦車部隊と航空部隊を殲滅する事が可能です」


「そいつは聞き捨てならねえな。一体どういう事だ?」


 戦車部隊と航空部隊の両方の指揮を執り行っている者として、ハンジはトシキに尋ねた。ハンジとしても戦闘のプロとしての矜持がある。たかが一種類の武装のみで自分達の部隊が殲滅されるとあっては黙っているわけにはいかない。


「この青白く発光している状態の間、手首部分の熱エネルギー発生装置によってミマサカミの両手からは約4200度の熱量が放たれています。これは戦車と戦闘ヘリに使用されている装甲を易々と融解並びに貫通させる事が可能です」


「待て、それだけの熱量を放出すればヴェスティードの骨組みとなる内部フレームも融けるんじゃないのか?」


「ええ、普通ならばそうでしょう。ですが……」


 トシキは苦々しい表情を浮かべて手元の書類に目を通して小声で「よくもまあ、こんな開発案を……」と溢し、軽く一度だけ咳をして仕切り直すとばかりに説明を再開する。


「先程までの説明でも十分ご理解頂けたかと思いますが、このミマサカミにはヒナタカミとダイロクテンとも異なるシステムが多数搭載されています。その中でも特に異質なのが、二層構造によるヒヒイロカネ装甲の使用、そして内部フレームの繊維内に埋め込む事で全身に張り巡らされた小型電子回路」


 手元の端末で操作しスクリーンの映像をミマサカミの内部構造を表した画像に切り替える。


「ヒヒイロカネ装甲の二層構造に関してですが、これは外側を覆う装甲と内側の内部フレームを覆う装甲によって構成されています。外側のヒヒイロカネ装甲は従来のものと同様に家紋面からの電力供給によって性質変化を遂げます。一方で内側のヒヒイロカネ装甲は内部フレーム内の小型電子回路からの電力供給によって外側よりも優れた耐熱性への性質変化を遂げる事が出来るというわけです。これにより、内部フレームの融解を防いでいるようです」


 次に手首並びに手の部位を拡大して表示する。さらにその横にスワイプで青白く発光した際の手の画像も並べる。


「つまり、青白く発光しているのは内部のヒヒイロカネ装甲の性質変化による装甲色変化であるというわけです。そして手首部位の構造ですが、これは先の戦いでは確認出来なかったものの、どうやら伸縮自在であり距離の離れた相手をも容易く捕捉出来る潜在性を有しています」


「なら、何故オレが撤退する時に使用しなかったんだ?」


 今まで黙ってトシキの説明を聞いていたノブガが口を開いてトシキに尋ねる。

 その問いに対してトシキは少しだけ黙ると、「確証はありませんが」と述べてから答える。


「恐らく、相手のパイロットはまだミマサカミの機体能力を全て把握出来ていないのではと推測します。次の戦闘からは積極的に使用してくるものかと」


 その言葉にハンジは溜め息を溢しながらも頷く。懐から小箱を取り出して煙草を1本吸いたいが、喫煙場ではないので自重する。だが、煙草を吸わなければやっていけないとばかりに苛立たしさが募る。


「だろうな。なんてったって、向こうにはそのミマサカミっていう玩具の生みの親が居るんだからよ。兵器のレクチャーぐらいはやるだろ。ったく、こっちも商売あがったりだぜ」


「っ……」


 1機の存在で自分の部隊が無力化される恐れがあるのだ。部隊を預かる身として、遠回し的に戦力外というのは屈辱極まりない。

 ノブガはハンジの「ミマサカミの生みの親」という部分を聞いて顔を僅かに歪めた。

 トシキはそれを横目で確認すると「ですが、そう悲観する事もありません」と言った後にスクリーンの映像を消して手元の資料ほ束をテーブルに置く。


「ミマサカミは排熱機構を有しているもののこれだけの装備を搭載しているが故に積載量の都合で冷却装置を積んでいません。長期戦に持ち込めればエンジンが高熱によってオーバーヒートして無力化する事が可能です」


 そこまで言うと溜め息を漏らす。あくまでも長期戦に持ち込めればの話であり、ミマサカミには戦闘を短期で終わらせるだけの能力を有している。

 こちらの中枢戦力のみに集中して運用し、それらを無力化してから下がれば十分な仕事をしたと言える。


「ミマサカミの機体性能の概要は以上です。続いて現在確認出来る相手の戦力ですが、戦闘ログから計測するに我々が討ち取った敵の総数は2000騎程であると推測しますと、残りは3000騎ですね」


「……増援を呼ばれるのは面倒だな。こちらの戦力は?」


 ノブガの問いにトシキは頷いてから答える。答えながらも、ノブガの身を案じるようにその表情を注意深く確認する。パッと見は平気そうに見えるのが性質が悪い


「400程ですが、先程申したようにこちらに寝返ったユキノ派の貴族から約1000騎の戦力を確保出来るので、総数は1400騎と考えていただければ」


「そうか。ならばますます相手の補給経路を断ちたいところだな」


 地図を見つめ、ノブガはユキノの軍勢が末森城からキャンプ地までの進行経路を確認する。


「所詮は寝返った戦力だ。こちらの戦況が傾けば再び向こうに簡単に加勢するだろう。少しでも被害を減らすためにも相手の戦力増強を阻止しなければな」


「ノブガ……?」


 ミツコは不安そうにノブガを見つめる。ノブガにしては慎重な一手だ。いつもならもっと強気に攻める筈なのだが、恐らくカイがユキノ側に行ってしまった事で「裏切り」という可能性に敏感になっているのかもしれない。

 傷付く事に臆病になっているようにミツコには感じられる。

 その何か言いたげなミツコの視線にノブガは苛立たし気に睨み付ける。


「何だよ、何か文句でもあるのか?」


「いえ、そうじゃないわ。ただ、貴女は少し休むべきだと思っただけ」


「休む……? この状況でか、冗談だろ?」


 肩を竦めておどけてみせるノブガの姿に、ミツコは益々眉間に皺を寄せる。明らかに無理をして空回りしている。

 ノブガは笑みを浮かべてミツコの肩を数回叩く。


「オレはここの大将で、お前達を引っ張る必要がある。勝つためならどんな犠牲だって厭わない、その覚悟でユキノとの戦いに臨んでいるんだ」


「……その犠牲の中に自分まで含めるのは、それこそ馬鹿としか言い様が無いし、悲しいだけだわ」


 その言葉にノブガの笑顔が歪む。見るからに不機嫌そうな表情に変わって冷めた目でミツコを睨む。


「オレは尾張の大ウツケだから馬鹿だし、それが悲しいかはオレが判断する。お前が気にする事は何も無いだろうが」


「そうやって自分を孤独に追い込んだって何もならない。貴女だって分かってるでしょう? とにかく、少しは頭を冷やすべきよ」


 ミツコの言葉にノブガは「ハッ!」と鼻で笑い飛ばす。


「今は絶好の攻め時だ。むしろ、冷静になるべきはお前じゃないのか?」


「どういう意味よ」


「奴等はいつここを攻めてくるか分からない。しかも、こちらへの突破札をも手に入れたんだ。なら、こちらから牽制する事で向こうの動きをある程度抑制するのが定石だろうがよ」


 ノブガの言葉も一理ある。ミツコだってそれは理解しているが、どうしてもミツコの目にはノブガが死に急いでいるようにしか見えないのだ。

 早く戦場に行きたい、早くユキノを殺したい。言葉の端からそのような不純な殺意が見え隠れしている。


「自分の事を大将だと言うのなら、尚の事、後方で控えるべきだわ。敵の狙いは貴女の首なのだもの、わざわざ死地に赴く必要は無いでしょ」


「これはオレとユキノによる家督争いだ。なら、オレが前に出なきゃ示しが着かないだろ。ユキノは、オレの手で倒さなきゃいけないんだ」


 誰にも手出しはさせない。そのような強い意志が瞳に宿っているが、ミツコだって大人しく引き下がるわけにはいかない。

 ミツコとノブガが険悪な雰囲気で睨み合う中、ヨシノは「あわわわわ」と呻いて2人を止めようか否か迷っており、他のヤスナ達3人は行く末を黙って静観している。


「命まで取る必要は無いでしょ。弟さんが家督を諦めれば、それで済む話じゃない。それじゃいけないの?」


 ミツコとしてはノブガにユキノを手にかけて欲しくない。唯一の血を分けた姉弟を殺す事は、きっとノブガの心に影を差す。そう確信するのだ。

 しかし一方のノブガは溜め息を溢して「だからお前は甘いんだよ」と漏らす。


「口では諦めたと言っても、本心がそうとは限らない。ユキノの事だ、また家督を奪うためにこちらに戦いを仕掛けてくる。たとえアイツ自身がするつもりが無くても、その周りの奴等がアイツを焚き付ける。どのみち、アイツの命を見逃せばオレ達は余計な戦いを繰り返す事になるんだ」


「だから、殺すと言うの?」


「―――だったら、どうすればいいって言うんだ」


 少しだけ震える手で胸元のネックレスを強く握り締める。まるで静まらない不安を落ち着かせようとすがり付いているようにも見える。

 引き笑いを浮かべながらも、怒りと悲しみが混じったような表情でミツコを見つめて「教えてくれよ」と力無く呟いた。


「なあ、ミツコ。物事は常に取捨選択の連続だ……オレは自分の未来を取るために弟の命を捨てる。それが間違いだって言うなら、オレは何を捨てるべきなんだ……」


「それは……」


 何を捨てるべきなのか。その問いにミツコは言葉を詰まらせる。

 唐突に、ミツコの中で妹の断末魔が響いた。


――お姉ちゃんの、人殺し!!!――


 脳内で何重にも妹であるヤスヒの声が木霊して広がり、思わず目を見開いて脂汗が頬を伝う。自分の中に渦巻く強迫観念によって徐々に息が乱れ始める。

 赤い髪、赤い手、赤い顔、足元に広がるのは赤い海。目の前に立つのは怯える最愛の存在。

 妹を守るためだった。そのために自分の身を赤く染めたのだ。


 物事は常に取捨選択の連続、ノブガの言うそれはきっと真理なのだろう。この世界の構造と成り立ちを的確に現しているに違いない。


 そうだ、ならば。自分もまた、ノブガと同じ選択を過去に肯定し、実行した――いや、してしまった。


「……分からない」


 恐らく、ノブガの今の心境はあの頃の自分と同じなのだ。

 追い詰められて追い詰められて、限界ギリギリまで心を削られている。

 それでも選ばなければならない。何を捨てて何を取るかを。

 だからこそ、ミツコには分からない。ノブガにとって何が最善の答えになるのかを、何を代わりに捨てるべきかを。何故なら、ミツコ自身も過去におけるその答えを見つけられていないのだから。


「何を捨てるべきなのかは分からない、けど……っ」


 本当はもっとたくさんの可能性があった筈だった。だが、その可能性を考えなかったし、そもそも考えられなかった。


「ミツコ、お前は――」


 ノブガがこちらに手を伸ばしてくる。

 そこで限界だった。

 一度始まってしまった発作によってミツコの視界が歪むと、そのまま立ち眩みを起こして壁に体を預けるようにもたれかかる。だが過呼吸になりながらも視線だけはまっすぐにノブガを見据える。

 何か言わなければ、そうしなければきっとノブガは弟を自分の手で殺め、きっと心に深い杭が打たれるだろう。

 しかし、ノブガに返す言葉が見つからず、自身の手を強く握り締めるしかない。


「ノブガ……」


「ちょ、ちょっとミツコ大丈夫?!」


 衰弱したミツコの様子にヨシノが駆け寄り、ミツコに自身の肩を貸す。ノブガは目を伏せると、作戦室の出入口の方を指差して淡々と述べる。


「……ヨシノ、ミツコを医務室に連れて行ってやれ」


「う、うん。分かったよ、ノブガさん」


 ヨシノはノブガの指示に従ってミツコを医務室に連れて行こうとする。その途中、ミツコとノブガの視線がぶつかる。


「「……」」


 だが、お互いに何も言えなかった。何を言うのが正しいのか、お互いに分からなかったのだ。

 作戦室からヨシノ達が退室するのを確認すると、ノブガはトシキ達に向き直る。


「作戦の続きを話すぞ」


「良いのですか、ノブガ様」


 トシキからの問いにノブガは「構わない」と言い捨てる。最早、余計な事は全てシャットアウトするとばかりに、表情を固め、瞳に陰が差す。


「ユキノを討ち、次期当主になる。これは決定事項だ」






 軍事拠点・廊下。

 作戦室から退室してから数分後、段々と呼吸も落ち着き始め、ミツコは弱気な声音でヨシノに尋ねる。


「ねえ、ヨシノ。私は、間違っているのかしら……?」


「間違ってるって、何が?」


「家族で争わずに……誰も傷つかずに済む事を望む事よ」


「……まあ、そんな虫の良い話は中々無いよねとは思うよ。理想論だし、それがまかり通るならそもそも家督争いなんて起きないんだから」


「……」


 無言になって表情が暗くなるミツコを横目で見た後、ヨシノは「でもね」と続ける。


「あたしはさ、正直言うともう懲り懲りなんだよね。目の前で学園の友達が殺されるのを見て、偵察として動いて、戦争が終わったと思ったらすぐさま次の戦争、しかも仲間の裏切りもセットと来た。ぶっちゃけ、よく皆戦えると思うよ。あたしはもうお腹いっぱいだから」


「……」


 ミツコは黙ってヨシノの話に耳を傾ける。優しいヨシノの声音は、ミツコの心に染み渡るように波紋を広げていく。


「だから、あたし個人としてはミツコの意見には大賛成だよ。殺す殺されるの理論が正しいって言うのはとても単純なんだろうけど、人の命はそんな理論で片付けていいほど単純じゃない。そんなの、思考停止するのと変わらないじゃん」


「……ええ、そうね」


「だから、考えるしかないよ。どうやったら誰も傷つかずに済むか。それに、ミツコとノブガさんは1つ決定的に間違ってる事があるよ」


「え……?」


 ヨシノは「にひひ」と笑いながら伝える。


「そもそも当主の地位を得るために弟さんの命を捨てるっていう考え方がおかしいんだよ。“地位”と“命”はベクトルが違うから天秤にできるものじゃない。地位を得るなら別の地位を捨てる、命を得るなら別の命を捨てる。それが本来の、正しい取捨選択って言うんじゃないかな」


「あ……」


 ミツコは目を見開いた。目から鱗とはまさにこの事である。

 当主の地位とユキノの命は決してイーブンではない。故に取捨選択の対象に成り得ない。

 前提条件が間違っているとヨシノに指摘された事で、一気に何か道が開けた気がした。


「……ありがとう、ヨシノ」


 ミツコの曇っていた瞳に次第に光が戻り始めているのを見てヨシノも笑顔になる。


「にしし、やるべき事が分かったって顔してるね。いつものミツコに戻って良かったぁ」


「ええ。分かったわ、私のやるべき事、私が進むべき道が」




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。



 出羽国・米沢城。



「あ~、なんか超絶的に暇よのぉ」


 東北の国である出羽国と陸奥国を統べる伊達一族、その現当主の長女である『伊達マサコ』は屈伸しながらテレビのチャンネルを回す。

 その様子を後ろで見守りながら嘆息しているのは、彼女の従姉妹にして同時に付き人でもある少女『伊達ナルミ』であった。


「マサコ様、今日は琴の稽古がある予定ですが」


「そんなの断りなさいの、わっちには必要無いのだし」


「断りませんし、その“わっち”と言うのも改めて下さい。どこで覚えたんですか、そんなの」


「おー、テレビで色っぽい女が使ってての。どうだ、様になってるかの?」


 マサコは「にしし」と笑いながらナルミに問うが、ナルミは眉間に皺を寄せながら首を横に振る。


「全然似合っておりません。貴女は伊達一族――しかも本家筋の長女なのです。家督を継承しないものの、マサコ様は次期当主となられる弟君のマサミ様の地位を磐石にするためにも、良家へと嫁いで貰わねばならないのですから」


「それよ、それ」


 マサコは手元に置いていた扇子を手に取って広げて自身を扇ぐ。

 ナルミの言う自身の弟である『伊達マサミ』のために自分はその補佐を務めなければならない。その言葉に憤りにも似た感情が心の底から沸き上がり、声が少しだけ低くなる。


「なんでわっちがマサミのために人生を捧げねばならんの。わっちだけこーんな箱庭に押し込められて、当のマサミは悠々自適に暮らしている。ナルミ、お前がわっちの立場なら納得出来んの?」


「それは私の口からは何とも。とにかく、与えられたノルマはこなす必要があります」


 淡々と正論を述べるナルミにマサコは「かーっ、本当にナルミはつまらん奴だの!」と嘆いてぐてーと横になり、リモコンを手に取って適当にテレビのチャンネルを回す。


〈――続いて、近隣諸国の間で注目されている前代未聞の尾張国の家督争いの話題です〉


「んむ?」


 すると、ニュースキャスターの声を聞いて思わず手を止めてナルミに尋ねる。


「なぁ、ナルミ。尾張国の跡取りは1人だけじゃなかったか?」


「ええ、我が伊達一族と同じく、尾張国の織田一族も現当主の子供は長女1人長男1人の筈ですが。後継者も長男である織田ユキノだと伺っております」


「うーむ」


 興味本位でリモコンを手元に置き、ニュースに注目する。


〈まさかの日本初の女性当主誕生か、という事で注目を集めている織田ノブガと、当初は次期当主として有力視されていた織田ユキノの両名による家督争いの話題ですが、現状ではどちらに軍配があるのでしょうか?〉


 女性のニュースキャスターがコメンテーターの男性に意見を仰いでいる。同じ女性という立場からして、ニュースキャスター個人としても興味深く思っている様子が瞳から伺える。女性の社会進出というのが、中々認められていない時代背景故だろう。


〈そうですね、兵力差的には圧倒的に織田ノブガ側が不利なのですが、これがなんとも奇怪な方法でこの兵力差を埋めていますね、彼女は〉


〈ズバリ、その奇怪な方法とは何なのでしょうか?〉


 若干食い気味に尋ねてくるニュースキャスターに対して苦笑しつつコメンテーターは手元のタブレット状の端末を操作してカメラの方にその液晶画面を向ける。


〈それはですね、こちらをご覧下さい。撮影用ヘリが捉えた映像です〉


 カメラがグッと液晶画面に近づいた後、画面が切り替わる。そこにはノブガのダイロクテンやミツコのヒナタカミの戦闘時の映像が映し出されていた。

 直ぐ様、その光景にマサコは目を輝かせた。


「なんぞ、これ!!?」


 マサコだけでなくナルミもその様子を興味深そうに眺めて呟いた。


「……これ、たしかヴェスティードですね」


「ヴェスティード? なんぞ?」


 聞き慣れない単語にマサコは不思議そうに首を傾げつつも目は好奇心で煌めいている。

 その様子にナルミは内心で「しまった」と軽率に呟いてしまった事を悔いた。こうなってしまったマサコはかなりしつこく、こちらが口を割るまでずっと付きまとうのだ。

 そのあまりにもの面倒くささを思い出すと、ナルミは憂鬱な気持ちになりながらもヴェスティードの詳細をマサコに伝える。なるべく、マサコが興味を持たないように配慮する。


「別に特別珍しいものではありませんよ。庶民の間で流行ってる『剣闘』と呼ばれる競技種目に使われるカラクリです」


「剣闘……剣道みたいなものかの?」


「まあ、そうですね」


 ナルミは「それにしても」と言いながら、少しだけ呆れた表情でテレビの画面を見つめる。


「尾張国の織田ノブガは大ウツケとの噂でしたが、これは愚者を通り越してただの無謀者ですよ」


「そうなのか?」


 マサコの問いに力強く、確信を持って頷く。


「ええ。ヴェスティードで戦争を仕掛けるなんて、竹刀で真剣を持つ武士に決闘を挑むようなものです。マサコ様も長女とは言え、あのような振る舞いは決して真似しませんように」


「いや、でも……戦況は五分五分らしいぞ、ほれ」


「はいぃ?!」


 マサコが指差したテレビの画面には「戦況は拮抗、一種の膠着状態」とテロップが表示されている。

 そのテロップの内容にナルミは目を剥いて驚愕の声をあげた。


「そ、そんなバカな! ありえませんよ、そんな事!!」


「でも現にこうして結果が出てるわけだしの」


「い、いやでも……う~んんん?!」


 ナルミが腕を組んで頭を悩ましてる中、マサコは構わずにテレビを見続ける。

 テレビには戦場を派手に駆り、戦車や戦闘ヘリを容易く破壊するヴェスティードの勇姿が映されていた。

 その中でもマサコが注目したのは深紅に染まるヴェスティード――ミツコの操縦するヒナタカミの姿だった。

 まるで舞うように戦場を駆け抜け、踊るように近代兵器を破壊していく。背後に巻き上がる爆発の土煙は一種の劇場の特殊効果のように感じられた。


「……欲しい。わっちも、ヴェスティードが欲しい!」


 女性にしか操縦出来ないのは好都合。ヴェスティードがあれば、こんな箱庭に押し込まれた退屈な世界ともおさらばだ。


「ナルミ、遠出の仕度だ! 馬を出すぞ!!」


「は、はい?!」


 善は急げとばかりに立ち上がると、直ぐ様ナルミに馬の仕度を言い付ける。

 目を爛々と輝かせているマサコの心にある野望が芽生えようとしていた。






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。




 尾張国・稲生部・郊外。



 ノブガ達の軍事拠点から離れた位置に建設されたキャンプ地。そこでカイはミマサカミのメンテナンスを行っていた。

 本来ならば、自分は武装開発が専門であり、ヴェスティード全体のメンテナンスはトシキの仕事である。慣れない作業に悪戦苦闘しつつ、懸命に作業を進める。

 このミマサカミはカイが誰の手も借りずに自分の知識と技術の全てを注いで造り上げた傑作であり、我が子のように愛着があるのだ。中途半端なメンテナンスは出来ない。

 すると、作業しているカイの後方から、様子を見にきたユキノとミチルがやって来た。


「どうだい、柴田。ヴェスティードの整備は順調かい?」


「ええ、まあそれなりにですけど」


 ユキノからの問いに頷きながらも、カイは顔をミマサカミに向けたまま動かさない。

 痛み分けとは言え、カイの造り上げた機体は完全にノブガのダイロクテンを圧倒していた。オーバーヒートさえ起こしていなければ、きっと勝っていたのはミマサカミであっただろう。


「この機体の弱点であるオーバーヒート、なんとか出来ないのかい?」


「それはここの設備だけだと難しいですね。冷却装置を取り付けるには機体の積載量の増加と、より多くのヒヒイロカネが必要ですんで」


「……そうか。なら、実質ミマサカミの稼働時間はどれぐらいになるんだ?」


「オーバーヒートまで全力で稼働させた場合、30分が限界でしょう」


「その程度か……」


 カイの返答にユキノは思わず表情を浮かべる。まさに、ミマサカミの使用はとっておきの奥の手と言える。

 ここぞという戦況にしか使用出来ず、またキャンプ地からノブガ達の軍事拠点まで距離があるため、存分に機体性能を有効活用するためにはキャンプ地防衛に絞るのが望ましい。

 溜め息を吐きながらも、仕方ないとばかりに肩を竦める。


「分かったよ。だけど、明日にはすぐ使えるように整備しておいてくれよ」


「へいへい。仰せのままに」


 カイが左手を挙げて手を振ったのを確認して、ユキノは満足そうに頷く。


「なら、僕は参謀と話し合って明日の作戦を固めるとするよ。ミチルはここに残って柴田からミマサカミの操作方法のレクチャーを受けてくれ」


「承知致しました」


 ミチルは従者の礼を取ってユキノの後ろ姿を見送る。その背中が遠くなり、こちらの会話の内容が聞こえなくなるであろう距離を見定めると、そのまま振り返ってカイに話しかける。


「一応言っておくけれど、ヴェスティードに細工しても無駄よ」


 ミチルは完全にカイの事を信用していない。ユキノ側の陣営にヴェスティードの技術師が居ない以上、整備を担当するのは必然的にカイになる。

 ミチルとしても、ユキノからの指示が無くともカイがきちんと整備しているかを自主的に監視するためにこの場へ残るつもりだった。

 カイは顔の向きを変えずに首を横に振る。


「細工なんてするつもりは無いよ。ミマサカミは、俺にとって実の子供のような存在だからね」


「口ではどうとでも言えるわ、私は貴方がユキノ様のために動くとは思えないもの」


「はっきり言ってくれるねぇ」


 ミチルの言動にカイは「ふふ」と小さく笑う。ここまではっきりと“信用出来ない”と断じられてしまうのは悲しさを通り越して愉快になってしまう。

 ミチルは相変わらず視線を細めてカイの後ろ姿を睨み付ける。


「次の出撃も貴方には私と共にミマサカミに同乗してもらうわ。戦が始まってから逃亡されたのでは堪らないもの」


「おー、クールビューティーなミチルちゃんとランデブーとは……信用されない立場というのも中々悪くないね」


「……」


 ふざけた言い回しをするカイに嫌気が差しながらも、腕を組んで問いかける。

 どうしても、ミチルには腑に落ちない事がある。こういう機会でなければ、もう聞ける事は今後一切無いだろう。


「私と貴方は同時期にユキノ様の従者になった。しかも貴方は私よりもユキノ様に近い付き人という立場だった――――それにも関わらず貴方は、誰よりもユキノ様の事を理解していた筈なのに、どうしてノブガ様を気にかけるの?」


「……」


「ヒデユキ様からノブガ様の世話を言い付けられて、それだけで彼女を気にかけるぐらい心を揺さぶられたと言うの?」


 そこで初めて、カイは整備の手を止めた。数秒の沈黙の後に少しずつ語り始める。

 深呼吸をして、心を落ち着かせながら。


「最初から姐さんを特別視してたわけじゃない。最初はとんだじゃじゃ馬姫だと思ってたし、本当の事を言えば、姐さんの面倒を見るのも億劫だった」


 過去の自分を思い出しつつ、当時の心境を言葉に表す。


「父親からは次期当主以上の関心を持たれず、母親からは夫の関心を得るためにプレッシャーをかけられ――――そんな境遇に生まれたユキノ様の気も知らず、父親から愛され何のしがらみも無い庶民の世界で育った姐さんに対して、思う所はたくさんあったさ」


「だったら、どうして」


「人間って現金なもので。それなりに接していれば、愛着が沸いちゃうもんなんだよね。勿論、だからと言ってユキノ様への理解が薄れたわけじゃない」


 少し自嘲染みた笑みを浮かべて、ミマサカミの装甲を手で触れる。

 ヒヒイロカネ装甲に映る自分の表情は、笑っているものの、瞳はとても悲しそうだった。


「ヴェスティードの生産工場を爆破した日――あの日から俺の心はこっち側に着いた。そう決心したつもりだよ」


「……理由を聞かせてもらおうかしら」


「仮に姐さんが家督争いを勝ち取って当主になって、敗れたユキノ様が今度は庶民の世界に下ったとする。2人の立ち位置は今までと真逆になるわけだけど、それは両者にとってきっと辛い未来になる。庶民育ちの姐さんじゃ真っ当な統治なんて出来ないし、今まで当主になるべくして英才教育を受けたユキノ様にとって庶民の生活は到底耐えられるものじゃない。今までの生き方を変えるって事は、それまでの自分を捨てるのと同義だ」


「……」


 ミチルは黙ってカイの言葉に耳を傾ける。一歩違えば、もしかしたら自分とカイの立場が逆転していたかもしれないのだから。

違う未来において自分が抱いていたかもしれない想いを知りたいのだ。



「庶民生活で培った知恵は政治の世界じゃ何一つ通用しないし、当主になるために学んだ帝王学は庶民の世界を生き抜く上で何の役にも立たない。だからこそ、2人にはそれぞれの“進むべき道”があるんだ」


 そう、2人にとって幸せな結末になるために自分は今の立場を選んだ。それに悔いは無いし、これから先もそれを撤回するつもりも無い。

 ――――ただ、心のどこかでもっと他にやり方があったかもしれないとミツコの顔を思い出して染々思う。

 ノブガの友となれる唯一の存在であるミツコの存在は、カイにとってとても大きかった。

 ノブガと肩を並べられる彼女ならば、きっとこれからの未来もノブガの心の支えになってくれるに違いない。

 死に急ぐノブガの危機を何度も救った彼女ならば、ノブガにきっと生きる楽しさを与えてくれるに違いない。

 それら全てを踏まえた上で、ヴェスティードの生産工場を破壊してユキノ側に着いてノブガ達と敵対したのだ。

 全ては正しき未来のために。


 だが、それでも心残りがあるとすれば。


――……そうか、そうだったな。ずっと一緒だったから失念していた――


――……だったら、なんであんな事言ったのよ――


 ノブガとミツコ、2人の悲しげな表情が脳裏に過る。

 自分の意思で選んだ――望んだ筈の今の状況なのだ。その事に異論は決して無い。


 だから彼女達の姿に心が痛くなるのは、きっと気の迷いなのだと心の底に押し込むしかなかった。

【次回予告】


 どこで道が変わってしまったのか。

 もっと他の道は無かったのか。

 何故こんなにも胸が苦しいのか。


 認められたくてここまで来たのに、自分が得たものは一体何だったのか。

 父の賛美を求めて、母の心を求めて。


次回、【ユキノの吐露】



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