第14話【美作守―ミマサカミ―】
尾張国・稲生部・郊外。
「ユキノ様!」
ユキノ達が建設したキャンプ地にて、情報の混乱が生じていた。
一体、ノブガの軍事拠点で何が起こっているのか。分かるのは通信越しに聞こえてくる同胞の断末魔のみ。
歩兵部隊による偵察報告が待たれるが、その報告が届くまでの間、キャンプ地に留まっている面々は心の底から不安でいっぱいになっていた。
そんな中、キャンプ地周辺の警戒を行っていた一兵士が慌てた様子でユキノの元へ駆け出してきた。
その尋常ではない様子から、ユキノの中が悪寒で満たされる。震える気持ちを抑え、恐る恐る兵士に問いかける。
「い、一体どうしたんだ?」
「く、黒いカラクリ率いるカラクリ集団並びに戦車部隊がこちらに向かって押し寄せてきています!!」
「な、何だって?!」
黒いカラクリ、その言葉で脳裏に過ったのはカイの報告書にあったノブガのヴェスティードであるダイロクテン。
しかし、カラクリ集団とは何か。カイの報告書にはそのような報告は無かった。カイが生産工場を爆破した事で、量産型のヴェスティードは全て破壊された筈なのだ。
それなのに、何故。
「まさか……」
考えられる事は唯1つ。
「まさか柴田は、僕を騙したのか!!!」
そうだ、そうに違いない。ユキノの心は怒り一色に染まる。心のどこかでは分かっていた、カイがノブガの方に揺れている事を。
それは報告書に書かれているノブガの身を案じる内容で薄々分かっていた事だ。
だが、それでもカイは自分の付き人であった筈だ。
そして同時に、友だった筈なのに。
「くくく……っ!!」
許せない。許されない。
主君を裏切り、怨敵に寝返る等、決して許さない。
口角が上がって歪に笑い、思わずテーブルを蹴り飛ばす。それでも心は晴れない。怯えた様子でこちらを見る部下達の視線すら気にならない。
「何故姉上は……僕から全てを奪おうとするんだ!!」
最早、家族としての情すら無い。いや、そんなものは元から存在し得なかったのだ。
同じ血を持ってこの世に生まれようとも、決して分かり合えない。
「向こうがこちらに攻めてくるというのなら、迎撃あるのみ! 全員、戦闘準備だ!!」
瞳に宿った爛々と燃える業火は、実の姉を焼き殺すために激しく燃え始めるのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。
尾張国・港町。
「き、貴様! 一体なにも――ぐあっ!!」
「お勤めご苦労様です、お疲れでしょうから少し寝ていて下さいね」
港町の外れにある建物。そこはカイが拘束されている取調室のある場所だった。
見張りの者を次々に蹴り技で薙ぎ倒していくのはユキノの側近であるミチルである。
昨晩から半日かけてノブガの活動拠点である港町に潜入し、ここまでやって来たのだ。
カイの居る取調室にまでようやく到達し、ドアノブに手を掛ける。
「失礼しますよ、カイ」
そのまま入室してくるミチルにカイは複雑そうな表情を浮かべる。
「やあ、ミチル。まさかキミが迎えに来てくれるとは思わなかったよ」
とりあえず笑顔を浮かべてミチルを歓迎するが、ミチルは反対にドブネズミを見るかのような視線でカイを見下ろす。
「気持ち悪いのであまり喋らないで下さい。舌を抜きますよ」
「うっ……」
カイはそのまま押し黙って大人しくする。ミチルは汚物を触るかのような手つきでカイを拘束するロープを指先で解く。
ロープが解かれ、カイは「うーん!」と立ち上がってストレッチする。ずっと長い間、座ったままの状態だったため少し腰が痛い。
ミチルは解いたロープをそのまま鞭のようにしならせると、それをカイの首に巻き付ける。
「ぐえっ!?」
「ほら、さっさと行きますよ」
苦悶の声をあげるカイは首を抑えて嗄れた声で「な、なにすんの?」とミチルに尋ねる。
しかしミチルはその問いに答える事無く無表情のままぐいぐいと室外に引っ張る。
「ちょ、ちょっとミチルさん?!」
「早く私を案内しなさい」
「ど、どこへでしょうか……」
「決まっています」
カイの首を掴み、そのまま廊下の壁に押し当てる。背中が勢いよく壁に激突したためか「ぐっ!」とカイは声を漏らす。
「貴方がユキノ様に黙って秘密裏に開発していた機体があるのは知っています」
「ど、どこでそれを……?」
「ノブガ様の元に潜んでいるユキノ様の部下は貴方1人ではないという事です」
「……なるほどね」
カイは参ったと言わんばかりに両手を上げる。まさか自分以外にも内部に潜り込んでいた存在が居たとは予想外である。
「因みに、どなたか伺っても?」
「そんなくだらない事を聞いてる暇があるのなら、さっさと案内して下さいな」
ミチルがロープをグイッと後ろに引いた事でカイの首がきつく締まる。
カイは顔を歪ませて壁をバンバン叩く。その様はまるでギブアップを要求するかのようだ。
「わ、分かったから……そろそろ解放して」
「生憎、逃走されたら面倒なので案内するまではこのままです」
「……はいはい」
カイは観念し、そのまま歩き出す。ミチルの言う通り、確かに解放されていれば逃げていただろう。
廊下に転がる気絶した警備員の姿を見て、思わず身が震える。たった1人でこれだけの人数を相手にしてここまで辿り着いたのだから。
ユキノへの忠誠心の高さ故、という事なのだろうかと思案する。
建物から抜けると、カイが働いていた開発工場の方にへとその足を向ける。
カイが秘密裏に開発していた機体、その存在はユキノだけでなくノブガやトシキさえも知らない。
恐らくは自分と同じ開発班の人間によってその存在が露呈してしまったのではないか。
自分も把握出来ていないユキノ側の人間がノブガの元に居るのは極めて危険であると判断し、開発班の面々の素性を脳内で次々に浮かべているが、ユキノと繋がりのありそうな人物が見当たらない。
そうこうカイが思案していると、あっという間に開発工場の裏手にある巨大な倉庫に着いた。
なんとか時間稼ぎが出来ないものかと横目でミチルを盗み見るが、冗談が通じない良くも悪くも真面目なミチルに何か話しかけたところで「早くして下さい」の一言で意図も容易く片付けられてしまうだろう。
深い溜め息を漏らし、重々しい気持ちでミチルに告げる。
「……ここにあるよ」
「そうですか、それでは起動も含めて手伝いをお願いしますね」
「はいはい、分かりましたよ」
ガレージを開け、日の光を浴びてヒヒイロカネの赤い装甲が輝く機体の姿が露になる。
その光景にカイは目を細めた。
(ごめんね、ミツコちゃん。今回の戦い、少し厄介になりそうだ)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。
尾張国・稲生部・郊外。
〈ユキノ、今日でやっとお前と決着を着けられると思うと精々するぜ〉
〈それはこっちも同じだよ、姉上〉
キャンプ地では既に戦闘が始まっており、ダイロクテンとユキノの乗る10式戦車が対峙していた。
キャンプ地周辺でもアッシガール隊や戦車部隊との戦闘の爆発音が鳴り止まぬ程に響いており、立て掛けていた幕にも火が移っている。
ユキノは低い声で笑う。
〈姉上、悪いけど……その首、ここに置いていってもらうよ〉
〈フッ、上等じゃねえか。戦車如きでこのダイロクテンに敵うと思うな!!〉
そう言うと、ダイロクテンは勢いよく飛び上がり脚に内臓されている小型ナイフを取り出して10式戦車に襲いかかる。
操縦士として搭乗しているユキノは冷静にダイロクテンの動きを読んでその攻撃を右に車体を向ける事でかわす。
そのままバック走行をしながら後退してダイロクテンとの距離を取り始める。
ダイロクテンはすぐさまそれを走って追いかける。
〈おいおい、それは鬼ごっこのつもりかぁ!?〉
〈鬼相手に鬼ごっこを挑む程、馬鹿げていないよ〉
そのままジグザグに動く事でダイロクテンを翻弄する。いくら機動性がこちらより優れているからと言って、人型故にその攻撃は一方向性であるが故に、全方位に攻撃を臨機応変に展開出来るこちらの強味を最大限に活かせれば勝機も舞い込んでくるだろう。
〈くっ、ちょこまかと!!〉
それだけじゃない。ユキノはニヤリと笑う。
――念には念を入れておくべきです――
昨晩、ミチルに言われた言葉を思い出す。ああ、本当にその通りだとユキノは強く思う。
〈逃げるな、ユキノ! この……ぐっ?!〉
本当に、念を入れておいて良かった。
ユキノの10式戦車を追いかける事に血が昇り、足元への警戒が薄れたのが致命的だった。
キャンプ地にはいくつかの場所にトラップを設置しており、それは粘着瘤弾に使用されている強力な粘着剤を用いたものだ。
足がしっかりと地面に固定され、これなら自慢の高機動も形無しだろう。
〈今だ、一斉射撃だ!!〉
〈くっ……〉
ダイロクテンはまるで観念したように膝を折ってその場に佇む。その様子にユキノは勝利を確信して、部下と共にダイロクテンへの一斉砲撃を開始する。
カイの報告書によればヴェスティードに取り付けられているヒヒイロカネ装甲はこちらの攻撃では傷1つすら付かないらしい。
だが、装甲と装甲の間から露出している内部フレームは強度は低く、砲弾によるダメージが見込める。狙うのなら、その部分一点のみだ。
〈くっ……くくくくく………〉
〈っ?!〉
するとノブガは引き笑いを浮かべ、「くくく」という小さな笑い声はやがて「くはははは!!!」という大きなものへと変わっていく。
無数の砲弾を浴びながらも笑い狂うその姿にユキノは戦慄する。
〈悪ぃな、ユキノ。この手の罠は既に経験済みでな、オレに同じ手は二度通じはしねえっての!!〉
ミツコと行った模擬戦において、ヒナタカミがダイロクテンに仕掛けた粘着瘤弾を利用した粘着トラップ。あの時、粘着瘤弾の粘着剤によってダイロクテンは身動きが取れなかったのだが、粘着瘤弾が爆発してからはすんなりと動けるようになっていた。この事から、恐らく粘着剤が爆発による熱量でその効力を失ったのだと密かに分析していたのだ。まさに経験が活きるとはこの事である。
そのまま脚分に装備されているスラスターを最大解放する。あまりの高熱により、ジュワーという音を立てて土が焼けていき煙を吹き上げる。
〈知ってるか、ユキノ。粘着剤は、熱に滅法弱いんだぜ!〉
そのままスラスターによって生じた高熱は粘着剤の成分を分解させ、ダイロクテンは粘着トラップから四つん這いの状態で抜け出す。
家紋面の隙間から覗く青いアイライトが砲撃を行っているユキノ達を見つめる。スラスターを最大解放しているため、エンジンの唸り声があがり、その姿はまさに血に飢えた獣そのものである。
無数の砲撃もヒヒイロカネ装甲によって弾かれ、特に意に介していない様子。
思わず思考が停止しかけるが、ユキノは直ぐ様全員に「一斉射撃止め、散開せよ!」と命令する。
再び自らと距離を取り始めた戦車部隊を見つめ、しかし狙いはあくまでもユキノだけに絞り、スラスターの勢いをそのまま利用してユキノの10式戦車目掛けて飛んでいくように加速する。
〈おいおい、また逃げんのかてめえは!!?〉
〈戦略的撤退、と言ってほしいね! まあ、脳筋な姉上には無縁な言葉だろうけど!!〉
〈言ってくれるじゃねえか!!〉
ある程度距離が詰められたのでそのまま武器をナイフからハンドガンに切り替える。
10式戦車は砲塔の正面こそ防御力が高いが、それ以外の部分は僅か数センチ程度の薄い鋼鉄製の装甲版に覆われているのみで著しく防御力が低い。
そこで、まずは戦車の足を狙う。いつまでも逃げられていては面倒で仕方ない。
照準を履帯に定めようとしていると、背後からガコンガコンというヒヒイロカネが何かに被弾している音が聞こえ、後ろを確認する。
すると、自身に追尾しながらこちらに向かって射撃する3台の戦車の姿がそこにあった。
集中力が削がれたため、舌打ちしながら「蝿が!」と鬱陶しさを感じる。
被弾を避けるために大きく動きたいが、ここには先程の粘着トラップのような罠が他にもあると考え、またそれがどこに隠されているのか現状把握出来ていないため、ただただ大人しく砲撃を喰らう他ない。
いや、そう諦めるのは少し早計か。
視線を少し下に下げ、ユキノの駆る10式戦車の走行跡を見つめる。
罠をキャンプ地内に仕込んだのはユキノ、ならばその位置を一番熟知しているのもまたユキノに違いない。
〈……燃料はどうかな?〉
装着しているゴーグル越しに燃料メーターに表示される残量を確認する。
動けるのは残り約40分。思った以上にあの粘着トラップに燃料を持っていかれたようだ。正直言って厳しくギリギリになるかもしれないが、このまま下手に動いて燃料切れを起こすよりかはマシだ。
急いでキャンプ地の全域を確認する。大雑把に言えば広さは約4万平方メートル、これなら何とか間に合うか。
〈さーて、おいかけっこの始まりだぜユキノ!〉
まずは小手調べのように戦車の右側にハンドガンで狙う。10式戦車はすんなりと避けて左側にその車体を寄せる。
(これは普通に避ける、か)
そのまま何度か不規則に右側と左側に射撃を行い10式戦車の動きを見る事十数回、ふと左側に射撃した時だった。
〈くっ!!〉
10式戦車は右側に避けず、初めて車体にハンドガンの一撃が命中した。
いや、避けなかったのではない。避けられなかったのだ、そこにある何かによって。
ノブガはニヤリと笑ってキャンプ地全域を改めて見回す。
そこにはダイロクテンと10式戦車によるおいかけっこの末に出来た見事な走行跡が形成されており、あからさまに走行していない部分が露呈してしまっている。
〈よーし、楽しい楽しいお遊びはもう終わりだぜ!!〉
燃料の残量も残りあと僅か、動けるのは精々15分程だ。だが、安全域と危険域の区別ははっきりと分かった今こそ、大胆不敵に攻める時なのだ。
走行跡の無い部分には罠が仕掛けられており、10式戦車が走行しない事が判明しているので、10式戦車の進路とその最短ルートが手に取るように分かる。
急激に機体を方向転換させて10式戦車との距離を一気に詰める。
〈うっ、どうにかしないと!!〉
〈もう遅えよ!!〉
持っていたナイフを履帯と車輪の間に目掛けて投げ、それが見事に命中。ナイフは車輪に巻き込まれるが、それによって履帯が車輪から外れて左右のバランスが崩れる。
〈うわあああああ!!!〉
10式戦車はぐるぐると回転し始めるとその進行方向は思いもよらないところにへと進み、走行跡の無い領域に踏み入れてしまった。
「カチ」という起動音の後、仕掛けていた地雷によって爆発が起き、その車体は空中に舞い上がってから転覆した。
〈う、ぐ……〉
ユキノは頭から血を流し、意識が飛びそうになる。それでも、なんとか留めようと顔を憎悪で歪ませた。
〈ぼ、くは……まけ、る、わ、けには……〉
〈残念だが、お前の負けだよ〉
ダイロクテンは露出した車底に右足を乗せ、ハンドガンの銃口を向ける。
ダイロクテンを追尾していた3台の戦車も、自らの主君に銃口を向けられたのであれば下手に手出しが出来ず、沈黙を余儀なくされる。
〈ユキノ、将棋は得意か? これが王手、ってやつだ〉
〈いいえ、逆王手です〉
〈っ?!〉
突如乱入された内部通信に、ノブガは目を見開く。この内部通信は戦車のものでも戦闘ヘリによるものでもない。
紛れもない、ヴェスティードによるものだ。だが、一体誰が自分に通信をしたのか。
そう思案しているとハンドガンを握っている右手を何者かに掴まれた。
〈チィ!!〉
すぐに姿を確認するためにダイロクテンの機体を右に向けつつ掴まれた手を払いのける。
〈なっ!?〉
そして思わず目を見開いたのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。
尾張国・稲生部・軍事拠点。
〈くっ、キリが無いわね!〉
ヒナタカミは両手の刃指と両足の小型粘着瘤弾を駆使しながら侵攻用の相手の兵力を削ぎ落としていく。
ノブガと半数のアッシガール隊が戦線を離脱してから既に数時間が経過しており、徐々に向こうのキャンプ地から出撃した敵の追加人員が到着しており、少しずつだが数の比率が押し返され始めている。
〈ミツコ、大変です〉
すると、内部通信を通じてヤスナから声がコックピット内に響く。
〈どうしたの、ヤスナ?〉
〈さっきヨシノから連絡が来たのですが、どうやら何者かの手によって拘束されていた筈の柴田が連れ去られたようです。まさかの事態です〉
〈な、そんな?!〉
向かってくる戦車の砲台を掴んで投げ飛ばし、また別の戦車に対しては粘着瘤弾を車輪に粘着するように設置して足止めしながらヤスナの言葉に耳を傾ける。
〈向こうが港町に手を出さないと高を括ってノーマークにしてたのが裏目に出たです。完全に、ボクのミスです〉
〈……じゃあ、カイは今どこに〉
〈恐らく、現在ノブガ様が交戦中の敵のキャンプ地に連れて行かれたかと思うです。あと、ヨシノが柴田の手掛かりを探すために色々と捜索していたら開発工場の裏手に倉庫を発見したらしく、サーバーのログ解析からどうやらボク達すら知らないヴェスティードが1機収容されてたようです〉
〈そのヴェスティードは?〉
〈製造識別式号T20-K03、機体名は『ミマサカミ』。現在の所在は不明です〉
〈ミマサカミ……〉
ミツコが消えてしまったカイと機体の行方を考えていると、今度は別の人物からの内部通信が入る。
〈ミツコ、大変だよ!〉
その人物はヨシノだった。ヨシノは慌てた様子で言う。
〈キャンプ地で謎のヴェスティードが乱入、ノブガさんがピンチだよ!!〉
〈謎のヴェスティード……ミマサカミ!!〉
〈え? ……何、ササミ?〉
〈ミマサカミよ! カイが秘密裏に造っていた機体、敵に奪われたのね……〉
ミツコは周りを見渡す。敵の数はあとどれぐらいか、今から向かえば間に合うか。
このままではノブガが危ないのだ。
〈どけえええ!!〉
持っていた長剣で次々に進路上に存在する敵の戦車部隊を薙ぎ払い、キャンプ地を目指すのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。
尾張国・稲生部・郊外。
〈なっ?!〉
キャンプ地。そこでノブガは声を漏らした。
ふと何かが溶けるような音がし、自身の右手首を見て驚愕する。
内部フレームが溶け、ハンドガンを握る右手ごと地面に落ちていたのだ。
ダイロクテンは目の前に佇むヴェスティード『ミマサカミ』を見て益々目を見開いた。
一見するとヒナタカミにも見えるが、細かい部分で形状が異なり、何よりも頭部に装着されている家紋面がヒナタカミの桔梗紋ではなく林一族の二つ引両紋である事がヒナタカミではない事を裏付けている。それ故に、装甲の色もヒナタカミのような深紅ではなく、濃い青味のあるバイオレット状の紫である。
〈お前は、一体……〉
〈私は織田ユキノ様の忠実なる家臣、林ミチルです。織田ノブガ様、どうぞお見知りおきを。そしてさようなら〉
ミマサカミは地面に落ちたダイロクテンのハンドガンを拾い、逆にその銃口を向ける。
〈この戦場の有り様です、貴方の機体の燃料残量もあと僅かな筈でしょう。特別に降伏するのを今だけは認めますが、如何致しましょう〉
〈へっ、冗談だろ〉
口では強気で言ってみるものの、確かにこの状況はまさに万事休す。
すると、ミチルの名を聞いて10式戦車からユキノが思わず声を出す。
〈ミチル……? そこに居るのはミチルなのかい?〉
〈ええ、ユキノ様。林ミチル、ただいま帰還致しました、遅くなってしまい申し訳ありません〉
ミチルの言葉にユキノは感激して心の底から嬉しさが滲み溢れる。
〈いや、いい、いいさ! 流石は僕のミチルだ! キミが戻ってきてくれる事を勿論信じていたよ!! ……ところで、そのヴェスティードは一体?〉
〈こちらに駆け付けるのが遅くなってしまった手土産のようなものです。まああとは、カイも連れて参りました〉
〈〈っ?!〉〉
カイの名前にノブガとユキノはそれぞれ少なからず反応する。
声が震えながらも、ノブガは目の前のミマサカミを睨み付ける。
〈カイが、そこに居るのか……!!〉
〈ええ、そうですよノブガ様。どのような気持ちでしょうか、かつての仲間が敵になるというのは〉
〈くっ!!〉
とりあえずノブガを挑発してみたが、予想以上にカイを失った事が大きかったらしい。外からでは分からないが、ミマサカミのコックピット内において、ミチルより後方の位置でカイは転がされておりロープで四肢を縛られ口は白い布で覆われて塞がれていたのだった。先程から「ムー! ムー!」と唸って暴れている。このように品の無い暴れ方をする者にどうしてノブガ程の人物がわざわざ気にかけるのか、ミチルにはさっぱり理解出来なかった。
一方でユキノはうわ言のように「カイが、姉上ではなく、僕の元に……?」と繰り返す。まるで信じられない、カイは自分を裏切ったのではなかったのか。そうだ、そうだった筈だ。
しかしそう思う一方でノブガが仕向けたアッシガール隊はカイすらも知らない事だったのではないかという考えさえ浮かんでくる。あのノブガの事だ、きっと奥の手は最後の最後まで仲間にすら明かさない筈だ。それならば、カイの報告書に記されていなかったのも納得がいく。
そう思うと、途端に「ふふふ、ふははは!!」と笑いが溢れる。
今こそ、自分から全てを奪い取ろうとするノブガの命を刈り取る時。ずっと心の中に渦巻いていた仄暗い感情が薄れた事で気持ちに余裕が生まれたのか、その声と表情はとても晴れやかだった。
〈ミチル、こちらにもヴェスティードがあるんだ! さあ、姉上を倒すんだ!!〉
〈承りました、仰せのままに〉
ミマサカミは改めてハンドガンの銃口をダイロクテンに向け直す。
〈……フン〉
ノブガは鼻で笑うと、そのままユキノの10式戦車を蹴り飛ばした。
〈うあぅ?!〉
ユキノは素っ頓狂な声をあげ、10式戦車は遥か前方にへと飛んでいく。
ミチルは突然の出来事に呆気に取られ、ユキノの方に意識が向いてしまう。
〈な、ユキノ様!〉
〈隙ありだぜ、忠誠心の高さが仇になったな!〉
〈っ!!〉
ダイロクテンはミマサカミに背を向けてスラスターを起動させて距離を取る。今は分が悪い、撤退すべきだと判断した。
〈キャンプ地にて戦闘中のアッシガール隊全員に告ぐ。今回の作戦はここまでだ、総員直ちに撤収せよ!〉
〈『了解!!』〉
アッシガール隊からの返答を確認し、本格的な撤収作業に移行する。
ミマサカミはスラスターを瞬間的に稼働させ、軽くジャンプして10式戦車を両手で受け止めてから着地する。
重量オーバーのため、着地してからすぐに10式戦車を安全に降ろしてダイロクテンの機影を再度確認する。
こちらに背を向けて撤退しているダイロクテンに狙いを定めてミマサカミのアイライトがウィーンという起動音をあげて捕捉する。
肩部に収納されていたヤタノ反射鏡板が展開され、両肩と両足のスラスターから約1450度の熱エネルギーが放出される。
〈逃げるのですか、ノブガ様!〉
〈へっ、こういうのは戦略的撤退って言うらしいぜ!〉
〈っ、逃がしません!〉
そして、ダイロクテンに追い付くべくスラスターを全解放して追従する。
ダイロクテンもスラスターを稼働させるが燃料が残り少ないためミマサカミ程のスピードは出せない。
徐々に、徐々にだが2機の差が詰まってくる。
背後からダイロクテンに向かってハンドガンで射撃してくるが、ヒヒイロカネ装甲のおかげでダイロクテンにダメージは無い。
〈使えないですね、これ!〉
ミマサカミはハンドガンを投げ捨て、両手首部分に内臓された熱エネルギーを発生させる特殊球関節がクルクルと回転し始め、両手に熱エネルギーが伝わって青白く発光する。
〈何をするつもりだ?〉
その異様な光景に、ノブガは何か嫌な予感を感じる。
〈って、はあ?!〉
するとどうだろうか、ノブガは現実味を帯びないものを目にした。
ノブガが見た信じがたい光景、それはミマサカミが何体にも分裂――いや、分身しながらこちらに迫ってくるのだ。
摩訶不思議で原理もサッパリだ、だがノブガは目を輝かせてミマサカミを見つめて感嘆の声をあげる。
〈すっげえ!! 何だアレ!!〉
そしてついに、ミマサカミがダイロクテンに追い付いてその青白く発光する右手でダイロクテンの肩を掴んだ。
その瞬間、空気が焼ける音がしてノブガは肝を冷やす。実際に熱さは感じないものの、生々しい音と肩を掴まれた感触が伝わってきた。
〈すげえんだけど、放しやがれ!〉
掴まれた部分を外そうとするも、しっかりホールドされてしまっているため中々外せない。
内心舌打ちしながらどうやってこの状況を乗り切るのか思案する。
(どうする……? オレがこの状況で出来る最善の手は……)
ハンドガンは奪われ、右手は相手に溶かされて使用不可、ナイフも全てこのキャンプ戦で使い切ってしまった。
武装はあらかた使用し、あと残るのは1つのみ。
〈さあ、もう年貢の納め時ですよ!〉
ミマサカミはノブガを拘束するために青白く発光した手でコックピットハッチを掴んで引っ張る。
焼ける音を聞きながら、一刻また一刻と制限時間が迫る。
〈……仕方ない〉
まだ未完成の武装であるが、幸いな事に周囲には味方の姿は見当たらない。全員無事に撤退したようだ。
まあ、味方の姿は無いものの、敵がどんどんこちらに集まりつつある。
使用条件としてこれ程好都合な事は無いだろう。
〈くくく……〉
〈何ですか、急に?〉
突然笑い始めたノブガにミチルは怪訝そうな表情を浮かべる。
一方でノブガは一通り笑った後、本当に可笑しそうに言う。
〈いやぁ、中々面白いものを見せてくれた礼にこっちもすげえもの見せてやっから覚悟しておけよ。こいつはオレみたいにじゃじゃ馬だからな、敵味方関係無く攻撃しちまうんだから使えなかったけど今は絶好の機会だから光栄に思えよな!〉
〈一体、何を―――〉
〈全方位照射型砲台・幻影弾、全弾射出!!〉
〈っ?!〉
ダイロクテンの背部のバックパックが翼状に展開し、そこからワイヤーによって繋がった砲台が全方位に向かってその砲口から特殊粒子による一斉砲撃を行い、ダイロクテンの周囲を囲っていた1000機の戦車部隊とミマサカミに襲い掛かる。
〈う、ぐぅ!!〉
砲撃は戦車部隊の装甲を意図も容易く貫通させ、次々に無力化していく。ミマサカミは自らの身を守るかのように両腕を交差させて身を屈ませる。
すると、幻影弾による攻撃を喰らい、ミマサカミのヒヒイロカネ装甲の色が一瞬だけ灰色に変わってから一部だけにヒビが入ったのだ。
(ん? ヒヒイロカネにヒビだと……?)
その瞬間、ノブガは決して見逃さなかったが、自分の専門外の分野なので後でトシキに尋ねる事にし、とりあえず今はこの混乱に乗じて逃げるに限る。
〈それじゃあな!〉
〈ま、待って下さい――って、あれ?!〉
戦線を離脱しようとするダイロクテンを追おうと動こうとするが、途端にミマサカミはガコンという衝撃音と共に膝を折って突如機能停止してしまった。
ミチルはコックピット内の端末に接続している両腕と両足をバタつかせて何とか動かそうとするが、ミマサカミは全然反応しない。
〈一体どうしたというのですか!!〉
〈……長時間のエネルギー解放のせいでエンジンが熱にやられてオーバーヒートしたんだよ〉
すると、いつの間にか口元を覆っていた白い布を外してカイが冷静に解説する。
ミチルはキッと吊り目にしてカイを睨み付ける。
〈何とかならないのですか、カイ!!〉
〈そう言われても、一度オーバーヒートした以上はエンジンを冷やさない事には……〉
〈もう、使えない機体ですね!〉
〈えぇ……それはそっちの使い方の問題な気が―――〉
〈あぁん? 何か文句でも?〉
〈―――いえ、何でもありません〉
そうこう2人が言い合っている内に気付けばダイロクテンの姿はそこには無く、後に残されたのはキャンプ地に積まれた戦車部隊の死屍累々の数々のみ。
勝負は互いに痛み分け、と言ったところか。
〈―――くっ、クソッタレが……〉
キャンプ地からある程度離脱した所でついに燃料切れが起きてダイロクテンは機能停止した。
ノブガは端末から両腕と両足の接続を解除すると、寛ぐようにコックピット内に設置されたパイロットシートに座って背を預ける。ついでにゴーグルも外して地面に放り投げとく。
両腕を頭の後ろで組んで「まーた、オレだけガス欠か」と悪態を吐く。
苛々しながらも考えるのはユキノの元に戻ってしまったカイの事だ。
自分に黙ってあんな機体まで製作し、自分の幻影弾は未完成のまま去って行ってしまったのだ。何となく文句が出てしまう。
「ったく、あの野郎。去るなら幻影弾の仕事を終えてからにしろっての」
頭の後ろで組んでいた両腕を外し今度は目元を覆って頬を膨らませながらコックピット内の天井の方へ顔を向けるが、決して気は晴れない。
さて、向こうにまでヴェスティードが行き渡ってしまった以上は作戦内容が少々ややこしい事になる。また一から練り直しである。
今後の方針をあれこれと考えながら「うーん」と唸っていると、突如として内部通信がノブガの元に繋がる。
〈ちょっと、ノブガ! 大丈夫? 無事なの!?〉
その声はミツコのものだった。地面に放っていたゴーグルを拾って目元にセットし、そのゴーグル越しに外の様子を伺えばヒナタカミがこちらに慌ただしく駆け寄ってくるのが確認出来る。
ミツコの自分を心配して気遣うその様子が通信越しの声色で手に取るように伝わってくるのが分かる。
それは勿論嬉しいし、ノブガとしても元気よくいつものように「おう、全然平気だぜ!」と気前よく行きたいのだが、どうもカイの顔が心のどこかでチラついてキュウと呼吸が締まるような息苦しさが奥底から沸き上がってくるのだ。
そして苦しさを紛らわせるかのように、ノブガは強く両腕を握り締める。
「……そうだな。思ったより、心が痛えや……はは」
目元を隠していた両腕が、少し湿っぽかった。
【次回予告】
是は正しい選択なのか。
是は誰のための幸せなのか。
是は未来に繋がる希望なのか。
そして是は、本当に望んだものだったのか。
次回、【進むべき道】




