第13話【意地への渇望】
――尾張国・稲生部・軍事拠点――
尾張国の知多郡にある港町から少し離れた稲生部の山岳地帯に建設されたノブガの軍事拠点。
周りに生い茂る天然の木々によってカモフラージュされており、一目では中々その存在に気付く事は難しい。
さて、そんな軍事拠点の作戦室に集まっているのは総指揮を務めるノブガと切り込み隊長のミツコと偵察要員のヨシノ、そしてシステム担当のヤスナ、機体整備班総合班長のトシキ、伊賀隊隊長のハンジの計6名だった。
6人はテーブルの周りを囲み、テーブルの上に乗せられた地図を見つめる。地図にはヨシノによって記されたユキノ軍の侵攻ルートが赤い線で描かれている。
ノブガはその侵攻ルートを見て複雑そうに述べる。
「このままだとこの軍事拠点に行き当たるな」
その言葉にトシキは無言で頷き、赤い線を人差し指でなぞる。
「極力無駄な遠回りをせず、最短ルートでここまで至っているところを見ると、恐らく向こうはこちらの位置を把握しているのでしょう。情報元は、恐らくカイかと」
カイの名を聞いて一瞬だけ眉間に皺を寄せるが、すぐにノブガは不敵に笑う。
「なあに、幸いカイが知らないヴェスティード生産工場がここの地下にある。戦力はこちらにも十分ある」
周りが特に気付いていないが、ミツコだけはノブガの表情の変化にしっかり見抜いていた。不安そうな表情を浮かべ、ノブガに話しかける。
「でも、向こうの兵力は5000、こっちの兵力は戦車部隊と航空部隊が300、ヴェスティードはたったの50、合わせても350しか無いわ」
ノブガの保有する戦力は前の3国との戦闘によってその大部分を失っている。その総数は1000にも満たないというあまりにもお粗末なものだ。
「おっと、それは聞き捨てならないな」
すると、壁にもたれかかって腕を組んでいたハンジが口を開いた。
「俺の伊賀隊を加えれば総合兵力は500だ」
「だとしても、兵力差が大きすぎます。向こうはこっちの10倍はあるもの」
そのミツコの言葉にハンジは呆れたように「ふふん」と肩を竦める。その様子はまるでミツコを小馬鹿にしているようにも見え、思わずムッとした表情をミツコは浮かべる。
「何か?」
「いやぁ、別に。ただ、今の数だけですぐに戦況を判断するのはまだまだ兵士として素人だと思っただけさ」
「なら、ハンジさんはこの兵力差でこちらが有利だと?」
「さあな、それは分からん。だが、こちらはヴェスティードと地の利という戦では決して見過ごせない勝利要素を2つ持っている。俺達のすべき事はヴェスティードという未知数の戦力で地の利を最大限に活かし、どれだけ相手より上回れるかだ」
ハンジは「それにな」と言って続ける。
「明智のお嬢ちゃん、戦争はどれだけ兵器が進化しようともあくまで人間がやるものだって事を忘れちゃ駄目だぜ」
ミツコは首を傾げる。ハンジの言葉の意図する部分が見えない。
その様子が面白いのか、ハンジは「くくく」と笑う。
「そう難しい事じゃない。いざ戦闘が始まってみればいずれ分かるさ。どんな理想的な作戦、圧倒的な物量であろうと、心が伴わなければ戦争には勝てないのさ」
ハンジはミツコから視線を外すとヤスナの方を見る。
「少数精鋭による作戦指揮、ヤスナ様の得意分野でございますよね」
「……」
ヤスナは無言で俯き、興味無さそうにそっぽを向いた。ハンジは肩をガクッと落として「ぐっ、10年という年月の溝が憎い……」と溢す。
ミツコはヤスナに「どういう事?」と尋ねるが、当のヤスナは「気にするなです」と言い捨てる。
ノブガは面白そうに笑みを浮かべる。
「ミツコ、オレが3国との戦いを少数戦力で制せたのはヤスナから教わったやり方があったからだ」
「え?!」
ノブガの言葉にミツコは目を見開いてヤスナを見つめる。一方のヤスナはどこか恥ずかしそうに頬を赤く染めてますます俯いてしまった。
ノブガは腕を組んで染々と何度も頷いて「うんうん」と言葉を漏らして懐かしむように言う。
「思い出すなぁ、あの時はオレもカイも大負けしたからな」
「「大負け……?」」
ミツコとヨシノは互いに顔を見合わせて首を傾げる。一体、ノブガとカイは何に大負けしたと言うのだろうか。
ノブガは「にひひ」と笑いながらミツコとヨシノに説明する。
「まあ、昔の話なんだがな――――」
10年前。ふと、外に散歩しに出掛けたノブガ、ヤスナ、カイの3人は港町の少年達のいざこざに遭遇していた。
2つの少年グループが対立しているようで、互いに向かい合って睨んでおり、まさに一触即発といった雰囲気だ。
ノブガ達はそれを遠巻きに見ており、後方でその様子を興味深そうに眺めていた。
2つの少年グループの内、一方は15人、もう片方は5人という構成員数だった。
大所帯の方は港町ではそこそこ有名なガキ大将の集団である。ノブガも何度か喧嘩を売られた事があるからか、なんとなく今回もまたガキ大将がつまらない喧嘩を売り、相手がそれを買ったのだと感じ取った。
それを証拠に、ガキ大将グループを睨んでいる5人組グループの後方で泣いてる少女が居り、同グループの何名かがその少女を慰めている。十中八九、ガキ大将が泣かせたに違いない。
一方で5人組の方を見てみれば、これはこれはガキ大将とは違った意味で有名な面々だった。彼等は戦争で家族を失った孤児であり、南蛮からやって来たキリシタンの宣教師の経営する教会に住んでいる者達であった。特にガキ大将と睨み合っているリーダー格の少年はスリ等の盗賊紛いの問題を起こしては宣教師に説教を食らう程の常習犯として有名である。
ノブガはガキ大将に対して肩を竦めて「やれやれ」といった感想を持つが、折角なのだからとヤスナとカイにある提案をする。
「どっちが勝つか賭けないか? 今日の晩飯のおかず1つで」
「あまり賭け事は進まないんですけど……」
乗り気じゃないカイにノブガは肘うちをカイの横腹に当てる。カイは「ぐっ!」と苦悶に満ちた声をあげて横腹を抑える。
「男の癖につまんない事言ってんじゃねえよ。ほら、オレは大将に賭けるぜ。アイツはオレよりかなり弱いが、まあ普通の奴に比べればそこそこ強いし、何よりも数が3倍あるんだ」
「……はあ、仕方ないですね」
カイは溜め息を漏らして2つのグループを見つめる。金が絡まない賭け事とは言え、やる以上は勝ちたいという思いもあるのでカイは真面目に考察する。少しの沈黙の後、ノブガに結果を言った。
「俺も姐さんと同じで、あちらの大所帯の方に賭けます。やはりこの手の争いは物量が多い方が有利ですからね」
カイの言葉にノブガは唇を突き出して「つまんねえ!」と不満を漏らす。
「そんなんじゃ、賭けにならねえじゃねえか!」
「そうは言っても、結果がまる分かりな争いの時点でそもそも賭け事として破綻しているわけですし」
「う~」
ノブガはカイを睨むと、続いてヤスナの方を向く。まだヤスナの意見を聞いていなかった。
「ヤスナはどうなんだよ」
「ボクは……あっちの少ない方に賭けるです」
「おっ!」
ノブガはヤスナの言葉を聞くと見る見る内に笑顔を浮かべた。一方のカイはどこか複雑そうに顔を歪める。
(ヤスナちゃん、姐さんに花を持たせるために言ったんだろうなぁ)
そう思っていると、「やんのか、てめえ!」「上等だゴラァ!」等といった声が聞こえてくる。
どうやら2つのグループによる喧嘩が始まったらしい。
ノブガは「ふふん」と自信満々な笑みを浮かべて戦いの行く末を見つめる。その隣に居るカイは密かに自分の分のおかずをヤスナに分けようと心の中で誓っていた。
たった1人、5人組グループの方に賭けたヤスナは相変わらずの無表情であったが、何度かコクコクと頷いている。
だが、戦いが経過していくにつれて段々とノブガの表情から笑みが薄れていく。
喧嘩が勃発してから約1時間後、5人組のリーダーと思わしき少年がボロボロになりながらもガキ大将の顎に渾身の一撃を食らわした事で決着が着いた。
辺りには倒れているガキ大将グループの面々が9人、残りの6人は不利になると判断したのか途中で逃げ出してしまった。
一方の5人組の方はかなりその身なりはボロボロになったが、ガキ大将グループに勝利した事に対して全員で喜びを分かち合っていた。
まさかの結果にノブガとカイは目を見開き、ヤスナは無表情ダブルピースを浮かべて「いえーい」と漏らしている。どことなく、誇らしげな声だった。
「これで2人のおかずをそれぞれ1つずつ貰えるです」
「な、ヤスナお前……!」
最初からこの結果を知っていたのかと、ノブガは目でヤスナに訴えかける。ヤスナは一度頷いて答える。
「勿論、こうなるだろうと分かってたです。ボクは勝ち目の無い勝負はしない主義なのです」
「だとしても、どうしてこうなると予想出来た?! 一体、どういう考えで勝利を確信出来たんだ!!」
ノブガの中には賭けに大負けしたという悔しさは無く、ヤスナの勝利への考察が知りたくて堪らないかのようにとても興奮してヤスナに詰め寄っていた。
カイとしても、大変興味のある話だったので聞き耳を立てている。
ヤスナは顔を真っ赤にして俯くと、口を開いた。
「べ、別にそんな大した事じゃないです。ただボクは団結力の強い方に賭けただけです」
「団結力?」
ノブガとカイは同時に首を傾げた。ヤスナはコクリと頷く。
「はいです。確かに数なら、あっちの大将さんの方が数が多かったです。ノブガと柴田の言うように普通なら数の多い方が有利ですが、それは指揮官が優れていた場合の話です。大将さんの指揮官としての能力は、残念ながら5人組の方に比べてかなり劣っていたです。未熟な指揮官に大量の戦力を与えた場合、その殆どは数の多さから『こちらが負ける事は無い』と慢心するです」
ヤスナは「それだけじゃないです」と続ける。
「大将さんのグループには強い団結力が感じられなかったです。恐らく、大将さんが恐いから従っていたのでしょう。その程度の繋がりでは、戦況が不利になった場合に簡単に裏切られる。現に、大将さんのグループから6人程逃げてるです。さらに大将さんの場合は数の多さも仇になってるです」
「どういう事だ? 数の多さが仇になるって言うのは」
「大将さんは指揮官として未熟故に、大量の戦力を全く活かしきれてなかったです。ろくに命令も出さず、そのせいで部下が独断で行動していたです。将棋で例えるなら、自分の見てないところで駒が好き勝手に動いているみたいな感覚です」
「つまり、駒を放任した事で自滅したって事か」
「そうです。5人組の方は逆にそこの部分はしっかりとしていました。5人で知恵を分け合って役割分担をし、また人数が少ないので命令系統を一本化していたのも大きいです。数が少ない方が勝つために必死になるし、何よりもあの女の子を泣かした大将さんを許せないという思いで団員全員の心が1つになっていたのが強い団結力に結び付いていました、だからこそ最後まで誰1人裏切って欠ける事無く勝利を手に入れられたとボクは推測するです」
「……なるほどな」
ヤスナの言葉にノブガは素直に頷く。確かに指揮官が部下の行動を管理・把握出来ていなければ戦況が混乱し、相手に大きな隙を与えてしまう。自分では扱えない量の大軍を率いるより、自分で御せる少数精鋭の方が効率的と言うのも納得がいく。
「少数精鋭による軍事運用、か」
「姐さん……?」
ノブガがポツリと呟いた一言にカイは何か良からぬものを感じて尋ねた。
「いや、何でもない」
しかし、ノブガはカイの問いに対して首を横に振った。
ただ、この事がきっかけでノブガの中でとある野望の火が燻り出したのだった。
「――――とまあ、こういうわけさ」
ノブガが過去の経緯を説明し終えると、ヤスナとトシキは顔を赤くして俯いていた。
その事にヨシノは首を傾げた。
「ヤスナが恥ずかしがって赤面してるのは理解できるけど、なんでトシキさんまで真っ赤に?」
「いえ、その……まさかこちらにまで飛び火してくるとは……」
トシキは言い淀み、口をモゴモゴと動かす。ヨシノだけでなくミツコまで首を傾げる。
するとノブガは「ガッハッハッ!」と笑いだしてトシキの肩に腕を回す。
「今の話に出てたガキ大将に喧嘩を売った5人組のリーダーがトシキなんだよ。盗賊のトシちゃんと言ったら尾張でコイツ唯1人の事さ」
「「ええ?!」」
ミツコとヨシノは驚愕の声をあげてトシキをまじまじと見つめる。あの物腰が柔らかく真面目そうなトシキがまさか過去に盗賊紛いの行いをしていたとは衝撃的すぎる。
その視線が居心地悪いのか、トシキは赤面したままそっぽを向いた。
話を黙って聞いていたハンジは「ヒュー♪」と口笛を吹いてニヤリと笑う。ヤスナに無視された傷心をトシキをからかう事で紛らわそうとしている魂胆が見え見えである。
「なんだ、坊っちゃん。その見た目で昔はヤンチャしてたって口かい? 人は見かけに依らないなぁ」
「俺で八つ当たりしないでいただきたい、服部さん」
トシキは顔の赤みをスッと消して冷めた目でハンジを睨む。眼鏡によって隠れているが、その瞳から並々ならぬ殺意が涌き出ている。
ハンジは「うんうん」と頷くとトシキの肩に手を置く。
「まあまあ、そう言うなって。分かるぜぇ、俺も若い頃は仲間を引き連れて数々の悪事に手を染めたもんだ。だがな、そこで俺達を拾ってくれたのが我等が天使のヤスナ様さ。そうそう、特に俺達伊賀隊とヤスナ様との運命的な出会いはな―――」
「服部、余計な事を言うようならここから追い出すです」
「―――今度の機会に語るとするので許していただきたいヤスナ様」
先程までの調子が一気に無くなり、流れるような動きでヤスナに向かって体を直角に曲げて頭を下げた。自主的に懐から『×』と書かれたマスクを取り出して自身に身につける徹底ぶりである。
ハンジが沈黙して置物のようになっている事にミツコは苦笑するが、少しだけ興味本位でトシキに尋ねる。
「でも、どうして喧嘩に?」
「いえ、別に大した事ではありません。一言で言えば単に妹を泣かされた仕返しです。それよりも、今はユキノ側の兵力をどう対処するかが重要でしょう?」
これ以上突っ込まれた事を聞かれたくないのか、早々に話題を元に戻す。トシキの言うように、確かに世間話より余程重要である。
ノブガは「それに関してはだな」と呟く。全員の視線がノブガに集中する。
「くっくっく」といつものように不敵に笑ってから口を開いて出てきたのは――――。
「まだなーんも考えてないぜ!」
『…………』
――――予想以上に絶望的な言葉だった。
全員が絶句してギョッと目を剥く中、まず第一声をあげてノブガに詰め寄ったのはミツコだった。
「ちょ、ちょっと! この期に及んで何も考えてないってどういう事よ?!」
ミツコの怒声にノブガは両手で両耳を塞いで鬱陶しそうに答える。
「仕方ねえだろうが、カイのせいでヴェスティードの生産工場を爆破されるわ、そうかと思ったら今度はユキノが攻めてくるわでまともに作戦を考えてる余裕なんか無かったっつうの」
「じゃあ、どうするつもりよ」
わざわざここに自分達を呼び出して仮にも『作戦会議』と称しているのだ。ミツコにもノブガがこのまま降伏したりする事は無いというのは分かる。目の前の少女は、むしろこのように追い詰められた時こそ持ち前の悪知恵と強引さで意図も容易く乗り越えてしまうような存在なのだから。
ミツコの言葉にノブガはニィと口角を上げてヤスナの方を顎で指した。
「オレが何のために昔話をしたと思う? こちらの持ち駒は相手より圧倒的に少ない、ならばこそそれを活かした作戦を立てられるのはこの中で1人しかいない」
ノブガの言葉にヤスナは大きく目を見開いた。
「ボクが、作戦を……?」
「おう、そのつもりでお前をここへ呼んだんだ」
ノブガから頼りにされるのはヤスナとしてもとても嬉しい。自分にとって救いの王子のようなノブガの役に立てるのなら手伝いたい。だが、今回は昔話のように子供の喧嘩の勝敗を予想するという程生温いわけじゃない、人の命が懸かった戦争なのだ。
「む、無茶です。ボクにはそんな事……」
「無茶なのは百も承知だ。でもな、オレ達は既に一週間以内で3国を攻め落とすっていう偉業を成し遂げた。半分泥沼に浸かってるようなもんだ、なら最後までとことん浸かってやろうぜ」
「でも……」
ヤスナは視線を右往左往して戸惑う。自分の拙い作戦でノブガ達を危険に晒す可能性もある、何よりも自分は本来なら作戦参謀とは無縁のシステムエンジニアという枠組みの人間なのだ。
そんな戦争のルールや常套手段を知らない自分が、果たして彼等を勝利に導けるという確信が持てない。
ヤスナが中々答えを出せないでいると、ハンジが「ゴホン」と軽く咳払いをする。
「横から失礼します、ヤスナ様。ですが、俺達伊賀隊はヤスナ様の誇る三河国最強の戦闘部隊であります。その俺達が今日まで生き残ってこられたのも、全ては過去にヤスナ様から教わった教えを信じ、それに従ってきたからです。ですので、どうかご自分の力を信じて下さい。俺から見ても、この場を打開出来るのは日本全国を探してもヤスナ様しかいないと断言出来ます」
「……」
ハンジの言葉にヤスナは押し黙る。
ノブガは「フッ」と笑ってトドメの一撃とばかりにヤスナに拳を突き出して宣言するように言う。
「ヤスナ、常識に囚われるな。常識を殺す非常識こそが、オレ達最大の武器だ!」
「……っ」
ノブガの言葉に圧倒されると、ヤスナは観念したようにそしてキッと自身の隣に立つハンジを睨み付けた。
「借り1つです」
「ええ、光栄です」
「でも余計な事を言った事には変わり無いからここから出ていけです」
「そんなっ?!」
ハンジはシュンと落ち込みながら作戦室の扉に手を掛ける。未練垂れ垂れな視線をヤスナの方に向けながら低いテンションで溢す。
「……それでは、部屋の外で控えております」
そして哀愁漂う背中を見せながらそのまま作戦室から立ち去って行くのだった。
ハンジが立ち去るのを確認する。ミツコは少しハンジに対して気の毒になりヤスナに話しかける。
「ヤスナ、もう少し服部さんに優しくしても良いんじゃないの?」
「じゃあ、ミツコは許せるですか? ハンジは父様の命令とは言え、ボク達の学友を皆殺しにしたですよ。ボクは、そう簡単には許せないです」
「それは……」
ヤスナの言葉に今度はミツコが俯く。確かにヤスナの言う通り、ハンジが行った行動を素直に許すなんて事はミツコにも出来ない。たとえ雇い主からの命令だったとしても。
でもミツコは「それでも」と言葉を繋げる。
「今は少しでも戦力が必要なのは事実よ。目の前に迫る危機を乗り越えるためには戦争に関して経験豊富な服部さんの力はきっとノブガや皆の助けになるもの」
「そう、ですか」
ノブガのためになるのなら、今はこの感情を抑えよう。そう自分に言い聞かせてヤスナは早速作戦を提案する。
「今回の戦いは先の3国との戦闘に比べて遥かに厳しい状況です。でも、そんな状況を打開出来る方法が1つだけあるです。かなり運に左右されるですが」
ノブガは「フン」と鼻で笑ってヤスナの言葉を一蹴する。
「構わねえ。運も実力の内って言うだろう」
「分かったです」
ヤスナは頷くと、作戦内容を伝えるために意を決して口を開いた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。
尾張国・稲生部・郊外。
その位置にて、ユキノの軍勢はキャンプ地を構える。日が暮れてきた事から今日の進軍はここまでにし、明日のための作戦会議を始めるのだ。
周囲を覆い隠す程の幕を張り、その中で組立式の木製テーブルを配置してユキノを中心に囲む。
ユキノはカイからもたらされた報告書に目を通して静かに微笑む。
「向こうの兵力は戦車部隊と航空部隊を合わせて300、そして2機のヴェスティードのみ。やはり、3国との戦闘で消耗した今に仕掛けたのは慧眼だったね」
こちらの兵力は5000、流石のノブガでもこれ程の兵力差の前では手も足も出ないだろう。
ユキノはすっかり自身の勝利を確信している。その様子にユキノの側近である少女『林ミチル』が嗜めるように苦言を呈す。
「ユキノ様、恐れながら油断するのは些か早計かと」
「ミチル、それはどういう事だい?」
ユキノはミチルの言葉が解せない。一体、何に問題があると言うのだろうか。
「こちらは大軍で移動しています、柴田氏による破壊工作を踏まえてここまであからさまに派手に動いたのでは恐らく我々の存在を向こうも把握している筈。それなのにも関わらず、未だに降伏の言葉を宣言しないという事は、あちらには何かこの状況を覆す切り札を所持しているという事に他なりません」
「なんだそんな事か」
ユキノはミチルの言葉を鼻で笑う。
「ミチルは知らないのかもしれないけど、姉上はあの激しい気質故に人一倍負けず嫌いなんだ。自分の首が跳ねようとも降伏の言葉なんか吐かないさ」
「ですが、念には念を入れておくべきです。あの御方は鬼と妖士の血をひく者、どんなキテレツな事を仕出かすか分かったものじゃありません」
「じゃあ、どうするつもりだい?」
「私に考えがあります。少し任せてもらえないでしょうか」
ユキノはミチルの瞳を凝視する。その中にはユキノに対する揺るぎ無い忠誠心とノブガに対する警戒心で染まっている。
このまま自分が負けるとは思わないが、ミチルの言うように念には念を入れておくのも一興かと思い、素直に頷く。
「分かった。好きにするといいよ」
「感謝致します。それでは、早速向かいます」
「え?!」
そのままキャンプ地を去ろうとするミチルをユキノは慌てて止める。
「もう動くのかい? 今日の進軍はこれでおしまいなんだけど……」
「ええ、早く動くに越した事はないですから。それでは、改めて失礼致します」
そう言うと、ミチルはユキノに一礼し今度こそキャンプ地を後にした。
ミチルがどこへ向かったのかは気になるが、ユキノはミチルを信頼している。心配はいらないだろう。
そう、ユキノはミチルの事を信頼している。彼女だけは自分を決して見放さない。それだけは彼の中で絶対不変の理なのである。
変わらない存在があるからこそ、自分の存在もまた永遠に変わらないままでいられるという安心感が心の内から湧き上がってくるのだ。
(次期当主の座、それは僕にとって唯一無二のアイデンティティだ)
自分はそのためだけに産まれ、そのためだけに母に愛され、そのためだけに今日まで生かされてきた。
次期当主になれない己等、存在する価値すら無い。それ以外の価値は自分には存在し得ない。幼い頃から、ずっと周りからそう教えられてきたのだ。
今更、城から追い出された姉にそれを奪われてなるものか。ユキノはそれだけを心に浮かべてテーブルの上に乗せた地図を睨み付ける。
ユキノにとってノブガは決して相容れない存在だ。例えるなら水と油の如く、永遠に対立し続ける事を宿命とした関係だ。
ノブガの事は気に入らない。鬼と妖士の血を受け継いだが故に周りから見放されて末森城から追い払われた。
一見すると悲惨だと思うかもしれないが、ユキノにとってそれがどれだけ羨ましかった事か。末森城は常に陰謀の空気が渦巻き、母からはひたすらに次期当主になる事だけを脅迫のように刷り込まれ、父の部下からは下劣な品定めを受けた。
自分の生き方を縛られた生活に窒息しそうになった。だからこそ、城の外で自由に生きるノブガが怨めしかった。
「この戦いは、僕の人生だ。敗北は許されない、もし負ければ……それは、織田ユキノという存在の死と同義なんだ」
負けるわけにはいかない、いや負けたくない。そう強く想ってユキノはキャンプ地にて一夜を過ごしたのだった。
それから翌朝、まだ澄み渡る少し薄暗い空気に包まれ、彼等は動き始める。
ユキノ達の軍勢はノブガの軍事拠点に向かう準備をする。大将であるユキノはキャンプ地に留まり、侵攻用の兵力のみが次々に出陣していく。
キャンプ地の周囲を防衛部隊で固め、あとは部下からもたらされる勝利報告を待つだけだ。
ユキノと共に残った部下が淹れてくれるお茶を堪能しながら優雅に背もたれのある椅子に座って寛ぐ。
鳥のさえずりを聞きながら過ごすティータイムに心が安らぐ。その時間に身を委ね、張り詰めていた糸が緩むのを実感する。
やはり城の外は良い。神経を磨り減らす事が無く穏やかで極めて平穏なのだから。
「もうすぐ、あの日々ともおさらばだ。これでやっと、僕の今までが報われる」
そう呟くと口角が上がり、どうしてもニヤケ顔が抑えられない。束縛からの解放、それをどんなに笑って待ちわびていた事か。
あまりにも静寂すぎたからなのか、それとも朝が早かったからなのか、首がコクリコクリと頷きながらうたた寝してしまった。
(こんなに穏やかな睡眠はいつぶりかな……?)
そう思いながら意識が段々と闇の海に沈んでいく。
そんな時だ。懐のスマホから電子音が鳴り響く。静かなキャンプ地にはその音がとても大きく感じ、ユキノは鬱陶しそうに手に取って通話モードに切り替える。
時間を確認すれば作戦開始からまだ2時間半程。もう拠点の制圧に成功したのだろうか。
スマホを耳に当ててみれば、驚きの言葉が相手から放たれた。
〈ゆ、ユキノ様! 現在、戦線が膠着状態でありまして、追加人員の補充要請を―――うわあああああああ!!!!〉
スマホの先から聞こえてきたのは部下の断末魔と鋼の砕ける爆発音。
先程までの眠気なんて容易く吹っ飛び、ユキノの心はただただ固まっていた。思わず、手から力が抜けてスマホを地面に落としてしまう程に。
「一体……一体、何が起きてるんだ……?」
あまりの衝撃に呆然となりながらも、背筋の凍るような悪寒が全身を駆け抜けていく。
何か嫌な予感がする。それが何かは断言出来ないが、利き手の震えがそれを雄弁に物語っているような気がした。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。
ノブガの軍事拠点にて、ユキノの軍勢との戦闘が既に始まっていた。
戦況は五分五分、ヴェスティード部隊による迎撃と戦車部隊並びに航空部隊による支援射撃によって互角の攻防戦を繰り広げていた。
〈ヤスナの言った通りにやってみたけど、案外何とかなるものね〉
〈ああ、この分なら作戦の第2段階までは順調に行きそうだ〉
ハンドガンを片手に持ち、ユキノ側の軍勢を捌いていくヒナタカミとダイロクテン。
それぞれのパイロットであるミツコとノブガは背中合わせになりながら内部通信で会話する。
ヤスナの作戦通り、この少数精鋭で今のところ立ち向かう事に成功している。
ミツコとノブガは落ち着いて、慌てる事無く地道に相手の戦力を削っていく。
これだけ落ち着いて戦えるのは作戦が上手く機能している事への安堵感もあるが、何より今回の戦闘は前回とは違い、48機ものアッシガール部隊による支援攻撃があるのだ。共にヴェスティードに乗って肩を並べて戦ってくれる存在がたくさん居るというのは予想以上に精神衛生上好ましい。
ハンドガンで戦車の車輪を狙って機動力を奪い、剣で砲台を破壊して無力化する。これをひたすら繰り返す。
50機のヴェスティード部隊で敵の軍勢を囲うようにして立ち回り、一斉に集中砲撃を開始する。
量産型であるアッシガール部隊には全員同じ永楽通宝の家紋面が頭部に取り付けてあり、全身のヒヒイロカネ装甲は茶色に変色している。
ミツコは目の前の敵を倒しながら、ヤスナの作戦内容を脳内で再生する。
――今回の戦闘が前回と大きく異なる点は、前回程相手の戦力の分散が難しい事です。前回は敵の狙いを複数の国家に仕向ける事で相対的にこちらが処理すべき相手の兵力を最小限に留めていたですが、今回は尾張国内による争いなので他国に意識を逸らすといった手は使えないです。しかし、兵力差を縮める事自体は可能です――
そこまで再生していると、ヴェスティード部隊による包囲網を突破した敵の戦車が数台、こちらの軍事拠点に向かって突撃してくる。
〈いいか、あのカラクリ人形は放っておけ! 我等の目的は敵の拠点制圧並びに織田ノブガの首だ!!〉
戦車部隊のリーダーの声に従い、後から何台も包囲網を抜けては軍事拠点に突き進んでいく。
だが。
〈なっ?!〉
戦車部隊は途端に停車する。軍事拠点を守るように赤い鉄板がそびえ立っていたのだ。
一瞬、気圧されたが構わず砲弾を発射して破壊を試みる。
〈怯むな! このような壁、一斉砲撃で吹き飛ばしてくれるわ!!〉
そう号令を飛ばし、鉄板に無数の砲弾が着弾した事で爆煙が巻き起こる。
〈……やったか?〉
まるで豪雨のような激しい砲撃、並の装甲ならば容易く破壊出来る。恐る恐る鉄板の状態を確認する。
やがて爆煙が収まると、戦車部隊全員が「っ?!」と目を剥いた。
〈な、なんだと……!!〉
開いた口が塞がらない。これは一体、どういう事だろうか。
〈馬鹿な……あれ程の砲撃を喰らって、全くの無傷だと?!〉
鉄板には傷だけでなく凹みすらなく、ただただ赤く爛々と輝いていた。
その光景を見つめるミツコは「よし」と呟く。これもまた、ヤスナの作戦の1つである。
――まず、ボク達は何も5000騎もの大軍全てとわざわざ戦う必要は無いです。向こうが敵陣であるこちらに向かってきてる以上、必ず中継地点となるキャンプ地を作成する筈です。ならば、軍勢をこちらへの侵攻用とキャンプ地の防衛用の2つに大きく分けると予想出来るです。となれば、侵攻用の軍勢は少なく見積もっても半分の2500騎となるです。相手が軍勢を2つに分ける以上、こちらの兵力も本来なら迎撃用と防衛用の2つに分けるべきですが、その必要は無いです。何故なら、ボク達にはヒヒイロカネという強固な守りがあるからです。幸い、柴田が生産工場を爆破してくれたおかげでヴェスティードの装甲として使用される予定だったヒヒイロカネが大量に余ってるです。このヒヒイロカネで防波堤を作り、拠点防衛の全てをこれで賄うです。これにより、ボク達は500騎全ての兵力を迎撃用に使用する事が出来、敵との兵力差は500対2500で10倍から5倍と半分に減らす事が可能です――
ミツコ達ヴェスティード部隊は一列に並んでハンドガンを構え、鉄板の前に佇む敵の戦車部隊に狙いを定める。
これには敵の戦車部隊の面々も苦しげな声を出す。
〈くっ、しまった……退路を断たれた!!〉
そのままハンドガンによる一斉射撃が戦車部隊を襲う。逃げ場が無く、また戦車部隊に命中しなかった弾はヒヒイロカネの防波堤に反射して戦車部隊を襲う。
絶え間ない射撃攻撃に戦車の装甲はとても耐えられず、次々に爆発していく。
――この作戦は大きく4段階に分けられるです。第1段階はとにかくこちらの被害を抑えて出来るだけ相手の数を減らすです。先程も言ったですが、防衛は考えずひたすら攻めていくのが望ましいです。相手がノブガ様の活動拠点である港町の占拠する可能性も考えられるですが、それは限りなく0に近いです。何故なら、当主にとって国民とは守るものです、その国民に銃を突き付けるのはユキノの印象を著しく悪くしデメリットしか無いからです。続いて第2段階は相手の侵攻用の兵力が約半分に減ったところでこちらも兵力を2つに分けます。1つは第1段階同様に敵の侵攻を食い止める迎撃用、もう1つは相手のキャンプ地への襲撃用です。敵の侵攻用との兵力差を5倍に留めたまま、ここで初めて敵の拠点に攻め込むです。侵攻用の兵力が半分にまで減ったとなれば、向こうも防衛用の兵力を切り詰めて追加兵力を補充する筈です。その追加人員が敵のキャンプ地からここまで距離があるので到達するまでにはいくらかのタイムラグが生じるです。そしてそのタイムラグ間は侵攻用と防衛用の双方の数が極めて低下している絶好の機会なのです。そこで大打撃を与えるです――
作戦は上手く予定通りにいっている。何とかこのままの勢いを維持したまま第2段階まで滞りなく行いたい。
――第3段階と第4段階ですが、これが先程言った運に左右される部分です。簡単に言えば敵の寝返りで、第2段階での追加兵力として出撃された敵部隊はその道中でキャンプ地が襲撃された事を内部通信で遅かれ早かれ知る事になるです。その時、果たしてこのままユキノ側についていて良いのかと考え、こちらに寝返る事を期待するというものです。これらの点を踏まえて相手を翻弄し兵力差を覆して勝利するというのが、ボクが提案出来る唯一の作戦です――
相手の戦車の砲身を掴むと、上空で旋回している戦闘ヘリに向かって勢いよく投げ飛ばす。双方が激突して爆発が生じる。
ヒナタカミは両手の刃指を射出して敵の動きを止め、その隙にダイロクテンが指揮するアッシガール部隊による集中射撃の雨を浴びせる。
〈ミツコ、大体半分に減った。これより作戦の第2段階に移行するぜ〉
〈ええ、分かったわ。……行ってくるのね〉
〈ああ、ケリを着けに行ってくる。愚弟との、最初で最後の大喧嘩になるだろうさ〉
〈……〉
ノブガからの通信にミツコは押し黙る。やはり、どうしても姉弟同士で殺し合う事に抵抗を隠せない。
それに、カイの言葉が脳内で響く。
――俺はね、姐さんには普通の生活を送ってほしいんだ――
――それがきっと、姐さんにとっての一番の幸せなんじゃないかな?――
だが、まるでその言葉を否定するかのようにノブガが答える。
〈ミツコ、オレは自由を手に入れるために戦うんだ。父上達にとって都合の良い政治の駒になるのだけは御免だ。オレはオレらしく生きるために尾張国次期当主を目指す〉
しかしそう言われてしまえば、ノブガを止める事はミツコにも出来ない。政治上の駒にされるというのは、ミツコにとっても嫌悪の対象であるからだ。何とも歯痒く感じる。
〈じゃあな。ここでの迎撃、頼んだぜ〉
そう言って敵の補充人員とバッタリ遭遇しないようにいくらかのアッシガール部隊と共に迂回路を通ってキャンプ地を目指すダイロクテンの背部を、ただただ眺めるしかなかった。
それでも、たった一言だけ、彼女には届かない言葉を未練がましく溢した。
〈……それでも、家族で殺し合うのは悲しい事なのよ、ノブガ〉
【次回予告】
戦場で対峙する織田の光と影。
自由を得るために戦う姉。
価値を得るために戦う弟。
彼等の前に現れる予期せぬ存在とは……。
次回、【美作守―ミマサカミ―】




