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悪鬼戦乱のヴェスティード  作者: 語説囃子
【第1章:悪童の野望】
12/18

第12話【始まる抗争】

 すいません、大学の試験勉強の都合で次話投稿がかなり遅れました。

 今回はカイの回想がメインで戦闘描写は無いです。

 ノブガとユキノによる姉弟抗争は次回から本格的に始まります。

 尾張国・港町・取調室。


 取調室にて、カイは拘束されて椅子に座らされていた。机を間に置き、腕を組んでこちらを睨むノブガと相対する。


「……何か申し開きはあるか?」


 ノブガは少し低い声でカイに対して尋問する。

 カイは苦笑しながら首を横に振る。


「いいえ、特に何も。監視カメラにもある通り、確かに俺が生産工場を爆破しましたよ」


「理由を言え。どうして量産工場を爆破した? お前だって分かってる筈だよな、今がどれだけ大切な時期かを」


「ええ、そりゃもう。今は弟君との家督争い勃発のギスギスした時期ですからね。向こうがいつ仕掛けて来ても良いように戦仕度(いくさじたく)は整えておくに越した事は無いでしょうよ」


「それが分かっていて、何故!!」


「……はあ、姐さん。もう戦は始まってんですよ、分かってないんすか?」


 溜め息を漏らして苛立ちながら言うカイの言葉にノブガは目を見開いた。


「もう戦が始まっているだと、どういう意味だ?」


 カイは少しだけ視線を横に反らすと、口元に力を込め、やがて意を決するように呟く。


「間者による内部破壊工作……ここまで言えば分かりますかね」


「……っ」


 ノブガはその言葉で全てを察した。察した瞬間、重たいもので頭をガツンと殴られたかのような感覚に陥った。


「……そうか、そうだったな。ずっと一緒だったから失念していた」


 拳を強く握り締め、少し悔しげに顔を俯かせる。カイとは小さい頃からの付き合いだった。

 小さい頃からの自分の弟分にして信頼のおける子分。それ故にずっと忘れていた。10年という長い年月が、それを忘れさせてしまっていた。

 彼がどういう経緯でノブガの元にやって来たのか。それを思い出してしまった。


「――お前は、元々ユキノの付き人だったな」


「元々ではなく、ずっとですよ」


 カイの何て事無いような声に、再び気持ちが沈む。思わず壁を強く殴ってしまう程に。


「この家督争いは、オレが征する。ヴェスティードの潜在能力の高さは、お前がよく分かっているだろ?」


「ええ、勿論。トシキとの共同開発でしたからねぇ」


「なら、何故ユキノの側に着く?! オレが勝つと分かっていてどうして!!」


「別に姐さんが必ず勝つとは思ってませんよ。もしかしたら、ユキノ様による大逆転劇があるかもですし?」


「……そうか、それは残念だ」


 ノブガはそれだけを言うと肩を落とし、力無く取調室から去っていく。

 その足取りはとても重くまるで引き摺るような動きから、ノブガが痛感したショックの大きさが伺える。

 カイは少しだけ表情を歪めながらノブガの背を見送り、扉が閉まる音が聞こえると静かに息を吐いた。


「なんで俺如きにそこまで胸を痛めてんですかね、あの人は。俺の事は、路傍の石ころとでも思ってくれればいいのに」


 そうやって天井を見上げてると、ガコっというまるで蓋を外すような音ともに天井の一部が外れて忍装束の密偵が顔を覗かせた。


「柴田、随分と哀れな姿だな」


「なんて事は無いっすよ。自業自得ってやつです」


「ヒデユキ様が我々に命じたのは、ノブガ嬢への暗殺妨害のみの筈だ。何故勝手な真似を」


「さあてね、なんででしょうかね」


 あくまでも飄々とした態度を崩さないカイに密偵は呆れたような声を出す。


「……気紛れも大概にしておくのだな。分かっていると思うが、ヒデユキ様の偵察部隊である我々ではお前を助ける事は出来ん。ヒデユキ様がユキノ殿側であると要らぬ誤解を与えかねんからな」


「分かってますよー。これでも覚悟を決めて行動に出たつもりなもんで」


「ならば、私はこれで失礼する。次会うのは家督争い終結後になるだろう」


「アイアイサー、それまで死なないように精々上手く立ち回りますよっと」


「フン、健闘を祈ってるぞ」


 そう言うと、取り外した天井の板を元に戻して静かに去るのだった。

 カイはそれを見届けると、懐のスマホが振動するのを感じた。拘束されて身動きが取れないため、誰からの連絡かを確かめる事は出来ないが、このタイミングで来るとすればユキノであると確信する。

 恐らく、“生産工場を爆破してくれてありがとう”とでも記載しているに違いない。

 ユキノからのオーダーに応えつつ、自らの思惑をも押し通す。その結果がこの始末である。


「……あの、カイ?」


 すると、取調室の扉を開けて今度はミツコがやってきた。カイは首を傾げながらミツコを見つめる。


「あれ、ミツコちゃん? どうしたの?」


「話を聞きに来たの。どうしてあんな事をしたのか、どうしても知りたくて」


「なんだ、そんな事か」


 カイのまるでつまらない事だとでも言いたげな声音にミツコはムッとして眉間に皺を寄せる。


「そんな事、って。大事な事でしょう?」


「俺からしたら“そんな事”だよ、今回の件は」


「……何か理由があるんでしょ、だから貴方は生産工場を爆破せざるを得なかった」


「そんなモノは無いよ。おかげでこちらの唯一の武器であるヴェスティードの大部分を失った、これによって姐さんを支持していた貴族も一部離れ始めてる。損害だけが積み重なるばかりで爆破のメリットなんて皆無さ」


「それでも、貴方は理由無くこんな事をする人間じゃないわ」


 ミツコの何が何でもカイを信じるという言葉にカイは思わず笑ってしまう。

 目の前の少女は自分の想像以上に純粋だったんだと噛み締め、段々と可笑しくなってしまう。


「お人好しだね、ミツコちゃんは。そんなんじゃ、これからの戦いじゃ生きにくいだろうね。前に言った筈だよね、この世は表裏一体の関係に満ちてるって。キミみたいに誠実なお人好しが居る一方、俺みたいに不誠実な嘘吐きも存在するんだ」


 自嘲気味な笑みを浮かべて、取調室の窓から広がる外の世界に想いを馳せる。


「俺は織田ユキノ様の付き人、ユキノ様に家督を確実に継がせるために姐さんの元にやってきたただの間者。たった、それだけの話」


「……だったら、なんであんな事言ったのよ」


「あんな事って?」


 ミツコの発言の意図が読めず、カイは怪訝そうな表情を浮かべる。

 ミツコはカイを睨む。


「“どうか姐さんのそんな馬鹿な妄執を取り去ってほしい”……貴方はそう言って私に託したのよ。本当に弟さんに家督を継がせたいのならそんな事を言う筈が無いもの。だって、そんな事を言われなければきっと私は戦場には向かわず、ノブガもあの戦で死んでたかもしれないんだから」


 そして確信を持って力強くカイに言い放つ。


「ノブガを心の底から気遣ってるからこそ、私にそう言ったんでしょ? だから、貴方は理由無くノブガを裏切らないって断言出来るわ」


「……はは、これは参った。俺は相変わらず、女性相手に余計な事を言い過ぎるね」


 そこまで断言され、カイは肩を竦めて笑みを溢す。


「確かに俺の心はミツコちゃんの言うように、ユキノ様ではなく姐さんの方に傾いてる。でもねミツコちゃん、俺は決して姐さんの味方じゃない」


「それはどうして?」


「俺は姐さんの家督継承の要となる生産工場を爆破した、これは事実だ。そして俺自身も、姐さんに家督を継いでほしくはない」


 そこで一旦区切ると、息を吐くようにして感情を込めずに話す。


「丁度良かったんだ、家督を欲するユキノ様との利害が一致したからその手助けをした。それだけは間違いなく本当、だからあんまり俺を美化しないでね」


「家督を継いでほしくない理由は、何なの?」


「……フフ、それは流石にプライベートな部分に触れるからね。そう易々とは話せないよ」


 ウインクしながらミステリアスな雰囲気を醸し出すカイにミツコは苦笑して首を横に振る。


「話したくないのならそれで良いわ。少なくとも、貴方なりにノブガの身を案じて行動を起こしたのは分かったから」


「……」


 カイは沈黙し、それを見かねてミツコは「じゃあ、また面会に来るわ」と言って去ろうとする。

 ふと、「ミツコちゃんはさ」とカイが呟き、咄嗟に足を止める。


「姐さんが当主の座を得たとして、その先に何が待ち受けているのか、分かるかな?」


「当主の座を得た先に待ち受けるもの……?」


 カイは頷く。


「そう。俺はね、姐さんには普通の生活を送ってほしいんだ。姐さんの事情を知らないような遠くの国に行って、そこで全てをやり直すんだ。普通に学校に通って、普通に友達を作って、普通に恋をして、普通に家庭を築く。それがきっと、姐さんにとっての一番の幸せなんじゃないかな?」


「それは確かに、私もそう思うけれど」


「でしょう? 当主になれば、国内統治に近隣諸国との外交、場合によっては戦闘を指揮する事もある。およそ、普通の少女とはかけ離れた日々が待っている」


 それを聞いて、なんとなくミツコにはカイの思惑が理解出来た。


「だから、貴方はノブガの家督継承を妨害するの?」


「……まあ、半分はこれが理由かな」


 カイはニッと笑顔を浮かべると「呼び止めちゃってごめんね」と謝った。


「姐さんには内緒だよ」


「……分かった」


 そう言うとミツコが立ち去って扉が閉まる。1人取調室に残されたカイはやっと張り詰めた空気を吐いてリラックスするかのように屈伸する。


「そう、半分はそれが理由。そしてもう1つは――――」


 まるでそれは詰まらないモノだとでも言いたげな表情で、カイは遠い過去に思いを馳せる。

 およそ10年程昔、当時まだ8歳のカイはユキノの付き人として彼の世話をしつつ、ヒデユキ直属の偵察部隊の一員として活動していた。

 柴田一族は先祖代々織田の暗部として暗躍し、その功績によって歴代の尾張国当主を支えてきたと言っても過言ではない。

 そしてカイは幼少期からヒデユキに仕え、やがて次期当主となるユキノの付き人となった。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。





「織田ノブガ様……ですか」


 そんな時だ、ヒデユキから突如呼び出されて伺ってみれば、用件はノブガに関する事だった。

 ヒデユキは神妙に頷いて静かに告げる。


「そうだ、ユキノの付き人をしつつノブガの事も目に掛けてほしい。何かあった時は、すぐに私に報告するように」


「御意……と言いたいところですが、理由を伺っても?」


 織田ノブガと言えば、鬼と妖士の血を色濃く受け継いだ尾張国の大ウツケとして城内及び自国の貴族間でその名を知らぬ者は居ない。

 ノブガ並びにユキノの母であるハナヤ御前からも疎まれた存在にわざわざ目を掛けるというヒデユキの指示はカイにとってとても不可解な事だった。

 ヒデユキは軽く笑う。


「父親が娘の動向を気にするのは不自然な事だろうか」


「ですが、ハナヤ御前様が」


「ハナヤの事は関係ない。代々の尾張国当主からすれば、鬼や妖士の血など大した事ではないからな。一々気にしていては、柴田一族を懐刀として重宝しておけないだろう?」


「それは、確かに」


 カイは何とも複雑な表情で歯切れ悪く応える。暗部の一族であるが故に、その実態を知る者は尾張国当主と一部の有力貴族ぐらいしか居ないが、柴田一族は美濃国の明智一族と同様に鬼の血を代々受け継いでいるのだ。

 カイはミツコやノブガ程濃厚に受け継いでいるわけではないが、それでも幼少期から偵察部隊として活動出来るぐらいにはその身体能力は高い。


「同じ鬼の血を持つお前なら、きっとノブガの良き理解者になれるだろう。出来る限りの手助けをしてくれ」


「……ご期待に応えられるよう、努めていきます」


 そうしてヒデユキから任されたカイだが、いきなり当時7歳のノブガに近づく事は無かった。まずはノブガの様子を陰から伺い、ノブガの人と成りを確認していた。

 彼女の生まれや境遇は事前に資料を読んでいたので既に知っている。資料には生まれ持った“血”によって周りから冷遇され、当主の女児とは思えないぐらいの粗暴を繰り返しているとあった。社交界に赴けば有力貴族の御子息または御息女との喧嘩、さらには当主に許可無く度々城下町へ抜け出し、珍しく城内に留まっているかと思えば侍女達に対するいたずらの数々。

 そのような問題行為が頻発したため、現在は城から数キロ離れた港町に居住している。

 一応、生活に必要なものはヒデユキが支給しているので問題なく暮らしているようだ。

 そう思って、わざわざ港町まで赴き陰からノブガの様子を伺おうとした時だった。


「こらー! そこのガキ、今日という今日は我慢ならねえ! 盗った魚を返しやがれ!」


「へへ、外に放置してるそっちが悪いんだろ!」


「店外販売という言葉を知らんのか!!」


 元気良く響き渡る少女の声、カイは思わず顔を両手で覆い隠したくなった。

 どうやら尾張のウツケ姫は港町に追い出されたぐらいでは堪えないらしい。口に魚をくわえて逃げる様はまさに猫そのもの、噂以上のじゃじゃ馬姫だとカイは思った。

 そうして心の中で溜め息を溢していると、「放せ! 放せよ!」と呻くノブガの声が聞こえてきた。どうやら魚屋の亭主に捕まったようだ。抵抗しているのか、亭主の「こ、こら暴れるな!」という声も耳に入ってくる。

 すると、魚屋の亭主はノブガの胸元で輝く銀色の四つ葉のクローバーのネックレスに目を付けた。


「うちの商品を買う金が無い癖にいっちょ前にこんな高価な南蛮モノを持ちやがって!!」


「なっ?!」


 魚屋の亭主がネックレスを掴もうと手を伸ばすと、ノブガはすかさずネックレスを守るようにその手を叩いて抗議する。


「何しやがんだ、これはオレの宝物なんだ!」


「お前のその首飾りで今までのをチャラにしてやるって言ってんだ!」


「何だと!!」


 ギャーギャーと聞くに耐えない怒声のぶつかりにうんざりし、カイは仕方ないとばかりに物陰から飛び出して争っている2人の元に駆け寄る。


「すいません」


「「ん?」」


 カイが話しかけた事で2人は首を傾げてそちらを向く。カイは懐から小銭を取り出すと亭主に差し出す。


「その娘、俺の知り合いです。だから代わりに俺が支払います」


 突然のカイの登場とその行動に亭主は豆鉄砲でも喰らったかのように数秒程目をパチパチと瞬きすると羽交い締めしていたノブガを解放してからカイから差し出された小銭を手に取る。


「ま、まあ……金さえ払ってくれるのなら大切なお客様だ」


 そう言うと、ノブガの頭に軽くげんこつを降り下ろす。ノブガは「痛っ!」と声をあげて頭を抑えて涙目になる。


「おいガキ、次からはちゃんと自分で金払えよ」


「フン、べーだ!」


 ノブガは嫌なこったと言わんばかりに亭主に「あっかんべー」と舌を突き出す。そんな年相応の行動をするノブガに亭主は小さく笑うとそのまま去って行った。

 さて、その場にノブガとカイのみが取り残されるとノブガはキッとカイを睨んだ。


「おい、お前誰だ! オレはお前みたいな奴と知り合いじゃないぞ!」


 助けた事への感謝を述べる事無くカイに対して警戒心を剥き出しにするノブガに、カイは辟易とした気持ちになるが自分の身元を明らかにする。


「俺はユキノ様の付き人をやっている柴田カイって言います」


「ユキノの?」


 ユキノの名前を聞いたノブガはさらにカイに対する警戒心を増していく。


「ユキノの付き人がオレに何の用だ?」


「ヒデユキ様からの命令で貴女の様子を伺いに来たんですよ」


「ああ、そうかい。わざわざご苦労なこったな、じゃあ父上には“まだしぶとく生きてる”って伝えとけ」


 その刺のある言い回しにカイは眉間に皺を寄せる。ヒデユキは純粋にノブガの心配をしているのにそんな言い方は無いではないかと。

 しかし、カイは少し不可解に感じる。ヒデユキはノブガに十分すぎる程の生活物資をノブガに送ってる筈だ、なのに何故ノブガは魚を盗ったのか。物を買うためにはお金が必要というのは流石のノブガでも知っている。


「どうして魚を盗んだんです?」


「……別に、生きるためには食い物は必要不可欠だろ」


「生活物資には食べ物も含まれてた筈ですよ」


「は?」


 ノブガは瞬きをしてから、唖然としながら首を傾げる。


「そんなもの無いぞ」


「え?」


 今度はカイが唖然とする番だった。ノブガはヒデユキからの生活物資の存在を知らないと言い、また彼女の様子から嘘を吐いてるようには見えない。

 ノブガが末森城から追い出されて港町に送られたのは約3ヶ月前。つまりその間、彼女はずっと先程のように盗みを繰り返す事で生命を繋いできたという事になる。

 一体どうして届いてないのか、考えられる事は唯1つ、誰かがそれを着服しているという事だ。

 この事実をヒデユキに報告する事を心の内に留めておきつつ、ノブガの現状を確認する。


「生活物資の件はこちらで改善するようにします」


「お、そりゃあ助かる」


「お詫び……というわけではありませんが、何か他に困ってる点があれば遠慮無く言って下さい。ここに来てから随分と日も経ってますし、こちらで出来る支援は惜しみ無くするつもりですよ」


 いくら尾張の大ウツケと言えどもノブガはれっきとした尾張国現当主の娘であり、その彼女の生命線を繋ぐための生活物資を着服するという事は極めて重罪だ。


「んー? そうだなぁ」


 ノブガは少し思考すると、面倒くさそうに自身の髪を弄ると「別にいーよ」と投げやりに言う。


「そんないきなり言われたってすぐには思い付かないし、盗った魚の金も払ってくれたからオレはもうそれでいいわ」


「なっ……!」


 カイからの申し出を断ったノブガはそのまま立ち去ろうと背を向けて歩き出した。

 申し出を断られたカイは暫く呆然として固まっていると、ハッと意識を取り戻してノブガの後を追う。

 ノブガの現状を知るための申し出であるので、断られてしまえば任務を全う出来ない。


「い、いや、それでも何かあるでしょう?!」


「しつこいなー、別に何も無えって……ん?」


 すると、ノブガは突然眉間に皺を寄せてカイを見つめる。

 ノブガの行動にカイは戸惑って思わずたじろぐ。


「な、何です?」


「お前、もしかして“混ざりモノ”か?」


「混ざりモノ、ですか?」


「……」


 意味が分からない。本当に意図が読めない。思わず首を傾げてしまった。

 するとノブガはカイの疑問に答える事無く沈黙し、やがて「よし!」と言って手を叩く。


「お前、ちょっとオレに付き合え!」


「……はい?」


 要領を得ないカイに構わずその腕を勢いよく掴むと、そのまま走り出してしまった。


「あの、ちょっと?!」


「今日は六丁目の野菜市場が狙い所なんだ、お前も手伝え!」


「手伝えとは、一体何なんですか!」


「決まってんだろうが」


 ノブガはカイに振り返ってニヤリと微笑む。


「次の夕飯調達だよ!」


 こうして、カイはノブガによって野菜泥棒の片棒を背負わされたのだった。


「こらー! このクソガキがー!!」


「見張り番は案山子じゃ力不足だったみてえだな、おっちゃん!」


 「ガッハッハッ!」と笑って白菜を担いで逃げるノブガに続く形でカイもまた白菜を担いで逃げた。その最中、カイは「なぜ自分はこんな事をしているのか」と疑問を心の隅で抱いていたが、自分達を鬼気迫る表情で追いかけてくる農家の男に恐怖し、すっかりノブガの共犯となってしまった。

 必死に逃げ続ける事、約30分。ようやく農家の男の追従を振り切り、ノブガの家まで逃げ延びたカイは肩を上下させながら息を切らしていた。30分間の全力疾走は余程堪えたらしい。

 その様子にノブガは鼻で笑う。


「ハッ、この程度で疲れてんのか? お前、混ざりモノの癖に体力無えな」


「く……この……っ!!」


 立ち上がって殴りかかろうとするが、肺でまともに呼吸が出来ず、それもかなわない。

 この時、カイは思った。生意気な奴、と。

 それからなし崩し的にノブガの夕飯の手伝いまでさせられた。

 ノブガは案外手際が良く、淡々と魚と盗んだ野菜で夕飯を作っていく。カイがやれた事と言えば、米を炊いたぐらいのものだった。

 その手際の良さから、自炊する事への慣れを感じる。末森城に居た頃は全て侍女が料理の仕度をするため、恐らくかなり前から――いや、もしかしたら城から追放された日から彼女はこのような生活を続けているのかもしれない。


「随分と、慣れてるんですね」


 カイはちょっとした探りを入れるつもりで言った。ノブガは目線を鍋から離す事無く、何て事無いかのようにカイに答える。


「まあな。城に居た頃からちょくちょくな」


「なっ、城に居た頃から?!」


 ノブガの返答は完全に予想外なものだった。何故、侍女が用意してくれるのにわざわざ自炊する必要があるのか。


「それはまた、どうして?」


「あぁー」


 ノブガは少し面倒くさそうにこめかみを掻く。


「侍女の奴等が用意してくる飯、苦手なんだよ。なんか舌がピリピリするって言うか。別に香辛料とか入ってねえ筈なのにさ」


「それって、まさか――」


 毒殺。カイの脳裏にこの二文字が浮かび上がった。いや、まさか、さすがにいくら大ウツケと言えども毒殺までするとは考えられない。

 当の本人が別に意を介してない様から単なるカイの思い過ごしか。だが、ノブガは鬼と妖士の血を色濃く受け継いでるのだから、人間にとっての致死量レベルの毒物ではあまり影響は無いのかもしれない。


「ま、つーわけでオレは定期的に城の裏山に忍び込んで小鳥とかをテキトーに狩ってた」


「中々に、勇ましいですね」


「おう、オレはお前と違って体力あるし運動も出来るしな」


「ぐっ……」


 それは貴女が規格外すぎる、カイは激しくそう言いたいが当主であるヒデユキの娘なので口答えが出来ない。


「♪~」


 カイの悔しそうな表情を見て気分が良くなったのか、ノブガは鼻歌を口ずさみながら料理に集中し始めたので、カイはノブガの住む家を見渡す。そこは家というにはあまりに小さく、どちらかと言えば小屋と呼ぶ方がしっくりくる。

 風によって木でできた壁がガタガタと揺れ、外の寒さが中にまで浸透してくる。

 庶民1人が住むのならばこれで充分だろうが、尾張国当主の娘の住居としてはこれはあまりにも悲惨と言わざるを得ない。

 生活物資の件もあり、どうやら尾張国の人事には些か問題があるとカイは思った。

 ノブガとちゃぶ台を挟んで向かい合うようにして座り、互いに手を合わせて「いただきます」と言って夕飯にありつく。


(なぜ俺まで夕飯を食べているのか……)


 居間で無言が続く。互いに話せるような特定の話題も無いので当然と言えば当然と言える。

 カイはご飯を頬張りながらチラチラとノブガの様子を伺う。

 背筋をピーンと伸ばしながら淡々と夕飯を食べるその姿には気品のようなものがあり、昼間にどれだけ傍若無人に振る舞おうともやはり尾張国当主の一人娘なのだと痛感する。

 恐る恐る口を開いてノブガに問う。


「あの、ここでの生活はどうでしょうか。小さくて立て付けも悪いですし、貴女が望むのならもっと良い家に移る事も出来ますよ」


「ん? 別に無えぜ、6歳のガキ1人が住む分にはこれぐらいで充分だろ」


「ですが――」


「くどいぜ。オレが満足してるんだ、それでいいだろうが。野宿じゃないだけマシってやつだ」


「それは……」


「ほら、くだらない事を言ってないでさっさと食え」


「……」


 カイは最早何も言えなくなってしまった。本人が満足している以上、自分がどうこう言えるような立場ではないのだ。

 再び、それ以降互いに話す事は無く、夕飯を終えると居心地の悪さを感じてしまいカイは早々に末森城へと帰還した。




「ハァ? 俺達が解雇ぉ?」


 カイの申し出に首を傾げたのは、ノブガの生活物資運搬を担っていた近衛兵2人だった。

 カイは無表情で頷く。


「そうです、貴方達はノブガ様への生活物資を不正に着服した疑惑があります」


「おいおい、あんな大ウツケの言葉をアンタは真に受けたってのか? そんなのあの大ウツケの戯れ言に決まってるじゃねえか」


 2人の近衛兵はニヤニヤしながら互いに顔を見合わせて言う。


「アンタだって分かるだろ、あのガキは皆から煙たがられてる。寂しいんだよ、そうやってアンタの気を引きたいのさ」


「それは無い。彼女はそんなか弱い心等持っていない」


 今日1日、彼女と行動を共にしたカイははっきりと断言出来る。織田ノブガという少女は決して自らの逆境にめげるような性格ではなく、それを乗り越えて順応していく強さを秘めた人物だ。

 決して譲らないカイの様子に近衛兵達は少したじろぎながらも何かを閃いたのか、意地の悪そうな表情を浮かべる。


「はっはーん、分かったぜ。あれだろ、なんか前の雇い主から聞いた話じゃ、柴田一族はウツケ姫と同じ鬼の血を引いてるんだってな。だから仲間意識を持ってるってわけだ」


 カイは無表情のまま、近衛兵2人の間に蹴りを入れる。蹴りが壁に命中すると、そのまま天井まで縦に亀裂が走った。

 近衛兵2人はギョッとした表情を浮かべて驚愕し、動けずに固まる。


「俺はユキノ様の付き人だ。つまらない憶測を吐いてんじゃねえ」


 ノブガとカイは同一の存在でも無ければ対等の立場でも無い。だからこそ、仲間意識なんてものは生じ得ないのだ。

 そして、その言葉は何よりもノブガの存在を乏しめると感じた。内から沸き上がる憤りに、思わず足が出てしまった。

 カイは吐き捨てるように言う。


「どっちにしろ、お前達のせいでノブガ様は餓死の危険性もあった。当主の一人娘を殺してた可能性もあったんだ、死罪で済むと思うなよ」


 その言葉に近衛兵2人は慌てたようにカイに許しを請う。


「ま、待て! 待ってくれ! 確かに俺達は大ウツケ――いや、ノブガ様への生活物資を横流ししてた、それは認める。だが、仕方なかったんだ!」


「そうだぜ、ウツケ姫――ノブガ様の生活物資の横領は正室であるハナヤ御前様からの直々のご命令だったんだ! なあ、さっきまでの無礼を詫びるからさぁ!!」


 近衛兵2人の言葉にカイは「なっ……」と絶句して目を剥いてしまった。

 今、近衛兵は何と言った? 横領はノブガとユキノの実母であるハナヤ御前からの命令であると、そう言ったのだ。


「そんな、まさか……」


 確かにハナヤ御前は鬼と妖士の血を色濃く受け継いだノブガを憎んでいたし、産んですぐに半狂乱になってノブガを殺害しようともしていた。

 だが、まさか既に末森城から追い出されているのにも関わらず、それでも亡き者にしようとしているとは考えが及ばなかった。

 もしかしたら、2人が助かるために吐いたデマカセかもしれないが、カイにはとてもショックが大きかったのだ。

 結局、目の前の近衛兵2人は解雇。2人の処遇は事実確認が済むまでは保留とし、地下牢に投獄した。その上でカイはヒデユキに自らがノブガへの生活物資供給を一任する事を進言したのだった。

 ヒデユキはカイに信頼を置いているので、すぐに「是」という了承を得られた。早速、翌日から行動を開始する。




「……なんだこれ」


 翌日の早朝、ノブガの家に次々と馬車から荷物が搬入されていく光景を外から眺めながらノブガは呆然と呟いていた。

 突如自宅にやってきたカイに叩き起こされたかと思えば、布団から引き摺り出されて自宅から追い出されたのだ。

 生活物資の搬送が終わって一段落すると、ノブガはカイに対して問いただす。


「おい、これは一体どういう事だ!?」


「何って、貴方に支給される筈だった生活物資ですよ。これからは俺が担当するので」


 そう笑顔で言い切ったカイにノブガは胡散臭そうな表情を浮かべた後、小馬鹿にするかのように鼻で笑う。


「お前みたいな頼りない奴に任すなんてな~」


「フン、あまり見くびらないで下さい。これでも末森城ではそれなりの官位を持っていますので」


 ずっと言われっぱなしは癪に障るので苦し紛れのように言うが、ノブガは「ほう、面白え」と言ってニッコリと笑う。


「なら、お手並み拝見といこうか」


「ええ、見てて下さい」


 互いに挑発するかのようにそう言葉を交わし、「フフフ」と黒く笑う2人の姿はとても不気味であった。

 それから約2ヶ月後。ユキノの付き人と偵察部隊という以前からの業務を継続しながらのため中々頻繁には出来ないが、それでも週に一度のペースでノブガへの生活物資運搬の作業をこなすカイがそろそろ新たな業務内容に慣れてきた頃。

 カイはとても信じられないものを見たような表情を浮かべていた。



「これは一体、どういう事なんでしょうか、ノブガ様? ご説明願えますかね」


「……」


 カイの言葉にノブガは押し黙る。カイの言う「これ」というのはつまり、ノブガの口にくわえられている魚の事である。

 いつものように生活物資を届けに来たのだが、その道中でノブガを発見したので声をかけてみれば、まさかの事態である。

 どうやらカイと初めて出会った時のように、魚屋から盗んできたようなのだ。カイ監修の下、ノブガへの生活物資横領は存在し得ない。十分な生活物資があるにも関わらず、何故ノブガは再び盗みを働いたのか。やはり彼女は所詮は尾張国の大ウツケに過ぎなかったのか。

 カイは真意を確かめるために腕を組んで仁王立ちし、地面に正座しているノブガを威圧するかのように見下ろした。


「黙ってないで何か言ったらどうですか。俺は貴女1人には十分過ぎる程の生活物資を提供していた筈ですが」


「……別に」


 プイッとそっぽを向くノブガの頭を掴んで目線が合うようにする。


「なんで意地になってんですか、一体」


「うるさい、もう家に帰りたい」


「駄目です、盗んだ理由を言うまで帰しませんからね」


「提供してもらった生活物資じゃ足りなくなった。それだけだ、これで良いだろ」


「どうして急に足りなくなるんですか。先週までは足りてたと記憶していますが」


「うぐ……」


 痛い所をカイに指摘され、ノブガは思わず言葉に詰まってしまう。

 視線は所在気無く右往左往と泳ぎ、なんとかこの場を乗り切ろうとするのが丸分かりであり、カイは溜め息を溢して再度事情を尋ねる。


「別に責めるようなつもりはありません。何故このような事をしでかしたのか、その理由が知りたいんです」


「……」


 頬を膨らませて両腕を組むノブガの姿から「意地でも話す気は無い」という強い気持ちを感じる。いくらこちらが話してもこれではゴールが見えない平行線上を行くばかりだ。

 再度大きな溜め息を溢すと、「とりあえず」と言ってひとまず話題を変える事にする。


「一旦、ノブガ様の家に戻りましょう。詳しい話はそこで聞きますから」


「え……」


 カイの言葉にノブガは目を見開いて呆然としている。心無しか冷や汗が流れているようにも見える。

 当然、カイがそれを見逃す筈も無く、ようやく糸口を見つけたような気持ちになった。


「どうしましたか?」


「い、いや……その」


 先程とは違った意味で言葉に詰まるノブガは焦った様子で言葉を探している。考えが纏まってないのか、思い浮かんだ言葉を衝動的に発していく。


「きょ、今日はやめないか!」


「何故です?」


 一方でカイはあくまで冷静に返していく。


「ほ、ほら、今散らかってるし!」


「なら掃除を手伝いますよ、1人じゃ大変でしょうし」


「それは……いや、話ならここでも出来るだろ?!」


「話してもノブガ様が話して下さらないので場所を変えるんですよ。ノブガ様だって“早く家に帰りたい”と申してたじゃないですか」


「……うぅ」


「ほら、行きますよ。それに今日は支給日ですから、生活物資をノブガ様の家に届けないといけませんし」


 俯いて呻くノブガの腕を掴んでまるで引き摺るかのようにノブガを家まで連れて歩き始めた。そのままノブガを掴んでいる手とは別のもう片方の手で生活物資を積んだ荷台を引く。

 ノブガは掴まれた腕を左右に振りながら「はーなーせー!」と騒ぐが、カイは全く意に介さない。


「気安く触るな、へーんーたーいー!」


「誰が変態ですか、誰が」


「うるせーい!!」


 ギャーギャー喚くその姿に辟易しつつ、構わず歩みを進めていく。「変態」「誘拐犯」「幼女性愛者」等と極めて不名誉な言葉が飛び出していたが、それでもカイは無視する。ノブガが足に力を入れてブレーキをかけるようならそれ以上の力でノブガを引っ張るまで。


「……」


 そうやってノブガの言動を徹底的にスルーし続けた結果なのか、もうノブガは黙り大人しくカイと共に自宅に向かっていた。

 カイ達が歩き始めてから約30分。道中会話を交わす事無くやっとノブガの家が見えてきた。そんな時、先程まで黙っていたノブガが恐る恐る口を開いた。


「なあ、家に入る前にちょっと軽く片付けだけさせてくれないか……?」


 それはノブガの本当に最後の抵抗のようにカイには感じられた。弱々しくカイに尋ねるその姿に思わず心苦しくなるが、それでも自分はノブガが盗みを働いた理由を知るためにここまでやって来たのだ。今更その証拠隠滅の機会をノブガに与えるつもりは無い。


「それは出来ません」


 だから、カイはノブガからの申し出を即座に却下する。

 ノブガももう諦めが着いたのか、「もう勝手にしろ」と投げやりに言った。

 カイは意を決して自宅の戸を掴むと横にスライドさせて開けた。



「ノブガ、帰ったですか……?」


「え……?」


 戸を開けた先に居たのは白髪赤眼の少女だった。黒髪黒目が一般的な日本人の外見的特徴からかなりかけ離れた容姿、年齢は自分よりもノブガに近いように感じられる。

 カイは戸惑って横目でノブガを見つめる。これは一体どういう事なのかと。

 ノブガは額に手を当てて「あーあ」と呟く。そして一言言い放った。


「5日前ぐらいに拾ったんだ」


 ノブガはカイに事の経緯を説明した。5日程前に最近南蛮から取り入れた護送車というものがこの付近を通過するのを発見したノブガは南蛮好きから来る好奇心からすぐに護送車にへと駆け出して行ったと言う。

 間近で護送車並びに果たしてどんな人物が乗っているのか見てみようとすると、なんと複数人の盗賊による襲撃を受けていたのだ。突然の奇襲だったためか、護衛と操縦者は全滅、中に居た少女が連れ去られようとしている場面だった。

 ノブガはすぐさまに少女を助けるために盗賊を倒して少女を保護した……というのが、一連の流れであったのだと述べた。

 カイは腕を組むととても複雑そうな表情を浮かべて眉間に皺を寄せる。


「言いたい事はたくさんありますが、まず第一に言いたいのは、貴女はもう少し自分の身を案じてください」


「安心しろって、オレはそんじょそこらの大人より強いし」


「そういう問題じゃありません、貴女は仮にもヒデユキ様の御息女、何かあってからでは遅いんですから」


「そう言われてもなぁ」


 全く反省の色を示さないノブガは口笛を吹きながら明後日の方向を見ている。

 その様子に溜め息を漏らすと、カイは再度ノブガが保護した少女の姿を見つめる。

 ノブガが盗みを働いていたのは恐らく自分の生活物資を全て彼女に譲渡し自分の分の食糧を賄うためだったのだろう。それなら一言連絡が欲しいところだが、まだ完全にノブガがカイの事を信用していないという事なのだと予想する。

 思わず「全く、優しいというかいまひとつ抜けているというか」と溢してしまう。

 その言葉にノブガは眉間に皺を寄せてカイを睨む。


「なんだよ、オレを馬鹿にしてんのか?」


「自分の分の食糧を全部渡すより2人で分け合って次の支給日に俺に相談すべきだったんですよ、貴女は」


「う、うるさい……」


 顔を真っ赤にして俯くノブガの姿に、可愛いところもあるんだなとカイは感心した。微笑ましい光景に小さく笑いつつも、気になる一点であり最も重要である事を思案する。


(なんというか、ノブガ様はやる事が極端なんだよな。さて、それよりも気になるのは――)


 カイが気になる事、それはノブガが保護した目の前の少女の素性だ。

 護送車を使用していたという事はそれなりに身分のある家の令嬢であるとまず推測出来る。

 鎖国令が解かれたとはいえ、まだ南蛮の文化に難色を示す貴族は多い。南蛮の機器を用いるという事は、それだけ南蛮との繋がりを持った一族である事と同義なのだ。

 ヒデユキの側近としても、問わねばならない。争いの火種になりかねない要因は悉く摘まねばならないのだから。

 目の前でキョトンとしつつもこちらを警戒する少女、真紅に染まるまるで血のような大きな瞳に思わずたじろいでしまいそうになるが、表情には出さないようにして静かにそれでいて穏やかに尋ねる。


「失礼ですが、お名前を伺っても?」


「おい」


 すると、背後からノブガがグイッと肩を掴まれて耳元で文句を言い始める。


「いきなりナンパか?!」


「え、いやそんなつもりは別に……」


「いいか!」


 ノブガはそのままカイから離れるとまるでカイから守るかのようにして少女を抱き締め、カイを睨み付けながら宣言する。


「ヤスナに手を出したら去勢してやるからな!」


「きょ――?!」


 カイはその内容に思わず目を剥いてしまった。ノブガの般若のような面立ちから冗談ではなく本気なのだと伺える。

 なぜ彼女はこの少女にそんなに肩入れするのだろうか。出会ってから僅か5日間で、2人にはどのような絆が芽生えたと言うのだろうか。

 カイには、心底理解出来なかった。

 一方でノブガは『ヤスナ』と呼ばれた少女に言い聞かせるように呟いていた。


「いいか、ヤスナ。あまりコイツに関わるなよ」


「分かったです」


 ノブガの言葉に力強く頷くヤスナにカイはすかさず「ちょっと!」と2人に声をかける。


「風評被害も甚だしすぎませんかね?!」


「城に居た頃、婆やに教わったぞ。男は皆狼だってな」


 2歩程下がってカイとの距離を取るノブガに思わず自分の額に手を当ててしまう。

 もしかして、ノブガが自分を警戒するのはユキノの付き人だったり、ヒデユキの側近であるとかではなく、男だからなのではないかと困り果ててしまう。

 ただ、これたけは言える。とてつもなく心外であると。ノブガには自分が、2歳年下とはいえ6歳の幼女に欲情するような変態だと思われてるのかと思うと大変不本意でならない。だから思わず口を滑らせてしまったのか。


「そんな貧相な体に誰が――――」


 溢れてしまった失言を言い終わる前にノブガから渾身のアッパーを喰らった。それはもう電光石火と呼べる程の迅速で正確な動きであったと記憶している。

 物理的にもそうだが、精神的にもまさに天に昇るような一撃だった。

 あまりの衝撃に空中で白目を剥き、頭から硬い地面に着地した事で意識が白から黒に染まった。

 意識を手放す直前に思った事は『鬼の血を受け継いでいなかったら間違いなく死んでいた』。まさかこんな形で自分の出生に感謝する日が来るとは思わなかった。



「……う……ん」


「あ、起きたです」


「え……」


 目を開けてまず最初に聞こえてきたのはヤスナの声である。上体を起こしてみれば、どうやらノブガの家の居間に横になっていたらしい。

 声の主であるヤスナは囲炉裏の前で体育館座りをしながらこちらを無表情で見つめていた。

 カイは周りを見渡す。


「ノブガ様は……」


「台所で夕飯を作っているです」


 そう言われて耳を澄ませてみると、コンコンという規則正しい包丁の切る音が聞こえてくる。

 この場にノブガが居ないのは好都合と思い、目の前のヤスナに改めて尋ねる。


「先程の話の続きですが、名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


「……」


 だが、ヤスナは無表情でカイを見つめるばかりで一切返答しようとする意志が無いように見える。

 カイは少し戸惑いながらヤスナに再度声をかける。


「あ、あの……?」


「……」


「えーと……」


「……」


 全く口を聞いてくれないヤスナに、思わず溜め息を溢してしまう。ヤスナは相変わらず無表情で、まるでこちらを観察しているようにも見える。

 どうしたものかと思案していると、ヤスナは小さく口を開いた。


「……ノブガが貴方にはあまり関わるなって言ったです」


「あぁ、そういう事か」


 この少女はノブガの言葉を忠実に守っていたのだった。その事に少し頭痛にも似た痛みがして悩ましい。

 とにかく、彼女の素性は把握しなければならない。素性の知れない存在をノブガの傍に置いておくのも、それを見過ごして放置しておくのも、どちらも極めて危険であるからだ。


「別に俺は貴女をどうこうするつもりは一切ありません。ただ、素性の知れない貴女をこのままにするのはノブガ様を予期せぬ争いに巻き込む可能性があります。彼女の身の安全のためにも貴女の名前を明らかにしてもらえないでしょうか」


「ノブガの、ために……?」


「ええ」


 ヤスナがノブガの言葉を素直に聞いている事から、そのノブガの安全が害されるのであれば、きっと自分の素性を明かすのではないかと思ったのだが、どうやらその思惑は的中したようだ。

 我ながら中々イヤらしい言葉だが、ノブガの身の安全のためという言葉に嘘偽りは無い。

 彼女は俯いた後、恐る恐る口を開いて自分の名前を述べた。


「ボクの名前は、松平ヤスナです」


「松平……」


 カイの脳裏に過ったのは、隣国である三河国の当主である松平一族。それ以外には考えられない。

 だがそうすると、今度は何故彼女が護送車に乗っていたのか気になる。一体、彼女はどこへ運ばれていたのか。

 色々と気になって思考していると、まるでそれを妨害するようにノブガが料理を運んできた。


「ヤスナ、夕飯出来たぞー」


「わーい、です」


 ヤスナは無表情だが、どこか心弾むのかピョンピョンと跳ねながらノブガに近寄る。

 カイはここが潮時と感じ、静かに立ち上がる。一応、ノブガへの生活物資の運搬の任務は終えたのだ。ここに居る理由も無い。

 すると、ノブガがカイに声をかける。


「ん? なんだよ、カイ。どこに行くんだ?」


「普通に城に帰るつもりですが」


「はあ? お前の分も作ったんだから食ってけよな!」


「え、ええ?」


 カイの返答に逆ギレ紛いの言葉を放つノブガに、カイは戸惑いながらも大人しく席に着く。ここで下手に拒めば、また面倒な事になると思ったのだ。

 3人で居間を囲いながら手を合わせて「いただきます」と述べる。そしてノブガが作った夕飯を食べ始める。

 カイは生活物資を1人分から2人分に増やす事を脳内で決心しつつ、ノブガの顔をチラリと横目で伺う。

 ノブガは笑顔を浮かべながら、今日あった出来事を得意気にヤスナに語り、ヤスナもまた「ノブガ、凄いです」と素直に尊敬の眼差しで瞳を輝かせていた。

 その様子はとても楽しそうで充実していて、とても当たり前の光景の筈なのにそれでいてかなり異質なもののように感じられた。


(普通の家族団らん、彼女にだってそれを手にする権利はある筈だ……)


 カイは2人の会話に参加する事無く淡々と夕飯を食べた。ノブガを取り巻く環境、その事ばかりをずっと考えていたからだ。

 彼女は確かに鬼と妖士の混血児かもしれない、だがそれだけで彼女から人としての尊厳を奪う判断材料には決して成り得ない。

 そう考え込んでいて顔が強張ってたためか、ノブガは少し困惑しながらカイを心配するように話しかけた。


「どうした、カイ? もしかして不味かったか?」


「いえ、そんな事はありません。ごちそうさまでした」


「え? ……って、食うの早っ!!」


「用事があるのでこれで失礼します」


「あ……ちょ、おい!!」


 あまりの早食いにノブガが唖然としていると、カイはスッと立ち上がる。

 夕飯を食べ終わり、2人に別れの挨拶をすると、脱兎の如くまっすぐに末森城の当主室に向かう。後ろでノブガが何やら叫んでいたが、それを気にしてる暇は無い。

 時刻は夜の7時、まだヒデユキは当主室に居る時間の筈だ。

 扉を4回ノックすれば、中から「入りたまえ」というヒデユキからの許可が降り、そのまま入室する。

 どうやら書類に目を通していたのか、ヒデユキは普段は着用しない眼鏡をしており、こちらの姿を見て目を丸くしていた。


「ん? カイか、どうしたこんな夜中に」


「夜分に失礼します。ですが少しだけ、どうしても話したい事がありまして」


「そうか――――もしかすると、ノブガに関する事か?」


 ヒデユキは手に持っていた書類を作業机にそっと置くと、眼鏡を外してカイと向き合った。

 カイはヒデユキの言葉に軽く頷く。


「はい。彼女を末森城に戻す事は出来ないでしょうか?」


「出来るか出来ないかを問うのならば、その回答は出来ないと言っておこう。何故、そのような事を?」


「無礼を承知で言わせてもらいます。彼女には自分と向き合ってくれる存在が必要です。口では特に何も言ってませんでしたが、彼女はまだ10に満たない子供、家族との触れ合いは得難いものです」


「なるほど、そういう事か」


 ヒデユキは「ふーむ」と唸って悩ましげに天井を見つめ、意を決したようにカイに言う。


「お前も知っているように、ハナヤとノブガの間には決して埋められない溝がある。まあ、ハナヤが一方的に憎んでいるだけだが」


 そこで一旦区切り、自嘲気味な笑みを浮かべて両手を強く握った。


「ハナヤのノブガへの憎悪は常軌を逸し、最早狂気とも言える。腹を痛めて産んだ我が子を毒殺しようなどと……」


 心無しか、その声は微かに震えていた。それは果たして非道な行いへの怒りかそれとも恐怖か。

 一方でカイは内心で「やはり」と溢す。ノブガの話を聞いた時に過った勘が当たってしまった。とても残念であるが。


「だから、ノブガの命を守るために末森城から追い出した。2人が共にあるのは互いに毒でしか無いのは火を見るより明らかだったからな。なのに、だ」


 ヒデユキの強く握った手は最早力を入れすぎて紫色に変色する勢いだった。それ程までに、表情も険しい。


「お前が捕らえたあの2人、こちらで調査してみたが確かにハナヤの指示で動いていた事が判明した。もう城には居ないのに、ハナヤにはノブガが生きている事が余程許せないらしい」


「それは……」


「こんな状況で城に戻せば、血濡れた混乱しか起こらないだろう」


「――――」


 カイはその言葉で何も言えなくなってしまった。いや、言葉に出来ないというのが適切か。

 呆然としたまま、とてつもない無力感が体全体を駆け巡っていた。





「どうした?」


 ヒデユキに会いに行った翌日、特にこれと言った理由も無くノブガの元を訪れた。

 ボゥーと晴天を眺めていると、ノブガが顔を覗かせてカイに尋ねた。

 カイは何の気も無く、そのままノブガの顔を見つめる。

 闇のように黒い髪に意志の強い少々赤みのある黒い瞳。よくよく見れば、とてもその相貌が整っている事に今更ながら認識する。

 ふと、ヒデユキの言葉がカイの脳内で響き渡った。


――同じ鬼の血を持つお前なら、きっとノブガの良き理解者になれるだろう――


 そう、最初にヒデユキがカイに言った言葉。カイは思わず意を決してノブガに尋ねる。


「ノブガ様、俺は貴女の友人に成り得ますか?」


「は? お前がオレの友人?」


 ノブガはキョトンと目を大きく見開く。数秒の沈黙の後、腹を抱えて「あはははははは!!!!!」と大笑いをあげた。


「ちょ、おま! お前がオレの友人って! くく! くはははは! はーっ、腹が痛ぇ!!」


 カイはそのあまりにも見事な笑い声に絶句しながらも、ただただノブガを見つめる。

 ノブガは笑いすぎて目尻に浮かべた涙を拭うと、途端に冷めたような表情を浮かべて言い捨てる。


「オレに友なんて必要ない。オレにとって、お前は弟分みたいなもんにしかならない」


「弟分……ですか」


 ノブガの返答に衝撃は無かった、これは最初から自分でも分かりきっていた愚問。彼女と対等な立場など、望める筈も無かったのだから。

 だからきっと、これがカイにとっての分かれ道だったのだろう。


「なら、これからは弟分らしく『ノブガ様』ではなく『姐さん』って呼んだ方が良いですかね」


「別に、好きに呼んでいいぞ」


「了解しましたよ、姐さん」


 ニコニコと満面の笑みを浮かべるノブガを見て、カイも思わず笑みを浮かべる。そして心の内から沸き上がってくるノブガへの愛しさにどうしようもなく悲しくなる。

 この時、カイは決意したのだ。この御方が幸福に過ごせるように努めよう、と。

 自分の中で芽生えかけていた小さな感情に蓋をして、見て見ぬふりをして目を瞑ったのだ。




 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。




 そこまで過去を回想し、我ながら呆れたように笑い声が取調室で木霊した。


「姐さん、貴女の幸せをいつだって心より願っています」


 この頃、末森城からノブガ達の軍事拠点に向けて総勢5000騎のユキノの兵力が向かったという報告がカイのスマホに届いた。

【次回予告】


 戦の要は質か量か。

 異なる信念の名の下に、姉と弟はぶつかり合う。

 互いが互いに想うのは、劣等感の極み也。

 恵まれたのは、果たしてどちらだったのか。


次回、【意地への渇望】

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