76. 時々、王都の巣で延泊
ゆっくりと意識が浮上する。目を開けると、暗い。カーテンの隙間を覗いてみても、外はまだ真っ暗だ。
何で目が覚めたんだ?カイは、ぼんやりした頭で考える。
「……」
パクたちの寝息が聞こえる。隣には、ファス。
あぁそうかと気付く。いつもなら、ファスが起き出す時間なのだ。音を立てないよう動いてくれているが、いつもこうして、目が覚めてしまう。
今日は珍しく、深く寝入っているらしい。カイは微笑み抱き寄せた。偶には、寝坊する日があったっていい。こうして二人、微睡みながらゆっくり……、……。
「……ファス、なんか…」
「……ん、……ぅ…、」
「熱あるじゃねーかっ!」
カイは飛び起き、パクたちも飛び上がった。
「風邪だな」
トオヤは慣れた様子で診ると、カイとパクたちを振り返った。
「疲れが溜まっていたのかもしれん。それに、季節の変わり目は体調を崩しやすい。最近は暖かかったり寒かったりと、極端に変動していたからな」
「にゃーあ…」
「そこまで熱は高く無いし、薬も飲めたなら大丈夫だ。良くなるまで、ゆっくり休ませてやろう」
トオヤが離れると、オネムとソラが駆け寄り、ファスにぴったりと寄り添う。カイは額に乗せていた布を変え、安堵したように息を吐いた。
本来なら、明日山へ帰る予定であった。荷物も粗方片付けられている。
「全快するまでは、帰るのは禁止だ。パクたちもいいな?」
「にゃあ!」
もちろんだ!と返事するパクは何故か、台所に居る。器用に鍋に水を張り、かまどへ。しらゆきが火を入れると、お湯を沸かし始めた。
「何してるんだ?」
「薬用のお湯か?さっき飲んだばかりなんだろう」
「ぶにゃぶにゃ」
見れば、ダイチがお米を運んできていた。続くはやては、野菜を入れたカゴを。何か、作るつもりらしい。しかし、と男二人は顔を見合わせる。
いくら器用とはいえ、ごはんまでは作れないだろう。味見している姿しか見た事がない。
「にゃあにゃあ」
「ぶにぶに」
いつも見ているので、手順は覚えているらしい。パクとダイチ、ふたり掛かりでお米を洗い始めた。
「にぃにぃ」
「なーう、な」
はやてが風を操り、野菜を細かく切っていく。しらゆきはそれをボウルでキャッチ。山盛りになった野菜を、また別のボウルに取り分けて。お湯が沸くと、パクとダイチで洗ったお米を……、
「待った。俺が作る。おかゆだな?お前たちが作ろうとしているのは」
「お前らに怪我させたら、ファスになんて言われるか…!だからここはトオヤに任せろ。な?」
じりじりと不安定な体勢で火に近付いていく、全力で体を張る魔猫たちを見ていられず、力強く止めた。
Sランクの手によって、小脇に抱えられたパクとダイチは不満そうな顔を見せているが、トオヤの手際の良さを見て考え直したようだ。大人しく床へ降り立った。
「にゃあ、にゃーあ」
「ファスの側に居てくれ。一緒に寝た方が暖かいだろうし」
「しらゆき、調味料はどこに置いてある?」
「にー、にゃん」
「なぁ、にゃ」
物の場所は、しっかり把握しているようだ。しらゆきが戸棚を開け、はやてはファス手製のおだしを差し出してきた。トオヤは、三種類程あるおだしを見て止まった。
コレはひとつを使うのが正解か。いや混ぜて味に奥行きを出す。丁度いい割合を知っているのはファスだが、起こす訳にはいかない。
「…おかゆにはどれが合うんだ?」
「湯、沸かすぞ。悩むなら、慣れたモン使ったらいいんじゃねーの?」
カイは茶葉を用意している。トオヤはしばらく考え、ゆっくり頷いた。
「コレの使い方と作り方を、今度教えてもらおう。今日は塩で味付けで、様子を見るか」
しらゆきとはやては、それぞれ好みのおだしを指したまま、イカ耳になっていた。
ぴと、と冷たい感触に、ファスは目を開けた。
頭が痛い。熱いのに、寒気がする。視線を巡らせると、まんまるの目と合った。パクだ。
「にゃ、にゃあにゃ?」
「パク……みんなは…?」
「にゃあ、にぃにぃ」
額の布を変えてくれていたらしい、少し濡れた毛皮に申し訳なさが募る。暖めてくれていたオネムとソラが這い出し、擦り寄ってきた。お礼を告げると、ふたりは再び潜っていく。治るまで、湯たんぽを続けるようだ。
「パクも、ありがとう。ごめんね、こんな時に風邪なんて…」
「謝る必要ないって。大丈夫か?」
気付いたカイが顔を出し、額に手を遣る。
「まだ熱があるな…。起きれるか?おかゆ食って、薬飲もう」
「はい…、あの、仕事は……」
「急ぎはない。ファス一人にはしておけねーから、トオヤとうららに任せた。俺はずっと居るから、ゆっくり休め」
「にゃあ、」
「あぁ当然、パクたちもだよな」
にゃ、と満足気に頷くパクに、ファスは柔く笑んだ。
寝ている間に、トオヤが色々作ってくれたらしい。ファスはありがたく頂く事に。パクたちが身を起こすのを手伝ってくれ、カイは傍らに座り、おかゆを一匙すくい口元に持ってきてくれた。
「じ、自分で……、」
「遠慮すんな、ファスだって俺の時やってくれたろ」
カイの場合は、怪我をしていたからなのだが…。熱でぼんやりしている思考では、零してしまうかもしれない。ファスはカイの親切に甘える事にした。
人が作ってくれたごはんを食べるのは、いつぶりだろう。ほんのりな塩、お米の甘味も感じられる優しい味だ。ゆっくりと口を動かし、なんとか一杯分は食べ切った。
「頑張ったな」
「ごちそうさまです…」
「にぃにー」
「ぶにゃー、にゃ」
見計らって、しらゆきたちが持ってきてくれたのは薬湯だ。お礼を言って受け取り、冷ましながら飲む。
体が内側から温まっていくのを感じながら、ファスはホッと息を吐いた。
「なんだか、さっきより良くなった気がします…」
「うん、確かに顔色もマシになってる。でもまだ安静にな。片付けてくる、ファス頼むぞ」
「なう」
ごはんは任せたが、後片付けの手伝いならできる。パクとオネムとソラは台所へ向かい、代わりにしらゆきとはやてとダイチがファスの看病についた。
寝なきゃダメ、と毛布を肩まで引っ張り、はやてとダイチが潜り込んだ。しらゆきは新しい布を水に浸して器用に絞り、ファスの額に置く。
「にー、にゃん」
「……うん、ありがとう。治ったら、おいしいものたくさん作るね…」
しらゆきは返事代わりのゴロゴロ。ぽむぽむと優しく叩いていると、薬が効いたか、寝息に変わった。
魔猫は警戒心が強い。故に、人の手で作られたものは口にしない。パクたちが食べるのは、自然に自生したものか、ファスが作ったものだけ。それだけファスを信頼している、仲間だと思っている証なのだ。
それは、カイ達と打ち解けても変わらない。それを承知しているトオヤは一応訊いてくれたが、パクたちは首を横に振った。
ファスが元気になるなら、いくらだって我慢する。
しらゆきは寝入ったのを確認すると、枕元で丸くなった。
「あ、俺のメシ、……あぁ、だよな」
台所を見回したカイだが、トオヤは作っていなかった。




