75.
時は少し、遡る。
王都は人が多く賑やかとはいえ、大通りを抜け住宅街エリアに入れば静かなものだ。カイやトオヤのアパートも、この辺りにある。家々の距離が近いせいか、窓にはカーテンが引かれ、通りに人の目は無い。入れ替わりも頻繁にあるので、近所付き合いが希薄な部分もあった。
そこを目に付けられたのか、最近空き巣や強盗が頻発。見回りを強化しても、別の区画に入られ中々捕まらない。希薄とはいえ、全くのゼロではない。住人達は集まって、情報のやり取りは欠かさなかった。そしてその情報は、カイとトオヤ、そしてうららの耳にもしっかり入っており……。
「此処も潮時だな」
暗闇から、数人の男達が姿を現す。
「随分稼がせてもらったが、ここいらで離れるべきだろう」
「だから最後、あのアパートで締めくくろーぜ」
頭らしき男が指したは、しっかりとした造りの二階建てアパート。仲間に動揺が走る。
無理も無い、そこは悪党の間では有名なのだ。狙ったが最後、二度と出られないといういわくつき。過去、何人もの悪党仲間が姿を消した。
「ほ、本気かよ頭…」
「ビビってんじゃねぇよ。調べたが、普通に住んでるし何の仕掛けもねぇ、ただのアパートだ。まぁ、大家の女がちょっとばかし生意気だってだけ。なぁ?」
探索を得意とする仲間の一人が、頷く。彼の情報収集能力は、この中で誰よりも秀でていた。その御蔭で、今まで捕まらず成功していたと言っても過言ではない。男達の目の色が、ゆっくりと変わる。
それを見た頭は満足気に、悪どい笑みを浮かべた。
「これを攻略したなら、俺らの知名度は一気に上がる。ちまちま動くのは、もう飽きたろ?ここいらで派手に決めようじゃねぇか」
殺すも、犯すも、全部お前らの自由だ。その言葉に、今まで押さえつけられていた仲間の目が爛々と、獲物を探すように動く。それらが、二人組の男女を捉えた。あのアパートの住人らしく、足早に中に入っていく。
丁度いい。男達はすぐに動いた。遮蔽、遮断魔法をアパート全体に掛ける。これで住人が騒いでも、外に漏れる事は無い。そして男等は、自身に隠密魔法を施し上と下に別れ行動開始。
男女二人は気付かず上がっていく。すぐ後ろに、来ているとは思いもせずに。金は持ってなさそうだ、だから代わりに存分にいたぶってやる。男達はニタリと笑い……、
「隠すならもっとうまく隠せ」
「バレバレだよ」
目が、合った。男女の目は、戦い慣れた者のそれ。
女の手にある杖が光り、爆ぜる音と共に輝く獣が数体、姿を現す。獣にも男等が判別できるのか、唸り声を上げそこを見据えた。
「派手にやっちゃうと怒られるから、手加減してあげる。行けっ!雷獣!!」
雷獣は空を滑るように走り、男等へ突っ込んだ。悲鳴を、明滅と轟きが掻き消す。運良く雷獣の牙を逃れた数人が逃げ出すが、長身男の掌底と蹴りで押し戻された。
「本来なら、解除やら仲間の人数やら遣り口やらを聞き出す所なんだが、お前らに使う時間は無い。だから気絶ろ」
悲鳴を上げる間も無く、無慈悲な一撃に昏倒させられていく。他の仲間も、次々と黒焦げになり倒れて……。
自分達は、一体、何に手を出したのか。
「はっ!甘い匂い!これはおやつだ!!」
「待てせめてノックしろ、ま……、お前の何処にそんな力があった?」
がしょがしょガキン。
意識が途切れる前に見たのは、鍵を破壊して喜々と入る女と、長身男が一応ノックして入る姿だった。
かちゃかちゃと泡立てた卵液は、いい感じにふんわりしている。そこにおだしを投入し、更にかき混ぜる。中にチーズを入れてもいいが、少し考えそのままで。パクたちはおやつも食べたので、軽いものの方がいいだろう。
フライパンに油を入れ、温める。それから卵液を少しずつ入れ、形を整えていき……くるっと返して、お皿へ。オムレツの完成だ。ほこほこと湯気を上げ、半月型に整えられた金色は実に、
「にゃああぁぁぁ……!」
「キレイでおいしそう……!」
目を輝かせるモフモフ達と一緒に、うららも負けじと輝かせている。ファスは微笑んだ。
「もう少し、待ってくださいね」
「うららも手伝え」
「はぁい」
トオヤはテーブルを拭き、セッティングしてくれている。うららはスープ鍋を運び、パクたちが慎重によそっていく。もうすぐ温かい夕飯の時間だ。
「カイとシドさんの分は、後の方がいいでしょうか…」
二人はトオヤとうららと入れ違うように、外へと行ってしまった。魔道具の具合を確かめる為に。
防犯魔道具を持参したシドだが、まだ試作段階なので爆発する危険性がある、という理由だ。確認してこようか、と玄関に目を向けるファスを、トオヤが止める。
「後でいい、と言っていたぞ。それに、もし巻き込まれたら危ない。遅いようなら、俺が行こう」
「そうですか……。じゃあ、温かい内に。みんなお待たせ」
にゃあにゃあにゃいにゃい。歓声が上がる。トオヤとうららも、温かい食卓に表情を和ませる。自然と手を合わせた。
「………にゃ、……にゃ!」
トバリが一段と目を輝かせ、フルフルとオムレツを揺らしている。オムレツは、トバリが食べたいと希望していたものだ。スプーンを入れると、ふわふわな感触とほんのりな湯気。少し冷まして、ぱくり。
「……にゃにゃ!!」
トバリの尻尾がぴんと立つ。反り返って、頭にくっついてしまいそうだ。その様子に、ファスはホッと一安心。ソースをテーブルに置いた。
トマトベースの、甘くてほんのり酸味があるものだ。
「これもどうぞ。かけてみる?」
「にゃあ!」
「にゃいにゃ!」
トバリもこくこく頷いて、お皿を出してくる。うららはそれを見て、自分のオムレツにもそっとかけ、トオヤに渡す。そのままでも優しいおだしが利いていておいしいが、ソースをかけるとまた変化していい。
「ふわとろオムレツに酸味が合うー!いくらでも食べれちゃう」
「うん、これもうまい。ハーブの香りもいいな」
モフモフたちにも大好評。それぞれ好みの量を所望し、ゴロゴロ喉を鳴らす。なくなりそうな勢いだが、カイとシドの分は、前もって別にしてある。喜ぶ家族の様子に、ファスはにこりと笑った。
呑気なモンだ。
何処かから漂う夕飯の匂い。その時間が、今から壊れるというのに。
いや、もう壊れているだろう。頭である男は鼻で笑った。上に行ったのは、中でも不満を溜めていた奴等ばかりだ、今頃悲鳴にすり替わっている筈。
「遮蔽に遮断で、外の連中に気を回さなくていいのは楽だが……上の物音すら聞こえねぇってのはなぁ。なーんか、張り合いがねぇ」
「仕方ない。逃げられたらそれこそ面倒だ」
「次はもう少し小さい村にしよう。それなら必要ねぇ」
頭が向かうは、一番奥。大家が住む部屋だ。生意気な性格だが、美人ではあった。ああいう気の強い女は一度、分からせてやらねぇと。そう笑い、振り返る。
「お?」
そこには仲間が居る筈だった。
しかし、誰も居ない。
……勝手に動くのは、よくある。気にも留めず向き直ったが、
金髪の、男が立っていた。
「お前が、リーダーか?」
いつの間に。
只者ではない気配に、身構える。
だが相手は一人。ちょっとばかし腕の立つ、正義の味方気取りだろう。頭は笑った。こういう世間知らずの自信に満ちた顔を、何度も歪ませてきた。
「だったらどうする?キレイな顔した兄さぶぁっばあぁぁ!!!?」
「コロス。俺とファスの時間を邪魔する奴は全員地獄ニ堕チロ」
いきなり顔面を潰された。しかも、エグイ迄の力で。相対する金髪の眼力は本物だ。本気で殺りにきている。
しかし、これでも厄介な悪人共の上に立ち、纏める力を持つ頭。なんとか立て直し、得物を手に反撃。毒を仕込んだ、アサシンダガー。向こうは丸腰、少しは怯むだろうと思われた、が、
「遅いんだよ間抜けが」
あっさり間合いを詰められ、武器を奪われ、容赦無く利き腕に突き立てられる。そのまま足払いを喰らい、床に縫い留められた。貫通した腕から、毒が広がっていく。
激痛に悲鳴を上げる姿を、金髪が冷めた目で見下ろしていた。そこに、ヒヤリとした冷気が這う。
「終わったのかい?」
黒のローブを纏った男が、立っていた。後ろから大きな水色の狼が歩いてくる。周囲の温度が一気に下がった。魔法で創り出された魔法生物。高位の魔導士でないと、操れないモノだ。
頭の目が、これでもかと見開かれる。金髪の戦闘技量に黒ローブの魔法技術、紛れもなく高位ランク。こんな奴らが居るなんて、報告になかった!!たかが一アパートに、なんでこんなバケモノが集まっている?!
「君のお仲間は、中に居たので全部かい?正直にね。あまり時間を掛けたくないんだよ」
まぁ、と黒ローブは視線を壁に向け、空間をノックするように手を動かした。
「随分な念の入れようだけどね、穴だらけだ。術者の意識を奪った程度で消えるなんて、お粗末もいい所だよ。だから、お手本を見せてあげたんだけど……君は気付いてなさそうだね」
「魔法の講釈なら別でやれ。外に見張りは居ねぇ、大方過信してたんだろうよ」
「今まで成功してたのなら、それもそうか。此処を狙ったのが、運の尽きだね。あぁ、君もお仲間も、もう逃げられないよ。暴れられると面倒だから止めは刺すけどね」
頭は何も言えない。ただ、震えている。あんぐりと口を開けた狼が、すぐ目の前に、
「にゃーあ」
「何の騒ぎでしょう……?」
いつもは静かな通りに、多くの人だかり。何人もの人が、このアパートに出たり入ったりと、忙しない。パクもレオも、興味津々と窓から見ている。何故か全身氷漬けになった男達が、続々と運ばれていた。
「にゃ?」
「にゃい?」
顔を見合わせるパクとレオ。魔法の匂いがするので、そうなのだろうとは分かるが。微かにシドの匂いもするのだ。行使したのは、彼なのだろう。ふたりは遅くなった夕飯を食べる、カイとシドを見た。
「ファス、おかわりってある?」
「はい、シドさんは…」
「貰おうかな」
何も言わないだろうなぁ。パクとレオは、そう頷き合った。
「壊れた鍵は弁償してもらうからな、うらら」
「ん?」
「何もしてませんな顔しても無駄。報酬から差っ引く」
がくりと項垂れるうららを、クリームとかきがてしてし慰める。隣に座るトオヤは気にする事なく、ソラと共に図鑑を読み、しらゆきたちと効能について話していた。
「パク、レオ、そこだと冷えちゃうよ」
優しい声に、ふたりは一鳴き。温かいお茶をもらいに、台所へ向かう。
春は、もうすぐだ。
これより以前の盗っ人達は、大家さんのエグイ戦闘能力でボコボコにされていました




