77.
「ねぇ、うらら。いいでしょ?」
「うん、駄目。ごめんだけど」
冒険者ギルド。
寒暖差はあるが、すっかり雪も融け動きやすくなってきた。春も近い。
相も変わらず、ざわざわと騒がしいギルドにて待機していたうららだが、久しぶりに厄介な案件に捕まってしまった。
ここ最近は全くと言っていいほど静かだったので、完全に油断していたのもある。
目の前の少女の名はルーナ。うららと同時期に冒険者となり、それなりに仲は良かったのだが。うららが才能を開花させ、Aランクまで上ってからは、疎遠になった。偶に出会う事があっても、挨拶代わりの嫌味を返されるので、此方から切ったと言ってもいい。
それがどうしたことか。この王都で再会してからは、やたらめったら親しく話しかけてくるのである。ランチに誘われたりもしたが、彼女らの目的は分かっているので、うららは今まで応じていない。
「またぁ?そんなに忙しいんだ、流石Sランクパーティよねぇ」
まだ忙しくはしていない。高ランク依頼はこれからだよ、とギルマスは笑顔で親指立てて、嫌な予言を口にしていたが。
「そういえば、今日は居ないのね。うらら一人?」
「待ち合わせてるから、ココで」
「そうなんだ。さっきギルマスに呼ばれてたわよね?この後、出るの?」
グイグイ探ってくる。うららは内心で顔を顰めた。離れた場所に居る、彼女の仲間に視線を送ってみるが埒が明かない。
彼女らの目的は何か。お近付きになりたいのだろう、やたら整った見た目を持つ二人の男に。カイの人気ぶりは凄まじいが、トオヤの方も中々な数のファンが居る。
組んだ当初は、それを躱すのに苦労したものだ。うららはフッと笑う。まさかこんな所でメンタル鍛えられるなんてね。
「もし、依頼が無いなら私達と組んでくれない?偶に個人で出て組んでるんでしょ?」
「そうだけど…。ルーナのパーティ、Cランクでしょ?私達、組めるのは同等かAランクまでって決まってるんだよ。トオヤと私は、Bランクまでだけど」
「黙ってれば分からないわよ」
いや、分かるだろ。うららは内心でツッコむ。受付嬢の方々は誤魔化されない。ニッコリ笑ってダメです、で終了だ。ギルドの規則は甘くないのだ。
うららは疲れてきた。早く終わらせて、お見舞いに行きたいのに。
いくら待っても、ルーナのお目当ては来ない。大事な人が倒れたのだ、今日は付きっきりになる。
「安易に受けて、怒られるの私だよ。勝手な事言わないで」
「ふーん。そうやっていつも、邪魔してるんだ」
「邪魔?」
何を言っているのだと、ルーナに困惑の目を向ける。対する彼女はフン、と鼻を鳴らした。
「アンタ、自分一人がちやほやされたいから、他の人間を入れないようにしてんでしょ」
「ちやほやなんてされていませんが?!」
余りにも明後日な思考に、思わず力強く否定する。
あの男二人は、同業には手厳しい一面がある。うららは、魔導士としてはAランクの実力者。故に、求められる働きをせねばならない。互いに命を懸けているのだ、失敗しちゃったテヘでは許されない。したらボロクソに怒られる事必至。
仕方ないなお前は俺から離れるなよ、的な展開を期待しているのだろうか。ならば、その夢は早々に消し炭にする事をオススメしたい。
現実は、結構痛いデコピンと次はねぇぞという脅しと、的確に刺してくる結構痛いアドバイス。優しさがあるとしたら、何やかんやで仲間を見捨てない部分だろう。尚、二人のそれは、実力を認めているからこそだと、うららは分かっている。
「入れる入れないはカイが決める事で、私がどうこう言う訳ないでしょ」
「どうだか」
「…想像するのは勝手だけど、Sランクは甘くないよ」
ルーナは睨んでくるが、事実だ。彼女だってランク上げの為に、苦労無しでのらりくらりと来た訳ではないだろうに。恋だか憧れだか知らないが、そんな軽い気持ちで入ってこられるのは、御免だ。
「カイによく言われる台詞、教えてあげる。“悔しがる暇があるなら腕磨け”」
「っ、何よっ…!泣き虫うららのくせにっっ」
「泣き虫でも、こうなれるんだよー」
ふーんだ、と高々と顔を上げ、ワザとらしく胸を張ってやる。ルーナの顔が赤くなり、ついでに杖も明滅し始めた。不穏な空気を嗅ぎ取ったか、わらわらと観客が集まる。止めるより囃し立て煽りまくり、収拾がつかなくなるのが、冒険者の集まりである。注目されていると気付いたルーナは、もう一度うららを睨み付け、足音荒く観客の輪から出て行った。
「ふ、戦わずして勝ってしまった…」
「何を言ってる」
べし、と叩かれ見上げると、いつから居たのか呆れ顔のトオヤ。
「ファスさんの具合、どう?」
「熱はそこまで高くない。食欲はあるようだし、薬も飲んでいる。二、三日休めば元気になるだろう。依頼は?」
「無いってー。お見舞い行ってもいいかな?」
「あぁ、俺も市場に寄って、また行くつもりだ。作り置きしておかないとな」
そうだね、とうららは頷いた。パクたちはともかく、カイを飲まず食わずで放っておいたら、ファスは安心して休めないだろう。
「お花も買っていこう。それにカイ、休んでないだろうから代わらないとだね」
付きっきりであろう姿が目に浮かぶ。二人は頷き合うと、ギルドを後にした。
ぴと、と柔らかいものが触れる。
ぴと、ぷにぷに。額にあるのは肉球だ。誰かが、熱を測ってくれているのだろう。ファスは目を開けた。茶トラ柄が見える。
「ダイチ、…ありがとう」
「ぶにゃ。ぶにー?」
「……うん、薬が効いてくれたみたい。熱、下がってる」
ゆっくり起きて見回すと、全員側で丸まっている。交代で看病してくれたのだ。
「……カイは?」
「ぶにゃ」
台所から音がする。ファスはダイチを抱っこして、ベッドからそっと出て覗いた。そこにカイの背中があるのは、何だか不思議な気分だ。
「ぶにゃー」
「どーした……、ファス!起きて平気なのか??」
「…はい、休んだ御蔭で、スッキリしました」
額に手を当て、気遣わし気に見てくるカイに、微笑む。
「ありがとう、大丈夫ですよ。何か作ってたんですか…?」
「いや、そろそろ起きるかと思って、温め直してたんだ。食べるか?」
空腹感はある。ファスは頷くと、テーブルに着いた。膝の上に居たダイチは、気を使って隣へ移動する。お礼も込めて優しく撫でていると、湯気が立つおかゆが置かれた。
「手伝うか?」
「平気です、いただきますね」
少し熱いくらいだが、体が温まるのでありがたい。ファスはゆっくり食べ進めていく。体調を気遣った、優しい味付け。野菜も細かく刻まれ、柔らかく食べやすい。
しばらく幸せな気分で食べ続けていたが、妙に静かだなと気付き、顔を上げた。カイが落ち込んでいる様に見え、首を傾げる。ダイチは隣で大欠伸。
「…カイ、どうしたんですか?もしかして、風邪が……、」
「え?いやいや、全然平気。……その、無理させたかなって…」
ファス達は本来、巣ごもり予定であった。しかしカイの誘いで、今回もこうして王都に身を寄せる事になったのだが。そのせいでファスが頑張り過ぎて、疲れを溜めていたのではとカイは思い悩んでいたのだ。
よくよく考えれば分かる事だ。ファスが周囲を気遣い、多少なりとも無理をしてしまうのは。
「今更だけど、俺、自分の事しか考えてなかったなって。ファスがこうして側に居てくれんのが、すげぇ嬉しくて、帰るのが楽しみでさ。どうにか引き延ばせねーかとかこのままずっと続けばいいのにとかもういっそ婚姻届出しとくかとか勝手な事ばっかでマジごめん」
「ん、え?……そ、そんな、謝らなくてもいいですよ。俺も、こうして一緒に居れて嬉しいです。好きな人とは、少しでも長く過ごしたいから」
「慣れない環境で、無理ばっかだった筈だ。それなのに俺は支えどころか一人にさせて、不安もあったよな。本当に悪かった、反省した。もうこれからは離れねーから安心して身を預けてくれ俺はファスの全てを受け止め支え囲い込む準備は出来てる幸せにする結婚しよう」
「ぶにゃー、ぶにゃにゃー、ぶにゃあ」
「え?え、うん、その、一人じゃなかったので。パクたちも居てくれたので不安とかは…。でも、はい、えと……ありがとうございます??」
カイは猛省するあまり、早口で謝罪しつつ己の欲望を吐き出しているが。ファスは病み上がり故、まだ頭が回転しておらず対応できていない。首を傾げながらの御礼に、カイはドン引きする程の本気眼を向け、ファスの手を握った。ファスはビクリと固まる。
なんかコイツやべぇぞ、というダイチの呼び掛けに、わらわらと起き出してきたパクたち。
力を合わせ玄関の鍵を開け、訪いを告げていたトオヤとうららを招き入れ、力尽くで止めてもらった。
物凄く心配して物凄く反省して頑張って考えた結果、そうだ結婚しよう、となった
頭のネジがどっかいったSランク




