17.
…ソラが居たであろう伯爵領が、一夜にして滅んだと情報が流れてきた。
これに関しては箝口令が敷かれていたが、少しでも知る者はやはりと溜息を吐き、それはカイ達も同じであった。
魔物は確かに、害為す存在だ。だからそれを狩る冒険者がいる。
けれど彼等とて、見境なく狩りをしている訳ではない。手を出してはならないモノも居る。出せば、人の手に負えないモノが現れ、そして滅ぶ。
闘技場の関係者達は分かっていなかった。どう扱おうが所詮は化け物、狩られるモノだと。
それは人間側の言い分であって、魔物側には通じない。
魔物には魔物の道理がある。広大な魔界領が何故存在し続けるのか、何故国は不可侵を決めているのか。分かったふりをして、正しく理解をしていなかった。
「遅かれ早かれ、こうなるだろうとは思ってたが…」
「…一番迷惑被ったの、何も知らない領民の人達だよね?なんか、すっきりしない…」
「だからといって、止められるものでもない。避難した者が多かったのがせめてもの救いだな」
まだトオヤ程割り切れないのだろう、うららは考え込んでいる。
捕らわれていた魔物達はそのままにはできない。狩るしかなかった。
怒号と喧騒、むせかえるような血の匂い。その中で、確かに聞いた。
『コノ地ハ滅ブ』
…人語を解する魔物が、上位種が紛れていたのだ。
それと対峙したは、カイだった。
『モウ遅イ 滅ベ 傲慢ナ人間共』
それが最期の言葉。
「どうするの?ファスさんには言うの?」
「必要無い、と俺は思う」
ファスは山暮らしで世情にはうとい。限られた者しか知らぬ情報を、手に入れる事はまず無いだろう。その辺は心配していないが、態々知らせる必要は無い。三人は黙っている事にした。
「あの周辺は当面、立ち入り禁止だ。魔界領並みの魔素で溢れ返ってるらしいからな」
魔素は、魔法を行使する上で必要不可欠だが、決して人間にとっていいものではない。毒ともなりえる。許容できる魔素量を超えると、下手をすれば命を落としてしまう。魔界領はそれが非常に多く、とても人が住める土地ではないのだ。
「いずれ魔界化するか…様子見するしかないが、人里が近いからな、また狩りでお呼びがかかると思うぜ」
「んー、分かった…。……。よしっ!ファスさんトコ行ってくる!」
「うぉい、なんでそうなる?抜け駆けすんな」
「私もファスさん好きだけど、カイの好きとは違うから安心していいよ。ソラちゃんと仲良くなりたいんだ」
ソラは愛想はあるが、まだ距離があるのだ。触れるか触れないかの絶妙な位置に居る。ファスへのべったりと比べれば分かりやすかろう。五匹は、挨拶程度のすりすりはしてくれるようになった。
まだ余り撫でたりはできないが、うららの目標は抱っこである。
「…なら、俺も行くか。丁度傷薬が欲しいと思ってたんだ」
「うおぉい、お前もか」
「ファス達が作るものの方が効きがいいし、治りも早い。少しでもいいものを持っておきたいのは当然だろう」
「お前らだけで行かせるかっ」
自分が最初に会ったのに、何かと言うとこの二人は用事を作り訪ねている。
うららは魔猫の話で盛り上がっているし、トオヤは自炊するとあって、料理の話で盛り上がる。
カイとて今回は何処へ行き、あんなのがこんなのがあったと話すが、ファスも楽しそうに耳を傾けてくれるが、それは共に行った二人も知っている。
自分とファスだけのこれ、という共有の話題を持っていない。正直言って悔しい。
最近では、二人と話している時の方が楽しそうに見えてくる始末である。かと言って、邪魔するような無様な真似はしたくない。せめて、いざという時には一番に頼られるようにしておこう。
「……」
「どしたの?先行っちゃうよー?」
恐らくはパクたちを先に頼るかもしれないが、人間ではない。セーフだ。
一人頷くカイを放って、二人はギルドを出た。
この巣はいっぱいいい匂いがする。
ソラは天井に吊るされた薬草を見上げ、すんすんと嗅ぐ。
草や花は好きだ。色んな形、色んな色。どれも同じじゃない、少しずつ違う。人の街に居た時は見れなかったが、外に出た時、ひとりの時は随分慰められた。
怖くても寂しくても、花を見付けると嬉しかった。だからもう少し頑張ろうと思えた。そのお礼に、弱っている花を見付けた時は、ちょっぴり自分の力を分けたりしていた。
だから此処は、ソラにとって落ち着く、心休まる場所だ。
こんなステキな巣に、自分も居てもいいなんて夢のようだ。
ソラは植物図鑑に目を戻した。ファスが買ってくれたものだ。大好きなものが沢山載っていて、まだ見た事ないのもある。楽しくてつい、時間も忘れて図鑑をめくり続けた。読み聞かせてもらい、教えてもらいながら、大分読めるようになれた。
なんて優しくて、温かい場所なんだろう。もう二度とひとりになりたくない。あんな怖い場所に、戻る必要なんてないのだ。
「んに、」
あの怖い場所は、もう無くなったのだろうか。ソラは図鑑を読みながら考える。
あそこに居た魔物達は怒っていた。閉じ込めて、怒らせて、それでも人間は笑ってた。
何で笑ってるんだろう、大変なことになるのに。みんな怒ってる。ここは無くなるんだ。
ソラはそう分かっていたが、伝える術は無いし、またその気もなかった。弱い自分は“えさ”で、消えるのだと思っていたから。けれど運良く逃げられて、今こうしている。
「…よし、できた」
ファスの声に、ぴんと尻尾を立てる。ふわりと漂ういい匂い。もうすぐご飯だ。
パトロールに行ったパクたちも、もうすぐ帰って来るだろう。ソラも早く手伝えるようになりたいが、まだダメ、と止められ大人しくしている。ソラは自分が思ってるより弱ってる、とはパク。ファスの側に居れば元気になれる、とはしらゆきだ。
それは、分かる。ずっと魔素を取り込んできたが、ファスが一度取り込んだ魔素は、あったかい。みんなは、ぽわぽわと呼んでいる。ファスのぽわぽわは元気になれる。普通の魔素よりも、格段に。
何故だろう、とソラは首を傾げた。他の人間はこんな事できないのに。
カイとトオヤとうらら。三人も魔素を取り込んでいるけど、ぽわぽわじゃない。
「んに…?」
「ソラ?どこか痛い?」
「に、にぃっ」
ソラは慌てて首を振る。図鑑を片付け、テーブルを拭いて、お皿を並べていく。出来る手伝いはやるのだ。この巣の一員なのだから。
「にゃあにゃ、にゃあ」
「あ、お帰りみんな。お疲れ様」
「んにゃあ!」
お腹空いた!と元気よくパクたちが帰ってきた。今日も異常は無かったようだ。
ファスがみんなの手足を拭いている間に、ソラはご飯をお皿によそう。零さないよう、慎重に。
「ぶーにゃ、にゃ?」
「んにゃあ、にぃ」
「にゃむにゃむ」
みんなは優しい。こうして気遣ってくれる。最近は夢も見なくなった。きっと、みんなの御陰。
ファスのご飯はおいしい。みんなが居るから寂しくない。ソラはひとりじゃない、ここに居ていいんだ。
ゴロゴロと喉を鳴らす。ソラはやっと、心から安堵したのだ。
「今日は、これも作ってみたんだ」
「にゃあああぁ…!!」
ご飯少な目だった。そう思っていたら、ファスがお皿を持ってきた。デザートだ、とみんなの目が輝く。覗いてみると、小さなケーキが六つ、赤い果実を乗せて並んでいる。
「前に、王都でカイに教えてもらったんだ。作り方も聞いて……イチゴのケーキだよ」
ファスはソラに向き直る。
「ソラが家族になって、何かしたいなって思ったんだ。どうかな、食べてくれる?」
「んにゃ!」
“けーき”は見るのも食べるのも初めてだが、ファスが作ってくれたのだ、おいしいに違いない。
ソラは元気良く頷き、みんなと再びテーブルに着く。
スポンジの間にクリームと赤い果実が見える。イチゴ尽くしのケーキなのだと、キラキラと眺めた。
「はい、どうぞ」
全員に行き渡り、すぐに口に入れる。
ふわふわのスポンジ、甘さを控えたクリーム、甘酸っぱい果実が広がる。
にゃあああぁ!!……と、おいしすぎて大歓声。続いてゴロゴロが鳴り響く。それでよく分かったファスは、ホッとひとまず安堵した。けれどこの様子では……、
「ゆっくり、食べてね。おかわりは用意できなかったけど…お茶、入れてくるね」
おかわりなし。
衝撃を受けた六匹は、食べるスピードを落とした。しっかり味わう為に。
パクはクリームをスポンジにしっかりつけ、残さないよう食べる。
しらゆきはイチゴのキラキラした赤が気に入り、目に焼き付けるようじっくり見つめる。
はやては断面を崩さないよう切り分け、一口サイズにして味わう。
ダイチはくりっと小さくすくい、ゆっくりと食べる。
オネムはイチゴとクリームが気に入ったようで、一緒に口に入れて噛みしめて。
ソラは初めてのケーキに一口一口に感動。大きなイチゴは最後に残して。
「……」
その様子を台所から眺め、ファスは申し訳ない気持ちになる。
イチゴは…少々高かったのだ。お腹いっぱいに食べて欲しかったが、無いものは出ない。
でもあれなら、ほかの果物を乗せてもおいしい筈。今度はそれを……、と考えたが、もう一度眺める。
……イチゴを気に入っている。
妥協は駄目だ、作るなら喜ぶものを。ファスは決意を改め、お茶の用意を始めた。




