16.
ファスの足音だ。
いつもより遅いので心配していたが、もう一人に気付いて成程、と五匹は頷く。
あの男が一人のファスを放っておくのは考えにくい。まぁ安全度があがるので、それは良しとする。
倉庫荒らしは隅でちんまりと大人しく座り、近付く人の気配に首を傾げていた。カタ、と戸が開く。
「ただいま…!ごめんね、遅くなって…」
少し頬を赤くさせて、急いで戻ってきてくれたと分かる。皆でお帰りと出迎え、護衛のカイには礼代わりのすりすり。暗い時間の一人歩きは危険だ。日が暮れると、動き出す魔物もいる。
「カイ、良かったらご飯食べていきませんか?」
「実はそのつもり、護衛の報酬ってことで………、…なんか増えてねぇ?見慣れないヤツ居るけど、いつから?」
「…え?……、あのコは…皆の知り合い?」
「にゃーにゃ」
そう、倉庫荒らしは同族だった。薄汚れた毛皮で、青い目をパチパチと瞬かせている。
人間から逃げてきたと言っていたが、怖がる様子はない。唯、不思議そうに二人を見上げている。簡単に説明すると、ファスは頷いて倉庫荒らしの前にしゃがんだ。
「…俺は、ファス。パクたちと一緒に住んでるんだ。君は、名前はある?」
「に…、んにゃ!」
さっとファスの表情が曇る。
今、自分の事を“えさ”と言った。先に聞いていた五匹は見守る。
倉庫荒らしは、そうなのだと頷く。どこかは分からないが、自分は人の居る所にずっと捕まっていた。
他の種族も居て、いつも戦わされていた。沢山の人がそれを見て、怒鳴ったり手を叩いて喜んだりしていた。でも、自分は弱くて、使えない力しか持ってないから、“えさ”にしかなれない。そう言われ続けてきた。だから、自分は“えさ”なのだ。
ある日、首根っこを捕まれ、争う魔物達の中へ放り込まれた。役立たずはいらないと。
必死になって隙間を潜り逃げ惑い、小さい身を活かして外へと出た。それからはとにかく遠くへと、がむしゃらに走り続け……この山に隠れた。結界もあるし、魔物も少ない。やっと落ち着く場所を見付けた。…そこが、倉庫だったのだ。
何か盗ろうとして入った訳じゃない、安全な場所に居たかっただけ。
にゃあにゃあと必死に訴える倉庫荒らし。
やっぱり、言っている事は変わらない。本当のようだ。パクたちは顔を見合わせ、ファスを見た。
「……。…大丈夫、大丈夫だよ。此処には、怖いものは何もない。安心していいよ」
「んに、んーにゃあっ」
「大変だったね、ひとりでよく、頑張ったね。辛くても、辛くても……頑張ったんだね」
ファスは倉庫荒らしを抱き上げて、ゆっくり、優しく撫でる。逆立っていた毛が、強張っていた体がほぐれていく。きっとファスのぽわぽわが癒してくれる。
新しい仲間が増えたぞ、と五匹は頷き合った。あんな話を聞かされて、放り出すなんてできるものか。
「ファス、大丈夫か?…そのー、悪い。説明、欲しいんだけど…」
「……ご、…ごめんなさい、このコ、今まで、すごくっ…大変っな、」
「?!ゆ、ゆっくり、ゆっくりでいい!とりあえず座ろう!なっ?!」
ぐす、と泣きながら話し終えたファスは、新入りの魔猫をずっと抱えている。まるで温めているように。
実際温かいらしく、緊張してピリピリした空気を出していた新入りは落ち着き、寝息を立てていた。
どれ程ひとりで逃げ回っていたのだろう。汚れた毛皮も、パサパサとした感触も痛々しい。
何より、自分の事のように悲しむファスが、酷く辛そうで。
「…魔物が戦ってた、それを人が見てた、か…」
「…はい、このコはそう言ってました。場所までは分からないみたいですが…」
「心当たりがある。依頼にそういう内容があった気がするんだ、ギルマスに聞いてみるわ」
数ヵ月前の依頼だった。立ち上がったカイに、ファスは慌てて頭を下げる。結局何もできなかったからだ。
「気にすんな、次の楽しみにしとく。先にコイツを休ませてやらねぇと」
すよすよと眠る新入りは、身動ぎすらしない。指先で軽く掻いてやり、赤い目になってしまったファスをそっと撫でた。
「世話するのはいいが、無理すんなよ?今から泣いてると保たねーぞ」
「…は、はい」
「ん、じゃあまたな」
柔らかい頬の感触に名残惜しく思うも、巣を後にする。
とにかく早目にギルドへ向かい、書類の山に埋もれているであろう心当たりを発掘せねば。運良くトオヤとうららを捕まえ、三人でギルマス執務室内を探し回り、あの辺だったかなぁ?と棚の中身をひっくり返している主の記憶を絞り出させ、ようやく全貌を知れたのは五日後であった。
新入りは“ソラ”と名付けられた。まんまるの青い目を持っているからだ。
よく眠って元気になったソラはまず、ファスの手によって全身を清められた。風呂に入った経験がなく驚いて逃げ出したが、パクたちの包囲網から抜け出せず、脅されながらの初風呂。
石けんの泡にすぐ夢中になって、苦手意識は持たなかったようだ。その後は皆と大人しく入っている。
もふもふのふわふわになったソラはサバトラ柄であった。
次はご飯だが、“えさ”と呼ばれていたぐらいであるから、当然食べた事はない。ずっと魔素を取り込んで生きてきた。ならばと最初に出されたのは薬湯だ。
まだ本調子ではないソラにはこれくらいが丁度いい。大人しく飲んでいたが、パクたちは普通のご飯。自分とは違うものに首を傾げ、興味を持ち、食べてみたくなったらしい。
ファスはお腹がびっくりしないように、いつもより薄めのおかゆをまずは与えた。それからゆっくり味を濃くしていく。時折、柔らかくした野菜を付けたり。
それらをペロリと平らげるようになる頃には、ソラの食欲は完全に目覚めていた。今は皆と一緒のご飯を食べている。
すっかり元気になり、パクたちとも馴染み、少しずつ手伝いもできるようになった頃。
「え?あの時のあいつ?本当に?」
「はい、名前はソラです。ソラ、カイの事は覚えてるよね。あの人はトオヤ、この人がうらら。カイの仲間で、優しい人たちだから大丈夫だよ」
「んにゃ、にゃあ!」
訪ねてきた三人に、ソラは元気にご挨拶。
一週間前はボロボロだった毛皮は、今やもっふもふ。パクたちと変わらぬ程毛艶がいい。本当に同じ魔猫かとカイは目を疑った。
うららは新入りに心を持っていかれ、先刻からはわわわわとしか言ってない。トオヤは怪我はなかったかと心配していたようだ。それにファスは頷いた。
「擦り傷はありましたけど、大きな怪我はなくて…、体調も今の所はいいようです」
「そうか、よかった。…しかし、カイから聞いた姿とは全然違うな」
「パクたちのお陰です。このコが早く馴染めるように、お世話も手伝ってくれましたから」
今は巣のルールを教え込んでいるらしい。
餅は餅屋というべきか。魔猫には快適なこの環境、ソラを癒すには丁度良かったのだろう。それにしても少々早い気もするが。
「今日は…ソラの事ですか?」
「あぁ、時間掛かったけどやっと分かった。貴族が絡んでたんだ。そいつが居たのは多分、闘技場だ」
とある伯爵領にて、夜な夜な開かれている闘技場があるという。
生け捕りにした魔物同士を強制的に戦わせ、どちらが勝つか賭ける。その場所は限られた者しか知らず、特定するのに苦労したそうだ。
これは、不味い。明らかに違法だと、ギルドから直接指名依頼が来たのだ。
「あんま詳しくは言えねぇから、詳細は省くけどな。関わってた奴等は全員捕まえられたから、安心してくれていい。ソラには追っ手は無い。…奴等は魔物がどういうモノか分かってねぇ。分かってたら魔猫の価値を知ってた筈だしな」
「……価値」
「言い方は悪いけどな、珍しい分、蒐集家が存在する」
「保護対象でもあるな」
トオヤ曰く、魔導士にとって魔猫は、貴重な知識財産であるという。知識を与えれば与える程成長し、個体差はあるが賢者となった魔猫も、遠い過去には居たらしい。
「文献に残っているし、元々知識欲が強いからあり得ない話ではないんだろう」
「……」
「でもでも、ファスさん達を引き離すようなコト、絶対しないし、させないよ!だって充分幸せそうだもん!」
保護と聞いて不安気になっていたファスは、うららの力強い否定に息を吐いた。パクたちもきゅ、と集まり、一緒だよと訴えるように見上げる。腕の中のソラもだ。
「…うん、ありがとう。…あの、じゃあ、ソラはもう自由なんですよね?何も怖がらなくて、いいんですよね」
「あぁ。証言にも出てなかったし、探しに来る人間もいない」
「……よかった、よかったねソラ。もう大丈夫だって」
んにゃあ、と返事をするソラは、元気に見えてもまだ安心できなかった。酷い夢を見るのか、夜中に飛び起き、逃げようと必死にもがくのだ。仲間の温もりとファスの抱っこで落ち着くものの、それは毎夜起こる。
追手ではなく、争う魔物の中に放り込まれた事に怯えているのかもしれない。
ゆっくりでいい、心から安心できるようにと、大丈夫と何度も伝えた。
「んにぃ」
すり、とソラは嬉しそうに頬ずりしている。随分懐いたものだ。
パクたちがファスを仲間と受け入れているのだ、ソラには警戒する必要はなかったのだろう。喜びを共にし、もふもふ天国になっているファスを、うららは羨ましく眺める。
「ありがとうございます。何も分からないままだったら、まだ怯えてたと思うし、俺もこのコを守れるか不安だった。本当に、ありがとうございます」
にゃああ、とパクたちも揃って頭を下げる。同族が犠牲になるのは、やはり悲しいし、辛い。
ソラが必死に生きようともがいたから、繋がった縁。大事にするつもりだ。
一人と五匹からの心からの礼に、三人は顔を見合わせる。今まで何度も言われてきたが、ここまで染み入る事はあっただろうか。いや、ない。
三人はそれぞれ視線を明後日の方へ向ける。顔が赤い自覚があるからである。口にしようものなら自爆確定だ。
「そうだ、お礼には全然足りませんが、ご飯食べていきませんか?」
胃袋を掴まれている三人が、すぐ頷いたのは当然だった。




