18.時々、観光
門番はちらと反対側に目を遣った。
此処は王都。各地からやって来る人間達でいつもごった返している。彼の仕事は不審なものはないか、怪しい素振りの者は居ないかと、王都の玄関口でいち早く危険を止める事である。
早朝は流石に人影は少ないが、それは門を開けるまでの事。内には朝出発の冒険者や商人、外には夜の内に着いた者らが、今か今かと開門を待っているのだろう。
分かってはいるが、決まりは決まり。門番は今日も時間を守り、確認して門を開いた。
もう一人が通行証の提示を促す。持っていない者は銀貨一枚。これも大事な仕事だ。目を光らせていないと、自作の通行証で通り抜けようとする者も中にはいるのだから。まぁ、一目で偽物と分かる粗悪品だが。
人がようやくまばらになる。朝のピークは過ぎたので、その間に交代で休憩に入る。次は昼前だ。
詰所で遅い朝食を食べていると、その目立つ男はやってきた。
鮮やかな金髪に整った面差し、誰もが見惚れる有名人、Sランク冒険者だ。
門番は何度か目にした事はあるものの、こうして近くで見るのは初めてだった。
成程、女達が騒ぐ訳だと内心で納得。今も偶然行き会った者らが頬を染めている。しかし、かの冒険者は気にする様子なく、壁にもたれ外を眺めていた。時折、時計を気にしているので待ち合わせだろう。
門番は気にする事なく、仕事に集中した。
「……」
昼前のピークを過ぎてもまだ居る。かれこれ一時間か。
約束の相手が遅れているのだろうか。かの冒険者は変わらず外を眺めている。その間、何度か声を掛けられていたが、全て愛想良く躱していた。
そして更に一時間。流石に遅れ過ぎだろう、何かあったんじゃないか。…と、全く関係のない門番が心配でハラハラし始めた時……。
「あの、通行証持っていないので、お願いします」
「あ、あぁ、銀貨一枚だ。…君は確か、この前も来ていたな。今日も買い物に?」
最近王都に来るようになった、礼儀正しい若者であった。最初に道を尋ねられ、律儀に頭を下げ礼を言われたので覚えたのだ。
「はい、この間はありがとうございました。薬師ギルドを教えてもらえて、助かりました」
若者の方も覚えてくれていたらしい。今日は待ち合わせをしているのだと辺りを見回し…なんと、かの冒険者に手を振ったではないか。お前二時間も待たせたのかよ、と出掛かったツッコミをなんとか抑え、許可証を渡しながらぽつりと告げておく。
「約束に遅れるというのは、人間誰しもある。いつ何が起こるか分からないからな…。しかし、流石に二時間はどうかと思うぞ。信用を失ってしまう。彼は早くから待っていたぞ」
「……え?」
ポカンとする若者に、早く行きなさいと促し門番は見守る。礼儀が良くても、時間に無頓着なのはいけない。全ての生き物の時間は有限なのだ。
若者はひたすら頭を下げている。かの冒険者怒る様子なく、笑っていた。懐の広い人間性のようだ。二人は無事、連れ立って行った。
よかったよかったと頷く門番は知らない。本来は昼の約束で、かの冒険者がデートと意気込み、楽しみ過ぎて早目に来ていた事など。
ファスは人間を怖いと思っている。
パクは本を閉じ、にゃう、と心配気な声を出した。平気な顔をして買い物に行くが、本当はまだ怖いのだ。手が少し震えている。
何とかしたいが、ついて行ってもし、魔物と気付かれたら、ファスは何としてでも守ろうとするだろう。
しらゆきもオネムも糸車を回す手を止め、はやてとダイチもすり鉢を持ったまま。
みんなファスが心配なのだ。ソラだけが、楽しそうに薬草を仕分けている。草花が好きというだけあって、すぐに種類や効能を覚えた。
「んにゃ…?にゃあ?」
五匹の様子に気付き、首を傾げるソラ。ソラは子供の頃のファスを知らない。
心配なのだと言えば、ソラは更に傾げた。転げてしまいそうだ。
でも一人じゃないよ?とソラに言われ、そうだったと思い出す。今日はカイと共に王都を見て回る日であった。ならば大丈夫だろうと頷き合う。彼は冒険者、暴漢から必ずや守ってくれるだろう。
「ん-にゃ、にぃ?」
ソラから見たら、ファスはしっかり者に映るのだろう。だけど、パクたちは出会った時のファスの姿を覚えている。
血濡れで、ボロボロで、捨てられていた。
身体の怪我は治っても、心の怪我はまだ残っている。子供の時は、震えて小さくなって、人間から必死に隠れていた。
そうなった理由は何となく分かった。パクたちも弱い種族だ、似たような目に遭ってきた。だからこそ、似てるからこそ、お互い放っておけなくて寄り添って生きてきたのだ。
本当にファスを想うなら、カイのような強い人間に託すべきなのかもしれない。けれどもう家族なのだ。一緒に居たいのだ。それがパクたちの一番の想いだ。
「にゃ!!」
パクは再び薬草学の本を開く。
もっともっと知恵をつけて、腕を磨いて、魔法も研鑽を積めば出来る事が増える筈。
あの冒険者三人組のような力はなくとも、自分たちにしかやれない事もある。
にゃあああぁっ!……と、切り替えやる気を出したパクたちを、ソラは不思議そうに眺めていた。
「…と、そういえばファス、やっぱ日が落ちる前には戻るよな?」
魔猫たちを放ってはおけないだろうと、カイは逆算し、ルートを考える。しかし返事がない。見れば、ファスは落ち込んでいた。待たせてしまったと随分悔いているようである。纏う影は濃い。
浮ついた気分で早すぎる行動を起こしていたせいで、いらぬ誤解を与えてしまった。でも正直に伝えるのは恥ずかしい。
「ファス?俺は用事片付けるので早く出てただけで、時間は合ってんだぞ?」
「…でも、待たせてしまったのは事実です…」
「気にすんな、俺も全然気にしてねーから。折角出てきたんだから楽しもう、な?」
今後は少し、冷静になってから行動した方が良さそうだ。カイは戒めた。
ファスは躊躇いながらも頷き、笑顔を見せてくれた。よろしくお願いします、と律儀に頭を下げてくる。
パクたちには前々から伝えていたし、準備もしておいたので多少遅くなっても大丈夫とのこと。
「折角誘ってくれたし、カイと少しでも長く居られたらと思いまして…」
「そうかぁ」
「こうして、誰かと街を回るのは初めてなんです。頼りになる人が隣に居てくれると、こんなに安心するんですね…」
絶対的信頼が眩しい。照れたような笑顔がかわいい。もう好意しか感じない。これで期待するなは無理がある。
カイは変な声が出そうになり、口元を押さえる。
相手は鈍感極めたラスボスだ、友人として言っているのだ。故に他意はないファスだから。心の内で呪文のように唱え、少々むなしい気持ちになりつつ平静を取り戻す。
王都は相変わらず賑やかだ。はぐれないようにと繋いだ手を握り返され、誰が何と言おうと今日はデートなんだ、と気合いを入れ直し笑いかけた。
「じゃあ、行くか。気になる店あったら言ってくれよ?」
「はい」
カイの強い意気込みは露知らず、ファスは頼れる姿に微笑んで歩き出した。
パクはひょいと布巾をどけた。
そこにはサンドイッチが並んでいた。一緒に覗き込んでいたオネムの目が輝く。柔らかそうなパンは、勿論ファスの手作りだ。
用意してくれていたお茶を、慎重にカップに注ぎ配る。お茶は沢山あるのでおかわりできるが、サンドイッチは決まった数だけ。喧嘩にならないよう、均等に分け、みんなでいただきます。
「にゃあ…!」
焼いた卵の甘さに、パクは喉を鳴らす。オネムはジャムが入っているのを、喜々と頬張っている。
夢中で作業していたので、遅くなってしまったお昼。お腹空いた、とソラが言わなければ、気付けなかっただろう。ソラはすっかりファスのご飯が大好きらしい。今も一口一口、大事に食べている。
そういえば、ファスはお弁当を作っていた。もう食べたかな。みんなでにゃあにゃあ話しながら、サンドイッチを堪能していた。
「……」
丁度その頃、ファスは悩んでいた。
鞄にあるお弁当の重みを確かめつつ、ちらとカイを見る。
案内される先は色んなものがあり、楽しくてついつい見入ってしまい、気付けば随分時間が経っていた。
「確かこの先に…」
案内してくれるのだし、自分も何かしたい。そう思って作ってきたのだが、よくよく考えてみれば、王都には飲食店が沢山あるだろう。美味しいものも溢れているに違いない。
彼のおススメの店に連れて行ってくれるというのだ、余計な事はしない方がいい。ファスはそう決めた。が、
「うわ…」
「…?い、いっぱいですね…」
昼はとうに過ぎたにも関わらず、店の前にはまだ、数十人並んでいた。確認してみると一時間待ちだという。余程人気の店なのだろう。
「並ばないんですか?」
「流石になぁ…。まだ回りたい所あるし、他行こう」
カイは顔を顰めていた。これから並ぶとなると、帰る時には夜になってしまう。
しかし、多くの人が行き交う王都だ。何処もすんなりとは入れそうにない。辺りを見回すカイに倣い、ファスも首を動かす…と、公園が目に入った。木陰も多く、充分休めそうだ。
「…カイ、あそこ、いいですか?」
「ん?」
運良く空いたベンチを見付け、二人で腰を下ろす。
「疲れたよな、悪い…。今から探して…、」
「いえ、大丈夫です。あの、……カイさえよければ、これ、どうぞ」
カイは色々考えてくれたのだ、とりあえず休んでほしい。ポカンとしたまま受け取ってくれたお弁当。ファスはいそいそとお茶も取り出し、そっと置いた。
「実は、作ってたんです。お店のものより、劣りますけど、お腹空いてたら動くのも大変ですし、」
「いただきます」
え、と見ればカイはもう口に入れていた。
「まさか、ファスの手料理食えるとは思ってなかった。なにこのパン柔らかー…」
どんどん食べる様子に、良かったと息を吐く。
カイは合間合間に、サンドイッチを褒めてくれた。こうして褒められるのは、今日が初めてではないのに、場所が違うせいか照れくさい。
彼は本当に、優しい。相手を想って、気遣える人だ。一緒になれる人は、きっと幸せになるんだろう。ファスはそう思いながら、自分のお弁当も取り出した。




