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こいつは何を言ってるんだ? と思わず口走りそうになった。
いや、目の前で顔を真っ赤にしながら涙を溜めた美少女が北カントー王国第一王女でなければ間違いなく言っていた。
そのくらいわけの分からない言葉を悟史は聞いたのだ。
「狂言誘拐って、え、意味が分からないですよ。ちゃんと説明してください」
「説明も何も今言ったとおりの事なんです。私は実際に誘拐されていたわけではなく、誘拐されたと嘘をついていただけなんです」
妖虎は潤んだ瞳を擦り、深く呼吸をして息を整えた。
そしてゆっくりと一年前の誘拐事件を語りだした。
「あの誘拐計画の立案者は私の他にあと一人……狸塚剛健がいたんです」
一応言っておきますが、狸塚は女の方ですと付け加えた。
「基本的な計画の内容は剛健に作ってもらい、剛健はその中で『王女様が黒い影に攫われた』という第一証言を世間に伝える役割でした。そして私は鴨志田さんの家の近くにある廃工場でスーちゃんに発見されるまで誘拐された王女様を演じることでした」
その台詞に悟史は違和感を感じていた。
妖虎様は、誰かに発見されるまでではなく『スーちゃん』に発見されるまでと口にした。
つまりスーに発見されることがこの彼女の企てた狂言誘拐の条件だったのだ。
「今の話を簡単に要約すると……スーに発見させるためあえて廃工場を選んだってことですよね」
「そうです。スーちゃんに発見されることがこの誘拐計画の肝です」
「……どうしてスーを選んだんですか」
妖虎様は一瞬息を止めたようだが、意を決したように口を動かした。
「スーちゃんに見つけられれば、必ず鴨志田さん……あなたを巻き込むことができると踏んだからです」
ドクッと大きく心臓が動いた。
「スーちゃんに強引に連れて行かれた鴨志田さんは、私たちの思惑通り二人で廃工場を訪れました。鴨志田さんやスーちゃんからしてみれば助けに来たのかもしれませんが、私たちからすれば、上手く誘い込んだようなものです」
妖虎様の言うとおりだった。
悟史はまんまと妖虎様の立てた誘拐計画にまんまとのせられたのだ。
「その後のことは、私にはもう謝る事しかできません。あなたたち二人を気絶させる必要があったとはいえ、暴力を奮ってしまった事は大変申し訳ありませんでした」
「えっ……ちょっ、ちょっと待って! 二人ってどういうこと!」
「二人……? えと鴨志田さんとスーちゃんですが……」
「そこですよそこっ! スーが気絶したってどういうことですか! スーがあのオッサンをぶっ飛ばして誘拐事件を解決したんじゃ――」
ここまで口にして悟史はハッと気が付いた。
誘拐が狂言だというのならスーが解決する必要は全くない。
というかあのオッサンは誰だ? あぁもう全然分からないっ!
「……急に声だしてごめんなさい。続きをお願いします」
「えっ、あ、はい」
コホンと可愛らしく席をすると再び妖虎は口を動かした。
「廃工場に連れてきた二人を気絶されることで、私たちの計画はほぼ遂行できました。あとは気絶した鴨志田さんを抱えて、私が廃工場から逃げだして王国軍管轄の治安隊に連絡を入れただけです。『この人が身を挺して私を助けてくれました。犯人は廃工場で倒れています』とね。もちろん気を失ったスーちゃんは剛健に任せてましたし、いもしない犯人の代わりとして一人協力者をその場に残しておきました」
「……その犯人の代役をやった人が、俺を気絶させたオッサン……じゃなくて男の方ですよね」
「えぇそうです。ちなみにあの方に私の義理の叔父にあたる方です。もちろん死刑になどしていませんし、テレビ等で顔が映ったりするようなことがないように細心の注意を払いました」
妖虎はスラスラと説明を続けるが、悟史の頭の中には上手く入ってこなかった。なぜならこの話をそのまま鵜呑みすると、鴨志田を英雄に仕立て上げたのは、今までずっと悟史が英雄だと勘違いをしていると思っていた妖虎自身だったからだ。
「正直……今の話は信じられません」
「でしょうね……こんな荒唐無稽な話。信じるほうがどうかしているのかもしれません」
「いえ、俺が信じることが出来ないのは、この狂言誘拐のやり方どうこうじゃないんです」
「えっ?」
「俺……妖虎様と初めて会ったのはあの誘拐事件があってからですよね? なのになんで俺をあの事件に巻き込ませようとしたんですか」
あの誘拐事件以前に悟史は妖虎とは話したこともなければ会ったことすらなく、そもそも一般人と王族に接点などありえない。
しかし妖虎様は悟史の存在を知っていた。
その上で悟史を英雄に仕立て上げようと画策した。その動機が悟史に見当もつかなかった。
「それは……その」
急に口ごもり、身体をもじもじと動かし始めた妖虎。これから先を口にするのを躊躇っているように見える。
「もうここまで来たんですからはっきり言ってください。妖虎様は狂言誘拐の前から俺のことを知っていた理由と、俺を英雄に仕立て上げようとした理由を」
そうでなければ今の話を信じることは出来なかった。
「……たまたま見かけたんです」
「見かけたって、俺をですか?」
「はい。中学二年生の頃、鴨志田さんの通う学校で、王宮に社会見学に来たことがありましたよね。そこであなたを見たことがあります」
そういえばそんなことがあった気がする。
それなら見たのも頷けるが、本当に見ただけだ。
「そこから私は、鴨志田さんの事を調べました。名前や住所はもちろん、家族構成や今までも人間関係も含めて鴨志田さんのパーソナルデータのほとんどを調べつくしました」
「ちょ……ちょっといきなり話が飛びすぎです! なんでたまたま見ただけなのにそこまで調べらなきゃいけないんですか! もしかして俺、王宮でなんかやっちゃいけないことでもしたんですか!」
「そんなことないです。あなたはむしろスーちゃんが何かに勝手に触ったり、物を壊したりしないようにしっかり見張ってくれていました」
「じゃあなんでそこまで調べられなきゃいけないんで――」
「――気になったんです! 鴨志田さんのことが!」
悟史の言葉を遮るように妖虎は声を張り上げた。ライトに照らせれた彼女の顔は赤く染まっていた。
悟史はににもいうことが出来ず妖虎を見た。
「社会見学の際、何をするわけでもなく、他の生徒にまぎれていた鴨志田さんがどういうわけか気になりました。少しでもいいから鴨志田さんとお話できたりできたらいいなと思ったんです。でも王族である私と一般人である鴨志田さんとが知り合いになるのは難しい。だから鴨志田さんを誘拐に巻き込んだんです」
「俺を妖虎様を救った英雄にすれば、王女という立場でも近づくことが出来る……ってことですか」
「……そっちのほうが、自然かと思いまして」
狂言誘拐のどこが自然なんだよ! とツッコみたい衝動を抑え、妖虎を見た。
ライトに照らされている彼女は、目には涙をため、頬を真っ赤に染めていた。
「あの、もうここまで来ちゃったんで……最後まで言わせてもらえませんか」
悟史の心臓が大きく動いた。全身が急に熱くなり、脂汗が流れる。
「最後までって……あの」
目を伏せて肩を震わせている妖虎をみれば、さすがの悟史もここから先何を言われるのか想像がついた。
「……初めて鴨志田さんを見た日から、今に至るまで、一日たりとも頭の中からあなたのことが消えることはありませんでした。自分でもこんな気持ちになったのは初めてで、もうこれ以上抑えることは出来ません」
――好きです。
体中がしびれて悟史は動けなかった。
人生初めての愛の告白。
しかもその相手が北カントー王国の第一王女。
その衝撃が一般人である悟史には到底耐えられるものではなかった。
「これが……私の気持ちです。鴨志田さんは、どう思ってるんですか?」
悟史はなんと答えればいいのか分からなかった。
どう思ってるのかと問われれば、妖虎は王女様であり自分には手の届かない高嶺の花。
言い方が悪いかもしれないがあまりにステータスに差がありすぎて、恋愛対象に入ることさえなかった存在だ。
そんな彼女が自分に好意を寄せているという状況を目の当たりにして、信介から聞いていたとはいえ、悟史はどうする事もできなかった。
「あ……その、えと」
口はパクパクと動くものの、声が出ない。声が出せたとしても何を言えばいいか悟史には分からない。
一体今まで告白を受けた数多くのプレイボーイ達は、どうやってこの場を乗り越えてきたのだろうか。
妖虎は悟史の言葉を待っていた。
全神経が悟史に向いていて、何かしらの回答を述べなければこの場は収まりそうになかった。
……だが、終わりは一瞬であっけなかった。
校舎の屋上から、一筋の光が放出された。
それは尾のついた流れ星のように目にも留まらぬ速さで、目標である烏山妖虎を目掛けて飛んできた。
妖虎は気付かない。
またそれが那須一与が放った矢であると知っていた悟史ですら、妖虎の胸の紫のバラに刺さるまで気が付かなかった。
矢の先端についた火薬が妖虎に触れた瞬間に爆発し、紫のバラが一枚一枚宙に舞う。戦争終了を告げるブザーが鳴り響いた。




