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「へぇ、結構華奢な身体してるんだね。もっとムキムキなゴリラ体型だと思ってたけど……別に隠す事ないじゃん」
クマの着ぐるみを完全に破壊され、首から下は黒いスポーツブラとパンツだけになった野木胡桃を、狸塚剛健はジロジロと見た。
だがそんな好奇な目にさらされているにもかかわらず、野木胡桃の気分は高揚していた。
わかったぞ、この女の能力が……。
今の一撃を受けて、触れるだけで物を破壊する能力の概要が判明した。
野木胡桃の考察が正しければあの廊下を生き物のように揺り動かす技も説明がつく。
「お前も化け物だな……私と同じだ」
「何を今更っ!」
狸塚は右手を伸ばし野木胡桃の頭を掴みにかかる。
しかしそれが着ぐるみの頭部を破壊するのが目的ではなく、あくまでフェイントだというのは、野木胡桃には分かっていた。
ならどこから攻撃がくるのだろうかと狸塚の四肢に目をやると、わずかながら左足が小刻みに振動している。
やはり当たりだ。
野木胡桃は右手を避けることなく、そのまま胸元のバラに手を伸ばした。
「なっ――!」
野木胡桃が回避行動を取るだろうと高をくくっていたため、予想外の動きに一瞬防御が遅れる。
仕方なく狸塚はフェイントに使うつもりだった右手をそのまま攻撃に回し、バラに触れるギリギリで野木胡桃を強引に倒した。
「どうした? 頭は壊れていないが」
「ならこのまま踏み潰してやんよ」
狸塚は震えていた左足を上げた。
これを好機とばかりに、野木は残った右足首を掴み力任せに引っ張り、バランス崩しそうになった狸塚は、上げた左足を再び地面に戻してふんばった。
震えたその足を廊下につけたにもかかわらず、廊下があの時のように生き物のようにぐにゃりと動くような事はなかった。
「――共鳴」
狸塚の足首から手を離し、立ち上がりつつ距離を取った野木胡桃はそう呟いた。
その言葉を耳にした狸塚は、苦虫をかみ殺したような表情を一瞬浮かべたが、すぐにいつもの飄々とした顔に戻した。
「共鳴ね。いや、やっぱ胡桃ちゃんはすごいわ」
今見せた野木胡桃の動きから、誤魔化そうとしても意味はないと判断した狸塚は、これは降参とばかりにお茶らけつつ両手を挙げてヒラヒラと手の平を揺らした。
「お察しのとおり、廊下を揺らしたり、着ぐるみを壊したりしたのは共鳴を利用したもの……正確には力学的共鳴ってやつだけどね」
この世のありとあらゆる物体には、それぞれ固有の振動がある。
その振動と外部から加えられる振動がその固有振動数につれて振幅が大きく激しくなる事を『共鳴』と呼ぶ。その威力はすさまじく、架橋間もない吊り橋が周波数のあった風で壊れてしまった例もある。
「つまり私は、それぞれの物体の固有振動数に合わせた振動を自分で生み出すことが出来るわけ」
「……それだけではないはずだ。おそらく貴様は触れたものの固有振動数を読み取るという化け物じみた能力まで備わっているはずだ」
最初の攻撃は、私に触れることで着ぐるみの固有振動数を読み取るのが目的だったのだろう。
だからこそダメージはなく、次から着ぐるみの破壊を軸において攻撃を仕掛けてきたのだ。
「そこまでお分かりですか……さすがだね、今まで誰一人として気付かなかったのにさ」
「貴様が今までの敵を一撃で倒していたからだろう。人間という物体の固有振動数にあわせた攻撃をしてな」
この反則じみた能力と、強靭な肉体から繰り出される攻撃は、生身の身体で受けてはどんな人間……いやどんな生物も一撃で倒れてしまうだろう。
現に鴨志田スーが一撃で倒されたのでそれは証明されている。
だが野木胡桃の場合は他の相手と条件が異なっていた。
着ぐるみで全身を覆っており、これを剥くまでは生身の身体に共鳴のダメージを与えられないからだ。
「今まで私のように完全に肌を覆った相手と戦った経験がないんだな」
「そりゃそうでしょ。全身着ぐるみの敵なんかと戦うわけないじゃんか? ヒーローショーじゃないんだよここは」
痛いところを突かれ軽く精神ダメージを受けた野木胡桃。
「でもま、今更気付いたとしても遅いよね。胡桃ちゃんはもう私の前にその肌理の細かい白い肌をさらけ出しちゃってるんだからね。あと一撃で終わりだよ」
狸塚の言うとおり、野木胡桃自身もあの攻撃をまともに受けたら間違いなく立ち上がれないだろうと理解していた。
頭部以外の着ぐるみがなくなった今、あの攻撃を防ぐ術はなく、全ての攻撃を避けなければいけない。
技の特性上、軽く触られるだけでも終わり。
全てを避けるなんて、不可能だ。
「なら、もうこれしかないな」
野木胡桃は右腕を前に突き出し、腰を深く落とし目を閉じた。
意識を腹部、腰部を中心とした根幹部に集中する。筋細胞の一つ一つが熱を出し、全身から滝のような汗が流れ始めた。
「オーラを外に出すのではなく、中に溜め込み一気に爆発させるイメージ」
言葉にして、より具体的に全身に命令を下し、さらに目を開けて狸塚剛健を睨みつける。
「そして、あの女を倒す。バラを潰すのではなく一撃で倒す」
一撃で倒す。
一撃で倒す。
一撃で倒す。
脳内にこのフレーズを反芻させ、全ての力のベクトルを狸塚に向けた。
今までどんな相手にも感じたことのないプレッシャーが狸塚を襲った。
全身があわ立ち、今にも後ずさりたくなる衝動に駆られる。それでもなお一歩も動かずにそのプレッシャーを浴び続けながら自然体で野木胡桃を見続けた。
「……最高よ胡桃ちゃん。こんな感覚初めてだわ」
今まで誰一人として自分の立つ舞台に上がってこれたものはいなかった。
しかしその舞台に野木胡桃が初めて上がってきたのだ。
自分と対等に戦える相手。
本気を出してもいい相手。
そんな貴重な存在が目の前にいるのだ。
もう、あの『計画』なんてどうでもいいや……壊したい。
狸塚は深く息を吸い込んだ後、両手を合わせた。手が小刻みに震え始め、それと同時に狸塚の腕から無数の切り傷が生まれ、血が噴き出した。
人間の壊す固有振動数を生み出すことができるということは、すなわち自分自身を壊す振動を自身で生み出しているのと同じである。
より強い破壊力を生み出すためには、自身にもより強い負荷を与えなければいけない。
『共鳴』による人体破壊は、いわば諸刃の刃なのである。
「いくよ胡桃ちゃん……」
「こい! 狸塚剛健」
狸塚が一歩前に踏み出した。さらに一歩もう一歩と全速力で野木胡桃に向かっていき、距離は縮まっていく。
「あああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
激しく振動する両手を大きく開いて、狸塚は野木胡桃を抱きかかえるように襲い掛かった。
それを待っていたといわんばかりに野木胡桃は突き出した右手を背筋を利用して後ろに引き、その反動を利用して左手を伸ばした。
その瞬間だった。
ビィィィィィィィィィィ――――ブザーがけたたましい音を立てて学校中に響き渡り、それに反応した野木胡桃は身体を伸ばした左手を狸塚ではなく廊下に突き刺した。
あまりの破壊力に二の腕辺りまで腕が入り込んでしまい。その結果かがみ込む姿勢になり、狸塚の突進をやり過ごした。
「ブザーが鳴っただと!」
野木胡桃は首を後ろに回し、背後に回った狸塚剛健の姿を見た。
彼女もまたブザー音に反応したのか既に振動を抑えていて、血まみれの腕をだらしなく垂らしていた。
狸塚の胸には当然、赤いバラが咲いていた。
「……どうやら終わっちゃったみたいだね」
「くっ……」
間に合わなかったか、と野木胡桃は奥歯を噛みしめた。
『たった今、ヤタガラスサブリーダー、烏山妖虎氏の紫のバラが散りました。よって今回のバラ戦争は玉繭会の勝利で終結いたします。……繰り返します。たった今――』




