㉕
狸塚の一撃により、数十メートル先まで殴り飛ばされた野木胡桃は、違和感を感じていた。
無防備な状態であれほどの衝撃を受けたのにもかかわらず、まるでダメージが残っていなかったからである。
音から判断して、今の攻撃が鴨志田スーを一撃で倒した技なのは間違いないのに、この程度だとはどう考えても計算が合わなかった。
むくっと身体を起こし前方を見ると、狸塚が迫っている。
「考える暇はないようだな……」
背筋のバネを利用し、身体を跳ね起こした野木胡桃は一直線に向かってくる狸塚に前蹴りを放った。
それを予想していたのか狸塚は急にスピードを落とし、伸びた足があたるギリギリで止まり、着ぐるみの足首を両手で掴む。
狸塚がニヤッと微笑むと掴んだ両手が小刻みに揺り動かす。
すると着ぐるみの足首がぐにゃりと変形し始め一瞬のうちに引き裂かれた。
「――なっ!」
さらに腹部まで手を伸ばす狸塚だが、それはさせまいと野木胡桃は膝の力を抜いてしゃがみこみ、重心が上体になっている狸塚の足を払った。
バランスを崩した狸塚はそのまま野木胡桃に野垂れかかろうとしたが、隙ができた鳩尾に肘を入れて、そのまま後転しながら距離を取る。
いつもならばそのまま連打で相手を圧倒する野木胡桃であったが、先程の攻撃の正体が把握できていない今、これ以上の追い討ちはかけなかった。
掴まれた足を確認すると、右足の膝から下の着ぐるみが無理矢理破かれており、素足が露になっていた。
しかしこれもまた足にはダメージはない。ただ着ぐるみだけが壊されたのだ。
「ふふっ、綺麗な足、やっぱり女の子だったんだね。……いつも着ぐるみで姿が見えないから性別すら分からなかったからね」
鳩尾に肘打ちを受けて背中を丸めていた狸塚はやけに嬉しそうに呟いた。
「……何をした?」
「ふふ……秘密。言うわけ無いでしょ。ごちゃごちゃ言ってないでかかってきなよ。出ないと愛しの悟史くんがやられちゃうよ」
またしても狸塚はいやらしく微笑むが、一切気にするそぶりは見せず野木胡桃は冷静に今の状況を考察する。
安い挑発ではあったが、それはそれで事実。
どういう仕掛けかは分からないが、こちらの攻撃は効くし、スピードなら負けてはいないので、強引に押し切るのも作戦としてはありだ。
全身に青いオーラを出しながら駆け出すと、野木胡桃は狸塚の懐に潜り込み、右拳で顔を狙った。
それを避け、逆に狸塚は野木胡桃の左肩に軽く触れた。
軽く触れただけなのに、またしても着ぐるみだけ異常なほどのうねりをみせ、肩口がほつれる。
それでもひるむことはなく、野木胡桃はさらに連打を続ける。
全てを避けきるのは不可能なので、時折ガードをはさみつつダメージを最小限に抑えながら、狸塚は確実に着ぐるみを剥がしていった。
「ほらほらどうしたの! こんなんじゃ私は倒せないよ」
「貴様こそ、着ぐるみを剥ぐことしかできていないぞ」
「いいのいいの! それが狙いだから……」
「……狙い?」
「――ほら気を抜かない!」
一瞬の隙をついた狸塚は大きく足を踏み込み、また廊下を全体を激しく動かした。
「ちっ――それなら」
態勢を崩しながらも野木胡桃は揺れ動く床に向かって腕を振り下ろした。
――ドォン!
二つの衝撃に耐え切れなくなった床は、二人を巻き込みながら崩れる落ちる。
「うおぅ!」
「これなら床を揺らしても意味ないだろう」
落ちながら狸塚の両耳を掴み、そのまま覆いかぶさるように二階の床に頭に打ち付けた。
マウントポジションをとった野木胡桃はすかさず胸のバラを潰しにかかった。
しかし着ぐるみの太い腕のせいで狸塚のガードをすり抜けない。
「そのままじゃ私は倒せないよ。着ぐるみ脱いだら?」
「黙れ!」
「……仕方ないな」
狸塚はガードを外し腕を顔に伸ばした。
着ぐるみで出来たクマの顔に手が伸びる。
狸塚の狙いを判断した野木胡桃は、攻撃を止めマウントポジションから立ち上がりって後退した。
「あれれ……どうして攻撃止めちゃったの? やめなければ胸のバラを潰すチャンスをだったのにさぁ」
スッと立ち上がった狸塚は、頭から滴る血を手で拭った。
「そんなに顔を見せたくないんだ。何で何で?」
「貴様には、関係ないだろうが」
「たしかに関係ないね……。でもその着ぐるみの下の胡桃ちゃんの素顔。是非拝んでみたいな。備え付けのカメラでこの戦いを見ている学生さん達もそう思ってるんじゃないかな」
散乱した瓦礫を両手に持った狸塚は、野木胡桃に向かって駆け出した。
右手で掴んだ瓦礫を投げつけると、野木胡桃は腕で払ってそれを躱し、狸塚を見た。
左手にもった瓦礫が無くなっていた。
「上っ!」
狸塚の声に無意識に反応して上を見が、そこには穴の開いた天井しかない。
その時に顎下に衝撃が走った。左手に持っていた瓦礫だ。
「嘘だよバーカ!」
狸塚は左手に持っていた瓦礫を、右手に掴んでいた瓦礫を投げた隙にゆっくりと落とし、その瓦礫が落ちる前に蹴り飛ばした。
単純な手に引っかかってしまった自分を恥じながらも態勢を取り戻そうとする野木胡桃だったが、それよりも狸塚の攻撃が若干速い。
「顔見せて!」
顔だけは触らせまいと腕でガードしたが野木胡桃だが、それこそが狸塚の狙いだった。
「またまた嘘だよ~」
大きく踏み込んで、身体を捻転させた狸塚は、ガラ空きになった腹部に拳を入れた。
――ドォン!
轟音と共に、野木胡桃の首から下の着ぐるみが完全に崩壊した。




