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カモネギッ!  作者: 袋小路梟
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25/31

㉔

 一階に辿り着いた那須一与は出会い頭に烏山妖虎と対峙した。

 すぐに矢を番えて対応したが、接近戦には全く向かない武器であるため、瞬時に間合いを詰めた烏山妖虎にあっさりと蹴り飛ばされた。

 だが思いの他ダメージは少なく、烏山妖虎もなぜか急いでいたため、止めを刺されなかったのが幸いだった。


「痛てて……なんかいきなりやられたけど助かったのかな?」


 立ち上がって廊下に散乱した矢を拾い集めると、見覚えのある集団が視界に飛び込んできた。

 ポシェットと玉繭会のメンバー四人である。


「なにやってるんですか? えーと確か那須さんでしたっけ?」

「あ、そうです。確かあなたはポシェットさんでしたよね……」

「はい、どうもご挨拶が遅くなりまして」

「いえいえこちらこそ……」


 戦争はまだ終わってはいないが、両者に流れる穏やかムードが、なんとなく和やかな挨拶を交わさせた。


「矢、拾いましょうか?」

「あ、大丈夫です。一応まだ私は戦闘に参加してますのでお気持ちだけで充分です」

「そういえば那須さんは鴨志田さんの部隊でしたね。バラの散ってしまった私たちが触れるのはよろしくないですね」


 軽く会釈した後、再度矢を拾い始めた那須に向かって、思い出したようにポシェットは口を開いた。


「那須さん……あまりこういうことは言いたくないですが、今更あなたの出番はないですよ」


 ピタっと手の動きが止まった。


「恐らく今まともに動けるのは、ヤタガラスでは狸塚さんと妖虎様。玉繭会ではリーダーである鴨志田さんと、野木さん、あと鴨志田スーさんだけ。はっきり言ってあなたが抗えるレベルじゃないです」

「そうかもしれませんが……ここで結果を残さなければ根岸さんに絶対服従しなければならなくなるので」

「……それなら大丈夫ですよ。あのクズはこの先で、みっともなく気絶してますから」


 ポシェットの言葉には棘があり、明らかな悪意が感じ取れた。


「それはどういうことですか?」

「行けば分かりますよ。……それでは」


 ポシェットと他四名は何事もなかったかのように那須に別れを告げその場から去っていった。

 那須は矢を拾い終えると、行けば分かるというポシェットの言葉に従い、廊下を進んでいった。

 途中途中でヤタガラスのメンバーらしき人物が倒れていて、戦闘の激しさが伺えた。

 しばらく歩くと、倒れているヤタガラスメンバーの中に、信介らしき姿があった。


「根岸さん! ちょっと根岸さん!」


 頬を叩き身体を揺り動かすと、「んっ」と信介は声を洩らし、うっすらと目を開けた。


「……なんだ那須か」

「なんだとは失礼な。根岸さんこそ何気絶してるんですか」


 ポシェットに殴られ痛んだ身体を無理矢理起こして、信介はじっと那須の目を見つめる。


「戦争はどうなった? 終わったんだろ?」

「終わってませんよ。だから何気絶してんだって言ってるんです」

「……状況は?」

「私もよく分からないですけど、狸塚さんが鴨志田くんを狙っているらしく、野木さんが鴨志田くんの護衛に回りました。それで私とスーちゃんは教室を出たんですが、今スーちゃんがどこにいるか分かりません。あと妖虎様は階段で上に登っていきました」


 烏山妖虎にあっさりやられた事は隠しつつ、知りうる限りの状況を那須は話した。

 今の情報から考察すると、おそらくスーは途中で狸塚と出くわしてやられたと考えるのが妥当か……となると状況は最悪だな。


「何ですかその目は……なんでお前がピンピンしてるんだみたいな目ですね」

「あぁ、そういう目で見ている。ここにいるのが鴨志田スーならまだ勝つ可能性があったのだが、もう終わりだ……」


 また廊下に倒れこみ、今度はふてくされるように身体を横に倒す。


「ちょ……だからまだ終わってませんって! まだ戦争の最中です」

「あぁもう五月蝿いぞこのデコまるだし女。もう私や貴様はどうしようと結果は大きく変わらん」

「そんな事ないですって! それに私はまだ何も結果残せてませんし、このままじゃ一生逆らわないという約束が」

「それなら……もういい。貴様を小間使いにしたところで、ここで負けた以上意味はないしな」

「だから負けてませんって! なんなんですかいきなりネガティブモードに入って! 強気で無駄に自信満々のあの変態鬼畜メガネはどこに行ったんですか!」

「…………」

「無視ですか! あぁじゃあもういいですよ。私が一人で勝手にやりますから、あれ貸してください!」

「……あれ?」

「あの小さい無線機ですよ。あれで坊主頭さんと連絡をとって協力してもらいます」


(そうか、こいつは坊主頭が今どうなっているか知らないんだな)


 坊主頭がもう戦える状態ではない事を分かっていた信介だが、これ以上相手にしても無駄なので、耳に貼り付けた小型無線機を那須に手渡した。


「一応言っておくが、この無線機はヤタガラスにだだ漏れだ」

「なんですと! じゃあ意味ないじゃないですか!」


 今にも首につけようとしていた那須の手が止め、床に叩きつけようと腕を挙げた。


「ちょっと待て壊すな! この無線機を作るのに、一体どれだけの予算と時間を費やしたと思っている!」

「そんなの知りませんよ。使えないんだから壊していいじゃないですか」

「そんな極端な考え方は止めろ! ……ったく仕方がない。ボリュームのメモリの横に、小さい赤いボタンがある。そのボタンを押せば周波数を変えることが出来る。そうすればもう一対の小型無線機にだけ聞こえるように設定し直す事が可能だ」

「そうなんですか。それなら初めから言ってくださいよ」


 無線機の赤ボタンを押してから首に装着しようとしたが、後ろ髪が邪魔する上。接着部分が弱まっているので、すぐに剥がれてしまう。

 なんとかしてと言わんばかりに那須は無線機を信介に戻した。


「……顔をこっちに」


 信介の手招きに従い、那須は顔を近づけた。


「相変わらず前髪が短いなっ!」


 ビターン! 大きな音を立てて、信介は那須の額に無線機を貼り付けた。


「――何するんですか!」

「無線機をつけてやっただけだ。そんだけ貼り付けやすいスペースがあるんだから使わないともったいないだろ」

「うぅぅ……やっぱり根岸さんは酷い人だ」

「そんなこと自分が誰よりも知っている。もうお前の相手をするのも面倒だ……無駄だと思うがさっさと行ってこい」


 額をさすり、「もしもーし」と通信を取ろうとする那須を見ながら、自分もこんな性格だったらもっと楽だったろうにと、信介は思った。


「おーい聞こえてますか! ……おっ、繋がったっぽい」


 無線機が通じたのを確認した那須は、ペコッと信介にお辞儀をして足早に去っていった。


「とりあえず黙って聞いていてください。いいですね……鴨志田さん」

「――な、お前!」


 信介は那須に声をかけたが、那須はそのまま暗闇に姿を消した。

 無線機をつけているのは坊主頭のはず、なのになぜ奴は悟史の名を出した? 信介はメガネを激しく動かした。


 三階と二階をつなぐ階段の踊り場で、悟史と烏山妖虎は鉢合わせた。


「あっ……妖虎様」

「鴨志田さん」


 予想外に平凡な出会い方に、どうも緊張感が出なかった。


「あの……なんか、終わりそうですよね」

「ですね……あの、どうします? ここで戦いますか?」


 リーダー同士の衝突という盛り上がってもいいそうなイベントなのに、どうも緩んだ空気が締まらない。


「いや、ここは狭いので怪我すると危ないから……」

「ですよね。危ないですものね」


 これからお互いの胸に刺さる紫のバラを取り合わなければならないのに、なぜ怪我の心配してるんだよ! と心の中で突っ込みつつも、どうすればいいか分からないので困り果てているのも事実だった。

 その時だった。


『おーい聞こえてますか!』

「えっ、那須さ――」


 無線機から予想外の人物の声が聞こえ思わず反応してしまいそうになる。


「……茄子?」

「えぇ茄子です。茄子のおいしい季節になりましたよね?」

「そうですかね……まだちょっと早いんじゃないですか?」

「そうでしたっけ。勘違い勘違い。あはははは……」


 笑って誤魔化したが、妖虎は首をひねって不審な表情で悟史を見ていた。


『とりあえず黙って聞いていてください。いいですね……鴨志田さん』


 鴨志田さんと呼ばれ、また声を洩らしそうになる。

 なんで那須さんは俺が無線機を持っていることを知っているんだ? たまたま狸塚から投げ渡されただけだというのに……。

 しかし、黙って聞いていてくださいと言われてしまうと、素直に従ってしまうのが悟史である。

 かの変態鬼畜メガネのおかげで、自然に身についてしまっていた癖だ。


『まずは校庭に向かってください。妖虎様と一緒に』


 那須は粛々と無線機越しに悟史に指示を出した。

 もちろんその指示に従う。


「あの妖虎様……提案なのですが、こんな足場の悪いところで戦うより、一度校庭にまで出ませんか? 広くて動きやすい方がいいし、それに、牛久さんが校庭で倒れてるんですよね。一人残すのは、気が引けますし」


 強引に校庭に出る理由を作って語りかけると、「そうですね」と難なく了承。

 二人並んで無言のまま階段を降り、校庭へと向かった。

 その間も那須の指示は続き、校舎から出る頃には彼女の真の狙いがようやく読めてきた。

 だがそれと同時にそんな作戦が可能なのかという疑問もわいてきた。

 もしその狙いが失敗に終わったら確実に勝負は決してしまう危険な賭けだ。

 那須がそれを成功させる確率と、野木胡桃が狸塚剛健を倒しす確率を比較してみると、どちらかといえば後者の方が可能性があると思われた。


『私を信じてください。この戦争に賭けているのは私も同じなんです』


 那須は涙声で訴えかけてきた。

 悟史はぴたりと足を止めた。


「……鴨志田さん?」


 妖虎の声が聞こえても、動かない悟史。

 彼女もまた、俺や信介と同じようにこの戦争に賭けているんだ。

 今までの自分を変えようと信介に突っかかってきたのに、どうしてここでそれを邪魔することができる?

 何も出来ない俺がそんな那須さんの邪魔を出来るわけがない。


「……信じるよ」

「えっ、何か言いましたか?」


 妖虎は不意に声を出した悟史を見つめる。何も言わず悟史は唐突にぎゅっと妖虎の手を握った。「あっ」と声を洩らし、顔を紅潮させる妖虎の事を気にかけることもなく、その手を引っ張るように歩き出した。

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