㉑
信介とポシェット部隊の戦闘が始まった頃、坊主頭部隊は、ヤタガラスの陣営である一年一組に辿り着いた。
これまで一人として敵に会わなかったことを不気味の思ったが、いくら頭を絞っても答えを導き出せそうに無いので、迷わず教室のドアを開いた。
パフ……。
坊主頭の綺麗に刈り揃えられた五分刈りに、黒板消しが落ちてきた。
「あひゃひゃひゃひゃ! こんな古典的な罠に引っかかるなんてぇ。あー面白い」
教室の中で腹を抱えながら笑っているのは、胸に赤いバラを挿した銀髪の女だった。
坊主頭は頭から顔全体に拡がった白いチョークの粉を振り払って、教室の中を見渡す。
そこには烏山妖虎の姿はなく、それどころか、牛久鳴動以外の人間の気配が全くしなかった。
「……王女様はどこだ?」
「言うわけ無いでしょ?」
牛久鳴動は平然とした態度で机の上に腰掛けていた。
「そうか……ならお前には興味はない」
坊主頭はもう一度教室を見渡した後、牛久鳴動以外の人の気配がないことを確認すると、すぐに教室を出て廊下に戻った。
牛久鳴動は頭脳担当で戦闘員ではないと、信介から聞かされていたため、例え赤いバラを挿したサブリーダーだからといってそこに時間をかける必要はと事前に指示を受けていた。
坊主頭部隊の目的はただ一つ、烏山妖虎の紫のバラだけ。
烏山妖虎の行方が分からない以上、ここにいる必要はない。
『……ふん。寄せ集めの中では一番お前が強いらしいな』
『その減らず口もすぐに塞いでやるよ。あたまでっかちのメガネ君がよ』
耳の裏につけた無線機から聞こえる信介の声と、聞いた事のない男の声から、ポシェット部隊がヤタガラスとの戦闘が始まったのが分かった。
「お前ら作戦変更! 今からポシェット部隊の援護に回る。経過時間から考えるとおそらく場所は一階の中間にいるはずだ! 全力で走るぞ!」
おおぉぉぉぉぉぉぉぉ! と雄たけびをあげ坊主頭部隊の四人は走り出したが、急に足が止まった。
「どうしたお前ら、なんで止まっている!」
「いや……だって、シャッターが下りていて」
「シャッターだと!」
電気がついておらず、月明かりだけが唯一の照明だったため気が付かなかったが、確かに一年一組と一年二組の間にある防火シャッターが完全に下りていた。
「へっ残念だったな。ここから先は行かせな――」
シャッターの前にヤタガラスの一人が立っていた。
坊主頭は瞬時に男との距離を詰めて、強烈な回し蹴りで男の側頭部を叩き、男の言葉を遮った。
敵の戯言を聞いている余裕は無い。
「もう一度作戦変更! 一度校庭に回って外から援護に向かう!」
「おっとっと、それは勘弁してもらいたいなぁ」
廊下に出た牛久鳴動はシャッターの前に立つ坊主頭部隊の前に立ちふさがった。
「牛久鳴動……そこをどけ」
「いや、どくわけ無いでしょ? 馬鹿じゃないの?」
「そうか、なら――」
坊主頭は牛久鳴動に向かって駆け出した。
勢いを殺すことなく左手で握りこぶしを作り、腕を振りぬいた。
「元『豪腕マキシマム』の一撃を受けてみろぉぉぉぉ!」
ボキッ、と鈍い衝撃音が響き渡った。
そこにいる誰もが牛久鳴動の骨が折れる音だと思っていたのだが、
「ぐあぁぁぁぁ!」
悲鳴を上げたのは坊主頭の方だった。
「ごめんね……坊主頭さん」
ニヤニヤといやらしく笑う牛久鳴動は、左手を庇いながらその場に膝を付いた坊主頭に声をかけた。
「……俺のパンチを受けて、無傷だとぉぉ」
確かに牛久鳴動は動かず、防御することなくそのまま坊主頭の拳を顔で受けた。
その結果坊主頭の左手の骨は折れ、牛久鳴動は何事も無かったように立っている。
「いいパンチだね。私じゃなかったらただじゃ済まなかったね」
「くそったれ……牛久鳴動は戦いには不向きじゃなかったのかよ」
「牛久も別に不向きってほどではないけど、今の攻撃なら確実にダメージを受けてたね」
「……? 何言ってんだお前」
「さぁてね? でも喋ってる余裕があるならもっとどんどん来てよね。まさかこれで終わりじゃないでしょ」
「……そうだな。おいお前らっ!」
後ろに控える坊主頭部隊に向かって叫んだ。
「よく分からんがこいつは強い! 全員で胸ポケット赤いバラを潰しにかかるっ! フォーメーションGで行くぞ!」
了解! 大きく返事をした残り四人は、牛久鳴動を四方から囲むように位置を取った。
「いいねそういうの……ゾクゾクするわ」
「一斉にかかれっ!」
坊主頭の合図と共に全員が牛久鳴動に向かって一斉に飛びかかった。
背後に迫った一人が首を絞めにかかるが、牛久は瞬時にしゃがみこみ、膝のバネを利用して後ろに飛び跳ね体当たり。
その勢いに負け地面から相手の足が離れた瞬間を牛久は見逃すことなく、そのまま手首を掴んで力任せに一本背負いの態勢に入った。
宙を浮いているため踏ん張る事もできず、投げ飛ばされた男はさらに前方にいた坊主頭部隊の男とぶつかり、二人とも大きく吹き飛ばされた防火シャッターにぶつかった。
しかし残る二人と坊主頭は心配する様子を見せず、相手を投げ飛ばし態勢を崩している牛久鳴動に三方向から蹴りを入れた。
しかしそれを予知していたかのように前方に転がりそれを交わすと、自分が吹き飛ばした二人に駆け寄り、起き上がろうとした二人の頭を両手を掴んで、頭から地面に叩きつけた。
完全に沈黙する二人。
「怯むな! 赤いバラを潰せばこっちの勝ちだ!」
折れた左手をかばうことなく、牛久鳴動にぶつかっていく。
そのまま背後から羽交い絞めをして身動きを封じた。
「殴打が効かないのなら、これしかないだろ!」
牛久が絡みついた腕を外そうとジタバタと身をよじる度、坊主頭の折れた左手に激痛が走る。
しかしそれでもここは離すまいと必死に喰らいつく。
「早くバラをっ! 長くは持たないぞっ!」
残った二人は無言で頷いて全速力で牛久鳴動に近づき、胸元に挿してある赤いバラを掴みにかかる。
しかしあと数センチで手が触れるところまでいくが、牛久が手足を使って手を払いのける。
そして首を一旦下げ、羽交い絞めをする坊主頭の顔に当たるように動かした。
手を押えている以上防ぐ手段は無いので、無防備のままそれを受けた。
ガチッ――という、嫌な音が強烈な痛みと共に坊主頭の耳に入った。
しかしそれでもなお羽交い絞めを解こうとはしなかった。
「ぐっ! 負けるか」
鼻からはドバドバと血が流れ、その血が牛久の銀髪に付着し、赤銅のような鈍い光を放っていた。
「まだやる? すごい根性だね」
牛久は笑いながら四肢を華麗に動かし、バラを潰そうとする二人の手を払いのけ続けた。
その間も牛久は何度も首を動かし、後頭部で坊主頭の顔面を叩き続ける。
「――んがっ! 痛ぇよこのクソ女が!」
「だったら腕を離しなよ。言っとくけどこのまま掴んでいても、この二人じゃ私のバラは潰せないよ。となると坊主頭くんの力が緩むまで、これを続ける――よっ!」
牛久鳴動は坊主頭の折れた左手を思い切り握る。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ほれほれ、これでもまだ粘る? まだ粘る?」
容赦の無い牛久の攻撃は続く。
だがそれでも必死に腕を絡ませ、羽交い絞めを続ける。
その時だった。
ビィィィィィィィ――――! 学校中のスピーカーからブザー音が響いた。
『たった今、玉繭会サブリーダー、ポシェット氏のバラが散りました。ポシェット以下五名の選手は直ちに戦闘行為を終了して下さい。……繰り返します。たった今――』
「な……ポシェットがやられただと」
まさかにこんな早く、ポシェットがやられるとは想像していなかった坊主頭は、驚きを隠せなかった。
そんな坊主頭とは反対に、牛久鳴動は肩を揺らして笑い出した。
「あはははははは! 作戦大成功。流石は天才牛久鳴動が考え抜いた作戦だ」
「――何だお前。いきなり自画自賛とか気持ち悪いな!」
「……自画自賛? あれ、まだ気付いてないの? 私が……本当は牛久鳴動じゃないってことを」
「牛久鳴動じゃない? だったらお前は何者なんだよ!」
ふふふと声を洩らした牛久――いや、銀髪の女は、いたずらっ子のような無邪気な笑顔で口を動かした。
「私が『狸塚剛健』なのよ。そして今校庭で野木胡桃と戦っているのが、牛久鳴動ってわけ」
「……そんな馬鹿な」
牛久鳴動と名乗っていた狸塚剛健は饒舌に口を動かす。
「馬鹿なと言われても困るわ。私が妖虎様の正式なお付きになった時から牛久鳴動と名乗れって本物の牛久鳴動から言われてたんだから。でもおかげで作戦はばっちり嵌ったね。野木胡桃の足止めは出来たし、一対一なら妖虎様に対抗しうる坊主頭くんも、こんなボロボロになってる……しっ!」
「ぐあ!」
坊主頭の左手を強く握り、さらに追い詰める狸塚剛健。
「あと妖虎様に対抗しうる人材としては鴨志田スーちゃんがいるけど、誰に襲われても勝てない鴨志田くんの護衛役として、あの鬼畜メガネが入学させたのは明白。だからまず前線には出てこない。つまりこの後のシナリオとしては、坊主頭くんが倒れるまでゆっくりと痛めつけて、自由になったらスーちゃんごと鴨志田くんをやっつければゲームオーバー。これでヤタガラスの完全勝利ってな具合かな」
「……くそったれ。まんまとひっかかったぜ」
坊主頭の中にあった不可解な事実が、その言葉によって全て解明された。
まるで他人のように牛久鳴動の名を上げていたこの女の言動。
目の前にいる銀髪の女の圧倒的なまでの強さ。
「はははは、やっと分かったみたいだね!」
「だな……でもお前達はやってはいけないミスを何個も犯した」
今度は坊主頭が自身の血で汚れた顔を歪ませながら笑った。
「はぁ? 負け惜しみのつもりかい」
「負け惜しみなんかじゃない。まだお前は気付いてないのか」
「気付いていない? 何のことだ」
「……お前が今、攻撃を受けていない事をだ」
言われてみれば確かに。ブザー音が鳴るまで執拗にバラを狙ってきた二人が攻めてこない事に気が付いた。
「何故攻撃してこない……」
「当たり前だろ? だってこいつらはポシェット部隊としてバラ戦争に登録したんだから、ポシェットがやられた今攻撃が出来るわけがない」
狸塚は辺りを見渡して、二人の動向を目で追った。
彼らは狸塚によって倒された二人に駆け寄って、甲斐甲斐しく治療をしていた。
一切自分のことなど気にする素振りを見せていない。
「やっと気付いたか馬鹿。ちなみにそこで倒れてる奴もポシェット部隊。つまり俺の部隊は今、ポシェットと根岸と一緒に行動し――今、王女様と戦っているってわけだ」
ドキッと狸塚剛健の心臓が大きく跳ねた。
「何故……妖虎様がそこにいるのを知っている。私は一言もそんなことは」
「俺と根岸信介の耳には、いつでも連絡が取れるよう超小型の無線機がついているんだよ。そしてあのブザー音がなる直前、根岸は『何故ここに烏山妖虎が……』と呟いていた。だから王女様があいつらと戦っているのがすぐに分かったんだ」
坊主頭は口にはしなかったが、ポシェットがこんなに早く負けたのも、烏山妖虎がいたからだということも、証拠にの一つになっていた。
ビィィィィィィィ――――! 再び学校中のスピーカーからブザー音が響いた。
『たった今、ヤタガラスサブリーダー、サングラス氏のバラが散りました。サングラス氏以下五名の選手は直ちに戦闘行為を終了して下さい。……繰り返します。たった今――』
「どうするよ。狸塚さんよ。王女様の護衛役が五人減ったぜ。下手すりゃもう誰も立ってないんじゃないか?」
「くそっ! 離せこのハゲ野郎!」
狸塚はさらに激しく身体を動かし、強引に身体を引き離そうとするが、坊主頭は食い下がる。
「死んでも離すかよ。お前がペラペラ喋ってくれたおかげで流れがこっちに来ているんだからな」
今、本物の牛久鳴動と野木胡桃が校庭で戦っている。
勝つのは十中八九、野木胡桃だ。
いずれこちらの戦局に入り込んでくるのは間違いない。
野木胡桃に根岸信介、そして何人残っているかは分からないが坊主頭部隊の数名が今烏山妖虎に襲い掛かろうとしている。
この状況を打破する可能性があるとすれば、ヤタガラスではこの狸塚剛健だけだ。
「なら死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇぇぇぇ!」
激しく後頭部を坊主頭に打ち付ける狸塚。意識は朦朧とし今にも意識が飛びそうだった。
しかしそれでも腕はしっかり力を入れている。
一秒でも長くコイツを押さえつける。
それが今の俺に出来る事だ。
『おい坊主頭、顔を狸塚の顔にぴったりくっつけろ。骨伝導だから狸塚にも聞こえるはずだ』
「……了解」
信介からの指示通り、坊主頭は力ずくで顔を寄せた。
『聞こえるか牛久鳴動――いや狸塚剛健』
「――根岸、信介ぇぇぇぇぇ」
『聞こえているみたいだな。じゃあ一言だけ言わせて貰うぞ……バーカ』
「くっそぉぉぉぉぉ! 舐めやがってこの三下がぁぁっぁぁぁぁあぁぁぁぁ!」
狸塚剛健の咆哮が学校全体に響き渡った。




