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カモネギッ!  作者: 袋小路梟
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21/31

⑳

 まるで大型車同士が正面衝突したような轟音と、足に激しい地響きから野木胡桃と狸塚剛健の戦いが始まったと、信介は確信した。


「……すごいですね」


 隣を駆けるポシェットも二人の存在感の大きさにただ声を唸らせた。


「奴等は我々とは次元が違う。一般人は一般人らしく、目の前の事を処理するだけだ」


 信介とポシェット部隊、合わせて六名は、三年三〇組の前にある階段から一気に一階へと駆け下り、一階廊下からヤタガラスの陣営である一年一組教室を目指した。

 一階に降り立った今、ヤタガラスのメンバーの姿は無く、おそらく迎え撃つつもりだろうと推測した。

 しかし相手は北カントー王国建国に裏から暗躍した牛久家の血をひく、牛久鳴動の率いたヤタガラス。

 安易に答えを決め付けてはならない。


「このまま全速力で本部を押さえ込む。だが敵を見つけたら一斉に叩き潰し、身包みを全部剥げ! 何かを仕掛ける前に全て奪えば勝てる!」


 信介の指示に、ポシェット部隊は雄たけびをあげ、さらにスピードをあげた。


「坊主頭っ! そっちの首尾はどうだ! 応答しろっ!」


 玉繭会を下剋上した時にその有用性が証明された無線機をこの戦争でも使用していた。

 悟史が使っていた無線機は、別行動をする坊主頭に渡していた。

 もちろん下剋上の時に使ったとは言わず、坊主頭にはこの戦争のために作ったのだと説明した。


『――こちら坊主頭! 現在北端階段を降下中。敵には遭遇していない』

「了解。そのまま本部に突っ込め、そっちの部隊にはより戦闘力に長ける人材を集めておいたから気にせずに殲滅を行え、ただしお前がサブリーダーだという事も忘れるな!」

『よし来たっ! 俺に任せておけ!』


 坊主頭との連絡を切り、さらにスピードをあげると、目前に黒いシルエットがうっすらと浮かびあがった。


「根岸さん! ヤタガラスです。四……八、一〇……・一二! 全部で一二人です!」

「その中に牛久鳴動はいるか!」

「……いません!」


 目前に迫る黒いシルエットに牛久鳴動がいないということ。そして今狸塚剛健と野木胡桃が戦闘中であること。それを合わせて考えれば、烏山妖虎の護衛には牛久鳴動しか付いていないという事だった。

 ――チャンスだ。

 この寄せ集めメンバーをひきつけて置けば、烏山妖虎攻略には坊主頭だけで間に合う。


「根岸さん! やつらもこっちに向かってきます。このままだとぶつかりますよ」

「ポシェットと私を除く四名はこのままぶつかっていけ! 全力でやつらを叩け!」

「一二人に対して四人でいけと? それはさすがに厳しいのでは?」

「あの十二人はただ寄せ集めであることは調査済みだ。玉繭会の精鋭である私たちのほうが何倍も強い!」


 お互いがスピードを緩めることなく距離をどんどん縮めていった。

 ちょうど月光が窓から差し込んでおり、信介の目にも一二人の顔がはっきり認識する事ができた。

 ポシェットの言うとおり、牛久鳴動の姿は無かった。

 ポシェット部隊の四人が飛び上がり、一二人の群れに飛び込んでいった。一人、二人とヤタガラスのメンバーが勢いよく吹っ飛んでいき、一人は窓ガラスに突き刺さり、一人は天井に頭から衝突し、そのまま地面に落ちていく。


「ひるむな――! あのメガネ野郎を潰せば連携は途切れるぞ」


 優勢ではあったが、さすがにヤタガラスの方が人数が多い。

 ポシェット部隊四人を振り切って、ヤタガラス三名が信介とポシェットに迫った。


「お前はあのメガネを! こっちは二人でポシェットをやる!」

「了解! いくぞこらぁぁぁぁぁ!」


 二名の男はこの状況を想定していたのか、実にスムーズな流れで動き、ニット帽を目深に被った男とバンダナを頭に巻いた男はポシェットの前に、サングラスをかけた男は信介の前に立った。


「ポシェット! 二人だがいけるか!」

「なんとかやってみます!」

「無視してんじゃねぇよ!」


 サングラスが前蹴りを放つと、予知していたかのように手で払いのけた。

 胸元には赤いバラが刺さっている。


「……ふん。寄せ集めの中では一番お前が強いらしいな」

「その減らず口もすぐに塞いでやるよ。あたまでっかちのメガネ君がよ」

「夜にわざわざサングラスをかけて視界を狭める馬鹿に言われたくは無いな。もっと他のキャラ付けがあっただろうが」

「馬鹿にしやがってクソメガネ!」

 サングラスは右腕を大きく上げ、そのまま信介の顔にむかって振り下ろした。

 信介はなんとかその攻撃を交わすが、続けて放たれた左腕を避けることは出来ず、腹部に左ストレートが綺麗に決まった。

 そのまま耐えて次の攻撃を仕掛けても良かったが、ダメージを残しておくのはこの先不都合があると、その左ストレートの勢いを殺さずに、そのまま後ろに飛んで受け流す方を信介は選んだ。

 サングラスは今の一撃でリズムを掴んだのか、そのまま身体を左右にひねりながら、右と左を交互に振って信介に迫った。

 信介は交わすのが精一杯で、バラに手を伸ばすことはできず、徐々に後退していった。


「おいおいどうしたぁ! そんなもんかよお前の実力はよぉ」

「私の売りは筋力や運動神経ではなく、情報収集能力と、それを自在に操る頭脳にある。あいにく肉体労働は苦手でね」


 信介は嘘を吐かなかった。

 単純な殴り合いならば、戦争に参加している三〇人の中では悟史の次に自分が弱いのは分かっていた。

 それは参加者全員のデータを徹底的に照合した結果であり、間違いは無いと信介は確信していた。

 だからこそ冷静に今の状況に対応、分析ができた。

 このあと取るべき行動も全て想定の範囲内。


「そぉかい。ならこのままお前が倒れるまで殴り続けてやるよ」

「なら私は避け続けよう。助けが来るまでな」

「助けぇ? はは悪いが根岸信介。お前に助けは来ないぜ?」

「そんな根拠の無い言葉に私が動揺するとでも?」


 チラッと信介は視線をサングラスの奥を見る。

 ポシェット部隊の四名は先程の勢いを残したまま、暴れていおり、地面には五人のヤタガラスメンバーが倒れていた。

 動けるのは残り七人。このペースなら、二分ほど避け続ければ、ポシェット部隊の四名はこっちに来れるはず。それまでなら体力は持つだろう。


「根拠はあるぜ? 多分お前のデータでもこの結果は導かれると思うがな」


 サングラスはバックステップで信介から距離をとると、代わりに何かが飛んできた。

 避ける事もできず、そのまま抱きかかえるようにぶつかり、そのまま倒れこんだ。

 その物体は重かった。

 約六〇キログラムはあるだろう。

 この場所でそれ程の重量が飛んでくるとしたら、それは間違いなく誰かに吹き飛ばされた人間の身体だろう。

 ――ヤタガラスのうちの一人か? 信介は一瞬そう思ったが、同時に疑問が沸き起こった。

 私は今、サングラスの猛攻から逃れるために、だいぶ後退して、ポシェット部隊の四名からはだいぶ距離があった。

 この距離まで相手を吹き飛ばせるほどの力がある人間があの中にはいない。

 データ上不可能だ。


「お前……ポシェットか!」

「……すいません。バラを、潰されました」


 そう口にした後、ポシェットはガクリと首をもたげ意識を失った。

 胸元を見ると、赤いバラが握りつぶされていた。


「そんな馬鹿な……」


 ポシェットは旧玉繭会でも二番目の実力者。

 例え相手が二人でもここにいる寄せ集めメンバーにこんな短時間で勝てるわけが無い。


「寄せ集めとは失礼ですね。この戦争に向けてきっちり人選した方々なんですから」


 やや高いおっとりした声が耳に届いた。

 その方角を見ると、倒れたバンダナの男を介抱するニット帽を深く被った男が――いや女がいた。

 今回のバラ戦争でヤタガラスの中には二人の女性メンバーが参加していた。

 一人は牛久鳴動。

 そしてもう一人は――。


「やられた……」


 ニット帽を取ると、そこから黒く艶やかな長髪が零れ落ちてきた。

 いや、それ以上に胸に堂々と紫のバラを挿していることが、彼女が誰かを示していた。

 ヤタガラスリーダー、烏山妖虎だ。


「何故ここに……」

「私は北カントー王国第一王女。こそこそと隠れるのは性分ではないのです」


 烏山妖虎は凛と立ち上がり、震えの止まらない信介を見つめていた。


 ……確かに調子は良かった。

 今まで以上に力が出ている実感もあった。

 しかし目の前の現実はあまりにあっけなさ過ぎて、逆に野木胡桃の心をかき乱した。

 野木胡桃は校庭に突っ伏している狸塚剛健を無理矢理に立たせ、空いている左手で殴りつけた。

 まるでゼンマイの切れたブリキ人形のように、二メートルを越える巨躯が吹っ飛んでいく。

 狸塚は受身を取ることもできず地面に落ち、砂埃を上げながら校庭を滑っていった。


「ふざけるのも大概にしろ。本気で来いといったのはお前の方だぞ」

「僕は……本気だよ。一瞬たりとも手を抜いていない」


 狸塚は両腕に力を込め必死に立ち上がり、フラフラになりながら野木胡桃を見る。

 その瞳にはまだ強い光が残っている。とても嘘をついているようには思えない力強さがあった。


「何なんだお前は……なんでそんな目ができるんだ」


 無意識のうちに手が震えていた。こんなはずじゃない。こんなはずではないと心が訴えかけている。


「どうしてここにきて迷っている?」

「……当然だ。私をおちょくっているのか?」

「おちょくってなんていない。これが僕の本気だよ」

「ふざけるなっ!」


 立ち上がった狸塚剛健にハイキックを入れる。しかしこの蹴りは狸塚に弾かれ、逆に右ハイキックで返された。

 一度距離を取り態勢を立て直した野木胡桃は狸塚を見た。


「どうした? 今の攻撃は本気じゃないだろう?」


 狸塚嘲笑するわけでもなく、本当に疑問に思ったように呟いた。


「馬鹿にするなぁぁぁぁぁぁ!」


 野木胡桃は青いオーラを全身から放ち、猛然と狸塚に駆け寄った。

 迎え撃った狸塚は右ストレートを放つが、野木胡桃に避けられ、ガラ空きになった右脇腹に肘打ちを受ける。

 さらに野木胡桃の猛攻は止まらず、一気の勝負をかけ始めた。

 狸塚はなんとか急所を中心に守りを固めるが、意味を成さないほどの強烈な乱打は続く。


「それでいいんだ野木胡桃。お前はそうでなくてはならない」


 狸塚は笑っていた。

 打たれ続けて頭がおかしくなったのかと野木胡桃の脳裏に一瞬よぎったが、そういう笑い方ではない。

 ただ自分の相手が強いという事実を素直に喜んでいる。

 少年マンガに夢を抱く小学生のような純粋な笑顔だった。

 ――なんなんだなんなんだなんなんだなんなんだ! 何がそんなに嬉しい!

 戦局だけをみれば圧倒的に野木胡桃の優位は揺るがない。

 しかし、確実に野木胡桃の心には焦燥の二文字が浮かんでいた。


「強い。なんて強さだ! これでこそ野木胡桃! 僕があこがれた最強の戦士だ」


 乱打で緩んだガードの隙をついて、狸塚の懐に深くに潜り込んだ野木胡桃は、左足をしっかりと踏み込み、身体を右に大きくひねった。

 捻った身体の反動から繰り出された渾身の右フックが、狸塚の脇に突き刺さった。

 狸塚は声を出す事も無く、狸塚は脇腹をおさえながら静かに膝から崩れ落ちた。

 体中から脂汗が流れ、苦悶の表情を浮かんでいた。


「……今のは手ごたえがあった。おそらく肋骨何本かは折れたはずだ」

「……はぁ、はぁ、折れてる。息を吸うだけで……痛くて意識が飛びそう」

「そうか……ならそのまま気を失っておけ」


 野木胡桃は呼吸を整えつつ、冷ややかな視線を敗者に送った。


「どういうつもりかは分からないが、狸塚剛健……お前には失望した。お互い本気で戦っていたらこうも早く決着はつかなかっただろうに……」


 何事も無かったかのように、野木胡桃は狸塚に背を向け、校舎に向かって歩き出した。


「本気だったよ……僕は。なにせこれが最後のチャンスだったのだから」


 最後のチャンス……というフレーズに野木胡桃の足が止まった。


「最後のチャンス……だと?」

「そう、最後のチャンスだ。僕はこの戦いに全てをかけていた。ここで僕が君に勝てば、もう一度戦士として……王女様を守る戦士として……返り咲く事ができたんだ」

「戦士として返り咲く……?」

「僕は……幼い頃から王女様――妖虎様を守る戦士として育てられてきた。しかしある時、その役目をアイツに奪われた。僕の存在理由を全てを奪われたんだ」


 何を言っているのだこの男は?


「だから僕は本気で君に挑んだ。イバラキでは今や生ける伝説として名高い野木胡桃を倒せば、僕はもう一度、妖虎様の戦士になる事ができる」


 嫌な想像が脳裏に浮かんだ。

 もしかしたらこの男は――。


「でも駄目だった。本気の君には勝てなかった。だから僕の戦士として生きる道はここで終わりだ……今日からから僕は、『烏の脳みそ』として生き、妖虎様の為に一生を捧げよう」

「お前……もしかして」

「今更気付いても遅い。僕は狸塚剛健ではない。僕は――」


 最後のフレーズを聞く前に、野木胡桃は全力で校舎へと駆け出した。

 ――完全に出し抜かれた。

 根岸信介が私で狸塚剛健の足止めをさせようとしていた事を利用して、足止めされた。

 『狸塚剛健』という名を使って。


 「間に合ってくれ! 私達はここで負けるわけにはいかないんだぁぁぁ!」

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