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「何故間違えたのに、鴨志田は会長なれたのだ?」
野木胡桃は黙って悟史の話聞いていたのたが、さすがにここには口を割ってきた。
「最後の問題は全員不正解だったんだ。だからその前まで一番点数の高かった俺が新会長に選ばれたわけでね」
「おかしな話だ。他の連中は鴨志田が玉田先生の彼氏であると信じ込んでいたのだろう? なのに何故全員、彼氏はいないと答えたんだ」
「多分、俺が彼氏だって心のどこかで認めたくなかったんじゃないのかな? 彼らは本当に繭美ちゃんの事が好きみたいだからさ」
「ふむ……男心というものはよくわからんな」
野木胡桃は手を前に組み、悩むような仕草をみせた。
「……ところで、その後どうなったんだ?」
「その後は、結局俺が彼氏じゃない事がバレて危うくフルボッコにされかけたんだけど、信介がそこを逆手にとって、俺のことを『彼氏じゃないのに彼氏と言い張っていた憐れな男』という風に印象操作してくれてね。うまく同情を買って、その場をやりすごせたよ」
「そういう抜け目のない所があの男らしいな」
「だね……でも、実はあの時信介は相当テンパってたよ」
「テンパっていた?」
「うん……・もうメガネをクイクイクイクイ中指で押し上げててさ、全身に鳥肌立たせてた。足もぶるぶる震えてたよ。きっと自分の情報が間違ってるなんて考えてもみなかったんじゃないかな?」
今思い出しても笑いを堪えるのが難しい。
普段とは一八〇度違う信介の姿が未だに脳内に残っている。
「くく……いい様だな。私もその場で根岸がうろたえる姿を見てみたかったな」
「ほんとに残念だったね。あれは傑作だったよ。……でさ、信介はよっぽど悔しかったみたいでね。落ち着いたら繭美ちゃんの彼氏の正体を探るため、いろいろと探りをいれるみたいだよ」
「ということは、繭美ちゃんの彼氏というのはまだ誰なのか特定できていないんだな」
「うん。でも俺の予想だと、多分繭美ちゃんには彼氏いないと思うんだよね。見た目はどうあれ繭美ちゃんは年齢的には結婚適齢期だし、彼氏がいないなんて恥ずかしくて言えなかったんじゃないのかなと思う。だって信介や、玉繭会の連中の明らかなプライバシーの侵害をくぐりぬけて、彼氏に会うなんて不可能でしょ」
パンツの色や穿く周期まで完璧に熟知している奴らに目をつけられて、彼氏の存在が浮かび上がらなかったなんてまずありえない話だ。
「鴨志田の言うとおりだな……なのに、根岸は調べてる気なのか?」
「彼氏がいないという決定的な証拠がない限りは続けるんじゃないかな。かなりの負けず嫌いだからね」
隣で小さく頷いた野木胡桃を見て、悟史は追い風が吹いてきているのを感じていた。
玉繭会と野木胡桃を味方につけた今、信介の考える『北カントー学園統一計画』の準備はほぼ整った。
あとは学園統一最大の障害である北カントー王国王女、烏山陽虎率いるヤタガラスを倒すのみである。
「勝たないね……野木さん」
そっと呟いた悟史に野木胡桃は息を飲んだ。
今まではどこと無く頼りないオーラをまとっていたのに、それがまるで感じられなかったからである。
鴨志田悟史は本気で勝つ気でいる。
それは野木胡桃が狸塚剛健に勝つことを疑っていない何よりの証拠だった。
「あぁ、絶対に勝つ。勝たなきゃ全てが台無しだからな」
「うん、絶対に勝たなきゃいけない……けど、いざ勝負となったら、はっきり言って俺は戦力外だから何にも出来ないかもしれない。でもさ、そんな俺でも信介や野木さんのように選んでくれた人はいるんだ。だからこそ、自分に付いて来てくれる皆を信じて、リーダーとして堂々と胸を張っていようと思う」
これが今の俺に出来る事。
いや、何一つ出来ていないけどやらなきゃいけない事だと悟史は信じてる。
「安心しろ。誰が相手だろうと鴨志田には指一本触れさせないから」
野木胡桃は軽く聡の肩を叩いて一歩前を歩き出した。
クマの着ぐるみを身にまとったその背中は、以前よりも大きく感じられた。
それから一週間後、時刻は昼休み。
玉繭会会長室には、新会長である鴨志田悟史と、以前カモネギCREW入会を信介の手によって阻まれた那須一与がいた。
「これで正式に玉繭会に入会だけど……本当にいいの」
提出された書類に印鑑を押しながら答えると、自己主張の強いおでこを出しながら那須さんは首を縦に振った。
「いいんです! 本当は鴨志田君が作ったチームに初期メンバーとして参加したかったのですが、今となってはもう叶わない事です。ならいっそ、玉繭会に入って下剋上をした方がより現実的だと判断したんです」
あれ? 俺今舐められた? 那須にとっては、悟史は明らかに下剋上の対象のに映っているらしい。
「会長が鴨志田悟史とかいう珍獣に好かれるだけのヘタレ男子なら、余裕で下剋上できまっせ~」と遠まわしに言っているようにしか聞こえなかった。
「でも今すぐ下剋上する気はないので安心してください。繭美ちゃんの事を勉強して自信が付いたら挑みますから」
あ、もうストレートに下剋上って言った。
なんか前にあった時より失礼度が増してる。
「あぁ、じゃあこれからよろしくお願いします」
それでも那須のような(前髪以外)普通の学生が味方になってくれるのは悟史にとってありがたかった。
彼女以外は全員珍獣に属する側の人間だから、ごく普通な存在は心の拠り所になる。
それに弓道もかじってるから、自分よりは戦力になるだろう。
ポケットにしまってあった携帯電話のバイブがなり、悟史は手にとって液晶画面を見る。『変態鬼畜メガネ』からの着信だった。
『悟史……ヤタガラスに所属している一年生メンバーが、第一学年の過半数を上回った。二、三学年も合わせると六〇〇人ほどの規模になった』
「……とうとうこの時がきたんだな」
『いよいよヤタガラスに戦争を申し込める。提出書類は用意しておくから、野木胡桃に連絡しておいてくれ』
「了解……じゃあまたあとで」
電話を切ってポケットに携帯電話をしまう。
「今の電話、根岸さんからですか?」
「うん。話の腰折っちゃってごめんね那須さん」
「それはいいんですけど。この時がきたっていうのは何なんですか。盗み聞きした身分でいうのもなんなんですけど」
説明していいものかと迷ったが、正式に入会したのだから説明するのが誠意だと考え悟史は口を開いた。
「まぁ、入ってもらっていきなりにはなるけど、これから玉繭会はヤタガラスに群雄割拠システムに乗っ取り、正式に戦争を仕掛けるんだ」
「ヤタガラスって……確か王女様が作ったチームですよね? そこに玉繭会が戦争を? ド変態ロリコン集団である玉繭会が?」
「ド変態ロリコン集団て……。仮にも自分が入ったチームだよ……」
「正式に申し込むってことは、本気で勝つつもりなんですよね。あの王女様のチームに……」
「そうだよ。冗談だと思ってるかもしれないけど、勝算はあるんだよ」
勝算といかなるものかを説明し始めると、最初のうちは冗談ぽく笑いを堪えていた那須だが、次第に表情は真剣になって、淡々と語る悟史をじっと見つめながら、耳を傾けていた。
「――とまぁこんなところかな。本当はもっと細かいデータもあるんだけど、そこは俺も実際によく分からないところもあってさ。より詳しく聞きたいのなら信介に聞いたほうがいいかもしれないが、一概にも無謀な勝負ではないのは分かってもらえたと思う。これはあくまで勝算はあるというだけであって、確実に勝てる保障はない。実際に負けた場合は、那須さんもヤタガラスの傘下に下る事になる。入ってもらったばかりだけど、今なら入会取り消しもできるよ」
その言葉は悟史なりの優しさだった。
那須は悟史とは異なり上を目指す気持ちがある以上、自分らの都合でその道を断つのは気が進まなかった。
自分のように流されるままにチームに入るのではなく、那須には自分でチームを作って欲しいという気持ちが悟史にはあった。
「……鴨志田さん。ひとつお願いがあります。今の話だとヤタガラスの戦争には、鴨志田さんや根岸さんの他にも数人参加することになりますよね?」
「うん。そうなるね」
「その中に……私を入れてもらえませんか?」
那須は静かに床に腰を落とし、いつでも土下座に入れる態勢を整えていた。
さすがに二度目なのでそれはさせまいと、悟史はすぐに那須の腕を掴んでそれを阻止した。
「ヤタガラスとの戦争には、信介が玉繭会の中から精鋭を集めているから……難しいかもしれない」
「でも最終的な決定権は会長である鴨志田くんにあるんじゃないですか?」
「そりゃ、そうだけどさ……」
那須の言うとおり、玉繭会の会長である悟史は、玉繭会全員分の権限を有しているし、その権力が及ぶ範囲では悟史がプリンといえば、プッチンプリンがプルプルしながら目の前に現れるのだ。
しかし、信介はそんなプリンを悪びれも無く食べてしまう男だ。
「お願い鴨志田君! 私はなにも、根岸くんみたいに頭も良くないし、四個の異名を持つ野木さんのように強くもないですが、それでも私はここに賭けてるんです! 一度でいいからチャンスを下さい!」
那須は真っ直ぐに俺を見つめ――いや、睨みつけていた。
「お前ここは空気読めよ。ここまで下手に出てるんだからOKする流れでしょ?」と語りかけてくるようだ。
「わ……わかったよ那須さん。なんとか那須さんを参加メンバーにねじ込んでみせるよ」
「ほんとにっ! よしきたよしきた!」
ぱぁっと那須の表情が明るくなり、ついでに切りすぎた前髪からのぞくおでこが無駄に輝きだした。
「でも、今回の戦争の指揮官は信介だから、ちゃんとその指揮には従って動いてます」
「分かってます分かってます! ようは活躍して根岸くんにいいところを見ればいいんですよねっ!」
多分分かってないな、悟史は瞬時にそう判断したが、一度承諾してしまったものを取り消す事はできなかった。
那須と別れた後、悟史は野木胡桃に連絡をいれ、信介との待ち合わせの場所に呼び出した。
一年一組、北カントー王国王女にして、ヤタガラスのリーダー烏山妖虎のクラスである。
「信介……準備は大丈夫?」
「心配無用。全てが順調だ」とメガネを触る信介。強がっているようには見えず、自信がある時の触り方だ。
「……いいから入るぞ。どうやら相手も我々がここに来る事も分かっているみたいだ」
悟史は一度深呼吸して、教室のドアを開けた。中には野木胡桃の言うとおり、待ち構えていたようにヤタガラス主要メンバー三名が夕日が注ぐ窓をバックに並んで立っていた。
「……鴨志田さん。こんな結果になるなんて実に残念です。あなたとは戦いたくなかった」
烏山妖虎は本当に残念そうに伏目がちに口を開いた。
「俺も戦いたくはなかったですよ。平穏な学園生活を望んでいたのに、入学一ヶ月にして戦争を吹っかけるなんて、しかもその相手が妖虎様のチームだなんて」
対象的に悟史は、何もかもを受け止めたように力強い瞳で、腹から声を出していた。
その目を見た烏山妖虎は全てを悟った。
彼の心は決まっていると。あとはお互い口を開くことは無く、代わりに信介と牛久が前に出る。
信介は手に持っていた分厚い紙の束を牛久に渡した。
「これが宣戦布告状だ。我々が選んだ戦争の形式と、そのルールを記したものだ。よく読んで本番まで対策を練ってくれ。本気のヤタガラスを倒さなければ意味が無いからな……」
「ふふっ……何が『本気のヤタガラス』だよ。私たちが玉繭会の人数を越える前に宣戦布告してきたくせに、今更取り繕っても言い訳にしか聞こえないよ。チーム同士の戦争の場合、メンバー数が多い方が戦争の形式を自由に決められるんだから、自分達に有利になるようにしてるんだろ? 卑怯な男だよ」
「語るまでも無く我々の有利になるように決めた。だがそれを卑怯だと罵るのはあまりに痛々しい。私達より先にヤタガラスが玉繭会を取り込めば良かっただけの話だろう? それが出来なかった時点で一歩出遅れている事を自覚したらどうだ」
「いちいち癇に障るね君は……ま、玉繭会の件に関しては負けを認めるよ。それに、野木胡桃を丸め込んだ手腕もたいしたものだよ」
目を細め少し笑みを浮かべながら牛久は野木胡桃を見る。
「まぁ逆にありがたかったけど。ここで君たちを倒せば胡桃ちゃんを引き入れることが出来るんだからね」
明らかな敵意を向けられてるが、野木胡桃は一切それを気にかけることはなく、ただ一点――狸塚剛健を見ていた。
狸塚もまたそれに応えるようにその視線を迎え撃つ。
二人の間を包んでいた空気は、牛久と信介が醸し出していたものとは明らかに異質だった。
ただお互いが相手の力を認め合い、真の強敵と認識したからこその空気感。
善も悪も関係なく、ただどちらがより強いのかを知るためだけに、両者は相手を凝視し続けている。
牛久鳴動は驚いていた。
数日前まではふわふわとした精神状態で、あと少しで仲間に引き入れられたはずなのに、その精神的な弱さを今の野木胡桃からは見られなかった。
「これで分かっただろう? 宣戦布告状の中身を理解して、全力でこなければ負けるのは確実にお前らだ」
「はいはい分かったよ。とりあえず今の段階ではヤタガラスの方が弱い立場だからね。玉繭会からの宣戦布告……受けて立ちましょう」
どこからともなく牛久は印鑑を取り出し、受け取った宣戦布告状に力強く判を押した。
これにより、メンバー数八〇〇強の玉繭会と第一学年の過半数をメンバーに有するヤタガラスの戦争が正式に受理された。
後に『鴨烏大戦』と呼ばれ、北カントー学園の歴史に名を残す事になる大戦の幕が切って落とされたのだった。




