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玉繭会全員の承認を得た悟史と信介と、ほぼ背景になりつつあるスー(さらにおまけでケルとベロの二匹)は、会長室でのんびりと過ごしていた。
下剋上を行うに際し、準備が必要とのことで、勝手の知らない新人はただ待つしかなかった。
何もする事がないので、俺は部屋にあるダイニングソファに座りながら、無駄にはしゃいでいるスーと子犬たちを眺めていた。
一方、信介は部屋中をくまなく調べた後、俺の隣に腰掛ける。
「盗聴機の類はないようだな。……とりあえずお疲れ様と言っておこう」
「あぁ……本当に疲れたよ。今思うと俺もよく騙せたよ」
「悟史にしてはよくやったほうだ。だが、ここで気を抜かれては困る。ここからが本番なのだからな」
まだ下剋上の承認を受けただけで、現状では玉繭会の新人会員の一人だ。
ここからの転がり方次第では、入会以前よりも状況が悪化するかもしれない。
そもそも、下剋上というシステムを悟史は理解していなかった。
先程の会話の流れから考察すれば、下剋上をしてリーダーに勝てば、そのチームリーダーの座を射止めることが出来るというのはなんとなく理解できるが、そもそもどうやってその勝敗を決めるのかがさっぱりだ。
「その顔は、質問したい事があるみたいだな」
「えっ……なんで分かったの?」
「これまでの経験上、悟史は疑問がある時、まず初めにに考え込む癖がある。ある程度質問の内容はわかるがな。下剋上戦の内容とこれからの行動についてだろう?」
ご明察。流石は信介である。
「群雄割拠システムは、その性質上、チームリーダーにのみ大きな権限が与えられる。故に、リーダーがチームを私物化する危険性があるのは想像できるだろう。だからこそそれを防ぐために、チームは必ず下剋上というリーダー代替制度を決めなければならない。下剋上が出来る条件は、リーダー候補の下剋上申請に対する過半数の承認が必要だが、下剋上の内容はチーム発足時に発足メンバー五名の話し合いで、決めることが出来る」
「下剋上はチーム発足と同時にルールを作らないといけないけど、その内容は自由でいいよってことだろ?」
つまり今重要なのは、『玉繭会の下剋上はどういうものなのか?』ということ。
殴り合いとかだったらはっきり言って分が悪い。
悟史と信介も戦闘向きではないし、唯一戦力になりそうなスーでも、全会員八〇〇強の玉繭会に立ち向かえるほどのスペックは無い。
一〇〇パーセント袋叩きに遭う。
「玉繭会の下剋上は、悟史が考えるような野蛮なものじゃない。繭美ちゃんを愛してやまないキモオタ共が自分の知識やコレクションをひけらかすような気持ち悪いものだ。下剋上の対戦方式は、ずばり……クイズだ」
……下剋上がクイズ? 予想の斜め上どころか、次元のかなたまで突き抜けた答えに、感情を何処に持っていけばいいのか分からなかった。
喜んだ方がいいのか、はたまた悲しんだ方がいいのか?
「内容は単純明快。全校生徒からランダムに繭美ちゃんに関する一〇〇の質問を集め、別室に控える繭美ちゃんに全て回答してもらう。我々がすることは、繭美ちゃんの答えを予想し、先にスケッチブックに記入する。最終的に一番正答数が多い者が会長になり、次点が副会長だ」
なんというか、こんなんでいいの? こんなゆるい感じで決めちゃっていいのか。と悟史は疑問を感じた。
殴り合いよりはましなのでよかったのだが、いささか理解に苦しむ内容だ。
「言いたい事はあるだろうが、そこは気にするな。会長になる人物は、誰よりも繭美ちゃんの事を理解していないといけないというチームとしての言い分を下剋上に当てはめると、こういう形になるんだ」
そういう風に納得するしかなかったが、よくよく考えてみると、この下剋上は圧倒的に不利だと悟史は気が付いた。
なんせ繭美ちゃんについて、自分の担任である事ぐらいしか知識がない。
どういった質問にどう答えるかなど判断する術がまるでないのだ。
対する玉繭会は繭美ちゃんを愛してやまないキモオタ集団。この中で正答数トップに輝くのあまりに壁が高い。
「馬鹿か悟史は。私が何のために金と時間を割いて、その超小型無線機を作ったと思っている? 問題毎に繭美ちゃんが答えるであろう回答を私が教えるから、悟史はその通りに書けばいいだけだ。その無線機のスペックの高さは身をもって理解しただろう?」
その点については黙って頷くしかなかった。
音声は申し分なく鮮明で、ノイズ音もなく一言一句はっきりと届いてくる。
なにより今の今まで耳につけていても、玉繭会の誰からも気付かれないほどの自然な作り。はっきり言って高校生が一人で作れるレベルではない。
「本当に凄いな。それしか言葉がでない」
「普段から、用途や目的に合わせて盗聴器や小型カメラを自作しているからな。気が付けば超高校生級の技術が身についていたわけだ」
前言撤回――本当に恐ろしい。
とりあえず寮に帰ったら、まず個室の隅々のチェックが必要だ。
ガチャッと扉が開く音がすると、ポシェットが顔を覗かせてきた。
「準備が終わったよ。これから全会員一斉繭美ちゃんクイズを始めるから、体育館まできてくれ」
「分かりました。すぐに行きますので先に行っててください」
了解、と一言残すとポシェットは静かに廊下を歩いていった。
「もういくぞ悟史。心の準備はいいか?」
「うん……まぁ大丈夫だけど、あんまり乗り気じゃない自分がいるのも事実」
クイズという下剋上の対戦方式と信介の作った高性能無線機。
この二点から結びつく玉繭会乗っ取り作戦の攻略法は詰まるところ――カンニングである。
悟史は、自分たち以外の全員は本当に繭美ちゃんを慕い、真剣になって取り組むだろうに、そんな彼らをあざ笑うかのように卑怯な方法で会長の座を奪うということに、心苦しさを感じていた。
そもそも下剋上を認めさせるために、繭美ちゃんの彼氏だと嘘をついている時点で、もはや弁解の余地もないが、それでもまだちっぽけな良心が、ズキズキと痛んでいる。
「悟史の気持ちなどカモネギCREWを作ると決めた日から一切考慮していない。いいから黙って従え」
この先スーと犬二匹は邪魔にしかならないので、下剋上には参加させず先に寮に帰るように指示し、その後体育館に向かった。
体育館に入るとすぐに、巨大なモニターに映る繭美ちゃんの姿が目に入った。
モニター越しに見る繭美ちゃんはこれから何が起こるのかさっぱり理解していないようで、キョロキョロとあたりを見回していた。
棚に入った薬品や、視力検査のボードがあるので、どうやら保健室にいるらしい。
「鴨志田悟史さんと根岸信介さんですね」
受付らしき会員が、俺らの顔をじっと見つめた後、スケッチブックとマジックを手渡してきた。
「一〇〇枚綴りのスケッチブックです。一問ごとに記入して、最後に採点するので、表紙にちゃんと名前を書いておいて下さい。不正はしないと信じてはいますが、採点方法上の問題で、一度スケッチブックに書いたら訂正は出来ません。もし訂正の跡があれば、後に書いた答えが正解でも得点にはならないので注意してください」
分かりましたと涼やかに受け取ったものの、心臓の鼓動は嵐のように激しく動いていた。
不正はしないと信じていますがという言葉を、純粋に繭美ちゃんを思っている真面目な一会員に言われると、余計に心が痛んだ。
でもここまできたら引き下がれないのは事実で、最後まで突っ走るしか残されたルートはなかった。
「さてと、俺らは何処に座ればいいんだろうか」
玉繭会の全会員が参加すると言う事もあって、体育館の隅々までパイプイスがぎっちりと並んでいた。
すでに半数近くは埋まっていて、異様な熱気に包まれている。
「自由に座っていいようだな。ならモニターが見やすく、かつスピーカーの音が拾いやすい場所がいい。繭美ちゃんがどう答えるかは、本人の気分次第で変わることもありうる。表情や声がしっかり分かるところなら微妙な変化にも気付けるだろう」
信介はそのまま無言で歩き始め、悟史もその後に黙って付いて行った。
モニターの映りもよく音も拾いやすそうな場所を見つけると、そこには既に坊主頭がいた。
「やはりここを選んだか鴨志田。どうやら本気で勝ちにくるつもりだな」
軽く会釈をし、坊主頭の座っているイスから一脚開けたパイプイスに腰をかけた。
しかし信介はそのまま通り過ぎ別の場所を探し始めた。
『会長が横にいると、指示を出し辛い。私は別の場所を探してそこから指示を出すから、それに従って答えを書け、だが、単純な知識だけを争う質問以外は、私の答えが一〇〇パーセント正しいとは一概には言えない。時には答えにくい質問もあるだろうから、そこは本人の気持ちを考えつつ、書くんだぞ』
会長が傍にいるので声には出さず、大きく背伸びをしたついでに人差し指を突き立てた。
「五分もしたら全員集まる。揃い次第下剋上のスタートだ」
五分後。全会員が体育館に集合し、『第一回玉繭会員一斉繭美ちゃんクイズ』が始まった。
「えー皆さんこんにちは。私は北カントー学園運営委員会、広報担当『仕切り屋シュガーソルト』こと、佐藤トシオと申します。今回の下剋上は私の進行でやらせていただきます。どうぞよろしくお願いします!」
パチパチパチと大きな拍手があがる。
「じゃあまず繭美ちゃんクイズのルールを簡単にご説明します。繭美ちゃん本人に質問する前に、まずどういう質問をするのかがモニターに現れます。そこから三〇秒、解答時間が与えられ、その間に答えを書き正解すればそれが得点になる仕組みでございます。受付でも説明があったと思いますが、訂正した後の解答は無効です。そして解答時間終了後に記入した場合は、カンニングと見なされその場で失格となります。皆さんのことを信じてはいますが、念のために運営委員会から監視の者がいますから絶対に不正を働く事がないように。いいですか皆さんっ!」
いいでぇす! と熱気に満ちた歓声が次々と上がった。
悟史一人を除いては。
「それでは第一問! 繭美ちゃんに対する質問はこれだ!」
黒い背景の中に白い文字が徐々に浮かび上がってきた。
【繭美ちゃんの今日穿いているパンツの色は?】
体育館が大きく震えた。
ざわめく声が波打つように広がっていく。
「いきなりキター! 初っ端からセクハララインを余裕で乗り越えてきたぞ野郎共ぉぉぉ!」
佐藤トシオが興奮を包み隠さずシャウトした。
繭美ちゃんに対する質問は玉繭会以外の生徒から集めた質問をランダムに選出するため、どういう質問がでるかは誰も判断できない。
しかしここにいる誰もが、「その質問はもっと暖まったところで引くべきだ!」と、心の中で突っ込みをいれただろう。
それよりこんな質問だ、誰も分かるわけない。
『今日のパンツは白にいちご柄のパンツだ』
いた――! 分かる奴いたー! もう情報収集の域をとっくに越えてるぞ――!
『名誉のために言っておくが、私は一度も繭美ちゃんのスカートの中を覗いた事はない。ただ繭美ちゃんの部屋にある衣装タンスには、白と黄色と水色といちご柄の配色のパンツしかないのは調査済みだ。あとは繭美ちゃんがどのパンツを穿くかの周期を考えれば、自ずとこの答えは出てくる。間違いなく今日のパンツはいちご柄だ。いちご一〇〇%だ』
もう手遅れだ――! 全国の警察官の皆様――! ここに性犯罪者がいますよ――!
『先に言っておくが、私のことを誰かにマスコミ等にリークしようものなら、ただじゃすまないからな。私は繭美ちゃん以上に、悟史の事について徹底的に……情報収集したのだからな』
その言い回しに威圧感を感じた悟史だが、よくよく考えれば自分に関する情報収集(プライバシーの侵害)が完遂しているのは分かりきっていたことだった。
ならここは、一つでも多く正解をとっておくのが得策だと悟史は思考を切り替える。
パンツの色なんて他の会員は分からないだろうし、こういったところで点を取らないと勝てないはずだ。
いろいろな事を黙殺して、いちごパンツと書くのが定石だが――。
待てよ……よく考えろ鴨志田悟史。お前は珍獣使いではあるが、自分自身は珍獣ではなく一般ピーポーだ。
繭美ちゃんだって年齢の割には異常なほど若く見えて可愛らしいが、中身は教育熱心な真面目な先生だ。
そんな先生がパンツの色を答えるか? いや答えない。『普通』は答えない!
【答えない。そしてインタビュアーにお説教】
悟史はスケッチブックに答えを書いた後モニターを見ると、繭美ちゃんのいる保健室の映像に切り替わった。
「第一問。玉田先生が今日穿いているパンツは何色ですか?」
インタビュアーが問いかけたと同時に、繭美ちゃんはいきなり泣きそうになっていた。
「な……なんでしょんなこと聞くんでしゅか?」
「なんでと言われましても、そういう質問が選ばれたので……」
「パンツの色を聞くなんて質問としてどうかしていましゅ! そんな当たり前のことも分からないんでしゅかっ!」
「いや、そうかもしれませんが、質問は質問ですので答えていただかないと」
「しょんなの答えられましぇん! いいでしゅか? あなたはしぇいとであって、しぇんしぇいにしょんな事を聞くなんて」
バチッっと画面が暗転し、そこで映像が途切れた。
「正解は――質問には答えない、そして流れでお説教タイム突入でしたぁぁ!」
答えないってありかよぉぉ! 裏を読みすぎたぁ! とか様々な声が上がる中、時折、
「今日はいちごパンツの日なんだぁぁぁ! 絶対そうだから俺を正解にしてくれぇぇ!」という声が一番多く聞こえる。こいつら……本気で怖い。本気と書いてマジで怖い。
第一二問【デートに行くならどこに行きたい?】
「遊園地がいいでしゅね」繭美ちゃんらしい可愛い答えだ。
第三六問【貧乏でパンすら食べられません。パンツすら穿けません】
「奨学金もありましゅから、しぇめてパンツは穿いてくだしゃい」うん。パンツは穿いてくれ。
第四八問【バナナはおやつに入りますか?】
「自分がおやつだと思えばおやつでしゅし、お弁当だと思えばお弁当でしゅ。しょれは自分の心に耳を傾けて答えを導いてくだしゃい」
第六二問【カレー味のウンコとウンコ味のカレー、食べるならどっち?】
「どっちも食べましぇん!」
第七九問。【一、二、三――】
「だぁぁぁぁぁ! で、いいんでしゅか?」
第九五問【ねぇどうして、すごくすごく好きなこと、ただ伝えたいだけなのに涙が出ちゃうの?】
「……わかりましぇん」
そして……いよいよ第一〇〇問。
「次が最後だぁぁぁぁ。正答数は今のところ、新人鴨志田悟史が単独トップだが、最終問題に正解すると、一億点入るから気合入れてけよお前らぁぁぁぁぁ!」
佐藤トシオがさらっととんでもない事を言い放った。
一億点ってなんだよ! 今までの苦労が全部水の泡じゃねーか! 思わず大声で突っ込みたくなる衝動を抑え、悟史は例の如く心の中で思い切り突っ込んだ。
ここで叫んで無線機を使っていた事がバレては、それこそ水の泡だ。
「……くそ、ここまで来たら意地でも正解してやる」
モニターに、最後の質問が映った。
【今、彼氏はいますか?】
ここにきてなんでこんな普通の質問が来るんだよ、といってやりたいところだが、それ以上にこの質問だけは来ないでくれと思っていた質問がとうとう現れた。
この質問に関しては、悟史は繭美ちゃんの答えを分かっていた。
「彼氏はいないでしゅ」と照れつつ答える様が悟史の脳内に容易に浮かんできた。
だがしかし、ここでいないと答えていいものだろうか!? 悟史は悩んだ。既に玉繭会の連中に「自分こそが彼氏」と堂々と宣言してしまっているのだ。
『ここは私が言うまでもなく、分かっているよな。ここで正解すれば悟史の一位抜け、下剋上を無事成し遂げ玉繭会の会長だ』
それは分かっている。ここで俺が【彼氏はいない】と書くだけで俺と信介の勝利だ。
だが、その後の展開が恐ろしくてペンが進まなかった。
ここは玉繭会の総本山。ここで選択を間違えれば珍獣に好かれる以外はごく普通の悟史が危険な目に遭うのは明白。
八〇〇強もの性欲を持て余す男子学生の恨みや妬み、その他ネガティブな感情から生み出される負の力によって原形をとどめないほどボッコボコにされるだろう。
『どうせ悟史の事だから、あれこれ考えて負の思考の螺旋階段を全速力で駆け下がっていると思うが、ここは黙って【彼氏はいない】と書け。正解さえすれば理由はどうあれ悟史は会長になれるんだからな』
でもそうすると嘘ついてることがバレてしまうのでは? 声にはだせないが、目線で信介にメッセージを送った。
『その点についてはいくらでも私がカバーできる。それよりもここで【彼氏はいる】と書いて不正解になってしまう方が恐ろしい。それこそストレートに、自分は繭美ちゃんの彼氏ではないと宣言してるようなものだ。どう答えても嘘がバレる可能性があるのなら、少なくとも正解しておいたほうが得だと思うが……』
信介の言うとおりだった。ここであれこれ考えて、みすみす正解を棒に振る必要なんてない。
ここで正解すれそれで勝ちなんだ。
むしろ最後にこの質問がでた事がラッキーだったと思えばいい。
【彼氏はいないでしゅ。と答える】
スケッチブックにそう記入すると、辺りがどよめいた。
鴨志田悟史こそが彼氏だと思い込んでいる玉繭会の会員は、当の本人がそれを否定している姿を想像できなかったからであろう。
しかしそれは想定の範囲内。
モニターに繭美ちゃんの姿が映った。
質問攻めにあったためか、若干顔に疲労が見えた。
「玉田先生。いよいよ第一〇〇問。最後の質問です」
「ふぃ~。やっとしゃい後でしゅかぁ」
「では第一〇〇問。今、彼氏はいますか?」
インタビュアーは彼氏の部分にアクセントをつけると、マイクをすっと繭美ちゃんの口元に近づけた。
「か……彼氏でしゅか?」
一瞬戸惑った表情を見せた繭美ちゃん。
「彼氏……は、その」
ゴクリと唾を飲む音がそこかしこから聞こえる。
モニターを見つめる誰もが繭美ちゃんの答えを待っている。
答えはNOだと分かっている悟史でも、周りの空気に感化され緊張が全身を駆け巡っている。
「彼氏は…………いましゅ」




