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カモネギッ!  作者: 袋小路梟
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17/31

⑯

「下剋上だぁ? 笑わせんじゃねーぞこの馬鹿が! この前まで中坊だった野郎が、何言ってやがる? 下剋上の意味をちゃんと理解して言ってんのか?」


 もちろん悟史は理解していなかった。

 ただ無線機から届いてくる音声をそのまま口にしただけである。

 だが、それをそのまま伝えることはできないので、信介の音声ガイダンスに従って口を動かしている。


「下剋上とは日本史上では身分的に下位の者が上位の者を倒して成り上がるって言う事です。この学園に置き換えると、一会員が現リーダーに取って代わって代表の座に座ると言う事……これで間違いはないですよね?」

「……わかってて言ってるなら、なおさら馬鹿だな。下剋上するにはただ会員になればできるってもんじゃねぇんだぞ? 全会員数の過半数がお前の下剋上を承認しなければ出来ないってことも分かってるんだよな?」


 ですから分かってないんですよ。

 多分今の俺はあなた以上に混乱してますよ。と、また心の中でツッコんだ。


「お前らも含めて会員数八七一人の玉繭会の過半数、つまり四三六人の承認を受けなければ成立しないんだよ。今さっき入ったばかりの新人が寝言ほざいてるんじゃねーぞ」


 もうおっしゃるとおりだと思います。

 でもね、隣の変態鬼畜メガネが命令するんだもの。

 悟史はそろそろ限界だった。

 こういう目にあうのが嫌だからこそ、チームに入らずこっそりと学園生活を過ごしたいと考えていた彼にとっては、この状況はまさに地獄でしかない。

 だが坊主頭をここまで怒らせるのも、信介の描いたシナリオどおりだった。


『ヘタレにしてはよくやった方だな』


 信介は重い腰をやっとあげ、怒れる坊主頭の前に立った。


「……ここからは私、根岸信介が話しましょう。これから会長になるであろう鴨志田悟史は、あなたのような野蛮な男と話すのも嫌なようですからね」


 信介は堪忍袋の緒が切れるどころか、細切れになっているくらい憤慨している坊主頭の顔を見つめ返す。


「なんだメガネ? てめぇは引っ込んでろよ。関係ねーだろうが」

「大アリです。悟史が会長になれば、必然的に私が副会長になるのですから」

「っだとぉ!」

「おっと、暴力はいけませんよ。この玉繭会の下剋上は、暴力ではなく繭美ちゃんへの愛情の深さを測るものでしょう? 正式に下剋上を申し込んだ悟史や私に暴力を奮うのは、ルール違反です」

「正式にだと、笑わせんな。正式に申請できるには過半数の承認が必要なんだよ! それが出来てない以上ルールなんて関係あるか」

「それも一理ありますね。ならこれから過半数の承認を貰ってきましょう」


 信介はそう言うと、一歩前に足を進める。

 さらに一歩もう一歩とどんどん坊主頭との距離を詰め、坊主頭――ではなく、その隣にいたポシェットの前に立った。


「あなたは承認してくれますよね。ポシェットがお似合いの現副会長さん」

「何言ってんのこのメガネは? 律儀なうちの副会長がこんなお遊戯に付き合うとでも思ってるのか?」

「あなたには聞いてません。少し黙ってていただけますか?」


 信介が首を横に振り睨みを効かせつつ坊主頭を冷たくあしらうと、再びポシェットの顔を見る。


「どうですか。あなたの返事が聞きたいのです」


 ポシェットは押し黙ったまま何も喋らなかったが徐々に表情が曇っていき、最後は諦めたように頭をかいた。


「わかりました。鴨志田悟史の下剋上を承認しましょう」

「「――はああああああああああああ?」」


 奇声を上げたのは悟史と坊主頭だ。

 信介が脅しをかけているような仕草は確認できなかったのに、なぜポシェットは首を縦に振ったのかが全く理解できていなかった。


「なにふざけたこと言ってんだよ! お前と俺で守ってきた玉繭会を、こんな新参者に売り渡すつもりかよ!」


 ポシェットの胸倉を掴み、坊主頭は今にも殴りかかりそうなテンションで迫っている。


「売り渡すつもりなどない。玉繭会のこれからを考える上で下剋上を受けるのがベストだと判断したまでです」

「下剋上を受けるのがベストだと! 一体何処からそんな考えが浮かぶんだ!」

「鴨志田くんが――繭美ちゃんの彼氏だからだ!」


 シン……と空気が冷たくなった。

 あれだけ怒鳴り散らしていた坊主頭も、力が抜けたように手を離した。


「悔しいが、鴨志田くんが下剋上をする覚悟でここにきたのなら、繭美ちゃんと彼が交際しているのは事実だろう。それが確定した今、玉繭会はどういう状況にあり、どうするべきかを考えて欲しい。俺たち玉繭会は、繭美ちゃんを影から守り、支えてくことをチームの目標として掲げ、それを支持してくれた仲間によってここまで大きくなった。だが、彼氏ができた以上、この玉繭会の存在理由がなくなってしまったんだ」

「何言ってんだよ。彼氏が出来ようと出来まいと、真剣に繭美ちゃんを思う気持ちがあれば関係ないだろ」

「関係ある。さっき鴨志田くんは言っていただろう? 玉繭会を潰しに来た。正直繭美ちゃんも困ってる、と。彼氏がここまで規模の大きくなったチームに、指で数えられる人数で乗り込んでくるくらいの覚悟があるんだ。その覚悟こそ、実際に繭美ちゃんが我々の存在を疎ましく思っていることを示している」


 ――もう、玉繭会は必要ないんだよ。

 ポシェットは寂しそうに呟いた。


「ああそうかよ。じゃあお前はもう要らない! 俺はそんな風に思っていないし、これからも繭美ちゃんを守っていくつもりだ。他の奴らだってそう思ってるはずだ」

「それはどうだろうか?」


 信介がまた会話に割り込んできた。

 こいつは空気とかタイミングとか関係なく、自分の都合のいいように首を突っ込んでくる。

 そこが悟史に(ある意味)すごいと思わせていた。


「この玉繭会には二つの派閥で分かれているのはご存知ですよね? 繭美ちゃんを守るために、近寄ってくる男どもを排除しようと考える『過激派』と、繭美ちゃんの意思を尊重し自然の流れに任せ、彼氏が出来たのならそれはそれで見守り続けるという『穏健派』の二つが」

「くっ……よく調べてやがる」

「私は『情報屋』ですからね。これから入会するチームの情報はある程度調べていますよ」

「なるほど分かったぜ。お前はその穏健派を味方に入れて票を稼ごうとしていたのか、なかなかの策だとは認めてやるよ。だがな、それでもまだ足りないぞ。穏健派の全員が下剋上を承認してくれるとは限らないし、何より穏健派は、数にすれば大体二〇〇人程度で過半数には遠く及ばない。下調べが甘かったみたいだな」

「私をあまり舐めないで下さいよ。穏健派の人数くらい既に把握してますし、そんな不確定なものに頼るほど落ちぶれてもいません。私の狙いは過半数の承認ではなく――玉繭会全員の承認です」

「なん……だとぉ」

『……そろそろお前の出番だ。とどめをさすぞ』


 あまりの超展開に完全に置いてけぼりを食らっていたが、どうやらここで悟史の出番が回ってきた。


「会長さん。何も俺は一人で下剋上をしようなんて考えていませんし、彼氏という立場を利用して強引に玉繭会を打倒しようなど考えていません。私がここにきた本当の目的は、誰よりも繭美の事を思ってくれている玉繭会の皆さんに、俺が彼氏としてふさわしいのかを判断して欲しいからやってきたのです」

「……どうやってそれを証明するんだ?」

「玉繭会員すべてが下剋上して、全員で会長の座を狙うというのはどうでしょうか?」

「会員すべてが、下剋上だとっ!」


 突拍子も無い提案に、坊主頭は再度声を荒げた。


「調べさせてもらいましたが、玉繭会の下剋上戦のルールは本来一対一でやるべきものではないと思いました。なら今ここで、『誰が本当に繭美のことを理解し、心から想っているのか』を判断するいい機会なのではないでしょうか? 数が多くなり下剋上が難しくなった今、本当は会長よりも繭美の事を想っている人がただの一会員として在籍しているかもしれない。だがそれを差し置いてあなたがその座についている事自体、間違っているとは思いませんか? ここで全員が会長の座を争って、その座にふさわしい人間が会長になるべきだと、私は考えています」


 坊主頭もポシェットも何も言わなかった。

 まさか彼氏として殴りこんできた男が玉繭会の在り方を問いてくるなんて想像もできなかったのだろう。


『後もう一押し、次の言葉で奴らは動く。確実に』


 小さく頷いて、口にたまった唾を喉の奥に押し込んだ。


「もちろん言いだしっぺの自分が何のリスクも無しにこの案を押し付けようとは思いません。もし、下剋上が正式に受理された際、俺が会長になれなければ――繭美と別れます」

「「――!」」


 絶句とはまさにこのことだった。

 坊主頭は口を大きく開けたまま目を丸くして、ポシェットは死んだ魚のような目のまま動かなくなっていた。


「別れるだって……あの繭美ちゃんの彼氏になれたのに……その役得を自ら捨てると?」

「別れるつもりはありません。ここにいる誰よりも俺は繭美の事を愛し、理解してるという自信があるからです。それにこのくらいの覚悟がなければ玉繭会の皆さんは俺の事を認めてくれないでしょ?」

「……鴨志田、お前という奴は」


 坊主頭が何かを言おうとしたその瞬間だった。

 廊下からドドドと何かの群れが走っていくような轟音が響いた。

 その音は徐々に大きくなり、数秒後には会長室の中に、『繭美ちゃんLOVE』というロゴが入ったTシャツを着た生徒たちが入ってきた。


「よく言ったぞ鴨志田ぁぁぁぁ! 下剋上は承認するぞぉぉぉぉ」

「俺も承認だぁぁぁ! だが俺だって繭美ちゃんを愛する気持ちは負けないぞぉぉぉ!」

「俺も負けないぃぃぃぃ! 会長に俺はなるぅぅぅぅ!」


 どこで俺たちのやり取りを聞いたのかは分からないが、テンションのあがった玉繭会員がどんどんと会長室に流れ込んできて――ワッショイ! ワッショイ! ワッショイ! 何故か悟史を胴上げをし始めた。

 そんな目の前に起きたおかしな現実を坊主頭とポシェットは立ったまま見続けていた。


「……会長、どうやら下剋上は決まりそうですね」

「そうだな。まぁいいさ……俺が一番になれば今までどおりだからな」

「いえ、勝つのは私ですよ。現会長さん」

「やっぱりお前も会長の座を狙っていたのかっ! 面白い、迎え撃ってやるぜ!」


 坊主とポシェットは笑いながら拳を拳を突き合わせた。


『真実だけが情報ではない。時には嘘も、相手によって真の情報となりうるのだよ』


 信介の余裕に満ちた声が、無線機越しに脳を駆け巡った。

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