⑮
保健室に連れてきたものの、悟史はどうすればいいか分からなかった。
だって着ぐるみなんだもの。
生身の身体じゃないから治療できないんですもの。
怪我しているとは思うんだが、無理に脱げとも言えない。
でもほっといたら化膿して痕が残るかもしれない。
一人悶々とどう処置すべきか考えるも、答えは出そうに無かった。
「……どうした鴨志田。変な顔して」
「あ、いや、なんでもないよなんでもない」
「……なんでもなくない。いいから言え」
笑って誤魔化そうとしたが、そうしたところで何の意味もないので、悟史は繕うことをやめた。
「その着ぐるみだと怪我してるかどうか分からないし、治療も出来ないからどうしようかと思って……」
「そんな事か……さっきも大丈夫だと言っただろ? それに――」
「――狸塚も本気をだしていなかったしな」
ガラガラと音を立てて保健室のドアが開かれると、変態鬼畜メガネこと信介の姿が二人の目に飛び込んできた。
「根岸信介……」
「そんなつぶらなクマの目で睨まれても怖くないが、せっかく面白い話を持ってきたのだから、もう少し優しく迎えて欲しいものだ」
「面白い話だと?」
「悟史。例の件ちゃんと伝えるんだぞ。私は使えそうな人材を選抜してるからここは任せたぞ」
そう言い残すとすぐに信介は去っていく。
おそらく信介も自分がいないほうが野木胡桃と話をするには好都合だと判断したんだろう。
なにより悟史には信介抜きで話したいこともあり、好都合だった。
「例の件とは……もしかして玉繭会のことか」
「……うん。そのことについては、まず謝罪から入らないといけないね……本当にごめん」
自分と信介と、おまけでスーが玉繭会に入会した事により、署名の効力がなくなり野木さんへの勧誘活動が始まった。
先程の狸塚と牛久の不意打ちも、それが原因の一つになったのは間違いないと悟史は考えていた。
「別にお前が謝る必要はない。遅かれ早かれこうなるとは分かっていたしな」
「うん。でも自分勝手かもしれないけど、謝らないと気が済まないんだ……ごめんなさい」
「そうか……ではその気持ちを汲んでおこう」
これで一区切りついた気がした。
ここからが本番、だがその前にやる事があった。
「……何をしているんだ鴨志田?」
「信介が仕掛けた盗聴機を探してるんだ。学校の至る所に設置してるから、ここにもあるかも知れない」
信介の部屋から拝借した盗聴器発見器を手に、保健室の隅々までチェックする。
計三個の盗聴機を確認。
「……あの男は、根っからのクズだな」
「それは認めるけど、それが信介だから。でもこれで信介を気にせずに野木さんと話が出来る」
「話……私にか?」
「うん。まぁ話と言うかお願いなんだけどさ」
「何だ言ってみろ? 鴨志田にはいろいろと借りがあるから出来る事なら協力しよう」
一度深呼吸をして、悟史は気持ちを落ち着けた。
「多分断られると思うけど、野木さんにはちゃんと話を聞いて欲しいから言うよ」
野木胡桃は黙ってこちらを見ていた。
チャンスは今しかなかった。
「――玉繭会に、入らない?」
野木胡桃は何の反応も示さなかった。
いや微動だにしなかった。
呆れてものが言えないという状態なのかもしれないが、悟史にとってはここが正念場。
ここで自分の思いを全て伝えなければ、きっと望むべき学園生活は過ごせないという確信があった。
何も言わないことを、話だけは聞いてくれると解釈して言葉を続けた。
「野木さんがチームに入りたくないと分かっているけど、それでも協力して欲しいから言うよ。実は――――」
それから一五分くらいだろうか。
これからのカモネギCREWの事。
信介の目的。
そして信介も知らない自分自身の狙い。
その全てを悟史は伝えた。
野木胡桃は何も言わず、要所要所で相槌を打ちながら話を聞いていた。
「……一つだけ、聞いていいか?」
「いいよ。何でも答える」
「その役は本当に私でいいのか? 鴨志田はともかく、根岸はそれで納得するのか?」
「納得も何も、信介は野木さん以外に考えられないと言ってたよ。実際のところ、信介がこの学園に入学し上を目指すきっかけになったのは、俺ではなく野木さんなんだから」
「そんなバレバレの嘘を」
「本当だって! 信介は誰よりも野木さんの力を認めているんだよ。信介にとって俺は、野木さんとの衝突を和らげる緩衝材としてしか見られていないんだ」
残念だけどこれは事実だと悟史は分かっていた。
信介はあくまで『珍獣使い』というふざけた才能にしか興味はなく、鴨志田悟史という人間には全く関心がないのだ。
「それでいいのか鴨志田は?」
「……良くないからこの話を野木さんに持ちかけているんだよ」
人間的には最悪でも、目的を持ってそれに邁進できる信介に惹かれている自分がいる。
だからこそ同じ舞台に立ち、鴨志田悟史という人間を認めさせてやりたいというのが悟史の本心だ。
野木胡桃は下を向いたまま、思いを巡らせているかのように、時折頷いている。
そして口を開いた。
「分かった。その話に私も一枚かませてもらおうか」
「本当にっ! うわっありがとう! 本当にありがとう野木さん!」
悟史はガッツポーズを作り、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「気にするな。あのメガネに一泡吹かせることができるなら、むしろこっちからお願いしたいくらいだ。それに鴨志田と一緒なら……」
「一緒なら?」
「……なんでもない、気にするな」
「ならいいけど? でも良かったよ。野木さんが仲間になってくれてさ」
正直なところ、絶対に断られると悟史は思っていた。
チームに入ることを極端に拒んでいたし、こっちの事情(おもに信介のわがまま)で野木さんを傷つけてしまった事も考えれば当然だ。
でも、それでも野木胡桃は首を縦に振ってた。それが信介に一泡吹かせることだけが目的だったとしてもだ。
――良かった。本当に、よかった。
「鴨志田、泣いている……のか?」
目を擦ると僅かに指先が湿っていた。汗ではなく間違いなく自分の目から零れたものだ。
「はは、本当だ。多分気が緩んだのかな……またこんな風に野木さんと話が出来るようになってさ。あんな形で口を利かなくなっちゃってさ。せっかく仲良くなれたのにさ、このまま疎遠になるなんて嫌だしね」
「それは、私も思っていた。お前はここで初めて出来た……友達だからな」
次の言葉は思い浮かばなかったが、そのかわりに自然と右手が伸びた。
野木さんのモコモコの熊の手も同時に伸びてきて、ぎゅっと手を握った。
「よろしくね、野木さん」
結局、野木胡桃にはは何の治療も出来ないまま時間は過ぎたが、野木胡桃には最初から必要なかったようで、保健室を出る頃には自分の力で歩けるようになっていた。
「鴨志田。そういえば玉繭会に入るには玉田先生に関するテストみたいなのがあるのだろう? 正直私は玉田先生が私のクラスの担任だというくらいしか知識と関係性がない。それでも入れるのか?」
「あぁその事ね。野木さんならテスト受けなくても大丈夫」
「大丈夫? それはどうしてだ?」
「だって、玉繭会の現会長は俺だからね。俺が許可すれば他の会員は反対できないし」
「なるほど鴨志田が会長なのか……ならそれで問題はな――――」
淀みなく動いていた野木胡桃の足がぴたっと止まる。
「……鴨志田が、会長? 北カントー学園最大のチームの玉繭会の?」
「うん。といっても会長になったのは昨日だから実感ないけどさ」
「――なんだってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
野木胡桃の人生史上、最大級の叫びが学園中に響き渡った。




