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カモネギッ!  作者: 袋小路梟
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15/31

⑭

 校庭から望む空は橙に染まっていた。気が付けば一日が終わっており、後は一人暮らしのアパートに帰るだけだった。

 北カントー学園に入学してから、一番静かな一日だった気がする。

 朝の一件もあり、今日一日執拗な勧誘活動はなく、一年八組にものんびりとした時間が過ぎていった。

 だがそれ以上に静かだと感じた理由は、鴨志田悟史が声をかけてくれなかったからだ。

 例の如く鴨志田悟史は、あのいけ好かない岸田信介と一緒にいて、加えて転入生の鴨志田スーと子犬二匹、そして別クラスからやってきたやけに前髪の短い女子生徒と行動していた。

 ――仲間にならないと分かったら、すぐ次のメンバーか。節操のない奴らだ……。

 結局は鴨志田悟史も他の奴らと同じだったんだ。

 あの署名も親切心からではなく、利用する手段の一つでしかなかったのだ。

 やっと分かった。

 いや最初から分かりきっていたことだ。

 私のことを一人の人間として認めてくれる人なんていない。あくまで野木胡桃という道具としてしか見てくれないんだ。


「おやおや? やけに覇気がないねぇ~。もしかして泣いてるのかな」


 明らかに悪意を孕んだ声の方を向くと、一組の男女が正門から並んで歩いてくるのが見えた。

 立ち止まって確認すると、一人は二メートルはあろうかと言う屈強な男子。

 もう一人は銀色の髪が特徴的な女子生徒だ。

 二人の発する空気から、女の方からより強い邪気を感じる。


「用件なら手短に願おう」

「ん、じゃあ単刀直入に。胡桃ちゃん……君を勧誘しに来たんだ」


 いきなり胡桃ちゃんとは随分と馴れ馴れしい奴だ。

 鴨志田悟史にだって下の名前で呼ばれたことないのに。

 いや、鴨志田は今関係ない。

 全く関係ない。


「悪いが、私はどこのチームにも入るつもりはない」

「えーそうなの? でもでも朝はこう言ってたじゃない? 【どうしても仲間にしたいのなら、私を実力でねじ伏せてからからにしろ】ってね」


 言い方は可愛らしいが、先程よりもさらに多くの悪意を含んでいた。


「私を倒すというのか? はっきり言っておくが、貴様では話にならない」

「そんなの分かってるよ胡桃ちゃん。私じゃ話にならないだろうね……。でもコイツなら君にも勝てると思うんだよね」


 銀髪の女子生徒は、隣に並ぶ大男の背中を叩いた。


「狸塚剛健って聞いたことないかな? 多分イバラキの方にも名前だけは広まってると思うんだけど」

「……狸塚剛健」


 野木胡桃はその名前は耳にたこが出来るほど聞いていた。

 グンマには同世代で恐ろしく強い男がいると、周りを群がる有象無象の輩がよくその名を口にしていたのを。


「グンマの狸塚とイバラキの野木、やりあったらどっちが強いんだろうな」


 などとわざと聞こえるように煽る奴さえいたことをよく覚えている。

 この学園に入学したとは風の噂で聞いたことがあるが、目の前にいるこの男があの狸塚なのかと思うと、ゾクッと全身に緊張が走った。


「……初めまして」


 体格に似合わず、声の小さい男だ。

 見た目はイメージどおりだが、あまり攻撃的な面が見られない。


「というわけで、今からウチの剛健くんが胡桃ちゃんを実力でねじ伏せるからさ。勝ったら私達のチームに入ってもらうよ。その力があれば、あっという間に北カントー学園を制圧することができるからね。君の力だけが必要なんだ」


 ――君の力『だけ』が必要なんだ。

 銀髪女のはっきりとした言い分は、今の野木胡桃には逆にすんなりと受け入れる事ができた。

 ここまで言い切ってくれたほうが、素直に返しやすい。


「いいだろう。私を力で倒せれば、貴様らのチームに入ってやろう。ここ最近いろいろと溜まっていてな。ストレス発散したいと思っていたからちょうどいい」 


 ストレス発散というのも一理あったが、野木胡桃の本心としては狸塚剛健と力比べをしてみたいという単純な好奇心が強かった。


「どっからでもかかって来い。遠慮はいらん」


 野木胡桃は臨戦態勢に入り、相手の動きと呼吸を注意深く観察する。

 狸塚は特に構える様子はなく、ただこちらの様子を伺っていた。

 こういう戦闘スタイルなのか? だがどうも様子がおかしかった。

 狸塚剛健からはまるで気迫が感じられない。これから戦うといういうのにまるで無防備だ。


「……戦いたくない」

「「はぁ?」」


 狸塚の唐突な一言に、思わず声が重なった。


「ちょっと剛健! なにわけの分からない事を!」

「だって……彼女のオーラが乱れている。これじゃ実力の半分もだせないよ」

「このド天然! なおさら好都合じゃない! 今のうちにやっちゃいなさい」

「でも、僕としては本気で戦ってみたいし……なんか卑怯だし」

「卑怯で結構! ヤタガラスを大きくする為には彼女は必要な人材なの! 本気でやるのはチームに入れてからでも出来るでしょ」

「……うん。わかった」


 渋々承諾したの狸塚は大きく深呼吸をした後、スッと両腕を胸の高さまで上げた。


「どうやらやる気になったみたいだな。悪いが手加減はしないぞ」

「やると決めたらちゃんとやる。ヤタガラスのため、妖虎様のため」


 口調は柔らかいが、先ほどまでの狸塚とは明らかに雰囲気が変わっていた。

 背筋が凍るようなプレッシャー。

 自身の心臓を鷲づかみされているような感覚。

 数秒前まで戦う気すらなかった人間とは到底思えなかった。

 一切の無駄がなく鍛え上げられた肉体だけでも一級品のものだが、それ以上に優れているものは、一瞬にして臨戦態勢にスイッチを切り替える事ができる精神力。

 苛立ちをぶつける事でしか力を使うことしかできない不安定な野木胡桃とは、雲泥の差がある。

 これが……狸塚剛健。野木胡桃は一歩後ずさる。


「やめるって言っても遅いよ。エンジン入ったから」

「わかっている」


 ここで負けるのなら自分はそれまでの器しかないだけだ。

 ならば今は出せる全力をぶつけるしかない。

 頭ではそう理解しているのだが、野木胡桃の身体は凍ったように動かない。

 脳が全身に動けと命令を出し続けるも、それでも動かない。

 足がグラグラと揺れているような感覚に襲われ、立っていることさえ困難な状態だった。

 攻め続けて自分のペースを取り戻せば勝てない相手ではないのだ。

 そんなことは十二分に分かっていた。


「ペースに乗せると危なそう。先にいく――」


 狸塚の声が耳に届いた瞬間、野木胡桃の身体は大きく宙に浮いていた。

 何をされたかも分からず、一〇メートル以上吹っ飛ばされていた。

 空中で反転し、なんとか態勢を整えて地面に着地するも、目の前にはもう狸塚が身体を捻転させて、次の攻撃の動作に入っていた。

 右のストレートがくる。

 分かっているが避けられない。

 ならば避けなければいいと、狸塚の右腕がしなるよりも速く、野木胡桃は身体を預けるように身体を当て、バランスを崩しにかかる。

 しかし狸塚はそれも予想していたように対応し、態勢を変えずに一歩後退して間合いを作った。

 直後強烈な右ストレートを叩きつけた。 

 地面に叩きつけられ、全身にしびれる様な痛みが走った。

 いつもならば自分が一撃入れるだけで相手が倒れていた為、攻撃など受ける事などない野木胡桃にとって、痛みを実感するのは初めてのことだった。

 その痛みという感覚と、自分を上回る戦闘技術。

 なによりその場の空気を支配する狸塚のプレッシャー。

 その全てが野木胡桃の動きを固く、ぎこちなくした。

 なんとか立ち上がろうとするも、それを押さえつけるように両腕を振り、徹底的に殴り続ける。

 戦いたくないとまで言ったあの時の姿は微塵もなく、慈悲のない連打を浴びせ続けた。

 負ける……いや、初めから負けていたのか。

 戦闘前から相手のプレッシャーに飲み込まれていた時点で、勝てる要素はなかったのだ。 


「剛健は妖虎様のためなら、何時でも何処でも誰にでも、全力をだせる男だよ。同等の実力をもっていても力の使い方、目的が定まっていない胡桃ちゃんでは勝てないのが道理だよね」


 銀髪の女が、あえて聞こえるように声を出した。

 殴られ続けてはいるが、妙に意識は冴えていてその声ははっきりと脳に届いてくる。

 悔しいが全くもってこの女の言う通りだ。

 私の持つ暴力は、努力の結果得たものではなく先天的なものであり、何のためにあるものかも分からない。

 分からないからこの力が嫌いだった。


「大嫌いな自分の力……でも、それに依存していたのも事実なんだよね」


 あぁそうだ。

 いざとなると暴力で何もかも解決しようとしている自分がいた。

 結局は自分も群がってくる奴等と同じように、この力を便利な道具として見て、自分勝手に扱っていた。


「私ならば示してあげられる。君は何のために力という才能を与えられ、何のために使うべきなのかをね」


 急に攻撃の手が止まり、覆いかぶさっていた狸塚が立ち上がった。

 代わりに銀髪の女が近づいてきた。


「さぁ……こっちにおいで」


 スッと伸びた白い手が、夕日を浴びて淡い光を浮かべていた。

 私がずっと捜し求めていた答えを、この女は知っているのか?

 ならもう、私は伸ばされたこの手を掴めばいいだけ。この手を掴めば私は――。


「野木さんに何やってんだよっ!」


 鳴動の手を遮るように横から少しだけ角張った手が伸びてきた。

 手首がその両手で挟みこまれ、強引に地面からひっぱりあげられた。


「狸塚くん! 君は無抵抗の人間に、しかも女の子に暴力ふるっていいと思ってるの!」


 聞き覚えのある声だった。

 少し前までは毎日のように聞いていた声だった。


「これは暴力じゃなくて、お互い納得して……」

「そんな言い訳聞きたくない! はっきり言って最低だよ! 人間として最低!」


 なにが起きたのか分からなかった。

 顔を上げると心配そうに見つめる優しい顔があった。

 その表情に安心感を覚え、膝に力なくなり地面にへたり込む。


「大丈夫野木さん? 動ける? 痛いところはない?」

「えっ……あぁ大丈夫だ」

「良かった。でも念のために保健室に行こう。肩貸すよ」


 支えられるままに体重を相手に預け、一歩一歩ゆっくりと足を進める。


「ちょっと待ってよ胡桃ちゃん! このまま退散ってそりゃないでしょ?」


 女の声が背後から聞こえ、振り向こうとするが、それを制止される。


「野木さんを痛めつけた奴等と話する事なんてない!」

「鴨志田くんには言ってないよ。……胡桃ちゃん、約束忘れてないよね? 負けたらヤタガラスに入るって約束」


 ……そうだ。

 私は負けた。

 何も出来ずに完膚なきまでに。


「卑怯な手を使ったくせによくそんな事が言えるよね。野木さんが下校するのを見計らって校門で待ち伏せて不意打ち。しかも二対一だなんて信じられない」


 ……あれ? 鴨志田悟史の言葉もあながち間違ってはいないが、若干誤認があるのは否めない。


「いや、鴨志田よ。待ち伏せしていたのは間違いないが、奴らは決して卑怯な手など……」

「あんな酷い奴らをかばったりしないでいいんだよ野木さん。全部分かってるから」

「全部分かってるとは……」

「一部始終を信介が見ていたんだ。それで俺に教えてくれて……」


 ……あのメガネならば都合のいいように事実を改竄しそうだ。


「本当に大丈夫? 着ぐるみだから表情は分からないけど、痛いんじゃないの?」

「あ、いや……心配には及ばない。大丈夫だ」

「ならいいけどさ……ほら保健室行こう」


 鴨志田の心配そうな顔が目の前にあった。

 よくよく考えてみれば体重のほとんどを預け、着ぐるみごしながら完全に密着している。

 なんだろうか、とても心が安らぐ。

 後ろであの銀髪女がワーワー言ってるが、全然気にならない。


「この着ぐるみに初めて触ったけど、なんか触り心地がいいね。思っていたより柔らかくて気持ちいい」

「素材には気を遣っているからな。動きやすさや強度、通気性も抜群だ」

「へぇ~……」


 ぐにぐにと指を動かす鴨志田の手は、他の誰からも感じ取れなかった温かさがあった。

 私が本当に掴みたかったのは、この手だったのかもしれない。

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