⑬
登校時から上級生達が一人の女性徒を囲むように、声を荒げながら集まっていた。
その中心にいるのは、四個の異名を持つ大型新人――野木胡桃である。
昨日、鴨志田悟史、根岸信介、鴨志田スーの三名(おまけでケルとベロの二匹)が玉繭会に正式に入会し、一年八組の過半数がチームに所属する事になった。
これにより、野木胡桃に対する勧誘活動の禁止を規定した署名の効力は失し、時間と場所を問わない野木胡桃の勧誘活動が再開されたのだった。
「野木さん! 今日こそちゃんと話を聞いてもらうよ。そうすればきっとこのチームの素晴らしさが分かるはずさ」
「なに抜け駆けしてるんだよ! お前んとこはとっくにふられてるだろうが!」
彼女はその一切を無視し、ただ黙々と歩き続けた。
本来はこの光景が普通だったのだ。
こうなる事も覚悟の上で北カントー学園に入学したはずだ。
鴨志田悟史の行動はあくまで一時的なものであり、それに依存するつもりなど始めから無かった。
……無かったはずなのに。
「野木さん! そろそろだんまりはやめて話を聞こうよ。僕たちだってこんな風に野木さんを取り合うのはいいとは思っていないんだ」
五月蠅い。
「君がチームを決めてくれればこんな事にはならないんだ。北カントー学園にいるなら、一匹狼ではいられないよ」
五月蠅い五月蠅い。
「いい加減大人になったらどうだい? 彼らだってそう思ったからチームに入ったんだし」
身体にビリッと電流が走り、淀みなく一定のリズムで動いていた足が、急に重くなった。
「……彼ら? 彼らとは誰のことだ」
野木胡桃が反応を示したことで、今こそ好機とばかりに一斉に声が上がった。
「署名を集めて勧誘活動を禁止した奴らに決まってるだろ。え~と、確か鴨志田と根岸だったかな」
「そうそう! しかも入ったのは玉繭会! 学園最大のチームに選ぶとは」
「野木さんを口説き落とそうとしたけど、できなかったから、大きなチームを選んだろうね。なかなか堅実な選択だ」
上級生達の言うとおりだった。
現にあの二人はチームを作ろうと動き回っていたし、なにより私を勧誘しようという意思はあった。
頼みの綱であった私の勧誘に失敗した今、大きなチームに入って自身の身の安全を図るという考え方も実に合理的だ。
野木胡桃も頭では分かっていた。
上級生からしつこく勧誘活動を受けている現状を鑑みれば、それが答えであるということを。
だが心ではそれを否定したかった。
『鴨志田悟史は違う』と、叫びたかった。
「なるほどそういうことか。あいつら野木さんを仲間に入れてチームを作ろうとしてたんだな。つーことはあの勧誘禁止の署名も、一つの狙いだったってわけか……汚い手を使う奴がいたも――」
饒舌に語る上級生の顔に、青白く光った野木胡桃の手が触れた。
軽く触れただけだったが、その瞬間、いとも簡単に身体ごと宙に舞いあがった。
綺麗な放物線を描きながら、圧倒的な暴力の的になった肉体は、そのままアスファルトに落ちた。
突然の出来事に、辺りが波を打ったように静かになる。
「……最初からこうすればよかった。私の平穏を乱す邪魔者は全部叩き潰してしまえばよかったんだ」
野木胡桃にはそれを実現できる力があった。
ただ、いままでは我慢をしていただけだ。
「なっ……何やってるんだ君は! これは明らかな校則違反だぞ! チームに所属している学生に対して暴力行為を働くなんて、もうただの喧嘩じゃ済まされないぞ! 退学になる事だって」
「くくく……足を震わせて何言ってるんだか? 今更ビビッているのか?」
「なんだと……」
「お前たちはこの私の力が欲しいんだろ? なのに実際その力を目の当たりにして、足が竦んでいる。これが笑わずしていられるか」
野木胡桃は大きく跳躍し、先ほど殴り飛ばした上級生の真上に飛び降りた。
小さくうめき声をあげ横たわる姿を見下ろしながら、それでも彼女は笑っていた。
「どうしたお前たち、呆けてないでこっちに来て私を勧誘したらどうだ? 但し、少しでも近づいたらこいつと同じような目に遭うと思え」
誰も動けなかった。
野木胡桃の予想以上の力に、恐怖の二文字がはっきりと植えつけられてしまったからだ。
「あいつらの事を悪く言える資格があるのか? お前らも結局私の力が目当てで勧誘しているくせにさ。しかも今度はその力にビビッて動けなくなるなんて、典型的な雑魚ばかりだな」
自分の意思では言葉をとめられなかった。
今までずっと耐えてきた負の感情が、堰を切ったように溢れてくる。
「もううんざりだ。勝手に私に期待して、利用しようとする。そして実際目の当たりにすると、恐怖で何も出来なくなる。自分じゃ手に負えないと線を引いて離れていく。どいつもこいつも自分勝手なクズばかりだ」
やめてよ。
もうこれ以上言いたくない。
もう誰からも失望されたくない。
「無能のクズが! 何も出来ない雑魚が! 思い上がるのも程ほどにしとけ! 誰かに依存するしか生きる術を知らない奴らが、生意気を言うな!」
着ぐるみの下の彼女の体は震えていた。力も感情も、どう押さえつけようともストッパーがかからない。
傷つけると分かっているのにそれを止められない自分が嫌で嫌で仕方がなかった。
――化け物。誰かがふと呟いた言葉。まさに今の自分そのものだった。
「そうだ。私は化け物だ。お前らみたいな凡人には私を飼いならす事なんて到底出来ない。どうしても仲間にしたいのなら、私を実力でねじ伏せてからにしろ」
そう言い残し、野木胡桃は歩き出した。彼女の後を追う者はなく、その熊の着ぐるみをきた少女のシルエットが遠くなるのを見続けるしかなかった。




