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カモネギッ!  作者: 袋小路梟
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11/31

⑩

「名前は那須一与。一年四組。中学の時の成績はごくごく普通で、何のとりえも無い女だ。ちなみに彼女の異名は『切りすぎた前髪』。この学園に入学する為に無理矢理自分に特徴をつけた大多数の生徒の内の一人だな」


 信介は持ち運び用のパソコンを開き、彼女のデータを呼び出していた。

 随分と酷い言い様だが、悟史の目から見ても、その切りすぎた前髪でしか彼女を断定するものはなかった。


「根岸さんの言うとおりです。ごく普通の私が北カントー学園に入るには外見的にはっきりとした特徴をつけないと駄目だと思って、それで中学校三年の夏に思い切って短く切りました。今でも恥ずかしくて伸ばしたいと思っているけど、伸ばしちゃったらこの学園にはいられないから……」


 那須は一番後ろの席に座り、彼女を面接するかのように悟史と信介は机を並べた。

 スーと二匹の子犬はどうせ邪魔になるだけだからともう帰るように指示をし、渋々スーは子犬を連れて帰っていった。


「……えーと、じゃあ質問いいかな?」

「はい。何でもどうぞ」


 人を試したり選んだりする立場に慣れていない悟史にとっては、実に居心地が悪かった。


「どうしてそこまでして、この学園に入りたかったの? 髪っていうのはさ、女の人にとってはす

ごく大切なものだと思うんだけど」


 特待生という条件がなければ決して入学する事の無かった悟史にとっては、犠牲を払ってまで入ろうとする彼女の気持ちが分からなかった。


「自分を変えたかったんです。どんなに頑張っても成績は中くらいだし、運動もそれなりだし、クラスの中でも目立たない存在でした。でもそれじゃせっかく生まれてきたのにもったいないなと思って、少しでも私の存在を外に知らせたいと思ったんです」


 悟史のように大多数の中に埋もれて生きていたいという考えもあれば、那須のようにそこから抜け出したいと考える人間もいる。

 一般的な能力しかない者でも、一八〇度逆の考え方があることに悟史は驚いていた。


「それで、どうしてこのカモネギCREWに入りたいと思ったんだ?」


 信介は高圧的な態度で那須に質問した。那須はひざの上の握りこぶしをぎゅっと力をいれた。


「本来ならば、自分でチームを作った方がいいんですけど、私がリーダーじゃ誰も入らないと思ったんです。それでどうしようかと悩んでいたたった今、鴨志田君をリーダーにしてチームを作るという話が聞こえて、それで」

「それで?」


 信介が問いかけると、那須は申し訳なさそうに悟史を一瞥してから答えた。


「失礼な話ですが、見た感じ鴨志田君も私のように普通というか、そんなにリーダーっぽくないから、このチームに入れば私もただの参加しているメンバーにならずに済むんじゃないかなぁと思いまして」


 確かにものすごく失礼だった。

 完全に舐められてる。

 ただ言い返せるほどのポテンシャルは自分には無いので、悟史は笑って誤魔化した。

 あっごめんなさい、と那須はペコリと頭を下げると、それに反応するかのように前髪を動いた。

 まるで短い前髪が本体で、それ以外が付属品のように思えるから、ちょっと面白かった。

 その後、ちょっとした質疑応答と雑談を繰り返した結果、悟史が那須一与に持った印象は『普通(前髪を除く)』だった。

 これは悟史にとっては何よりの儲けものだった。

 悟史は幼い頃から珍獣ばかりに気に入られ、付きまとわれた結果、ごく普通の人達とまともに話した記憶があまりない。

 だからここで那須一与という普通のエッセンスを持つ女子と交流を持てれば、自分も普通の中に入り込めるきっかけになるかもしれないのだ。

 故に悟史は那須をチームに誘うことは大歓迎だった。

 もちろん少し失礼だが、正直に気持ちをぶつける姿勢に心を打たれたのも事実である。


「俺は那須さんを仲間に入れることに賛成だけど……信介はどう思う?」


 リーダーが了承さえすれば本来ならばその時点で決定なのだが、如何せんカモネギCREWにおけるパワーバランスは信介のほうに大きく傾いている。

 悟史が賛成だとしても、信介が反対ならばそれに従うしかないのが現状だ。

 信介はメガネをくいっとあげ、口を開いた。


「……反対だ。コイツを発足メンバーに入れるわけにはいかない」


 ガタっと音を立てながら那須は椅子から降りて床に額をつけた。


「――お願いしますっ! チームの皆さんには迷惑を掛けません。自分に出来ることは何でもやります!」

「ちょっ! ちょっとやめてよ那須さん! 同級生だよ俺たちは」


 土下座する那須の身体を起こしながら、悟史は信介に迫った。


「なんで反対するんだよ。野木さんを入れたとしてもあと一人空きがあるじゃないか。断る理由なんてないだろ!」

「断る理由がないだと……? 私が寝る間も惜しんで鴨志田スーを入学させ仲間に入れたという事を忘れているんじゃないだろうな? 前も言ったと思うが、カモネギCREWはこの学園のトップを目指すチームなんだ。そのチームの発足メンバーの一人が、『切りすぎた前髪』なんてふざけた異名を持つ奴でいいのか?」

「それを言ったら俺だって『珍獣使い』だぞ。そんなふざけた異名の奴が代表の時点でおかしいだろ?」

「お前はいいんだよ。確かに『珍獣使い』なんておかしな異名かもしれないが、それはお前の才能を示した異名だ。だが彼女のは無理矢理取って付けたもので、異名に何の重みも価値もない。そんな人間をこの段階で入れるわけにはいかない」


 悟史はさすがにイラっときた。土下座までする彼女の気持ちをよくもここまで踏みにじれるものだ。


「那須さんに取り柄が無いなんて分からないだろ! 那須さん、なんか特技とかない? 習い事とかそういうのでもいいよ」

「……小学生の時から弓道をやってまして、少しだけ自信があります」

「弓道だってよ! ほら名前もあの那須与一っぽいし。もしかして本当に那須与一の子孫だったりして」

「いえ、全然違います。一滴たりとも与一の血は混じってません」

「それでもいいよ。弓使いなんてカッコイイじゃないか! なによりRPGとかだったら、一人はいて欲しい仲間だよ。これはもう仲間として迎え入れるべきじゃないのか!」


 悟史と那須は同時に信介の顔を覗き込む。

 興奮する悟史とは裏腹に信介は至って冷静だった。


「では那須一与。質問だ。弓道には多少自信があるようだが、本物の那須与一のように四十間――大体七〇メートル先にある舟の上の扇に的中させることは出来るのか?」


 那須は口元に手を添えて返答を練った。


「……難しいと思います。私の力ではそこまでの飛距離は出せませんから」


 はぁ~と、信介は大げさに溜め息をついた。


「話にならない。その程度の力でカモネギCREW幹部を名乗られては迷惑だ。弓道をやりたいのなら他でやれ」


 歯に衣着せぬ信介の口ぶりに、那須は俯いたまま顔をあげようとはしなかった。


「お前の気持ちは嬉しいが、今はまだ仲間に入れる訳にはいかない。最後の発足メンバーを見つけ、カモネギCREWが正式にチームとして運営委員会に認められてからなら喜んで歓迎しよう。どうだ、それで納得いかないか?」


 那須の目線の高さにまで腰を下ろし、信介は肩に手をかけて優しく囁いた。

 那須は「はい」とも「いいえ」とも答えず、ノーリアクションのまま動こうとはしなかった。

 信介の提案どおりにカモネギCREWに入ったとしても、それでは只の参加メンバーで那須の望むポジションではない。

 しかし信介の提案に抗えるだけの力を持っているわけでもなく、那須は黙ったままだった。

 そんな那須のすぐ傍にいながらも何も出来ない悟史は、ぎゅっと唇を噛みしめた。

 ――俺は一体何なんだ。

 信介のカモネギCREWに賭ける熱意は只事ではないのは充分に分かっているし、今ではそんな信介を尊敬やら羨望といった不思議な気持ちで見ている自分がいるのも事実。

 だがそれだけにこのカモネギCREWのリーダーとしてこのままでいいのだろうかという疑念が浮かんできた。

 自らを変えるために能動的に動く那須と、やる気も無いのにちゃっかりとリーダーの椅子に座り込み、最近では少しばかり居心地の良さまで感じていた自分。

 立場的には自分の方が優位なのかもしれないが、それが逆に無様だった。

 ……かっこ悪いな俺。

 悟史は人生で初めて、流されるがまま生きていた自分を心から恥じた。

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