⑨
悟史が三歳の頃、近所の河川敷で家族と遊んでいる時、川上からダンボールに入った犬耳の女の子が流れてきたところを助けたのがきっかけだった。
見た目は当時の悟史と同じくらいの年齢だったが、何度語りかけても「すぅ」としか言わず、警察に相談しても一向に親は見つからず、一ヶ月ほど自宅で面倒を見ることになった。
その後孤児院に預けることになったのだが、そこでいろいろと問題を起こし孤児院を追われ、結局鴨志田家の養子としてスーの育てることになったのだ。
悟史とスーの関係を端的に表すのなら、血の繋がらない兄妹というのが正しいだろう。
「……というわけでだ。鴨志田スーを我がカモネギCREWの発足メンバーとして迎え入れる」
夕日が差し込む放課後の教室で、信介が胸を張って声をあげた。信介の周りには二匹の子犬を抱える悟史と、その隣に寄り添うようにくっついてくるスー。
その様子を少し苛立ちながら眺める野木胡桃がいた。
「信介がここ二週間くらい忙しく動き回っていた理由がようやく分かったよ。スーを転入させるためにいろいろと裏工作していたんだな」
「その通り。だいぶ時間はかかったがようやく一段落ついた。朝はバタバタして出来なかったけど軽く自己紹介してもらおうかな……鴨志田スー」
ビシッと右手で敬礼するとスーは教壇に上った。
悟史が抱えていた子犬たちもスーに続いた。
「いまさらスーの紹介なんていらないよ」
「そう言うな悟史。お前はスーの事なら何でも知っているかもしれんが、野木さんは初対面だろ。彼女だけ仲間はずれにはできない」
チラリと野木胡桃の様子を伺うと、うっすら青いオーラが全身から漂っていた。
ん、ちょっと怒っている?
「おいでケル、ベロ」
子犬を抱き上げたスーが三人に向かって紹介を始めた。
「うちの名前は鴨志田スーぞよ。そいで豆柴がケルで、こっちのチワワがベロぞよ。今日からこの北カントー学園で一緒に勉強することになりましたぞよ。どうぞよろしくいたしマンモスぞよ」
ペコリと頭を下げるとスーの犬耳がぴくっと動き、ケルとベロも「わぉん」と小さく吼えた。
語尾にぞよをつける辺りが、まさしくスーである。
昔はハマった時代劇の登場人物の一人がこの語尾を使っていたのを真似するのが大好きだったスーは、今でも飽きずにこの語尾をつけて喋っている。
「補足だが彼女の異名は『地獄の番犬』だ。学園を統一するチームに相応しい異名だと思わないか?」
ケルとベロとスー、合わせてケルベロスで地獄の番犬か。
なんともとって付けたような異名だった。
「ところでスーちょっといいか?」
悟史は手を上げてスーに声をかけた。
「なに悟史。質問かぞよ?」
「そのケルとベロって子犬はどうしたんだ。見たこと無いぞ」
「ケルとベロは拾ったぞよ。で、今飼ってるぞよ」
「飼ってるってお前……うちに犬を二匹も養う余裕はないだろ」
「父にも母にもそう言われたけども、飼わなきゃ暴れると言ったらOKしてくれたぞよ」
ぞぞっと背筋に悪寒が走った。こんな言葉を悪びれも無く言い放つのがスーなのだと改めて思い出した。
「……いいのか信介。こいつを仲間にしたらいずれ手に負えなくなるぞ」
「ここで仲間にせず、ほったらかしにしていたらそれこそ手に負えなくなるだろ。仮に何か問題を起こしたとしても責任をとるのはリーダーである悟史だから私には関係ないさ」
本当にこいつは俺の事を駒としか思っていないんだなと悟史は悟ったのだが、逆にそのスタイルを通す事ができる信介を羨ましくも感じていた。
「珍獣使いとして、この番犬共の手綱をうまく引くんだな」
またいつものようにメガネに触れる。
何度もみた信介のその癖だが、今日の悟史にはどういうわけか二割増で格好良く映った。
最初は悪魔のような男だと思っていたのだが、信介の不思議な魅力に惹かれている自分がいることに驚いた。
「ちょっといいか?」
今度は今まで沈黙していた野木胡桃がゆっくりと手を上げた。
「ん、そこのクマさんどうぞぞよ」
「クマさんではない。私の名は野木胡桃だ。それにそこの犬女に対する質問じゃない」
スーの明るい声に、怒気を混ぜながら野木胡桃は立ち上がり信介を見た。
「カモネギCREWとはなんだ? しかも鴨志田悟史が代表をやるような口ぶりだが?」
そこで悟史はハッとした。野木胡桃はカモネギCREWについて何も教えていないかった。
「あ、いやこれはその……」
なんとか取り繕うとする悟史だったが、それを信介は手で制した。
そのまま野木胡桃の方に身体をを向けた。
「野木さんにはまだ言っていなかったが、実は私と悟史でチームを作る事にしたんだ。リーダーは悟史で副リーダーは私だ」
「それはいつからだ」
「入学した当日からだよ」
「……私と話すようになる前だな。隠していたわけか」
野木胡桃はゆっくりと腰を下ろすと、顔を俯けた。
悟史はその様子を見て信介の前に割って入った。
「別に隠してたわけじゃなくてさ。野木さんはチームとかに入るの嫌そうだったし、時機をみて野木さんをメンバーに誘おうと思って」
「……私がチームに入るのが嫌だと知っていながら、チームに誘おうとしていたわけか」
「あ、いや……その」
墓穴を掘ったと、悟史は思ったのだが二の句が続かない。
「私をチームに入れる為、あのような署名を使ったんだな」
「そうじゃないよ! あれは野木さんが迷惑そうにしていたし、クラスの皆も休み時間の度に上級生がやってくるのは嫌だと言っていたから――」
「――言い訳はいい。結局はお前も他の奴らと同じだったんだな」
帰る。と一言告げると、野木胡桃は帰宅の準備を始めた。
その後悟史が何を言おうと無視を続け、座席を立ち教室を後にしようとしたその時だった。
「野木胡桃!」
信介が野木さんではなく、野木胡桃と大声で呼び捨てにした。
「お前がカモネギCREWに入るのは悪い話ではないはずだ。そうすればあのうっとうしい勧誘活動はなくなるんだぞ」
「……・この際だからはっきり言おう根岸信介。私はお前が嫌いだ。私の前ではいつもニコニコと機嫌を取るようにしていたが、何か裏があるのは分かっていた」
「お前らじゃなくお前が嫌いだって事は、悟史のことは気に入っているんだろ? このままだとそのお気に入りの悟史と話をする事すら出来なくなるぞ」
野木胡桃は信介の方に向きかえり、着ぐるみからでも感じるほどの怒りを信介に向けた。
「馬鹿にするなよ。このクズが!」
そう言い放つと野木胡桃は教室を出て行き、廊下からズカズカと音を立てながら歩く足音だけが届いた。
「……いいのかよ信介。野木さん完全に怒っちゃったじゃないか」
悟史は心配そうに信介に尋ねた。
「悟史にとっては好都合じゃないのか? チーム作りがかなり困難になったんだからな」
「そうだけど、なんかこういうのはあんまりね。後味が悪いというかなんというか……」
信介はすっと立ち上がり悟史の肩を叩いた。
「安心しろ……既に野木胡桃の性格は読みきった。必ず野木胡桃はカモネギCREWに戻ってくる」
「その自信はどこから沸いてくるんだよ……」
「自信じゃなく確信だ。いい事を教えてやろう。『恋は障害が大きければ大きいほど燃え上がる』んだ」
悟史は信介の言葉の真意が分からず首をかしげた。
またこの間ずっと置いてけぼりにされていたスーも、同じようにぽかんとその場に立ち尽くしていた。
すると、教室のドアをノックする音が聞こえてきた。
「ん、まさか野木胡桃か? 随分と早く戻ってきたな。予想ではもう少し後だと思っていたのだが?」
信介は「どうぞ」と声をかけると、ガラガラとドアを引く音とともに、クマの着ぐるみではなく、一人の女性徒が現れた。
「……誰?」
悟史はもちろんの事、信介さえも彼女が誰なのか分からなかった。
「さっき鴨志田君と根岸君がチームを作るって話が聞こえてきて、それで――私を仲間にしてほしいんです!」
顔を真っ赤にしながら彼女は叫んだ。やけに短く切りそろえた前髪がふわりと上下に揺れ動いた。




