息子とやり直しと問題と
あの日以来、どことなく若君と私の関係は変化した。
若君は私を傍に置くようになり、私も若君のことを可愛いなぁなんて思うようになった。まあ言ってしまえば少し母性が芽生えたというか、愛おしく思ったというか、なんかこそばゆいなこれ。
まだ少し、ほんの少し、受け入れ難いものもあるけれど、それでも憎らしくはなくなったような気がする。
この子が自分なりの人生を歩んでくれればいいな、とも思う。とにかく良好な仲になれたんじゃないだろうか。
しかし、この変化は別の問題を二つ持ち込んできた。
一つは、ルイス・ヴァレンタインだ。
急に若君のお気に入りとなった私を、物凄く鋭い目で睨んでくるようになったのだ。
特に何かしてくる訳でもないのだが、憮然とした表情で私を睨み付けるルイスに流石の私も辟易する。
いつもの眠そうなだるそうないい加減な態度が懐かしい。戻って来い平穏。
ヴィルヘルムとイヴァンも、最初は何の天変地異だとばかりに目を剥いてたし、本当お騒がせしてすみません。
そしてこの状況が耳に入ったのか、予想外な収穫に大いに喜んだのは実家の父だった。
よくやったと大変ご満悦な手紙が届いたのは救いなのかなんなのか。
あまり期待はしていない皇子だけど一応取り入っておこう!と思って息子をやったら予想外に上手くいったんだから、まあ嬉しいだろうなと生温かい気持ちになった。
疎遠というわけでも仲が良い訳でもない兄弟からも祝福され、なんというかまあ三男坊にしては出世したってことなんだろうか。
一応、お家のお役に立てて嬉しいです、なんて心にもない手紙を返しておいた。
他は、他所の侍従たちにどうやってあの気難しい皇子に取り入ったんだ、と面白半分に絡まれるようになったが、ここはまあ穏便に済ませているので問題ない。
こういう時に幼子というのは得である。
そしてもう一つの問題。それは、クリステル皇子だった。
若君に気に入られたという情報を聞きつけたのか、私が一人でいるとかなりの確率で遭遇するようになったのだ。そして何故か絡んでくる。凄く絡んでくる。
それに決まって「どうやってあの子と仲良くなったの?」と聞いてくる。穏やかな口調だけど有無を言わせない圧力を感じて「あ、この子もあの男の息子だわ」なんて思ったのは記憶に新しい。
それ以外は優しいお兄さんだし、会話もウィットにとんでて面白い。面白いがいい加減怖いというか面倒くさい。だからもうどこか行ってくださいお願いします。なんて図書室のカウチに仲良く並んで座りながら思う。現在進行形で。
「ねえ、あの子の好きなものって分かるかい?」
それ多分私じゃなくてルイスとか他の侍従に聞いた方がいいんじゃないか。私より付き合い長いし。
「今度あの子の誕生日だろう?兄として喜んでくれるプレゼントを贈りたいんだよね。で、何かいい案はあるかな?」
「あの、何故私に?」
「え?だって君はあの子と仲良しだろう?」
違ったかい?なんてニコニコ笑うクリステル皇子はなんというか気味が悪い。
「それは、たまたま私が年下なので、目をかけていただいているだけですよ。」
「それは違うだろうね。あの子はそんなこと気にする子ではないよ。」
いやいやいやなんだその自信。お兄ちゃんだから分かるってやつなのか。
鋭い金色の瞳が私を射抜く。
「君は、どうしてあの子に気に入られたんだろうね?」
思わず背筋に冷たいものが走る。視線を逸らすことができない。
この人は何が言いたいんだろう。いや分かってる。
この人は気に入らないのだ。突然現れた私に異母弟を盗られるのが。自分には懐かない猫が他人に懐くのが気に入らないとでもいうように。
本当、嫌になるくらいあの男の遺伝子は強い。
だから、気に入らないんだ。
「さあ、どうなのでしょう?」
この皇子の権威がどこまで及ぶのか。出来れば異母弟の侍従をどうにかできる程ではないと思いたい。
私は、無邪気なまでの笑顔を浮かべた。
「私は、若君の御寂しさを少しでも埋めて差し上げたいと思い、やってきたまでのこと。」
お前などが、私の息子に気に入られる訳がないだろうが。
「何も特別なことはしておりませんよ。」
傲慢なあの男と性悪ババアの性格をきちんと受け継いだだろう男に、半分とはいえ私の血の入った子どもが懐く訳がない。
偽りの笑顔を浮かべていた皇子の口の端が歪む。
話はおしまいだとばかりに立ち上がり、頭を一度下げてから皇子に背を向ける。
ああでも、と数歩進んだ所で振り返った。
「もし本当に贈り物を考えてらしているなら、真心の篭ったものが一番ですよ。人は誰でも、それが一番嬉しいものです。」
至極当たり前のことを、多分知らないであろう少年に告げる。
表情を消した皇子に目礼して、今度こそこの場から立ち去り、その足で若君の元へと向かった。
なんだか、嫌な気分になったからだ。
どこか浮かない表情で戻ってきた私を、若君は直ぐに迎え入れてくれた。
「どうした?何かあったか?」
不安そうな顔をした若君を抱き締め、頭に頬を寄せる。
この子どもの誕生日を、私は心から祝えるだろうか?
「いえ、何も。何もありませんよ、若君。」
この子を、心の底から、愛してると言えるだろうか?
夜の帳が下りる頃、蝋燭の光が揺れる室内。
二人の男がいた。一人は長椅子に腰かけ、一人はその前に立っていた。
「陛下、第三皇子の生誕祭が近づいておりますが、今年は何をお贈りになりますか?」
立っている男が持っていた書類を捲りながら尋ねる。
長椅子に座った男は、何かを思い出すかのように目蓋を伏せた。
「…藤の花を。あれに一番似合う。」
菊の花なぞ似合わん、と低く掠れた声が言う。遠い昔を思い起こすかのような声に、立っていた男は釈然としない気持ちを抱えながらも、是と答えた。
「では、藤の花を用意させましょう。皇子には、私の方から用意しても?」
男は目蓋を上げ、冷たい瞳で男を見上げた。
「ああ、構わん。好きにしろ。」
御意、と男は答えた。




