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第十九話 悪役令嬢は恋を諦めたいようです

 第十九話 悪役令嬢は恋を諦めたいようです


 現在の戦績。


 破局〇組。


 恋愛成就十八組。


 帰還まで残り二十組。


 そして私は人生最大の問題を抱えていた。


 恋である。


「どうしよう」


 私は机へ突っ伏した。


 前世で三十五年。


 今世で十数年。


 合計五十年近く生きてきて。


 初恋だった。


 重い。


 とても重い。


 しかも相手はエリオットである。


 最近は毎日のように顔を合わせている。


 紅茶を飲む。


 話をする。


 笑う。


 それだけで嬉しい。


 凄く嬉しい。


 でも。


 気付いてしまった。


 恋だと。


 だから逆に困っていた。


 その時だった。


「ミレイユ様」


 使用人が部屋へ入ってくる。


「来客です」


 私は顔を上げた。


 エリオットだろうか。


 少しだけ嬉しくなる。


 だが。


 違った。


 やって来たのは美しい女性だった。


 金髪。


 青い瞳。


 優雅な仕草。


 そして私も知っている人物。


 侯爵令嬢レティシア。


 社交界でも有名な才媛だった。


「どうしたの?」


 私が尋ねる。


 すると。


 レティシアは少しだけ恥ずかしそうに笑った。


 その瞬間。


 嫌な予感がした。


 凄く。


 嫌な予感がした。


「実はご相談がありまして」


 その後の話は簡単だった。


 簡単すぎた。


 レティシアは。


 エリオットが好きだった。


 昔から。


 ずっと。


 子供の頃から。


 私は笑顔のまま固まった。


「そうなんだ」


 声だけは普通だった。


 頑張った。


 社会人経験は伊達ではない。


 心の中では大爆発していたけど。


「告白しようと思うんです」


 レティシアは顔を赤くする。


 幸せそうだった。


 その顔を見た瞬間。


 私は何も言えなくなった。


 だって知っている。


 この顔を。


 今まで十八組の恋する人達を見てきた。


 皆こういう顔をしていた。


 幸せそうで。


 少し不安そうで。


 未来を夢見ている顔。


 私は知っていた。


 恋する人の顔を。


 ずっと見てきたから。


「応援していただけませんか」


 レティシアが言う。


 私は笑った。


 上手く笑えていたと思う。


 たぶん。


「もちろん」


 そう答えた。


 答えてしまった。


 その日の帰り道。


 私は久しぶりに飛んだ。


 空を。


 一人で。


 風が気持ち良かった。


 気持ち良かったはずなのに。


 胸が痛かった。


 変だった。


 苦しかった。


 今まで結婚した人達を見るたびに少し羨ましいとは思っていた。


 でも。


 こんなに苦しいのは初めてだった。


 その夜。


 エリオットが来た。


 いつものように。


 紅茶を持って。


 いつもの笑顔で。


 でも。


 私はまともに顔を見られなかった。


「どうしました?」


「なんでもない」


 嘘だった。


 前世でも仕事でよく使った言葉だった。


 便利な言葉である。


 何も便利じゃなかったけど。


 エリオットは心配そうにしていた。


 優しい人だから。


 本当に。


 優し過ぎる。


 だから。


 レティシアが好きになるのも分かる。


 私だって好きになったのだから。


 その時だった。


 窓が光る。


 女神。


 久しぶりにクッションを投げる元気もなかった。


「十九組目です」


 いつもの報告。


 恋愛成就。


 いつもの報告。


 でも今日はどうでもよかった。


 女神も空気を読んだらしい。


 珍しく静かだった。


「気付いたんですね」


 ぽつりと呟く。


 私は笑った。


 自嘲気味に。


「応援するよ」


「誰をですか」


「レティシアを」


 女神は黙った。


 私は続ける。


「今までずっとそうしてきたし」


 誰かの恋を応援して。


 誰かの幸せを後押しして。


 それが私だった。


 恋愛妨害のつもりだったけど。


 結局ずっとそうだった。


 なら。


 最後くらい。


 同じでいい。


「後悔しますよ」


 女神が言う。


 私は肩をすくめる。


「大丈夫」


 大丈夫じゃなかった。


 全然。


 全く。


 欠片も。


 それでも。


 言うしかなかった。


 その後。


 レティシアがエリオットへ会いに行ったという話を聞いた。


 私は聞かなかった。


 結果も聞かなかった。


 聞けなかった。


 ただ。


 屋敷の窓から外を見ていた。


 ぼんやりと。


 静かに。


 そして。


 気付いてしまう。


 もし。


 もしエリオットが誰かのものになったら。


 私。


 たぶん。


 泣くな。


 そこでようやく。


 私は理解した。


 恋愛成就率百パーセント。


 縁結びの聖女。


 恋の恩人。


 そんな呼び名を貰っても。


 好きな人を諦める方法だけは誰も教えてくれなかったのである。

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