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第二十話 悪役令嬢は悪役令嬢になりたいようです

 第二十話 悪役令嬢は悪役令嬢になりたいようです


 現在の戦績。


 破局〇組。


 恋愛成就十九組。


 帰還まで残り二十組。


 そして私は。


 人生で一番どうしようもない状況にいた。


 好きな人がいる。


 相手も多分私を好き。


 なのに。


 告白できない。


 三十五歳独身会社員だった頃の私が聞いたら笑うだろう。


 他人の恋愛は十九組も成立させておいて。


 自分の恋だけ動けない。


 本当に情けなかった。


 そんなある日。


 私は久しぶりにレティシアとお茶をしていた。


 あの日以来だった。


 エリオットへ想いを伝えると言っていた彼女と会うのは。


 私は少し緊張していた。


 だが。


 レティシアは不思議そうに笑った。


「どうしましたの?」


「え?」


「さっきから落ち着きませんわ」


 鋭かった。


 さすが侯爵令嬢である。


 私は紅茶を飲む。


 落ち着け。


 社会人だろう。


 元。


 すると。


 レティシアが笑った。


 本当に幸せそうに。


「あの方には振られましたわ」


 私は固まった。


 カップを落としそうになった。


「えっ」


「きっぱりと」


 レティシアは笑っている。


 泣いていない。


 悲しそうでもない。


 だから余計に驚いた。


「大丈夫なの?」


 思わず聞いていた。


 すると。


 レティシアは少しだけ頬を赤くする。


「ええ」


 そして。


 窓の外を見る。


 その視線の先にいたのは。


 一人の青年だった。


 騎士だった。


 私も知っている。


 レティシアの護衛騎士。


 いつも彼女の隣にいた人だった。


「失恋した時」


 レティシアが言う。


「ずっと支えてくれましたの」


 私は黙る。


 聞いたことがある。


 こういう話。


 何度も。


 何度も。


 十九組見てきた。


「気付いたんです」


 彼女は笑った。


 穏やかに。


 幸せそうに。


「私が本当に見てほしかった人は別にいたんだって」


 そこで。


 私の胸がドクンと鳴った。


 何故か。


 分からなかった。


 いや。


 分かっていた。


 本当は。


「ミレイユ様」


 レティシアがこちらを見る。


 優しい目だった。


「あの方が見ているのはずっと貴女でしたわ」


 私は何も言えなかった。


 言葉が出なかった。


 だって。


 知っていたから。


 本当は。


 ずっと前から。


 知っていたから。


 エリオットが見ているのは私だった。


 お茶会。


 夜会。


 訪問。


 相談。


 紅茶。


 焼き菓子。


 全部。


 全部。


 私のためだった。


 その日。


 私は屋敷へ帰った。


 そして。


 机の引き出しを開けた。


 そこには十九組の記録があった。


 今まで出会った全員。


 恋をした人達。


 悩んだ人達。


 幸せになった人達。


 皆。


 同じだった。


 怖かった。


 不安だった。


 失敗した。


 それでも。


 一歩踏み出した。


 私は何をしていたのだろう。


 ずっと。


 十九組分も。


 他人へ言い続けてきたじゃないか。


 頑張れ。


 行け。


 伝えろ。


 幸せになれ。


 そうやって。


 背中を押してきたじゃないか。


 なのに。


 私だけ逃げるのか。


 その夜だった。


 女神が現れた。


 久しぶりにクッションは投げなかった。


「どうしたんですか」


 女神が驚いている。


 私は立ち上がる。


 そして。


 聞いた。


「二十組目って」


 女神が笑う。


 初めて見た気がした。


 そんな優しい笑顔は。


「もう気付いているでしょう」


 私は目を閉じた。


 そして。


 頷いた。


 二十組目。


 最後の恋。


 それは。


 ミレイユ・フォン・ローゼンタール。


 そして。


 エリオット・アークライト。


 私達だった。


 翌日。


 私は走った。


 飛んだ方が速い。


 でも。


 走った。


 自分の足で。


 初めてだった。


 誰かの恋じゃない。


 私自身の恋だったから。


 庭園。


 いつもの場所。


 エリオットがいた。


 私を見て驚いている。


 当然だ。


 息が切れている。


 髪も乱れている。


 公爵令嬢失格だった。


 でもどうでもいい。


 私は立ち止まる。


 深呼吸。


 そして。


 言った。


「話がある」


 緊張した。


 怖かった。


 逃げたかった。


 でも。


 十九組の顔が浮かんだ。


 皆頑張った。


 なら私も。


 頑張らないと。


「私」


 声が震える。


 情けない。


 本当に。


「あなたが好き」


 沈黙。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


 長い。


 長すぎる。


 死にそうだった。


 すると。


 エリオットが顔を覆った。


「もう少し格好良く告白したかったんですが」


 声が震えている。


 私と同じくらい。


「限界でした」


 その瞬間。


 私は笑った。


 エリオットも笑った。


 本当に。


 馬鹿みたいだった。


 私達。


 恋愛初心者同士で。


 その夜。


 空が光った。


 女神だった。


「おめでとうございます」


 私は聞く。


「これで帰れるの?」


 女神は笑う。


 昔からずっと見ていたような顔で。


「帰れます」


 一瞬だけ。


 三十五歳独身会社員だった頃の記憶が浮かぶ。


 残業。


 会議。


 仕事。


 一人の部屋。


 あの人生。


 悪くはなかった。


 でも。


 きっと。


 今の方が好きだ。


 私は答えた。


「帰らない」


 女神は頷く。


 知っていたみたいに。


「そう言うと思いました」


 その瞬間。


 世界が光に包まれた。


 暖かい光だった。


 そして。


 女神が言った。


「お疲れ様でした」


 視界が白くなる。


 消えていく。


 最後に聞こえたのは。


 エリオットの声だった。


 だから私は。


 少しだけ笑った。


 悪役令嬢になりたかった私の物語は。


 結局。


 一度も悪役令嬢になれないまま終わったのである。


 そして・・・


 縁結びの女神になる少女の物語が、ここから始まるのだった。

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