第十八話 悪役令嬢は恋を理解したいようです
第十八話 悪役令嬢は恋を理解したいようです
現在の戦績。
破局〇組。
恋愛成就十七組。
帰還まで残り二十組。
そして。
私は生まれて初めて。
仕事よりも意味の分からない問題に直面していた。
「どういう意味だろう」
私は自室で考えていた。
机に向かい。
書類を広げ。
万年筆を握り。
真面目に。
本当に真面目に。
考えていた。
数日前の出来事。
エリオットが言った。
もし帰らなくてよくなったら。
そう聞かれた。
私は帰らないと答えた。
その時の彼は。
とても嬉しそうだった。
何故。
意味が分からない。
仕事の話でもない。
領地の話でもない。
経営の話でもない。
なのに。
どうしてあんな顔をしたのだろう。
「分からない」
私は唸った。
恋愛経験ゼロの元お局だった。
当然である。
その時だった。
窓が光る。
もう慣れた。
女神である。
「十八組目です」
「帰れ」
「その前に質問です」
私は真顔だった。
女神が少し驚く。
珍しいらしい。
私は聞いた。
「誰かが私を見ると嬉しそうにするんだけど」
女神が固まった。
「あー」
「なんで?」
「あー……」
女神は遠い目をした。
「それを今聞きます?」
「聞く」
女神は空を見上げた。
しばらく何も言わなかった。
そして。
小さく呟く。
「恋ですね」
私は首を傾げた。
「誰の?」
女神が机に頭を打ち付けた。
凄い音がした。
大丈夫だろうか。
心配になった。
その後。
十八組目の資料を受け取った。
今回の標的は。
王都一の歌姫シェリー。
そして宮廷楽師アルト。
音楽仲間。
恋人未満。
よくある話だった。
いつも通りだった。
いつもなら。
私は即座に妨害計画を立てる。
だが。
今日は違った。
頭の中にいる。
エリオットである。
何故か。
ずっと。
あの笑顔が消えない。
「重症ですね」
女神が言った。
「風邪?」
「違います」
私は首を傾げた。
そのまま調査へ向かった。
歌劇場。
舞台裏。
歌姫と楽師。
いつもの光景だった。
だが。
今日は妙だった。
二人の様子を見ながら。
別の人が浮かぶ。
シェリーが笑う。
エリオットを思い出す。
アルトが気遣う。
エリオットを思い出す。
お茶を飲む。
エリオットを思い出す。
「なんで?」
意味が分からない。
私は混乱した。
だから。
珍しく妨害に失敗した。
何もしていないのに。
ぼんやりしていたら。
シェリーとアルトが結ばれた。
終了である。
過去最速だった。
私は広場の噴水前で考える。
恋愛。
恋。
好き。
そういうもの。
私には無縁だと思っていた。
前世でも。
今世でも。
けれど。
もし。
もしも。
エリオットが他の女性と結婚したら。
私はどう思うだろう。
その瞬間だった。
胸が少し痛んだ。
「あれ」
私は立ち止まった。
変だった。
とても変だった。
その夜。
珍しくエリオットが来なかった。
いつもなら来る。
紅茶を持ってくる。
焼き菓子を持ってくる。
話をする。
笑う。
でも。
今日は来ない。
「忙しいのかな」
私は本を開いた。
読めない。
仕事をした。
進まない。
窓の外を見た。
落ち着かない。
時計を見る。
また窓を見る。
さらに時計を見る。
「あれ?」
私は気付いた。
会いたい。
普通に。
何となくではなく。
会いたかった。
すると。
コンコン。
扉が鳴る。
心臓が跳ねた。
凄く。
びっくりするくらい。
「どうぞ」
声が少し上ずった。
扉が開く。
エリオットだった。
その瞬間。
私は安心した。
凄く。
自然に。
驚くくらい自然に。
「遅かったね」
思わずそう言った。
エリオットが固まる。
私も固まる。
何故なら。
今の一言が。
まるで。
帰りを待っていたみたいだったから。
沈黙。
気まずい。
非常に気まずい。
すると。
エリオットが小さく笑った。
それはいつもの笑顔だった。
優しい笑顔。
私の好きな笑顔だった。
そこで。
ようやく。
本当にようやく。
私は理解した。
「あ」
簡単な話だった。
私は。
恋愛を知らなかっただけだ。
知らなかったから。
気付かなかっただけだ。
仕事の相談をしたかったわけじゃない。
お茶が飲みたかったわけじゃない。
彼がいる時間が好きだった。
彼と話す時間が好きだった。
彼が笑うと嬉しかった。
彼が来ないと寂しかった。
そして。
彼が他の誰かのものになるのは嫌だった。
答えは。
あまりにも単純だった。
「ミレイユ様?」
エリオットが不思議そうに首を傾げる。
私は顔を真っ赤にしながら俯いた。
前世も今世も含めて。
人生最大級の衝撃だった。
恋愛成就十七組。
縁結び実績十七件。
なのに。
自分の恋だけは十八話目になるまで気付かなかったのである。




