恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 第3部 83
私は、
…えっ?…
と、思った…
だって、そうだろう…
なぜ、このタイミングで、彼女の名前が出るのか?
それが、謎だったからだ…
どうして、このタイミングで、出るのか、それが、謎だったからだ…
私は、慌てて、
「…今、なんと、言いました?…」
と、聞いた…
聞かざるを得なかった…
「…熱海で、お会いしましたね…」
と、正造が、言った…
途端に、私は、
…見られた?…
…熱海で、私がいるところを、見られた?…
と、思った…
私は、あのとき、熱海の駅で、米倉正造を見た…
ということは、当然、熱海で、米倉正造が、私を見ている可能性があると、言うことだ…
一方が見て、もう一方が、見ないと、いうことは、あまりない…
当然、気付く可能性があるということだ…
私が、熱海で、米倉正造を見たことは、同時に、米倉正造も、私を見たということだ…
が、
それにしても、このタイミングで、あの米沢京子の名前が出た理由が、わからない…
いや、
そもそも、なぜ、この米倉正造が、あの米沢京子のことを、知っているのか?
それが、わからない…
だから、驚いた…
と、同時に、俄然、興味が湧いた…
興味が湧いてきた…
「…正造さんは、米沢さんを、ご存じなんですか?…」
と、聞いた…
食い気味に聞いた…
「…知っていますよ…」
と、さも、当然のように、答える…
が、
「…もっとも、彼女は、ボクのことを、知らないかも、しれない…」
と、言った…
「…どういうことですか?…」
「…ボクが、彼女のことを、知っていて、彼女は、ボクのことを、知らない…」
「…どうして、ですか? どうして、米沢さんは、正造さんのことを、知らないんですか?…」
「…交流がないからです…面識がない…」
「…」
「…でも、知っています…」
正造が、言う…
実に、意味深に、言う…
それから、一呼吸置いて、
「…米倉報公会…」
と、正造が、言った…
「…米倉報公会?…」
「…高見さんも、知っているように、米倉…いや、大日産業は、戦前から、ありますが、戦後、GHQの財閥解体で、バラバラになりました…ですが、その後、アメリカの日本統治の方針が、変わった…当時のソ連に、対抗するためです…それゆえ、財閥解体で、一度バラバラになった元の大日産業の関連会社が、集結した…ですが、問題になったのは、株価…一度、バラバラになった大日産業の関連会社が、集結したのは、いいが、株価が、以前と比べて、高くなって、大日産業が、関連会社の株を買って、再び、子会社にすることが、できなくなった…株価が、高くなりすぎて、買えなくなったからです…ですから、資本関係はなくても、大日産業を応援する形で、かつての子会社たちが、集結した…それが、米倉報公会の始まりです…」
正造が、長々と、説明する…
「…そして、その米倉報公会は、その後の米倉家の経営の指針になった…」
「…指針?…」
「…つまり、方針です…要するに、ひとを大事にするということ…かつての子会社といっても、そこに集まるのは、当然のことながら、人間です…つまり、当時の大日産業の経営者が、好かれていたから、かつての子会社の社長たちが集まった…それゆえ、大日産業、いえ、米倉の家訓は、ひとを大事にすることと、なった…」
「…」
「…そして、それは、父の代までも、続いた…ひとを大事にするということは、ただ従業員だけを大事にするわけではなく、周囲に困ったひとがいて、それを、助けることも、入ります…」
「…ひとを助ける?…」
「…要するに、経済的に困窮しているものが、あれば、金銭的に援助する…それは、ハッキリ言えば、人助けでも、なんでもなく、そのひとに、対する投資です…」
「…投資…」
「…困ったものが、いても、誰でも、助けるわけでは、当然、ありません…優れているもの…将来、大日産業に関わって、会社を支えてくれるかも、しれないものが、中心です…それを、父の代でも、していました…要するに、奨学金ではないですが、それと、同じものです…そして、その中のひとりが、あの米沢京子です…」
かつて、熱海で、この正造の父、平造が、言ったことと、同じことを、言った…
あの熱海のハローワークで、平造の口から、聞いたことと、同じことを、言った…
つまりは、ひとに対する投資…
それを、行うことで、将来的に、大日産業、いや、米倉に見返りが、返って来ることを、狙ったのだろう…
いや、
見返りというと、あざとすぎるが、自分が、援助した中で、何割かの人間が、将来、大日産業や、米倉家のために、動いてくれることを、願ったのだろう…
悪意は、悪意を…
善意は、善意を産む…
昔、イジメられた人間は、イジメた人間を忘れることは、ないし、その逆もしかり…
恩を受けた人間もまた、その恩を忘れない人間が、何割か、いる…
それが、わかっているから、米倉家の人間は、ひとに投資するのだろう…
幸い、米倉家には、金がある…
ひとに、投資する金がある…
だから、できる…
現に、あの米沢京子は、私と同じ職場にいた…
どういう目的で、私と同じ職場にいたのかは、わからないが、そもそも、あの米沢京子を、あの職場に、配属できたのは、平造の力…
水野グループの幹部の中に、平造に、通じた人間がいるのだろう…
その人間の力で、あの米沢京子を、私と同じ、職場に配置した…
そういうことだろう…
だから、言葉は、悪いが、水野の中に、米倉のスパイがいる…
そういうことだ…
そして、それは、たぶん、水野も同じ…
米倉、いや、大日産業内部に、水野と通じた人間が、いるに違いない…
米倉平造と、水野良平は、親友…
いや、
盟友だ…
財界で、有名な盟友だった…
が、
おそらくは、それは、表面だけ…
見せかけだけだ…
いや、
見せかけだけではないかも、しれないが、なまじ、仲が良いから、警戒する…
仲が良いから、互いに手の内が見られている…
どんな手を打つか、わかっている…
だからこそ、余計に警戒する…
それゆえ、相手の手の内を知るためにも、互いに、相手の陣営の中で、自分に情報をくれるものを、内密に、作る…
そういうことだからだ…
私は、思った…
私は、考えた…
そして、そんなことを、考えていると、
「…あの米沢京子のことは、名簿にありました…」
「…名簿?…」
「…今も、言ったように、米倉報公会の名簿です…米倉が、援助した人間の名簿…将来、米倉家のために、力を貸して、くれるかも、しれない人間たちの名簿です…」
「…」
「…なにか、あったときに、連絡がとれる…つまりは、米倉のために、動いてくれる人間たちの名前を記した名簿です…その名簿は、米倉家にあって、米倉家の人間なら、誰でも、見れるようになっている…だから、ボクも知りました…」
正造が、言う…
長々と説明する…
が、
それを、聞いて、ふと、疑問に思った…
たしかに、その名簿の中に、あの米沢京子の名前があるかも、しれない…
が、
どうして、あの米沢京子を知ったのか、疑問が、残る…
なぜなら、その名簿には、多数の名前が、あるに、違いないからだ…
なにしろ、米倉だ…
お金持ちだ…
奨学金のように、個人を援助するのは、たやすいだろう…
つまりは、十名や二十名ではない…
もっと、多くの人間が、いるに違いない…
もっと、多くの人間の名前が、名簿にあるに違いない…
にも、かかわらず、どうして、この正造が、あの米沢京子の名前を知っているのか?
それが、疑問だった…
だから、
「…おかしいじゃ、ありませんか?…」
と、私は、言った…
「…おかしい? なにが、おかしいんですか?…」
「…だって、そうでしょ? その名簿には、大勢の人間の名前があるんじゃ、ないですか? どうして、その中で、あの米沢京子さんに、注目したんですか?…」
私が、言うと、正造が、黙った…
「…」
と、沈黙した…
答えなかった…
それゆえ、
「…本当のことを、言いなさい!…」
と、私は、言った…
「…本当のこと?…」
「…そうです…正造さん、アナタが、隠している本当のことを、言いなさい!…」
「…」
「…正造さん、アナタが、彼女に目をつけた理由が、なにか、あるはずです…」
私が、言うと、正造は、黙った…
「…」
と、沈黙した…
が、
私は、待った…
正造が、話してくれるまで、待った…
そして、沈黙が、一分、いや、二分と続いただろうか?
「…父ですよ…」
ポツリと言った…
「…平造さん?…」
「…そうです…」
「…なぜ、平造さんが?…」
「…父が、なにか、している…それが、ボクの耳に入ったものだから…」
私は、その言葉を聞いて、考えた…
たしかに、そうだ…
米倉平造は、すでに、引退した…
米倉を、大日産業を、それまでとは、違って、飛躍的に、大きくした半面、借金もまた、桁違いに多く、結果的に、米倉を、いや、大日産業を倒産寸前にまで、追い込んだ…
その責任をとって、平造は、引退…
公の場から、姿を消した…
それから、あの米倉の豪邸からも去った…
熱海の別荘に籠り、隠居生活を送った…
にも、かかわらず、今回、動き出した…
そして、その動きが、正造の耳に入れば、当然、正造も、気になるだろう…
そして、なにより、その平造の動きに、連動するのが、あの米沢京子…
それを、知れば、この正造が、あの米沢京子のことが、気になるのは、わかる…
きっと、ひとを使って、彼女のことを、調べたに違いない…
どこの誰か、調べたに違いない…
そうでなければ、あの米沢京子のことを、知るはずが、ないからだ…
私は、思った…
私は、考えた…




