恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 第3部 81
「…わざと?…」
私の口を突いて、出た…
「…わざと、私を怒らせた?…」
私は、戸惑った…
実に、戸惑った…
これは、同時に、怒っていいのか、戸惑った…
本気で、言っていなければ、怒ることは、できないからだ…
だから、怒って、いいのか、どうか、戸惑った…
が、
私が、戸惑っている間に、この目の前のボンボンが、いきなり、寿さんの腕を掴んだ…
そして、慌てた様子で、
「…寿さん…出て、来ては、ダメだ…」
と、強く言った…
それから、やはり、強い調子で、
「…頼むから、休んでいて、下さい…」
と、懇願した…
明らかに、寿さんに、懇願した…
そして、その様子は、これまで、私にした態度とは、雲泥の差…
明らかに、違った…
まるで、大切なものを、扱うような感じ…
さっき、このボンボンが、いみじくも、言ったように、
…寿さんは、大切な預かり物…
と、言った言葉を、その通りにした…
再現した態度だったからだ…
そして、このボンボンの懇願を、この寿さんは、一笑に付した…
「…そんなおおげさなことを…」
と、一笑に付した…
「…私は、子供じゃ、ありません…自分の体調は、自分で、よくわかっています…」
と、続けた…
「…だから、心配無用…」
寿さんが、笑って言う…
が、
その顔色は、悪かった…
医者でも、なんでもない、素人の私から、見ても、悪かった…
なにしろ、顔が青白い…
元々、肌の色が、白いのだろうが、それにしても、青白いのは、おかしい…
体調が、悪いのは、明らかだった…
「…寿さん、頼むから…頼むから、休んでいて、下さい…」
と、まるで、子供が、親に、頼み事をするように、ボンボンが、頼んだ…
…あと少しで、泣き出すんじゃ、ないか?…
思わず、そう、思うほど、今にも、泣き出す寸前の表情だった…
だから、そんな寿さんとボンボンを、見て、私は、
「…帰ります…」
と、告げた…
「…私は、これで、帰ります…ですから、寿さんも、早く、横になって、休んで、下さい…私は、帰りますので、お気遣いは、無用です…」
と、言って、椅子から、立ち上がり、歩き出した…
私が、そうすれば、寿さんが、休めると思ったからだ…
すると、
「…高見さんこそ、お気遣いは、無用です…」
と、いう寿さんの言葉が、背中から、聞こえてきた…
それから、
「…すいません…私が、高見さんを、接客しなければ、ならない立場なのに、真逆に、高見さんに、気を使わせてしまって…」
と、詫びる言葉が、続いた…
私は、足を止めた…
足を止めて、振り返って、いいものか、どうか、迷った…
もう少し、ここにいて、いいものか、どうか、迷った…
私が、ここに、いることで、寿さんに、気を使わせることになるからだ…
なにより、私に接客しなければ、ならなくなる…
かと、言って、このまま、帰れば、失礼になりかねない…
それを、考えれば、迷った…
どうして、いいか、迷った…
それゆえ、立ち止まったまま…
振り返ることもなく、どうして、いいか、迷った…
が、
すぐに、ボンボンが、
「…高見さん、申し訳ありませんが、今日は、このまま、お帰り下さい…お帰りのクルマは、用意します…」
と、私の背中に、声をかけた…
「…申し訳ありませんが、寿さんに、高見さんを接客させるわけには…」
と、ボンボンが、言うと、そのボンボンの言葉が、言い終わらないうちに、
「…伸明さん、なにを、言っているの? …高見さんに、失礼でしょ?…」
と、寿さんが、ボンボンを叱る声が、聞こえた…
すると、すぐに、続けて、
「…高見さん、申し訳ありませんが、早く、帰って下さい…さもないと、寿さんが…」
背中越しに、ボンボンの悲痛な声が聞こえた…
今にも、泣き出しそうな声が聞こえた…
私は、その声を背中に、受けて、
「…わかりました…帰ります…」
と、言って、歩き出した…
速足で、歩き出して、部屋を出た…
その今、出た部屋からは、
「…なにを、言っているの? 高見さんを帰らせて、どうするの?…」
と、いう寿さんの声と、
「…寿さん…お願いだから、休んでいて、下さい…」
と、いう、ボンボンの声が、聞こえた…
私は、その声を聞きながら、
…守られてる…
…大切にされている…
という、言葉が、脳裏に浮かんだ…
あの寿さんは、あのボンボンに、実に大切にされている…
嫌でも。それが、わかった…
と、同時に、あのボンボンが、さっき、言った…
「…大切な預かり物…」
という言葉が、脳裏に蘇った…
たしかに、言葉通り…
あの寿さんは、大切にされている…
まるで、美術品か、なにかの、ように、大切にされている…
美術品…
それを、思えば、寿さんは、今にも、壊れそうな、美しい陶器のよう…
だから、大切に扱わなければ、ならない…
下手に扱えば、壊れてしまう…
美しい陶器が、割れてしまうからだ…
それと、似ている…
そして、なにより、寿さんは、愛されている…
あのボンボンに、愛されていると、思った…
あのボンボンの寿さんに対する態度を見て、当たり前だが、思った…
あのボンボンは、寿さんと、男女の関係は、ないと、言った…
それが、本当か、どうかは、わからない…
が、
正直、そんなことは、どうでもいい(笑)…
男女の関係が、あろうとなかろうと、寿さんは、あのボンボンに大切にされている…
それが、なにより、大切だからだ…
恋人でも、夫婦でも、元は、他人…
その他人に、大切にされるのは、難しい…
これは、男女の関係ではなくとも、男同士、女同士の間でも、難しい…
他人に大切にされるのは、難しい…
誰もが、親身になって、面倒をみてくれる他人は、あまり、いないからだ…
以前、勤めていた、会社で、他人の悪口ばかりを、言っている女子を見たことがある…
その女子は、口を開けば、いつも、他人の悪口ばかりを、言っていた…
そして、やはり、同じような、他人の悪口を言ってばかりいる連中とつるんでいた…
私は、当然、その連中と距離を置いていたが、誰もが、内心は、その連中にうんざりしているに違いなかった…
また、当時は、それほど、考えなかったが、その連中は、誰にも愛されていないのだろうと、今になって、みれば、考える…
なぜなら、愛されていれば、誰かが、注意するからだ…
陰で、
「…ひとの悪口ばかり言っていては、ダメだよ…」
と、注意されるからだ…
しかし、彼女たちに注意するものは、誰もいなかった…
注意どころか、誰もが、内心、早く会社を辞めてくれと、考えていたに違いなかった…
要するに愛されていない…
誰にも、好かれていない…
当たり前のことだ…
彼女たちは、その後、結婚したが、その中には、離婚して、再婚したものも、いる…
なぜ、私が、そんなことを、知っているのか?
偶然、近所のスーパーで、彼女が、旦那と子供と、いるところを、目撃したからだ…
彼女の前の旦那は、よく周囲にスマホで、いっしょにいるところを、見せびらかしていたので、知っていた…
直接の面識は、ないが、それゆえ、前の旦那の顔は、知っていた…
が、
その後、会ったときの旦那の顔は、違っていた(爆笑)…
だから、前の旦那とは、離婚したのが、わかったのだ…
いつも、他人の悪口ばかり、いっている女を好きになる男は、いない…
前の旦那は、たまたま、周囲に女が、いなかったから、付き合ったのだろう…
嫌われる人間は、どこに行っても、誰からも嫌われる…
その人間を好くのは、同じように、周囲から嫌われている人間だけだからだ…
私は、今、寿さんが、あのボンボンに、大切にされている姿を、見て、それを、思い出した…
そして、それを、思えば、この私…
この高見ちづるを、あの寿さんの身を心配する、あのボンボンのように、大切にしてくれる男が、この先、現れるのか、どうか?
それが、心配になった…
私の身を親身になって、心配してくれる…
あるいは、
私の身を親身になって、面倒をみてくれる男が、この先、現れるか、どうか、心配になった…
同時に、私の脳裏に、なぜか、突然、あの米倉正造の姿が、思い浮かんだ…
なぜか、わからないが、思い浮かんだ(苦笑)…
意味がわからなかった…
どうして、あの米倉正造の顔が、思い浮かんだのか、わからなかった…
自分でも、謎だった…
ただただ、謎だった…
そして、そんなことを、考えながら、用意されたクルマで、自宅に戻った…
自宅に戻り、今日、会ったことを、考えた…
落ち着いて、考えた…
そもそも、なぜ、私を、あのお屋敷に呼んだのか?
あらためて、考えた…
それには、あの米倉正造が、関係している…
あの米倉正造が、私を、あのボンボンに紹介した…
おそらくは、正造の妹の好子さんが、あのボンボンといるところを、写真週刊誌に、撮られたことを、きっかけにして、
「…好子と、そっくりの女を、知っていますよ…」
と、あのボンボンに告げたに違いない…
あらためて、考えた…
そして、あのボンボンは、正造にそう、言われれば、会ってみたいと、思うのが、当然だ…
私が、ボンボンなら、そう、思う…
私が、ボンボンなら、そう、考える…
なぜなら、好子さんが、美人だから…
その美人の好子さんと、そっくりの女が、いると、聞けば、男なら、会ってみたいと、考える…
どんな美人か、会ってみたいと、考える…
そういうことだ…
そして、それは、真逆に、女も、同じ…
同じだ…
イケメンに会って、他の誰かに、
「…そっくりなイケメンがいる…」
と、聞けば、やはり、誰もが、会ってみたくなるものだ…
それと、同じだ…
が、
米倉正造の狙いが、わからない…
なぜ、あのボンボンに、私を会わせようとしたのか?
その狙いが、わからない…
なぜなら、すでに、前にも、言ったが、好子さんと、あのボンボンが、なにか、あったら、米倉にとっては、好都合…
五井に、米倉を援助してもらうための、格好のきっかけになるからだ…
にもかかわらず、あの米倉正造は、私を、あのボンボンに、紹介した…
私を紹介すれば、あのボンボンは、私に興味を持つかも、しれない…
妹の好子さんではなく、私、高見ちづるに、興味を持つかも、しれない…
そうなれば、米倉は、せっかくの五井からの援助のきっかけを失うことになるかも、しれない…
せっかくの米倉の再建のチャンスを失うかも、しれない…
私は、思った…
私は、考えた…
家に帰って、自室で、ベッドに横になりながら、考えた…
いつまでも、考え続けた…
そのときだ…
私のスマホが、鳴った…
どこかから、メールか、電話があったようだ…
私は、慌てて、スマホを見た…
そこには、米倉正造の名前があった…
スマホの画面に、米倉正造の名前が、あった…




