恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 第3部 69
彼女、米沢京子だった…
私以外にも、彼女が、実行していた…
あまり、職場のおしゃべりに、加わらないことを、実行していた…
実践していた…
つまりは、自分が、どんな人間か、周囲に知らしめない…
それを、実行していた…
それを、思えば、真逆に、彼女に、興味が沸いた…
彼女、米沢京子に、興味が沸いた…
敵を知ることが、大事…
まずは、彼女が、どんな経歴で、この会社に入るまでは、どんなことを、していたのか、知るのが、大事だと、思った…
彼女が、米倉平造の庇護を受けて、大学に進学したまでは、わかった…
が、
わかったのは、それだけ…
それだけだ…
他は、なにもわからない…
彼女が、どんな人間か、まるで、わからない…
だったら、わかるように、すればいい…
誰か、彼女のことを、知る人間に、聞けばいい…
ふと、気付いた…
そして、彼女のことを、この営業所で、最も、知るものは、誰か?
考えた…
前沢だ…
営業所所長の前沢だ…
そう、思った…
前沢が、一番、知っている…
もちろん、プライベートのことは、なにひとつ知らないだろう…
しかしながら、営業所長なのだから、彼女の経歴を知っている…
どんな経歴をしているのか、人事部を通じて、知っているだろう…
なにしろ、彼女は、前沢の部下なのだ…
前沢は、この営業所のトップなのだから、部下の経歴は、人事部を通じて、知っているに違いない…
私は、そう、思った…
私は、そう、考えた…
そして、そう、考えてから、前沢に、狙いを定めた…
とりあえず、前沢に近付いて、前沢から、彼女の経歴を知るしか、ない…
それ以外に、彼女の経歴を探る手段が、ない…
なにしろ、彼女は、職場の輪に加わらない…
だから、自分のことを、話さない…
それゆえ、彼女のことを、知る手段が、ないからだ…
私は、思いつくと、早速、それを、実践することにした…
仕事中に、小さく、切った紙に、
「…相談したいことがあります…」
と、書いた…
そして、それを、手に、
「…所長…」
と、言って、仕事の相談をするフリをして、前沢の席に、行き、
「…今の仕事ですが…」
と、言った…
「…今の仕事って、なんだい、高見さん?…」
前沢が聞くと、
「…今の仕事は、私にあっているのか、どうか…」
と、言いながら、すばやく、前沢にメモを渡した…
前沢も、私の渡したメモを、すばやく、手にした…
もちろん、周囲の人間に、気付かれないように、だ…
私は、ちょっと、スリリングな気がした…
これでは、まるで、不倫だ(爆笑)…
前沢に奥さんが、いるか、どうかは、わからないが、これでは、まるで、不倫…
周囲に気付かれないように、男女が、連絡を取る…
これが、二人とも、もっと、若ければ、デートの誘いとでも、言えば、いいが、私も、すでに、33歳…
前沢は、40歳は、超えてる…
だから、不倫が、似合う(笑)…
実に、不倫が、似合う年齢だ(爆笑)…
少なくとも、周囲からは、そう見られる年齢だ(苦笑)…
そして、前沢は、私の意図をすぐに、察したらしい…
私が、メモを渡すために、前沢の席に行ったことに、すぐに、気付いたようだ…
周囲の人間の見えないところで、メモを受け取った前沢は、
「…いや、高見さん…高見さんは、転職してきたばかりだから、まだ仕事が、合うかどうかは、もう少し、やってみないと…」
と、ありきたりの返事をした…
私も、
「…そうですね…」
と、相槌を打った…
ホントなら、前沢が、席を立ったところを、追って、私も、自分の席から、立ち上がって、前沢に、メモを渡せば、いいのだが、それでは、うまくいくか、どうか、わからない…
この方が、安全だと、思った…
なにより、私が、前沢を追って、席を立てば、気付くものが、いるかも、しれない…
だから、安全だと、思った…
そして、そんなことを、考えながら、自分の席に戻ると、以前、勤めていた金崎実業で、若い社員同士が、付き合っていて、その連絡方法が、見え見えだと、話題になっていたことを、思い出した…
その連絡方法というのは、実に、古典的というか…
要するに、デートの連絡方法…
互いに、自分の席に、ケータイでも、ノートでも、なんでもいい…
誰もが、目につく、わかりやすいものを、置く…
そして、その置き場所が、いつもは、例えば、席の右上だとする…
が、
今日は、デートしたいと、思ったら、真逆の、席の左上に置く…
一方の男女が、そうしたら、自分も、そうする…
つまりは、互いに、席の左上に置いたら、今日は、デートOK…
いつまでも、片方が、右上のままだったら、今日は、ダメというふうになる…
そんな連絡方法をしているカップルがいた…
もちろん、最初は、気付かない…
が、
何度も、同じことを、続けていれば、いずれは、周囲にバレる…
このカップルの場合は、デートをするときに、いつも、会社の近くで、二人が、デートしていたので、すぐにバレた(笑)…
せめて、もう少し、会社から、遠いところで、デートすれば、バレなかったと、思うが、それでは、面倒だったのだろう…
すぐに、会社中の人間に、バレた(笑)…
そんなことを、思い出した…
そして、そんなことを、考えていると、前沢が、私の席に、やって来て、
「…さっきのことだけれども…」
と、言って、周囲に気付かれないように、すばやく、小さなメモを渡した…
それが、用事だった…
が、
さすが、それだけでは、ダメ…
なにか、言わなければ、ならない…
だから、
「…もう少し、頑張ってみて…」
と、前沢が告げた…
私は、それを受けて、
「…ご迷惑をおかけして、申し訳ありません…」
と、詫びた…
そして、前沢が去り、周囲の目がなくなったときに、メモを見た…
そこには、
…以前、いっしょに、行った店で…
と、だけ、書いてあった…
そういえば、以前、この前沢と、この会社のある駅ではなく、もう少し離れた別の駅で降りて、その駅の近くのファミレスで、話したことを、思い出した…
この会社の近くで、話さないのは、会社の人間に見られるから…
別に、私も前沢も不倫をしているわけでもなんでも、ないので、見られても、構わないが、見られれば、なにか、言われるのが、怖い(苦笑)…
火のないところに、煙は立たないというか…
李下に冠を正さずではないが、周囲に誤解されるような行動は、極力、控えるのが、賢明だ…
もっとも、それを言えば、数駅離れた場所で、会うほうが、もっと怪しいだろうという意見もあるだろう…
しかし、それを、言えば、会えない…
だから、前沢の提案に乗ることにした…
私は、メモを書いて、前沢に渡そうと、思ったが、それでは、面倒臭い…
私が、前沢を見ると、前沢が、私を見ていることに、気付いた…
それゆえ、私は、前沢を見て、無言で、頭を下げた…
OKの返事をしたつもりだった…
そして、前沢もまた、私に対応するように、頭を下げた…
そして、それに、気付いた、同僚が、
「…なに、高見さん…前沢さんに、頭を下げているの?…」
と、聞いた…
私は、とっさに、
「…いえ、前沢さんが、私の方を見ているので、つい…」
と、言った…
それを受けて、前沢も、
「…いや、たまたま、高見さんと、目があって…」
と、言い訳した…
すると、女子社員が、
「…所長、いくら、高見さんが、美人だからって、ガン見しちゃ、まずいですよ…」
と、笑った…
「…いや、ボクは、そんな気は…」
と、言い訳する…
「…それだったら、米沢さんも、見なければ、ダメですよ…彼女も美人なんだから…」
そう言われると、前沢は、どう反応して、いいか、わからなかった…
女の敵は、女…
うっかり、口をすべらせて、
「…米沢さんは、ボクの好みじゃないから…」
と、でも、言えば、大変だ…
なにか、変なことを言って、この営業所の女性社員全員を敵に回しでも、したら、大変だからだ…
それゆえ、前沢は、
「…いや、だから、たまたま、高見さんと、目が合っただけだって…」
と、言い訳した…
あるいは、それで、押し通そうとした…
それを、聞いた女子社員が、
「…怪しい…」
と、わざと、からかう口調で、言った…
それを、受けて、前沢が、
「…ボクにも、妻や子供がいる…不倫なんて、とんでもない!…」
と、わざと、憤慨して見せた…
それを受けて、最初の女子社員が、
「…そうですよ…不倫なんて、したら、家庭が壊れますよ…」
と、笑った…
そして、それに、呼応するように、その場にいた、部署全体が、笑いに包まれた…
つまりは、前沢は、うまく、笑いに変えたわけだ…
部署全体が、笑いに包まれる中、ただ一人、笑わないものがいた…
なにげなく、その場にいた全員を、見ていると、その人物に、気付いた…
その人物とは、他ならぬ、米沢京子だった…




