恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 第3部 67
私は、一目散で、逃げ出した…
私は、一目散で、熱海のハローワークから、逃げ出した…
その間、何度か、背後を振り返った…
まさかとは、思うが、米沢京子が、私を追いかけて来ないか、心配だったからだ…
まるで、鬼ごっこ…
三十路を過ぎた女の鬼ごっこだった(笑)…
同時に、
…これは、現実?…
…まさか、夢?…
と、考えた…
本気で、考えた…
三十路を過ぎた女が、大声で、ひとの悪口を言っている…
しかも、当人の目の前で、言っている…
そんなことは、滅多にあることでは、ないからだ(苦笑)…
だから、夢だと思った…
現実ではないかも、と、思った…
しかしながら、現実…
これは、紛れもない現実だった…
そして、現実であることが、わかると、落胆した…
なぜ、自分が、こんな目に遭わなければ、ならないのかと、思い、落胆した…
それから、次に、怒りが、湧いた…
なぜ、自分が、こんな目に遭わなければ、ならないのかと、考え、怒りが、沸いた…
…一体、私が、なにをしたというのか?…
要するに、あの女は、悔しいのだ…
私が、平造に優遇されているのが、悔しいのだ…
そう、思った…
そう、考えた…
あの女は、ずっと、平造に、面倒を見てもらった…
生活の面倒をみて、もらった…
学費のみならず、生活の面倒をみて、もらった…
そう、告白した…
私の面前で、そう、告白した…
そして、それが、思慕の感情となった…
平造を好きになったに違いない…
そう、考えた…
歩きながら、考えた…
さすがに、学生時代では、ないのだから、いつまでも、走っているわけには、いかない(笑)…
走るのを、やめて、歩きながら、考えた…
彼女、米沢京子のことを、考えた…
彼女は、もしかしたら、平造に父の面影を見たのかも、しれないと、考えた…
さっきの話を考えると、彼女、米沢京子は、父が、亡くなり、平造に支援してもらった…
大学の学費のみならず、生活の面倒をみてもらった…
まるで、父親だ…
頼りになる、父親だ…
だから、彼女が、平造に、父の面影をみても、おかしくはない…
なにも、おかしくはない…
ごく、普通のことだ…
そして、考えたのは、ファザコン…
ファザコン=ファザーコンプレックスだ…
父親が、幼い頃に亡くなると、娘は、父親のように、歳の離れた男と、結婚することが、多い…
つまりは、男に父親の影を見ている…
あるいは、
夫ではなく、無意識に、父親を、求めているということか?
だから、そんな女は、10歳以上、年上の男や、あるいは、文字通り、父親と、いってもいい年齢差の男と、結婚することが多い…
無意識に、夫ではなく、父親を求めているのだろう…
そして、それが、弱い女なら、わかる…
あるいは、おとなしい女なら、わかる…
が、
真逆に、誰が、みても、おとなしくない女…
派手であったり、勝気であったり、する女でも、夫ではなく、父親を求める女も、いる…
見方を代えれば、それほど、幼い時に、父親を亡くした影響が、多いのだろう…
なにしろ、男の好みを代えてしまうぐらいだ(笑)…
今回、彼女、米沢京子が、平造と、どうにか、なるかは、わからないが、おそらく、米沢京子は、年上の男と結婚するに違いない…
仮に、米沢京子が、50歳になろうと、60歳になろうと、自分より、年上の男と結婚するに、違いない…
そんな歳をとっても、たぶん、年下とは、結婚しない…
つまりは、若いときに、父親を亡くしたことが、彼女の男の好みを決定づける…
そして、それは、シングルマザーの場合も、そう…
同じだ…
本人が、意識せずとも、無意識に、男に、父親の影を求める場合が、多い…
私は、そんなことを、考えた…
歩きながら、考えた…
そして、そんなことを、考えながら、駅に向かった…
ホントなら、駅ではなく、どこかで、食事をとって、帰りたかった…
お腹が空いていたからだ…
だが、それどころではなかった…
一時も早く、熱海から、離れたかった…
いや、
熱海ではなく、米沢京子から、離れたかった…
まさか、私に襲いかかってくるとは、思えないが、その可能性というか…
とにかく、彼女が怖かったのだ…
だから、急いで、帰りたかった…
新幹線でなくても、いい…
とにかく、ここから、逃げ出したかった…
一目散に逃げだしたかった…
それで、一目散に駅に向かったわけだが、甘かったというか…
なぜなら、彼女もまた、一目散に駅に向かう確率が高い…
駅に着いて、そう、思った…
が、
ホームで、彼女の姿を見ることは、なかった…
きっと、それは、私が、熱海のハローワークから、歩いて、駅に来たから…
スマホで、地図を見ながら、どうにか、辿り着いたからだと、思った…
ハッキリ言えば、グズグズしていたから、駅に着くまでに、時間がかかったから、彼女と遭わなかったのかも、しれない…
あるいは、彼女は、どこかで、食事をとっていたから、遭わなかったのかも、しれない…
いずれにしても、遭わなかった…
彼女の姿を見なかった…
だから、私は、安心して、新幹線で、東京に戻った…
正直、新幹線の座席に座っても、ドキドキだった…
いつ、彼女が、現れるかと、思うと、ドキドキだった…
まるで、ホラー体験のようだった…
いつ、ゾンビが、襲いかかって来るかと、考えると、不安だった…
そして、我ながら、そんな恐怖に怯える私を客観的にみる、もうひとりの私が、いた…
冷静に私を見る、もうひとりの私がいた…
そして、もうひとりの私から見た、今の私は、まるで、小学校の低学年…
10歳になるか、ならない子供だった…
ゾンビに怯える子供だった…
だから、そんな子供の私を笑う、もう一人の私がいたのは、確か…
私は、そんな二人の私を抱えて、東京に戻った…
それから、家に帰り、翌日は、出社した…
会社の風景は、いつもと、同じだった…
私が、出社すると、営業所長の前沢が、
「…おはよう…」
と、声をかけ、続けて、
「…高見さん…どうだった? 昨日の研修?…」
と、私に聞いた…
「…どうだった?…」
と、聞かれても、正直、返答に困った…
なんて、答えていいか、わからなかった…
だが、答えないわけには、いかない…
少し、考えて、
「…研修を受けるのは、初めてじゃないんで…」
と、言った…
「…初めてじゃない? どういうこと?…」
と、前沢…
「…前の会社で、研修は、何度も受けたので…」
と、曖昧に言葉を濁しながら、言った…
正直、転職して、前の会社のことを、話題にするのは、禁句…
やっては、いけないことだ…
前の会社は、ああだった…
前の会社では、こうだった…
なんてことを、いつも、言っていれば、
「…だったら、前の会社を辞めなきゃ、よかったじゃない!…」
と、陰口を叩かれるだけだからだ…
だから、言っては、いけない禁句だったのだが、つい、言ってしまった…
つい、口にしてしまった…
が、
前沢は、別になにも、気にすることなく、
「…そうだな…高見さんも、前の会社が長かったから…」
と、言った…
すでに、私も33歳…
もうすぐ、34歳になる…
決して、若くはない…
誰が、見ても、私を、大学出たての新入社員と、見間違えるものは、いない(苦笑)…
だから、口にして、よかったのかも、しれないと、思い直した…
前の会社のことを、持ち出しても、いいかもと、考え直した…
なにより、今の話題は、研修の話題…
賃金や福利厚生の話題ではないからだ…
率直に言って、どうでもいい話題というか…
当たり触りのない話題だと、気付いた…
そして、私が、そんなことを、考えていると、前沢が、
「…そうだよな…高見さんも、失礼ながら、若くはない…研修なんて、前の会社で、何度も受けているだろうし…」
と、呟いた…
正直、
「…若くない…」
と、いうフレーズには、敏感に反応したが、さすがに、咎めるわけには、いかない…
だから、ただ、
「…ハイ…」
と、頷いた…
ハッキリ言えば、
「…若くない…」
というフレーズには、頭に来たが、さすがに、この場で、苦情を言うわけには、いかない…
だから、なにも、言わないのが、正しいというか…
口にすることで、前沢と揉めたくなかった…
それが、本音だった…
なにより、この前沢も転職組…
私と同じく、このM商会に転職してやってきた人間だと、今、思い出した…
以前、この前沢と、話していて、そう私に告白したことを、思い出した…
だから、だろうか?
私が、
「…研修を受けるのは、初めてじゃないんで…」
と、言った言葉を違和感なく、受け止めたのかも、しれない…
そう、思った…
そう、気付いた…
そして、そう、気付いた後に、前沢が、
「…米沢さん…おはよう…昨日の研修は、どうだった?…」
と、声をかけた…
私は、驚いた…
いや、
驚くことではない…
ここは、会社…
あの米沢京子が、出社しても、おかしくはない…
私は、恐る恐る、背後を振り返った…
彼女、米沢京子の姿を見るべく、振り返った…




