恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 第3部 64
「…透さんのこと?…」
「…そうだ…」
「…透さんのなにが、なんとかならないのでしょうか?…」
「…サウジだ…」
平造の顔が、一転して、苦々しくなった…
「…サウジアラビア政府と、共同で、水野グループが、事業をやると、透くんが、ぶちあげたことだ…」
平造が、続ける…
苦々しい表情のまま、続ける…
「…ばかげている…あまりにも、ばかげている…サウジアラビア政府と共同で、なにか、事業をするなんて、水野の企業規模を超えている…」
「…」
「…それが、できるのは、この日本では、三井や三菱や、住友…それに、五井ぐらいのものだ…」
「…五井…」
「…そう、五井だ…」
平造が、言う…
…まさか、好子さんが、五井の御曹司と、いっしょに、いるところを、写真誌に撮られたから、それに、対抗して…
とっさに、思った…
M商会の女子社員が、言っていた言葉を思い出した…
そして、平造も、また、同じことを、言った…
「…まさか、好子が、五井の当主の諏訪野さんと、いっしょに、いるところを、写真週刊誌に撮られたから、それに、触発というか、対抗してと、いうわけでも、あるまいに…」
と、言った…
M商会の女子社員と、同じことを、言った…
続けて、
「…透くんのことは、幼いときから、知っている…正直、頼りないところはあるが、バカではない…水野の実力もわかっていると、思うのだが…」
と、言う…
考え込みながら、言う…
実に、心配そうに言う…
おそらく、平造にとって、透は、息子に近いのでは、ないか?
ふと、そう、思った…
ふと、そう、気付いた…
平造と、透の父親の良平とは、透が、子供の頃からの盟友…
互いに、相手の家を行き来した仲だ…
いわゆる、親戚に近い仲だ…
だから、当然、透のことは、子供の頃から、知っている…
それゆえ、当然、透の性格もまた、知っているに違いない…
「…透くんは、優しい子だ…いつも、好子を見ていた…遠くから、好子を見ていた…だから、二人が、結婚すると、聞いたときには、正直、心の底から、良かったなと、透くんに、言ってやりたかった…」
平造が、思いもかけないことを、言った…
それまで、考えたことのないことを、言った…
しんみりとした口調で、言った…
「…そして、好子と透くんの結婚は、この米倉にとっても、渡りに船だった…巨額の赤字に苦しむ大日産業を、水野が、救うことになるからね…良平は、当然、反対したが、ボクは、あのとき、透くんのことを、考えてね…」
「…透さんのこと?…」
私は、つい、言ってしまった…
私は、つい、口を挟んで、しまった…
「…なんというのかな…透くんが、好子を好きなのは、周囲の大人たちもまた、皆、わかっていた…だからかな…透くんと好子の結婚を聞いたとき、まさかと、思ったのと、同時に、透くん、良かったなと、声を、かけたいほどだった…」
平造が、しんみりと続ける…
「…ボクは、当然、米倉の人間…水野の人間じゃない…それが、なぜか、透くんと、好子の結婚を聞いたとき、真っ先に、心の中で、思ったことは、それだ…自分でも、意外だった…」
「…会長、どうして、ですか?…」
それまで、黙っていた、米沢京子が、口を挟んだ…
おそらく、たまらず口を挟んだのかも、しれない…
「…どうしてと、言われても、自分でも、よくわからない…」
平造が、首を振る…
「…でも、もしかしたら、透くんに、自分を重ねたのかも、しれない…」
「…自分を重ねた?…」
と、米沢京子…
「…そうだ…好子の母親…米倉本家のお嬢様は、若いときは、美しいひとで、ボクの憧れだった…好子が、美人なのは、そのせいだ…」
「…」
「…だが、分家出身のボクが、お嬢様と、結婚できるわけは、ない…身分が、違い過ぎる…だから、お嬢様を、遠くから、見ているだけだった…それが、ひょんなことから、お嬢様と、結婚できた…まるで、夢でも、見ているようだった…」
私は、その告白を聞いて、平造が、好子さんを、溺愛した理由が、わかった気がした…
要するに、自分が、好きだった女の娘だから、好きになった…
それゆえ、誰よりも大切にしたということだ…
そして、同時に、また、平造は、幼い透に、自分の姿を重ねて、見ていたということだ…
だから、透が、好子さんと、結婚すると、聞いて、透を、祝福した…
透と、好子さんが、結婚することで、米倉の経営する大日産業の赤字を補填することが、できる…
そんな打算が、あったわけだが、同時に、そんな愛情があったわけだ…
誰も、気付かない、そんな愛情が、あったわけだ…
そして、その告白は、ウソではないだろうと、思った…
なぜなら、そんな告白を、しても、今さら、なんの得もないからだ…
すでに、透と、好子さんは、離婚した…
まさか、今さら、元には、戻るまい…
まさか、再び、結婚は、しないだろう…
だから、そんな告白をしても、なんの得にもならない…
透が、再び、好子さんと、結婚するのだったら、
「…実は、こんな気持ちで、透くんを、見ていたんだ…」
と、言うことで、透を、味方にすることが、できるかも、しれない…
が、
そんなことを、今さら言っても、仕方がない…
透と、好子さんは、離婚したんだ…
だから、なにを、言っても、いまさら…
いまさらというヤツだからだ…
「…自分でも、意外だったよ…」
平造が、繰り返す…
「…透くんと、好子の結婚を、あんなにも、喜ぶとは、思わなかった…まさに、まさかだ…」
と、平造が、続ける…
「…そして、それは、今も続いている…」
「…続いている? なにが、続いているんですか?…」
と、私。
「…透くんのことだ…良平同様、透くんが、なにを考えているのか? それが、不安だ…」
「…不安?…」
と、米沢京子が、口を出した…
「…会長、なにが、不安なんですか?…」
「…水野の行く末だ…」
「…どうして、ですか? すでに、水野とは、関係がないんじゃ…」
「…きみの言う通りだ…だがね、水野は…いや、良平もだが、私にとって、親戚に近い存在なんだ…」
「…親戚?…」
「…そう、親戚だ…良平とは、ビジネスだけじゃない…家族ぐるみの付き合いだった…だから、透くんも、好子とは、幼馴染…子供の頃から、知っていた…そして、それは、私にとっても、同じ…透くんは、身近な存在だ…身近な親戚の子供だ…だから、透くんが、心配なんだ…」
私は、平造の言葉を聞いて、考え込んだ…
平造の言葉が、ウソか、ホントか、考え込んだ…
たしかに、平造の言葉に、ウソは、ないと、思う…
真実だと、思う…
が、
本当に、それだけか?
なにか、裏があるのではないか?
つい、考えてしまう…
それは、なぜか?
それは、平造が、やり手の実業家だったからだ…
だから、本当に、それだけなのかと、考えてしまう…
今、大日産業は、経営再建中…
それまであった巨額の負債は、完済したが、経営は、黄信号とまでは、いわないが、視界不良に近い…
まだ、前が見えない状況…
まだ、未来が、見えない状況だ…
そんな状況の中で、やはり、頼りになるのは、水野…
水野グループだけだろう…
好子さんは、すでに、透と、離婚したが、二人は、幼馴染で、一般の元の夫婦だった人間とは、違う…
二人とも、心が通じ合っているとまでは、言わないが、話しやすい仲であることは、間違いない…
だから、これは、有利…
別れても、有利に違いない…
現実に、好子さんは、五井の若き当主、諏訪野伸明氏に会って、五井に経営再建を支援して、もらいたかったと、私に告げた…
五井は、大財閥…
米倉とは、比較にならない…
水野とも、比較にならない…
米倉は、水野の三分の一の企業規模…
つまりは、米倉から、見れば、水野は、三倍の大きさの企業だ…
そんな水野から、見ても、五井は、別格…
まるで、別格だ…
だから、好子さんは、五井に庇護を求めようとした…
五井に、米倉の面倒をみてもらおうとしたのだ…
が、
それは、無理…
できないことは、すぐにわかったと、言った…
好子さんは、色仕掛け(笑)で、諏訪野伸明をなんとかしようとしたが、諏訪野氏には、すでに、寿さんという美人の恋人が、いて、その寿さんに、諏訪野氏は、首ったけということを、聞いたからだ…
私も、たしか、一度だけ、その寿さんと、会ったことがある…
私も、驚くほどの美人だった…
とても、私なんかじゃ、歯が立たない美人だった…
だから、好子さんに、その話を聞いて、私もすぐに、好子さんの話に納得した…
失礼ながら、私と好子さんは、外見が、ほぼ同じ…
だから、私が、寿さんに会って、一目で、
…これは、勝てない!…
…私なんかの出る幕じゃない!…
と、悟ったのだから、好子さんが、寿さんに会っても、きっと同じ…
同じ反応を示すに決まっている…
つまりは、なにが、言いたいかと、言えば、米倉の未来は、まだ視界不良…
だれかに、支えてもらわなければ、ならない…
それは、衆目の一致するところだ…
もちろん、それは、この平造も同じ考えに違いない…
それゆえ、水野が、必要になる…
好子さんと、透が、離婚したとは、いえ、米倉は、まだ、水野と繋がっている…
言葉を代えれば、米倉の一番近くにいるのは、水野…
経営再建中の米倉が、もっとも、身近に頼れるのが、水野だからだ…
その水野が、なにか、あったら、困る…
透が、とんでもないことをして、水野が、傾くようなことがあったら、困る…
水野が、傾けば、いざとなったら、米倉が、頼るところが、なくなるからだ…
だから、困る…
それゆえ、平造は、透を、心配しているのではないか?
透が、サウジアラビア政府と、組んで、なにか、壮大なプロジェクトをして、それが、コケるようなことが、あれば、いざというときに、米倉が、頼るところが、なくなるからだ…
私は、思った…
思ったのだ…




