恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 第3部 59
…えっ?…
…正造さん?…
心の中で、思った…
心の中で、叫んだ…
たしかに、他人のそら似ではない…
明らかに、正造だった…
好子さんの兄の正造だった…
が、
冷静に考えれば、驚くことではない…
なにしろ、この熱海には、平造が、いる…
米倉正造の実父の平造が、いる…
だから、驚くべきことでは、なかった…
なかったのだ…
正造は、同じ新幹線から、降りた私には、気付かない様子だった…
ここは、熱海だから、東京とは、違い、新幹線から、降りる乗客は、多くない…
かといって、まばらというほど、少なくは、ない…
だから、見れば、私に、すぐに、気付く…
が、
私に気付いた様子はなかった…
私は、一瞬、
「…正造さん…」
あるいは、
「…米倉さん…」
と、話しかけようと思った…
が、
それは、できなかった…
なぜかと言えば、前回、正造と、別れたときに、ケンカ別れしたからだ…
壮絶なバトルを演じたからだ(苦笑)…
バトルといっても、ただ一方的に、私が、正造を殴っただけだが、そのやり方が、ひどかった…
自分でも、えげつなかったと、思う…
なにしろ、街中で、周囲に大勢のひとが、いる中、私は、感情に任せて、正造を殴り続けたからだ…
平手ではなく、拳骨で、殴り続けたからだ…
いや、
拳骨だけではない…
足も、使った…
足を使って、蹴りも入れた…
私は、手足を使って、全力で、正造を殴った…
道行く、ひとが、誰もが、足を止めて、見るほどだった…
それほど、壮絶なものだった…
まるで、映画か、テレビドラマの撮影のようだった…
だって、そうだろう…
いくらなんでも、街中で、衆人環視の中で、男と、壮絶なケンカをする女など、どこにも、いないからだ…
だから、映画か、なにかの撮影だと、思われても、仕方がない…
現実で、あまり、そんな光景は、誰もが、滅多に、お目にかかれないものだからだ…
しかも、一方的…
私が、一方的に、正造を、殴ったり、蹴ったりしただけだった…
正造は、一切、私に手を出さなかった…
私に、一方的に、殴られ続けただけだった…
私に、一方的に、蹴られ続けただけだった…
一切、私に反撃しなかった…
つまりは、サンドバッグ状態だったということだ…
もっとも、それが、できたのは、私が小柄だったから…
私が、身長155㎝と小柄だったから…
米倉正造は、175㎝はある…
それゆえ、私が、一方的に、正造を殴ったり、蹴ったりしても、受け止めることが、できた…
これが、正造が、もっと、小柄なら、無理だったろう…
受け止めることは、できなかっただろう…
仮に、正造が、後十センチ身長が、低かったら、できなかっただろう…
私の攻撃を受け止めることは、できなかっただろう…
どうしても、小柄では、無理…
いかに、私が、155㎝と小柄でも、私が、全力で、相手に殴ったり、蹴ったりすれば、反撃することなく、一方手に、やられ続けることは、できないからだ…
私は、あのとき、感情が爆発した…
米倉正造に対して、それまで、積りに、積もった感情が爆発した…
そして、いったん、感情が爆発すると、自分でも、自分の感情が、止められなかった…
一度、正造を、思いっきり殴ると、殴るのを、止めることなど、できなかった…
周囲に人込みができようとなんだろうと、関係がなかった…
それまで、抑えていた感情が、爆発すると、もはや、自分でも、自分を抑えられなかった…
私は、今、それを、思い出した…
思わず、自分でも、顔が赤くなるほどだった…
自分でも、自分のしたことに、赤面した…
あまりにも、行動が、愚かだったと、思い、赤面した…
が、
後悔はない…
正造を、殴ったり、蹴ったりしたことに、後悔はない…
一切ない…
しかしながら、ただ恥ずかしかった…
衆人環視の中、正造を殴ったり、蹴ったり、し続けたことが、恥ずかしかった…
振り返ってみれば、自分でも、かつて、あんな行動をしたことは、一度もない…
33年、生きていて、一度もないことだった…
だから、振り返ってみれば、自分でも、自分の行動に驚いた…
まさか、私が、あんな真似をするとは?
衆人環視の中で、男のひとを、蹴ったり、殴ったりするとは?…
考えてみれば、驚く…
自分自身でも、驚愕する…
しかしながら、繰り返すが、後悔はない…
まったくない(笑)…
それほど、米倉正造に、頭に来ていた…
私を利用したことに、頭に来ていた…
そして、それを、今、思い出すと、とてもではないが、米倉正造に、この場で、話しかけることなど、できなかった…
当たり前のことだ…
私が、そんなことをしたことを、ケロリと忘れて、
「…正造さん…」
とでも、声をかければ、正造は、驚愕するだろう…
この女、どういう思考形態をしているんだと、驚愕するだろう…
当たり前のことだ…
それゆえ、私は、正造に、声をかけることはなかった…
それどころか、ホントは、正造の姿を見たのだから、この場から、一目散に逃げだすところだが、それは、できない…
そんなことを、すれば、かえって、目立ってしまうからだ…
悪目立ちしてしまうからだ…
だから、そのまま、歩いた…
顔も伏せることなく、普通に歩いた…
顔を伏せたりすれば、かえって、目立つ…
やはり、悪目立ちするからだ…
この女、どうして、下を向いて、顔を伏せているのだろう?
と、誰もが、考えるものだからだ…
だから、顔を伏せなかった…
もっとも、これは、余談があるというか…
ずっと、以前、やはり、顔を伏せて、歩いている女を、見たことがあるからだった…
偶然、地元のスーパーで、見たことがあるからだった…
私は、その女性をみたときに、
「…なんで、このひと、顔を伏せて、歩いているんだろ?…」
と、思った…
当たり前のことだ…
そして、私が、そんな思いで、彼女を見たときに、突然、思い出した…
以前、金崎実業にいた同僚の女性だったと、わかった…
なぜ、わかったのか?
それは、彼女の体形…
その彼女は、大柄で、身長が、170㎝はあった…
だから、わかった…
日本では、170㎝もある、女性は、少ない…
おまけに、私は、彼女の体形を知っていた…
170㎝でも、皆、体形が、違う…
太っていても、痩せていても、同じように、太っていたり、同じように、痩せている女性は、いない…
痩せていても、胸が大きかったり、小さかったり…
あるいは、
太っていても、足が、思いのほか、細かったり…
千差万別だ…
さらには、歩き方…
誰もが、歩き方に、ちょっとした特徴があるものだ…
私は、彼女の体形だけでなく、歩き方も、知っていた…
だから、すぐに、彼女だと、わかった…
いかに、顔を伏せて、顔を見られないように、していても、すぐに、彼女だと、わかった…
そして、彼女が、顔を伏せる理由は、ずばり、私に見られたくなかったからに、他ならない…
なぜ、私に見られたくなかったのか?
それは、以前、金崎実業にいたときに、いつも、大言壮語を吐いていたからに、他ならない…
まったくの平凡な容姿で、学歴も平凡…
とりたてて、他人様より、優れたものなど、なにもない…
あるのは、身長だけ…
身長は、170㎝と、高い…
が、
高いだけ…
決して、スタイルが、良いわけでも、ない…
本人も、それに気付いているのか、取引先の女性で、同じように、背が高くて、スタイルが良い女性が、いたが、決して、彼女を褒めることがなかった…
普通のひとなら、
「…あのひと、スタイルがいいね…」
と、言うところだが、それを認めるのが、嫌なのだろう…
それを、認めれば、自分が、ただ背が、高いだけの女だと、認めることになるからだ…
要するに、負けず嫌い…
ルックスもスタイルも、学歴も、まったくの平凡にも、かかわらず、負けず嫌いで、他人の割口ばかり言っていた…
その一方で、いかに、自分が、優れているか、力説していた…
それゆえ、陰で、彼女を、バカにしたり、嫌っていた人間が、いた…
私も、その人間のひとり…
だからだろう…
私の存在に、気付いたからだろう…
とっさに、顔を伏せたに違いない…
そして、なにより、彼女が、顔を伏せたのは、逃げられないから…
なぜなら、そのとき、彼女は、旦那と、子供といた…
しかも、子供は、幼い…
まだ、小学校にも、通っていない年齢…
おまけに、二人いた…
だから、私を見て、きっと、急いで、どこかに、身を隠したいと、思ったに、違いない…
なぜなら、旦那が、どう見ても、ガテン系で、大柄な人物だったからだ…
私は、ガテン系を悪く言うわけではないが、金崎実業にいたときは、彼女は、大言壮語を吐いてばかりいた…
将来は、医者や弁護士でなければ、結婚しないとか、大言壮語を吐いていた…
にもかかわらず、いっしょにいる旦那は、誰が見ても、ガテン系…
言っていることと、やっていることが、違い過ぎる(爆笑)…
だから、それを、私に見られるのが、嫌だったのだろう…
だから、とっさに、顔を隠したのだろう…
なにより、私が、彼女を、嫌っていることを、彼女が、知っているからだ…
そして、私が、彼女を嫌うのは、彼女が、私を嫌うから…
なぜ、私を、嫌うのか?
それは、私が、美人だから(苦笑)…
自分では、ルックスで勝てないから、嫌うわけだ…
負けず嫌いだから、一目、私を、見て、ルックスで勝てないから、嫌う…
非常に、わかりやすい理由だ(爆笑)…
そして、私は、今、それを、思い出したから、顔を伏せなかった…
顔を伏せれば、かえって、目立つからだ…
だから、堂々と、顔を出して、歩いた(爆笑)…
誰に見られても、平気なように、堂々と歩いた…
ホントは、内心、ドキドキだった…
もし、米倉正造に見られて、気付かれたら、どうなるかと、思って、ヒヤヒヤだった…
なにより、正造の反応が、わからないのが、怖い…
まさか、いきなり私を見て、怒鳴りつけるようなことは、ありえないと、思うが、それは、なってみなければ、わからない…
正造が、私に気付いて、みなければ、わからない…
だから、私は、正造から、距離を置いて、歩いた…
これが、都会なら、すぐに、正造の姿を見失ったとなるところだが、熱海では、それほど、ひとが、多くない…
だから、正造を見失うことは、なかった…
私は、正造と距離を置いて、歩き、正造は、駅を出ると、ただ、どこかに、歩いて行った…
私は、それを、見て、安心した…
ホッと、一息、ついた…
そして、それも束の間、
「…高見さん…」
と、突然、私に声をかけるものが、現れた…
私は、声のする方を見た…
そこには、あの米沢京子がいた…




