恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 第3部 53
まさに、驚天動地のことを、言った…
が、
たしかに、澄子の言うこともわかる…
大日産業の再建が、難しければ、再建を全うすることなく、大日産業の株を売ればいい…
大日産業の株を売って、金にすればいい…
そして、大日産業の経営権を誰かに、譲ればいい…
そうすれば、再建で悩まなくてすむ…
大日産業が、この先、倒産しようが、どうしようが、米倉とは、なんの関わりも、なくなるからだ…
たしかに、それもひとつの方法だろう…
しかしながら、そんなことは、考えてもみなかった…
これまで、一度も、考えても、みなかった…
だから、仰天した…
仰天したのだ…
そして、それは、電話の向こう側の好子さんも、同じだった…
「…澄子のやろうとしていることは、わかる…理解できる…でも、そんなこと、一度も考えたことなかった…米倉が、大日産業を手放すなんて、考えたことなかった…」
好子さんが、落ち込んだ声で、言う…
それから、
「…たしかに、選択肢のひとつかも、しれない…でも、考えたことは、なかった…一度もなかった…」
と、続けた…
「…大日産業は、米倉の家業…ちょうど、何百年も続く、老舗と、同じ…そば屋なら、そば屋を、何百年も続けている…それと、同じ…だから、大日産業の株を手放すなんて、考えたことも、なかった…」
「…」
「…そんなこと、夢にも、考えたことも、なかったのよ…」
好子さんが、まるで、吐き出すように、言った…
あるいは、泣き出すように、言った…
それは、まるで、好子さんの慟哭だった…
魂の叫びだった…
それは、なぜか?
それは、好子さん=米倉=大日産業だからだろう…
つまりは、好子さんは、米倉であることが、誇りであり、また、米倉が、大日産業を経営しているのもまた、誇りなのだろう…
つまりは、好子さんから、米倉も、大日産業も、切り離せないということだ…
生まれたときから、好子さんは、米倉の正統後継者として、生まれたのだから、これは、ある意味、当然のことかも、しれない…
老舗のそば屋で、親が、四代目なら、息子が、五代目を継ぐのが、当然だと、周囲から、見られるし、本人も、そう思っている…
それと、同じなのかも、しれない…
私は、好子さんの魂の叫びを聞きながら、ふと、思った…
なにを、思ったか?
それは、平造のことだった…
米倉家の前当主の平造のことだった…
平造は、米倉を…大日産業を飛躍的に大きくして、その結果、莫大な負債を抱えた…
周囲には、ただ、大日産業が、見る見る、大きくなったように、見えたが、内実は、火の車だった…
が、
それを、平造は、巧妙に隠した…
そして、その負債が、あまりにも、巨大すぎて、にっちもさっちもいかなくなった状態で、盟友の水野良平を騙す形で、大日産業と、水野の合併を持ちかけた…
水野と合併して、大日産業をなんとか、倒産させずに、いようと、画策したのだ…
ある意味、子供騙しだが、やはり、うまくいかなかった…
早々に、大日産業の負債がバレた…
そして、その責任を取って、平造は、引退した…
大日産業の経営の一線から、退いた…
以後、一度も、公の場に現れなかった…
だから、平造が、今、どうしているか、わからない…
経営の第一線を退いてから、一度も会ったことも、見たこともなかったからだ…
だから、どうしているのかと、思った…
いや、
どうしているかではない…
米倉の、大日産業の行く末を、平造が、どう見ているのか?
知りたかったからだ…
それゆえ、
「…お父様は…」
と、つい、口に出して、しまった…
「…お父様?…」
「…平造さんは、今、どこに…」
私は、聞いた…
「…父は、熱海にいます…」
「…熱海?…」
実に、意外な場所だった…
「…熱海の別荘に籠っています…」
「…別荘に、籠っている?…」
「…ええ…」
好子さんが、短く言う…
しかし、その短い言葉に、万感の思いが、こもっているというか…
なんとも、複雑な感情が、こもっていると、思った…
「…お父様は、なんと…」
「…なんとって?…」
「…今の米倉を、大日産業の様子をどう御覧になっているのか?…」
私が、聞くと、好子さんは、
「…」
と、沈黙した…
なんて、答えていいか、わからなかったのかも、しれない…
だから、私は、待った…
好子さんが、口を開くまで、待った…
辛抱強く待った…
それから、ようやく、
「…父は、なにも、言わない…」
と、小さく言った…
「…なにも、言わない…どうして、なにも、言わないんですか?…」
「…父にとっては、終わったことなの…」
「…終わったこと?…」
「…父は、全力で、米倉を、大日産業を、大きくした…同時に、借金まみれにした…それで、終わり…自分の役割は、終わったと考えているの…」
「…」
「…父の役割は、米倉を私に渡すこと…米倉を私に託すこと…米倉の正統後継者の私に託すことだから…」
好子さんが、言う…
まるで、血を吐くように、言う…
平造の役割は、好子さんの言う通り…
米倉を、大日産業を好子さんに、託すこと…
米倉家の分家出身の平造が、本家のお嬢様と、結婚して、米倉を継いだ…
そして、その本家のお嬢様には、すでに、前の夫との間に、子供がいた…
それが、好子さん…
米倉好子さんだ…
だから、好子さんは、兄の正造や、弟の新造さん、そして、姉の澄子さんとは、血の繋がりが、ない…
他の三人は、皆、平造の息子や娘だからだ…
だから、血が繋がっていない…
好子さんだけが、米倉本家の血が繋がった、ただ、一人の正統後継者…
他の三人は、好子さんとは、母親も違う…
好子さんの母親こそ、米倉家本家の正統後継者だからだ…
だから、好子さんには、米倉の正統後継者の血が流れている…
米倉本家の血が流れている…
それゆえ、好子さんは、おおげさに言えば、天皇陛下と同じ…
綿々と、米倉本家の血を継ぐ、ただひとりの人間だからだ…
その好子さんに、米倉を、大日産業を継がせるのが、平造の役割…
分家出身の平造の役割だった…
そして、その役割を、平造は、全うしたということだ…
正直、好子さんに、米倉を渡すまでに、平造は、米倉をそれまでとは、まったく違う、大きな企業グループに育てあげたが、その代償というか…
内実は、借金まみれで、終わった…
が、
それも、水野を騙す形で、水野との合併の道筋をつけた時点で、自分の役割は、終わったと、思ったに違いない…
現実に、この先、平造の出る幕は、なかった…
いかに、米倉を大きくしようが、内実は、借金まみれでは、この先、どうしたら、よいか、わからないからだ…
それゆえ、水野との合併の道筋をつけた時点で、引退…
経営の一線から、退いた…
私は、今、それを、考えた…
が、
残されたのは、平造の息子や、娘たち…
本来なら、平造同様、本家の血を継ぐ、好子さんを、守る立場、あるいは、補佐する立場にいながらも、それぞれの立ち位置が、違う…
正造は、父の平造同様、好子さんを、守ろうとしている…
そして、それは、正造の弟の新造さんも、同じだろう…
新造さんは、好子さんを慕っている…
なにか、ことが、あれば、兄の正造同様、好子さんを、守る側に立つだろう…
となると、問題は、澄子さんだ…
澄子さんは、ことごとく、好子さんと、対立するだろう…
澄子さんは、好子さんの足を引っ張るだろう…
現実に、今も、好子さんは、澄子さんは、米倉の持つ、大日産業の株を手放そうとしていると、言ったではないか?
なぜか、平造の子供の中で、澄子さんだけが、好子さんと、対立する…
これは、一体、どうして?
これは、一体、なぜ?
考えてみれば、謎だった…
なぜ、平造の子供たちの中で、澄子さんだけが、好子さんと対立するのか?
なぜ、澄子さんだけが、好子さんの足を引っ張ろうとするのか?
それが、謎だった…
考えれば、考えるほど、謎だった…
兄弟の中で、なぜ、澄子さんだけが、好子さんの足を引っ張ろうとしているのか?
それが、謎だった…
そして、私が、そんなことを、考えていると、
「…どうしたの? 高見さん、黙って…」
と、好子さんが、聞いてきた…
私は、その質問に、正直に、答えていいか、悩んだが、ハッキリ、言うことにした…
「…あの…澄子さん、ひとつ、お聞きして、いいですか?…」
「…なに?…」
「…澄子さんのことです…」
「…澄子が、どうしたの?…」
「…いえ、兄弟の中で、どうして、澄子さんだけが、好子さんと対立するのかと、思って…」
私が、正直に言うと、好子さんが、
「…」
と、絶句した…
絶句して、しばらく、なにも、言わなかった…
だから、私は、待った…
好子さんが、口を開くのを、待った…
そして、しばらく経って、好子さんが、口を開くと、
「…たしかに、謎よね…」
と、言って、笑った…
「…高見さんの言うことは、わかる…兄弟の中で、澄子だけが、私に逆らう…私と対立する…」
「…」
「…どうして、澄子だけが、私に逆らうのか? たしかに、謎よね…」
「…」
「…たぶん、それは…」
「…それは、なんですか?…」
「…たぶん、それは、父の立ち位置…」
「…お父様の立ち位置?…」
「…父は、平造は、私に米倉を継がせるべく、大日産業を大きくした…少しでも、大きくして、私に大日産業を、米倉を、渡そうとした…でも、澄子は、それが、気に入らないの…」
「…どうして、気に入らないんですか?…」
「…大日産業を大きくしたのは、父の、平造の実績なんだから、父の後継者に、私では、なく、自分たち…平造の子供たちが、米倉の後継者になれば、いいと、考えているの…」
好子さんが、またも、仰天のことを言った…
それまで、考えてもいないことを、言った…




