恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 第3部 49
「…そんな私なんて…」
「…いいアイデアは、ありませんか?…」
「…アイデア?…」
「…透を止める、アイデアです…」
「…」
「…きっと、高見さんなら、透を止めるアイデアを、持っている…だから、高見さんに、聞いてみなさいと…」
良平が、真顔で、言う…
水野グループの総帥が、真顔で、言う…
水野グループの総帥が、水野グループの会社の末端の女子社員に、真顔で、言う…
その現実に、気付くと、思わず、
「…プッ!…」
と、吹き出してしまった…
自分でも、
…しまった!…
と、思ったが、後の祭り…
つい、吹き出して、しまった…
私は、慌てて、良平を見た…
良平は、わけが、わからないと、いった表情だった…
目の前の、自分の息子と、同じくらいの年齢の女が、いきなり、吹き出したのだ…
普段、自分に対して、そんな失礼な真似をする女は、いないに違いない…
なんといっても、水野グループの総帥だ…
水野グループは、五万人だか、七万人だか、忘れたが、それぐらい、多くの従業員が、いる…
その総帥の前で、グループ企業の一社員に過ぎない女が、吹き出したのだ…
これは、ありえないこと…
または、あっては、ならないことだからだ…
だから、私は、慌てて、
「…申し訳ありません…」
と、謝った…
「…本当に、申し訳ありません…」
と、テーブルに頭が、ぶつかるほど、頭を下げた…
そして、そんな私を見た良平が、
「…ボクが、なにか、高見さんに、おかしなことを、言いましたか?…」
と、戸惑った表情で、聞いた…
私が、おずおずと、顔を上げたときに、戸惑った良平の顔が、見えた…
私は、良平の疑問は、当然だと、思った…
それゆえ、私は、慌てて、
「…いえ、水野グループの総帥ともあろうものが、水野グループの末端の一女性社員に、そんなことを、言うなんて、と、思って…」
と、言うと、良平は、ビックリした顔をしたが、すぐに、
「…そう…そうですよね…」
と、相槌を打った…
「…たしかに、高見さんの言うことは、わかる…」
良平が、言葉に力を込める…
「…ですが、私も、人間です…高見さんと、同じ人間です…別に、中身もなにも、変わっちゃいない…」
「…」
「…わからないことは、誰かに、聞く…自分が、できないことは、誰か、できる人間に、依頼する…これが、仕事の基本です…」
「…仕事の基本?…」
「…そうです…ですが、これは、仕事でも、なんでも、同じです…自分が、できないこと…自分が、わからないことは、誰か、できるひと、わかるひとに、頼む…これは、仕事に限らず、どんなことも、同じです…」
「…同じ…」
「…春子は、高見さんに、聞いてみなさいと、言いました…春子は、バカでは、ありません…高見さんなら、なにか、アイデアを出して、くれると、考えたからです…」
「…そんな…私に、突然、そんなことを言われても…」
「…別に、今、この場で、アイデアを出してくれと、言っているわけじゃ、ありません…」
良平が、言う…
無理やり、作り笑いを浮かべながら、言う…
「…アイデアが、浮かべば、ぜひ、言って下さい…いや、言ってくれなくてもいい…直接、透に、言えばいい…」
「…」
「…高見さんが、私に、連絡をくれるのは、失礼ながら、ハードルが、高いというか、話しづらいでしょう…だから、透に直接言えば、いい…」
良平が、言う…
しかしながら、私は、良平と、連絡を取る方法を、知らなかった…
良平のケータイの電話番号を知らなかったからだ…
が、
それを、言っていいものか、どうか、迷った…
言えば、遅かれ、早かれ、良平に直接、電話しなければ、ならなくなる…
正直、それを、考えると、気が滅入るというか…
良平は、今、目の前で、私に優しく接してくれているが、所詮は、私とは、別の世界に生きる住人…
雲の上のひとだからだ…
だから、少し悩んだが、言わなかった…
また、もし、私から、なにも連絡がなければ、良平の方から、私になんらかのアクションを起こすに違いないからだ…
だから、あえて、聞かないことにした…
良平の連絡先を聞かないことにした…
そして、私が、そんなことを、考えていると、
「…会社の方は、どうですか?…」
と、いきなり、言った…
話題を変えたのだ…
「…高見さんの自宅から、一番近い、水野グループの会社が、あの会社でした…」
良平が言う…
「…だから、高見さんを紹介したんですが…」
と、言ったが、明らかに歯切れが悪い…
私の近況を、私の口から、聞きたいに違いないが、歯切れが悪い…
これは、もしかしたら?
もしかしたら、知っているのかも、しれない…
会社で、私の置かれた状況を、知っているのかも、しれない…
そう、思った…
そう、考えた…
だから、
「…なんとか、やってます…」
と、答えた…
「…なんとか…」
良平が、私の発した言葉を繰り返して、絶句した…
「…なんとかと、いうのは、うまくいってないということですか?…」
良平が、探るように、言う…
が、
私は、それには、答えず、手元に置かれたコーヒーを飲んだ…
実は、すでに、この良平と、席に着いて、まもなく、コーヒーが運ばれてきたが、手をつけていなかった…
そして、それは、良平も同じ…
二人とも、話に夢中になって、手をつけていなかったのだ…
私は、コーヒーを飲みながら、良平よりも先に、コーヒーに口をつけて、しまったと、気付いた…
それゆえ、コーヒーを一口飲んでから、
「…すいません…」
と、詫びて、慌てて、飲むのを止めた…
良平は、私が、
「…すいません…」
と、詫びたのが、不思議だったようだ…
「…なにが、すいませんなんですか?…」
良平が、問う。
「…いえ、私の方が、先に、コーヒーに口をつけてしまい…」
私が、言うと、
「…なんだ…そんなことですか?…」
と、私の話を遮って、言った…
「…そんなこと?…」
「…そんなことです…」
「…ですが、平社員が、社長よりも、先に、コーヒーを口につけては…」
「…それは、会社では、マズいです…」
「…」
「…でも、今は、プライベート…会社では、ありません…」
「…会社じゃない?…」
「…ハイ…会社では、正直、私の立場があります…たしかに、平社員が、社長よりも先に、コーヒーを飲むのは、マズいでしょう…ですが、今は、プライベート…しかも、相手が、高見さんです…」
「…相手が、私?…」
「…高見さんが、ボクより、先に、コーヒーを飲もうが、どうしようが、まったく、気にしてませんよ…」
「…なぜ、私なら、気にしないのですか?…」
私が、直球で、聞くと、良平は、困った顔のなった…
明らかに、戸惑った表情に、なった…
「…たぶん、ボクが、高見さんを、好きだからでしょう…」
「…私を好き?…」
これは、驚きだった…
まさか、面と、向かって、水野グループの総帥に、好きと言われるとは、思っても、みなかったからだ…
「…いや、ボクが、高見さんを好きだと言っても、別に、ボクが、高見さんに変な下心を持っているわけでは、ありませんよ…」
良平が、顔を赤くして、慌てて、説明する…
「…ですが、同じです…」
「…なにが、同じなんですか?…」
「…自分が、好きな人間、気に入っている人間は、誰もが、大目に見る…評価が甘くなる…」
「…」
「…反対に、自分が、嫌いな人間は、なにをしようが、評価が、辛くなる…これは、仕方がないことです…」
「…」
「…高見さんも、今度の職場で、あまり、うまくいってないのでしょ?…」
良平が、ずばり言う…
「…どうして、そう思うんですか?…」
「…なんとかやってますという言葉を聞いて、うまくいっているとは、思いませんよ…」
「…」
「…やはり、人間関係ですか?…」
この質問には、答えられなかった…
が、
私が、なにも、言わないことが、肯定を意味した…
「…これは、難しいです…」
「…難しい?…」
「…人間関係は、難しい…職場の人間関係なら、なおさらです…」
「…」
「…辞めれば、簡単に解決するものですが、高見さんは、辞めるつもりは、ないでしょ?…」
「…ありません…」
「…だったら、なおさらです…なおさら、難しい…」
良平が、力を込める…
そして、良平は、首を振りながら、コーヒーに手を伸ばした…
それから、コーヒーを一気に飲み干した…
「…すっかり、冷めてる…」
と、飲み終わって、呟く…
「…話に夢中になりすぎた…高見さんも、冷えたコーヒーが、嫌なら、新しいコーヒーを…」
と、良平が、言い終わらない内に、私も良平を真似て、一気に、コーヒーを、一息で、飲み干した…
「…社長、もったいですよ…」
「…もったいない?…」
「…コーヒーを代えるというのは、このコーヒーを捨てることです…まさか、このコーヒーを温め直すわけでは、ないでしょ?…」
「…それは…」
「…だったら、飲むことです…飲めないわけじゃない…」
私が、笑って言うと、
「…春子が、気に入るはずだ…」
と、繰り返した…
「…高見さんは、春子が、気に入ることばかりする…」
内心、
「…エッ?…」
と、絶句したが、言葉にしなかった…
言葉にしない方が適切と思ったからだ…
「…春子が、評価する人間は、少ない…」
良平が、続ける…
「…しかしながら、春子が、評価した人間に、間違いは、ない…」
「…間違いは、ない? ですか?…」
「…そうです…」
良平が、力を込める…
「…もちろん、当たりでも、ちっちゃい当たりというか…宝くじで、言えば、一万円や十万円の当たりも、あります…でも、大抵は、一千万や、一億に、匹敵する当たりです…」
良平が、さらに、力を込める…
…ならば、きっと、私は、三千円の当たりかも?
と、自分で、思った…
たしかに、当たりだが、小さい当たり…
はずれに、比べれば、マシな当たりだ…
でも、まあ、はずれより、マシ…
当たっただけ、マシだ…
私は、思った…
私は、考えた…




