恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 第3部 47
しかしながら、自分の不安はなかった…
ホントなら、私は、水野グループの社員…
水野グループが、どうにかなれば、私も、すぐに首を切られるだろう…
いや、
私が、首を切られるどころか、会社が、あるか、どうか、わからない…
会社が、存続するか、どうか、わからない…
だから、ホントは、真っ先に、自分の心配をしなければ、ならないのだが、それがない…
ホントは、ひとの心配をしているどころではないのだ…
自分の身を心配しなければ、ならないのだ…
自分自身、そう思う…
が、
それが、他人の心配をするとは…
透の心配をするとは…
我ながら、笑ってしまう…
しかしながら、こんなものかも、しれない…
誰もが、似たようなものかも、しれない…
傍から、見れば、
「…そんなことより、まずは、自分の心配をしろよ!…」
と、突っ込まれるところが、他人の心配をしている…
ハッキリ言えば、自分の置かれた立場が、わかってない…
そういうことだ…
私も例外ではないと、言うことだ…
私は、思った…
私は、考えた…
そして、それから、数日経った、ある日のことだった…
会社帰りに、自宅に向かっている私に、突然、声をかける者が、いた…
突然、
「…失礼ですが、高見さん…高見さん、ですか?…」
と、路上で、声をかけてきた…
私は、驚いた…
通勤帰りに、自分の名前を呼ばれることなど、普通、ありえないからだ…
だから、驚いた…
と、同時に、急いで、私の名前を呼んだ人物を見た…
そこにいたのは、背が高い、大柄な男…
歳は、六十歳前後…
私の父と同世代だろう…
が、
よく見ると、その大柄な男の顔に見覚えがあった…
いや、見覚えがあったどころではない…
今、私の勤めている会社は、その男の紹介で入ったのだ…
だから、私にとっては、恩人…
決して、忘れては、ならない恩人だった…
その男の名前は、水野良平…
私の勤める水野グループの総帥…
水野グループの社長だった…
そして、なにより、透の父だった…
あの頼りない、水野グループの御曹司の父だった…
私は、遅ればせながら、声を、かけてきた相手が、水野良平だと、知ると、
「…ご無沙汰しています…」
と、慌てて、腰を折って、挨拶した…
すると、間髪入れずに、良平も、
「…こちらこそ、ご無沙汰しています…」
と、私同様、丁寧に、腰を折って、挨拶した…
これでは、私は、どうして、いいか、わからなかった…
私は、水野グループの平社員…
水野グループの会社の、末端で、働いている…
それが、水野グループの本社の、それも、トップが、私風情に、そんな丁寧な態度を取られると、どうして、いいか、わからなかった…
だから、
「…社長、私風情に、そんな真似は…」
と、言った…
慌てて、言った…
「…お頭をお上げ下さい…」
私が、続けると、
「…高見さんには、いつも、ご迷惑をおかけして、申し訳ありません…」
と、良平が、言った…
「…迷惑?…」
「…透のことです…」
「…透さんの…」
「…ハイ…」
「…ですが、私は、透さんに、迷惑は…」
「…おかけすることになります…」
「…エッ?…」
「…立ち話もなんですから、どこか、近くの店に入って、話しましょう…」
良平が、言う…
しかしながら、私が、あまりにも、突然の展開に、
「…」
と、絶句した…
いくらなんでも、突然過ぎたからだ…
すると、良平が、
「…すいません…話を一方的に進めて…」
と、私に謝った…
「…高見さん、これから、少しばかり、私に付き合って、頂けませんか?…」
そう言われると、断れなかった…
なにより、この良平は、恩人…
私を今の会社に紹介してくれた恩人だ…
それゆえ、良平にいきなり、誘われても、断る選択肢は、最初から、私には、なかった…
だから、
「…それは、構いませんが…」
と、答えた…
が、
さすがに、歯切れが悪い…
まさか、こんな展開になるとは、思わなかったからだ…
水野グループの総帥が、私風情を待ち伏せしているとは、思わなかったからだ…
しかしながら、目の前の良平は、別の意味にとったらしい…
私が、ためらっているのを、別の意味にとったらしい…
「…やはり、いきなりは、ダメですか?…結婚前のお嬢さんの前に、いきなり現れて、誘うのは、ダメですか?…」
良平が、真顔で、言う…
これには、私も思わず、吹き出しそうだった…
いくら、結婚前といっても、三十歳を過ぎた女だ…
その女の帰りが、少しばかり、遅れても、どうということはない…
家族が心配することはない…
だから、
「…社長も、ご冗談が、お上手ですね…」
と、答えた…
「…冗談? …なにが、冗談なんですか?…」
良平が、真顔で、言う…
「…三十を過ぎた女の帰りが、少しばかり、遅くても、両親は、心配しませんよ…女子高生じゃないんだから…」
「…女子高生じゃない?…」
私の言葉に、一転して、ポカンとした顔になった…
「…そうです…」
私の言葉に、最初は、ポカンとした良平だったが、すぐに、
「…それは、そうですね…」
と、苦笑した…
「…たしかに、高見さんは、失礼ながら、女子高生ではない…」
「…だから、少しぐらい、帰りが遅くなっても、大丈夫です…」
「…大丈夫? …それでは…」
「…ハイ…」
私が、答えると、良平は、
「…ありがとうございます…」
と、またも、深々と私に頭を下げた…
私は、慌てて、
「…社長…そんなことは、おやめください…」
と、言った…
それから、
「…ひとに、見られます…」
と、言うと、良平は、慌てて、頭を上げた…
さすがに、水野グループの総帥が、たかだが、どこの馬の骨とも、わからない、三十女に頭を下げているのを、誰かに見られたら、困ると思ったのだろう…
なにしろ、水野の総帥だ…
これが、誰かに撮られ、世間に公表でもされたら、困るに、決まっている…
私は、構わないが、良平には、社会的な立場があるからだ…
それゆえ、すぐに、私が、考えた通り、
「…それは、困る…」
と、言って、慌てて、頭を上げた…
それから、
「…たしかに、ひとの目がある…急いで、どこかの店に入りましょう…」
と、良平が、言い、すぐに、その通りにした…
入ったのは、カフェだった…
最近は、以前より、コーヒーチェーンが、充実している…
そのチェーン店のひとつに、入った…
店に入ると、良平は、一転して、落ち着いた表情になった…
そしれ、それを、すぐに言葉に出した…
「…正直、街中で、ひとりで、いるのは、落ち着かないというか…」
「…落ち着かない? …どうして、ですか?…」
「…ひとりで、いることが、少ないんです…」
「…エッ?…」
「…いつも、秘書とか、誰かが、そばにいます…だから、それが、当たり前…それが、街中で、ひとりになるから、心細いというか…正直、店に入って、高見さんと、こうしているだけで、ホッとする…誰かと、いっしょにいるだけで、ホッとする…」
「…」
「…職業病というやつですかね…いつも、会社の延長というか…あまり、ひとりになることは、ない…以前、知り合いの財界人が、オレ、電車の切符の買い方が、わからないんだよと、ぼやいていたが、私も同じです…」
「…」
「…浮世離れしているというか…自分でも、笑っちゃいます…」
「…」
「…だから、こんな生活は、誰もしちゃいけないと、思います…とりわけ、自分の息子には、そんな生活をさせたくない…」
「…どうして、させたくないんですか?…」
「…だって、いつまでも、こんな生活が続けられるか、誰にも、わからないじゃ、ないですか?…」
「…エッ?…」
「…世間では、私のことを、どう見ているか、知りませんが、私は、不安ばかりですよ…」
「…水野グループの総帥が…ウソ?…」
「…ホントです…」
「…」
「…もちろん、若いときは、違いました…会社を、水野を、大きくするために、必死でした…そのおかげで、本家に婿入りして、本家のお嬢様と結婚して、水野本家を継ぐことになった…そして、それを励みに、それまで以上に、仕事にまい進した…」
「…」
「…でも、今は、違います…」
「…なにが、違うんですか?…」
「…成長より、リスクを考える…これが、失敗したら、どうしようと、考える…歳のせいですね…守りに入る…」
「…」
「…正直、透が、羨ましい…」
「…エッ?…」
「…サウジアラビアと、共同で、なにか、やるなんて、羨ましい…今の私には、そんな度胸なんて、まるでない…だから、羨ましい…」
意外な告白だった…
その言葉を、言葉通りに、受け取れば、良平は、なにも、知らなかったということだ…
透が、なにをしようとしているのか、なにも、知らなかったということだ…
それゆえ、
「…社長、まさか、透さんが、なにをしようとしているのか、ご存じがなかったというのでは…」
と、直球で、聞いた…
無礼だと、思ったが、直球で、聞いた…
私の質問に、良平は、無言で、頷いた…
軽く、頭を上下に、振って頷いた…
「…もちろん、なにも、知らなかったというのでは、ありません…ただ…」
「…ただ…なんでしょうか?…」
「…透が、大風呂敷を広げ過ぎたというか…身の丈以上のことを、しようとしているので、仰天した…それが、正直な胸の内です…」
「…」
「…まさか、サウジアラビアと組んで、サウジアラビアの国家プロジェクトに関わるなんて…いくらなんでも、話が、大き過ぎです…身の丈を超えている…水野は、五井とは、違うんです…」
「…五井とは、違う?…」
「…そうです…五井なら、できることが、水野では、できない…規模が違うから、当然です…水野と五井では、企業規模が雲泥の差…象に蟻が立ち向かうようなものです…」
「…」
「…それが、まさか…五井の真似をするとは…これは、やはり、好子さんが、五井の総帥、諏訪野伸明氏と、噂になったのが、原因かなと…」
良平が、言う…
会社で、女子社員が、言ったことと、同じことを、言った…




