恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 第3部 36
そして、そんな私の落ち込んだ姿に気付いた好子さんが、
「…どうしたの? 高見さん?…」
と、声をかけた…
「…どうしたと、言われても…」
正直、今、思ったことを、口にして、いいものか、どうか、悩んだ…
一般人の私が、世間知らずと思われた好子さんに、劣っていると、思って、落ち込んでいることを、話していいものか、どうか、悩んだ…
「…どうした? 話せ、高見ちづる…話して、楽になれ!…」
好子さんが、冗談めかして、言う…
私は、一瞬悩んだが、おそるおそる、
「…今の話です…」
と、切り出した…
「…今の話のどこで、高見さんが、落ち込んだの?…」
好子さんが、きょとんとする…
「…今の話で、男便所に、落書きする話…」
「…それが、どうしたの?…」
「…女の場合は、どうするのか、考えました…女なら、男便所に入れない…でも、それは、男友達にでも頼んで、書いてもらう…それが、答えでした…でも、そんな簡単な答えが、すぐに出せなかった…」
私は、正直に答えた…
たぶん、落ち込んだ表情で、答えた…
すると、当然のことながら、好子さんが、あっけに取られた表情になった…
こんな簡単なことも、わからないのとも、思ったのだろう…
が、
好子さんの口から出た言葉は、意外なものだった…
「…これって、たぶん、運動神経とか、なにかと、同じだと思う…」
「…運動神経?…」
「…お金持ちなら、運動神経が、悪くて、一般人なら、運動神経が、いい…そんなことは、ないでしょ?…」
「…」
「…要するに、勘というか…すぐに、わかるひとと、わからないひとが、いるってこと…それに、お金のあるなしは、別…関係ない…」
「…」
「…どうしても、お金持ちだと、誰もが、世間知らずとか、トロいとか、思っちゃうのよね…でも、違う…」
「…違う…」
「…当てはまるものもあるし、当てはまらないものもある…」
「…」
「…とりわけ、今の話なんか、そう…単に、想像力というか…それが、簡単にわかるひとと、わからないひとが、いる…」
「…」
「…そして、面白いことに、そこに学歴は、関係ない…頭のいい、悪いは、関係ない…勉強のできる、できないは、関係ない…」
好子さんが、笑う…
「…要は、わかるひとは、わかり、わからないひとは、わからないだけ…でしょ?…」
好子さんが、まとめた…
それを、聞いて、その通りだと、思った…
たしかに、その通りだと、思った…
運動神経が、いいか、悪いかに、お金持ちか、どうかは、関係ない…
だが、どうしても、お金持ちならば、トロいと、思ってしまう…
トロい=運動神経が、悪いと、思ってしまう…
それと、同じだ…
私が、トロいのも、それと、同じだ…
そう、思って、自分自身を慰めた(苦笑)…
そして、そう考えていると、
「…でも、高見さん…」
と、好子さんが、急に、表情を変えて、切り出した…
「…なんですか?…急に…」
「…アナタの会社に米沢京子さんっているでしょ?…」
いきなり、言った…
たぶん、本題に入った(笑)…
「…どういうひと?…」
「…どういうひとと言われても…」
いきなり、そんなことを、聞かれても、どう、答えていいか、わからなかった…
「…高見さんと、仲がいい?…」
…私と、仲がいい?…
これには、仰天した…
思わず、吹き出しそうになった…
仲がいいどころか、敵対している…
私を一方的に、目の敵にしている…
だから、どう答えていいか、わからなかった…
本当のことを、ありのままに、答えていいか、わからなかった…
それよりも、一体、なぜ、好子さんが、米沢さんのことを、知っているのか、謎だった…
むしろ、その方が、気になった…
それゆえ、
「…たしかに、米沢さんというひとは、私の会社にいます…でも、それを、どうして、好子さんが…」
と、聞いた…
すると、好子さんが、笑いながら、
「…それは、どうして、いきなり、そんな名前が出たのか? 高見さんから、すれば、不思議よね…」
と、答えた…
「…ハイ…その通りです…」
「…耳に入ったのよ…」
「…耳に入った? …なにが、ですか?…」
「…透の愛人が、高見さんと、同じ職場で、働いているって…」
「…エッ? …愛人?…」
思わず、吹き出しそうになった…
愛人という言葉が、まずは、おかしかったからだ…
愛人というのは、普通、歳をとった男が、若い女を指して、言う言葉…
歳をとった男が、お金の力で、自分より、はるかに、若い女を囲うことだからだ…
が、
透は、まだ、30歳ぐらい…
とても、歳を取っているとは、いえない…
歳をとっているどころか、若い(笑)…
なにより、あの米沢京子は、三十代前半…
私と同じくらいの年齢…
だから、そんな年齢の女を指して、愛人と、呼ぶなんて、おかしい…
それゆえ、
「…プッ!…」
と、吹き出しそうになった…
そして、そんな私の態度を見て、
「…なにが、おかしいの?…」
と、好子さんが、聞いた…
私は、迷わず、
「…だって、透さんは、まだ30ぐらいでしょ? それが、愛人なんて…愛人を囲うなんて、五十代、六十代のオジサンの発想ですよ…」
私が、笑いながら、言うと、好子さんが、唖然とした…
唖然とした表情で、私を見た…
が、
それは、一瞬…
すぐに、私と同じに、笑い出した…
「…言われてみれば、そうね…」
と、言って、笑った…
それから、
「…でも、私の耳に入ったのは、透の愛人って、聞いたから…」
好子さんが、言い訳する…
「…そう、聞いたから…」
と、言い訳をする…
「…でも、たしかに、変ね…透は、愛人を持つような歳でも、ないし…」
言いながら、苦笑した…
「…そうですよ…」
思わず、私は、相槌を打った…
私が、言うと、好子さんは、言葉もなかった…
言葉も、なく、ただ、苦笑した…
「…どういう経緯で、好子さんの耳に入ったんですか?…」
私は、つい、聞いてしまった…
が、
それが、いけなかった…
「…それは、言えないわ…」
と、好子さんが、一転して、凛とした、毅然とした表情で、言ったからだ…
だから、私は今さらながら、自分の立場を考えた…
私と好子さんの違いを考えた…
こうして、話していると、つい、身分の垣根というか…
私と好子さんを同等の人間と思ってしまう…
が、
それは、間違い…
大いなる、間違いだ…
私と好子さんは、違う…
おおげさに、いえば、天と地ほども、違う…
それを、肝に銘じなければ、ならない…
あらためて、思った…
それゆえ、
「…申し訳ありません…」
と、謝った…
「…出過ぎたことでした…」
と、詫びた…
が、
好子さんは、別に怒っているわけでも、なかったようだった…
「…話せないこともあるのよ…」
と、好子さんが、口を開いた…
「…マスコミが、取材源を明らかにしないように、私でも、話せないことも、あるのよ…」
と、繰り返した…
「…」
「…まあ、もっとも、知っていることを、誰彼なく、べらべら喋っていたら、誰にも、信用されないけれど…」
「…」
「…とにかく、話せないことも、あるのよ…」
好子さんが、語気を強める…
私は、それを、見ながら、よほど、痛いところを突いたなと、思った…
そうでなければ、これほど、情報源を隠す理由が、わからない…
もちろん、情報源の名前を聞いたところで、私は、知らない可能性が高い…
が、
もしかしたら、情報源は、正造?
好子さんの兄である、米倉正造かとも、思った…
ウソかホントか、正造は、私のことが、好きらしい(苦笑)…
正造自身の口から、直接、告白された…
しかしながら、私は、まったく、それを信じていない…
なぜなら、身分が、違い過ぎるからだ…
しかしながら、もしかしたら、好子さんは、それを、鵜呑みにしている可能性がある…
好子さんは、正造が、好き…
兄弟といっても、血が繋がってないから、結婚だってできる…
事実、正造は、好子さんを、
「…将来、結婚しよう…」
と、言って、守った…
十歳ぐらい歳が、離れた正造が、幼い好子さんに、
「…将来、大人になったら、結婚しよう…」
と、繰り返し、囁いて、好子さんをその気にさせた…
好子さんは、米倉の正統後継者…
米倉本家の血を継ぐ、ただ一人の、正統後継者だからだ…
兄の、正造も、弟の新造さんも、好子さんと、血が繋がっていない…
二人とも、分家出身の先代当主、平造の子供だからだ…
平造は、米倉の分家出身…
分家出身の平造が、本家に婿入りする形で、米倉本家を継いだ…
しかしながら、平造も、好子さんの母親も、共にバツイチで、子供がいた…
だから、平造と、好子さんは、血が繋がってない…
平造の連れ子である、正造も、だ…
だから、正造は、好子さんを守った…
この好子さんこそ、米倉本家の血を継ぐ、ただ一人の人間だからだ…
将来、米倉を継ぐ好子さんに、変な男が、寄り付かないように、正造は、自分を好きにさせることで、守ったのだ…
お金持ちで、ルックスのよい好子さんの元には、男たちが、殺到する…
その中で、好子さんが、変な男を選んでしまっては、困るからだ(苦笑)…
が、
それゆえ、好子さんが、正造を好きになったのは、いいが、当然のことながら、正造は、好子さんと、結婚する気は、なかった…
あくまで、正造は、幼い好子さんを、守るために、
「…将来、結婚しよう…」
と、言い続けたに過ぎないからだ…
そして、それは、正造が、イケメンだったから、できたことだった(笑)…
そして、その結果、予想外のことが、起きた…
大人になった好子さんが、本気で、正造と結婚したがったことだ…
本気で、正造との結婚を望んだことだ…
そして、そんな立場の好子さんから、見れば、私は、ライバル…
共に、正造を、巡るライバルだった…
だから、教えない…
情報源を明かさないとも、いえる…
いえるのだ…
私は、そんなことを、考えた…
私は、そんなことを、思った…
目の前に、米倉好子さんを見ながら、好子さんの血が繋がらない兄の正造のことを、思ったのだ…




