恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 第3部 29
「…誰?…」
「…それは、一体、誰?…」
思わず、声を上げそうになった…
それほど、驚きだった…
それほど、驚きだったのだ…
そして、私が、それを、言う前に、あろうことか、
「…それって、一体、誰ですか?…」
と、あの米沢京子が、聞いた…
私より先に、口を開いた…
米沢京子が、口を開いたことは、驚きだったが、それは、私だけではなかった…
会社の他の同僚も驚いた…
驚きで、その場にいる、社員の大半が、米沢京子を見た…
「…誰ですか?…」
米沢京子が、重ねて聞く…
聞かれた女性社員が、驚きの表情で、
「…たしか…五井のお坊ちゃま…五井の御曹司…」
と、言った…
「…五井…」
と、米沢京子…
「…ほら、米倉は、水野と合併したけど、破談したでしょ? …最初は、破産しかけた米倉を、水野が、救済合併する形だったけど、実は、米倉に隠れ資産があって、それが、わかったから、水野との合併をご破算にした…要するに、水野の後ろ盾がなくても、やっていけると、思ったんでしょ? …でも、たぶん、それが、たいした資産じゃ、なかったんじゃないかな? 今度は、五井に近づいた…なんてったって、あの五井だから、米倉を助けるのは、簡単…こう言っちゃ、なんだけれども、この水野とは、比較にならない企業規模…だから、米倉のお嬢さんも、五井の御曹司と結婚して、五井の後ろ盾を得ようとしたんじゃ、ないのかな…」
女性社員が、説明する…
そして、その女性社員が、長々と詳細に説明し終えると、今度は、別の女性社員が、
「…その米倉のお嬢様って、美人なの?…」
と、聞いた…
…エッ? 美人?…
内心、驚いた…
と、同時に、
…女は、いつもコレだ!…
と、思った(笑)…
まずは、外見から、判断する…
外見=ルックスから、判断する…
そして、その答えは、仰天した…
さらに、私を驚かせた…
なぜなら、
「…小柄だけれども、美人…」
と、言って、私を見たからだ…
驚いた表情で、私を見たからだ…
「…高見さんに、似ている…いえ、似ているなんて、もんじゃない…かなり、そっくり…姉妹レベルで、似ている…」
そんな彼女の言葉で、社内の全員の視線が、私に注がれた…
私、高見ちづるに、注がれた…
これには、焦った…
なんと言っても、想定外…
これは、想定外の出来事だったからだ…
まさか、こんな場面は、想定していなかった…
私と、米倉好子さんが、瓜二つに、近いほど、似ていると、指摘されるとは、まったく、想定していなかった…
だから、私は、慌てて、
「…私は、米倉のお嬢様では、ありませんよ…」
と、言って、笑った…
「…私の名前は、高見ちづるです…」
と、きっぱりと、笑いながら、断言した…
その言葉で、社内が、シーンとした…
社内のそれまで、ざわざわとざわついていた感じが、一気に収まった…
それを、肌に感じながら、
「…私は、高見ちづるです…米倉のお嬢様が、なりすませているわけじゃ、ありませんよ…」
と、笑いながら、言った…
笑いながら、否定した…
もちろん、冗談だ…
冗談のつもりで、言った…
途端に、
「…そう…そうよね…」
と、誰かが、言った…
「…米倉のお嬢様が、ここにいるわけは、ないわよね…」
「…そうですよ…」
と、私。
「…なんなら、身分証明書を見せましょうか?…」
「…身分証明書って?…」
「…運転免許証ですよ…」
私は、笑いながら、言う…
「…そ、その必要は、ないわ…」
戸惑ったように、答えた…
当たり前のことだった…
そして、それが、終わると、一斉に引いたというか…
まさか、私が、米倉のお嬢様では、ないという当たり前のことに、気付いたのだ…
いくら、私が、米倉のお嬢様に似ていても、それは、他人のそら似に過ぎないことに、気付いたのだ…
しかしながら、私の心の中は、複雑だった…
あの透の話が、いきなり、出てきたところで、今度は、米倉好子の話が出てきた…
しかも、相手は、五井…
もはや、水野では、太刀打ちできない規模の企業グループ…
企業としての歴史も、従業員の数も、水野と五井では、雲泥の差…
もはや、比較にも、ならない雲泥の差だからだ…
そして、それを、考えると、
…もしや?…
と、気付いた…
もしや、透が、挙げたアドバルーンは、好子さんに対する当てつけかもと、気付いたのだ…
透は、幼い頃から、好子さんに憧れた…
そして、その思いが、叶って、結婚…
しかしながら、あっけなく離婚した…
なぜ、離婚したのか?
水野グループと、米倉グループの合併が、頓挫したから、離婚したのは、わかる…
が、
それは、たぶん、きっかけに過ぎない…
実際に結婚してみて、お互いが合わなかったのだろう…
だから、離婚した…
しかしながら、透は、好子さんに、まだ思いは、残っているのかも、しれない…
なぜなら、五井に対抗しようと、思っているかも、しれないからだ…
離婚した好子さんが、今度は、五井の御曹司と、結婚するかも、しれない…
五井は、この水野とは、比べ物にならないくらい、大きな企業グループ…
その御曹司と好子さんが、付き合っているというだけで、あの透は、心穏やかでは、ないのかも、しれない…
だから、五井に対抗する意味で、アドバルーンを挙げた…
そう、見るのが、自然…
実に、自然だ…
私は、思った…
私は、考えた…
あの透が、好子さんのことを、もはや、なんとも思っていないとしたら、このタイミングで、アドバルーンを挙げなかったのでは、ないか?
水野グループとして、なにか、やるとしても、それを、大々的に発表しなかったのでは、ないか?
私は、考える…
そして、なにより、マズいのは、透と、好子さんが、幼馴染だということ…
これが、マズい…
マズい=問題だ…
なぜなら、離婚しても、どうしても、思い出しやすいからだ…
昔から、知っているから、思い出しやすいからだ…
これが、通常の男女と言えば、大げさだが、それまで、面識もなく、どこかで、知り合った男女なら、簡単に忘れられるとまでは、言わないまでも、忘れやすい…
ところが、やはり、子供の頃から、見知っていて、しかも、その頃から、憧れていたとなると、どうしても、忘れられないかも、しれない…
相手とは、昨日、今日、知り合ったわけでは、ないからだ…
子供の頃から、知っているからだ…
子供の頃から、憧れていたからだ…
だから、忘れるのが、難しいのかも、しれない…
それゆえ、今回のように、米倉好子さんの交際が、ネットに出回ると、自分も、負けじと、水野グループの御曹司として、発表するのかも、しれない…
もしかしたら、極端な話、まだなにも、決まってないかも、しれない…
それでも、好子さんに、負けじと、対抗しようとするのかも、しれない…
いや、
好子さんではない…
五井だ…
あの五井に対抗して、なにやら、発表しようとしているのかも、しれない…
私は、そう、見た…
私は、そう、睨んだ…
そして、そう、考えると、言葉は、悪いが、透が、哀れになった…
なぜなら、透は、すでに、好子さんとは、別れた…
好子さんとは、離婚した…
なのに、いまもまだ、好子さんに縛られている…
好子さんのことを、意識している…
だから、哀れなのだ…
すでに、離婚したんだから、好子さんのことは、きれいさっぱり忘れれば、いい…
好子さんのことは、きれいさっぱり忘れて、別の女を探せばいい…
そう、思うのだが、おそらく、それが、できないのだろう…
仮に今現在、付き合っている彼女がいるとしても、やはり、好子さんのことが、気になるのだろう…
もちろん、透も、普段は、好子さんのことは、考えないに違いない…
だが、今回のように、好子さんの恋愛が、話題になると、いてもたっても、いられない…
そういうことでは、ないか?
そして、それを、見る限り、あの透は、いまだに、好子さんに、縛られている…
あの好子さんを、忘れることが、できないのでは、ないか?
私は、そう、思った…
そう、思ったのだ…
そして、私が、そんなことを、考えていると、突然、
「…でも、その米倉のお嬢様…そんなに、高見さんと、似ているんですか?…」
と、いきなり、誰かが、言った…
私は、慌てて、声の主を、見た…
声の主は、あの米沢京子だった…
「…だったら、その水野の御曹司って、ひとが、高見さんに会ったら、どういう反応を示すかな?…」
「…反応って?…」
と、別の女性社員…
「…だって、高見さんと、米倉のお嬢様って、外見が、そっくりなんでしょ? そんな女が、突然、目の前に、現れたら、どんな反応を示すか?…」
米沢京子が、笑いながら、言う…
そして、その質問を受けた女性社員は、
「…それは…」
と、言って、言葉に詰まった…
なんて、答えて、いいか、わからなかったに違いない…
「…それは…」
と、米沢京子…
「…それは、まず、驚くでしょうね…」
と、女性社員…
「…それから…」
と、米沢京子が、先を促す…
「…それからって?…」
「…高見さんと、会って、どういう反応を示すか?…」
「…やはり、気になるんじゃ…だって、見た目が、そっくりなんでしょ? 別れた奥さんに…そんな女が、いきなり、目の前に現れれば、誰だって、ビックリするし、それから、どんな女か、気になるに決まっている…」
女性社員が、考え込みながら、ゆっくりと、呟く…
そして、それを、聞いた米沢京子が、
「…ですよね?…」
と、言って、笑った…
我が意を得たりと、ばかりに、笑った…
そして、仕事中にも、かかわらず、長らく、そんな会話を続けていたので、いきなり営業所長の前沢の怒りが、爆発した…
「…キミたち、いい加減にしろ!…今は、仕事中だぞ!…」
前沢が立ち上がって、顔を真っ赤にして、怒り出した…
初めて見る、前沢の怒りだった…
前沢の怒鳴った姿を、見るのは、これが、初めてだった…
それゆえ、みんなシュンとした…
まるで、青菜に塩をふったように、急に、シュンとした…
静かになった…
そして、同時に、気付いた…
この米沢京子が、私と好子さんの関係をおそらく知っていることに、気付いた…
あるいは、
好子さんとの関係でなく、私と水野透の関係かも、しれない…
あるいは、
その両方…
私と透、そして、好子さんの三人の関係を知っているかも、しれない…
いや、
間違いなく、知っている…
だから、くどいほど、私と好子さんの外見が、似ていることに、言及したに違いなかった…
それゆえ、それを、私にあてつけるように、繰り返した…
私にわざと、それを、知らせるように、繰り返した…
ひょっとして、挑戦…
あるいは、
宣戦布告…
この私に対する宣戦布告と、思った…
思ったのだ(怒)…




