恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 第3部 118
なんで、てんやわんやの最中だったのか?
それは、リストラだった…
もっと、ハッキリ言えば、営業所の統廃合だった…
後で、会社の同僚に、聞いて、わかったが、営業所の統廃合は、もう何年も前から、たびたび、噂に上がっていたそうだ…
が、
ここ数日で、それが、一気に、現実味が、増したそうだ…
原因は、透だった…
透が、サウジアラビア政府と、共同で、水野グループが、プロジェクトを立ち上げる…
それに、集中するために、水野グループの再編が、必要と、上層部が、判断したという噂が、流れているそうだ…
「…でも、水野グループの再編って、一体?…」
と、私。
「…要するに、水野グループが、サウジアラビア政府と、共同で、プロジェクトを推進する…これが、実現可能か、どうかは、わからない…世間では、水野の企業規模を超えるプロジェクトだとも、言われているから、最悪、中止の選択もありえる…でも、問題は、そこじゃない…」
と、古参の社員…
「…そこじゃない?…」
「…そう、そこじゃない…つまりは、水野が、サウジアラビア政府と、共同で、プロジェクトをやろうが、やるまいが、それを名目に、まずは、社内を再編して、リストラする…サウジアラビア政府との共同プロジェクトをするには、まずは、会社の力を上げなければ、ならない…そのために、社内の事業を見直して、儲かりそうにないものは、切り離して、他社に売って、金にするとか…つまり、そういうことだ…」
「…そういうこと?…」
「…案外、これを、やるために、あの水野のボンボンは、一芝居打ったのかもな…」
「…どういうことですか?…」
「…巷では、水野の企業規模では、とてもではないが、サウジアラビア政府と、共同で、事業を行えるわけはないと、言われている…だが、本当の目的は、サウジアラビア政府とのプロジェクトじゃないのかも、しれないな…」
「…どういうことですか?…」
「…ホントの目的は、水野グループの再編…そして、人員のリストラ…サウジアラビア政府との共同プロジェクトをやるから、その前に社内の事業の見直しをする…それが、ホントの目的じゃ、なかったのかな? 今は、そう思う…」
「…だったら、あのサウジアラビア政府と水野グループが、共同で、プロジェクトをやるって言ったのは、リストラの名目?…」
と、別の社員。
「…それは、時間が経ってみなければ、わからない…でも、それが、ホントなら、あの水野のボンボンは、さすがだよ…」
「…さすがって?…」
と、さっきの社員。
「…だって、そうだろ? やりもしないプロジェクトを名目にして、水野グループを再編して、リストラする…リストラすれば、当然、会社は、得する…いらない人員や、事業は、切り売りするわけだから…」
「…」
「…まあ、なにをするにも、名目は、必要だ…戦争なんか、その最たるものだろ?…」
「…それは…」
と、私。
「…とりわけ、日本人は、世間体を気にする…だから、安易なリストラはできない…」
「…どういうことですか?…」
と、私。
「…リストラする名目…これが、必要だ…日本人は、特に、世間体を気にするから、余計だ…それだから、水野が、リストラするのに、サウジアラビア政府との共同プロジェクトを、名目にするには、打ってつけ…サウジアラビア政府との共同プロジェクトをやろうが、やるまいが、リストラをするには、打ってつけだ…仮にやらないとしても、プロジェクトに金がかかるから、社内の事業を再編して、儲けが出る企業体質に変えるためと、言えば、世間は、納得するからね…」
「…」
「…でも、そんな雲の上の話は、どうでもいい…問題なのは、それで、この会社の営業所が、大々的に、統廃合されることだ…きっと、ひとも、たくさん切られるだろう…」
その社員が、言うと、皆、黙った…
「…」
と、沈黙した…
誰もが、その通りと、思ったからだ…
だから、沈黙した…
誰も、なにも、言わなかった…
重い沈黙が、その場に流れた…
女も、そうだが、とりわけ、男の表情は、暗かった…
あるいは、厳しかった…
二十代、三十代の男は、まだ、いい…
転職できる年齢だ…
しかし、四十代を超えると、転職は、難しい…
そして、それを、誰もが、皆、わかっているからこそ、表情が、厳しくなる…
表情が、暗くなる…
また、言葉は、悪いが、二十代、三十代で、転職できるのは、一般論…
いくら、若くても、転職が、うまくいかないものも、いるだろう…
また、女もそう…
女も、同じだ…
このM商会の営業所に、一生勤めているつもりは、さらさらないだろうが、いきなり、営業所を閉鎖されたりでも、したら、それこそ、路頭に迷いかねない…
四十代以上の、男同様、路頭に迷いかねない…
このM商会の営業所に、一生勤めるつもりはないにしても、いきなり閉鎖は、困る…
…女だから、男と違って、どこかに、行けるでしょ?…
…スーパーで、レジを打ったり、コンビニで、働けば、いいでしょ?…
とか、簡単に、周囲の人間は、言うかも、しれないが、スーパーでも、コンビニでも、簡単に雇ってくれるか、どうかは、わからない…
当たり前だが、ひとが、足りている場合もあるからだ…
それに、ぶっちゃけ、給与…
率直に言って、パートで、働いて、このM商会の給与を超えることは、できないだろう…
パートは、あくまで、パート…
フルタイムでは、ないからだ…
フルタイム=8時間働くわけでは、ないからだ…
それゆえ、当然、給与は、低い…
今のM商会と同じ給与をもらうには、パートをいくつか、掛け持ちする必要があるだろう…
そして、そんなことを、するのは、面倒臭い…
なにより、勤務時間が長い…
仮に、一日に二つのパートを掛け持ちして、それぞれ、四時間で、合計、八時間、働いたとする…
だが、その間に、勤務先の移動時間が、存在する…
もし、それで、今のM商会にいるときと、同じ給与を得られたとしても、精神的にも、肉体的にも、厳しいだろう…
二つの職場を掛け持ちすれば、当然、人間関係も、余計に、気を使う場面が増えるからだ…
それならば、当たり前だが、今のM商会にいた方が楽…
楽に決まっている…
それゆえ、女といえども、このまま、この営業所に勤務していた方が、いい…
その方が、楽だからだ…
そして、そんなことを、考えている私同様、社員の皆が、一様に、真剣な表情で、考え込んでいた…
つい、さっきまでは、営業所を閉鎖するかも、しれないと、ざわついていた、連中が、皆、押し黙った…
男も、女も、誰もが、一緒…
仮に、この営業所が、閉鎖されでも、したら、自分は、どうなるのか?
そのことで、誰もが、頭の中が、いっぱいだったからだ…
男も女も、仮に、この営業所が、閉鎖されても、引き続き、会社は、雇ってくれるかも、しれない…
全員が、リストラされるわけは、ないからだ…
どこかの営業所で、働くかも、しれないからだ…
しかし、他の営業所も、状況は、同じだろう…
状況は、似たり寄ったりだろう…
なにしろ、営業所の統廃合だ…
どこが、残って、どこが、閉鎖されるか、わからない…
そこそこ、大きければ、その営業所は、閉鎖されないだろうが、人員のリストラは、するだろう…
使えない社員は、リストラして、閉鎖した他の営業所から、優秀な社員を、配置転換させるだろう…
そういうことだ…
だから、この営業所が、仮に、閉鎖されても、されなくても、男も女も、この会社にいれられるか、どうかは、わからない…
そして、誰もが、子供ではない…
今、沈黙して、考え込んでいる、この営業所の全員が、私と同じように、考えているに、決まっていた…
真剣に、自分の将来を考えているに、決まっていた…
自分の将来=自分の身の振り方を、考えていることに、決まっていた…
そして、それは、仕事が始まっても、同じ…
同じだった…
この営業所の社内に、緊張感が走っていた…
この営業所に転職して、まだ、一か月も経たないが、変な緊張感が、漂っていた…
正直、息苦しいというか…
見ていられない…
変に、緊張する空気が、職場に充満した…
自分の将来が、見えなくなる不安もあったが、それ以上に、この緊張感が、嫌だった…
一刻も早く、この場から、逃げ出したいほど、嫌だった…
だから、無言で、仕事に、集中した…
仕事に集中することで、嫌なことを、忘れる…
そんな感じだった…
そして、私のみ、ならず、それは、皆、同じだった…
職場の誰もが、同じだった…
ふと、仕事の手を休めて、職場の人間を見ると、皆、同じだった…
皆、同じように、普段以上に、熱心に仕事に取り組んでいた…
きっと、仕事に、集中することで、無駄な雑音というか…
雑音=リストラを忘れたいのだろうと、思った…
私同様、リストラの恐怖に打ち勝つといえば、おおげさだが、リストラのことを、頭から、外したいのだと、思った…
そして、その日は、昼食で、いつもの、女同士で、近くの店に行った…
正直、会話が弾まなかった…
不気味な沈黙が流れたと言えば、おおげさだが、誰もが、皆、一様に、表情が暗かった…
が、
正直、私は、その方が良かった…
なぜ、良かったのか?
職場で、仲間外れにされているわけではないが、私は、この職場が、居心地が悪い…
だから、今のように、職場の同僚に誘われて、数人で、食事に行っても、会話に、気を使う…
正直、それならば、一人で、食事をした方が、よっぽど楽…
変に、周囲の人間に、気を使う必要がないからだ…
しかし、さすがに、それは、できない…
なぜなら、職場の女子が、食事に誘ってくれるからだ…
それを、断ることは、できない…
だが、いっしょに、食事を取るのは、私にとって、苦行…
苦行=居心地が悪いからだ…
それゆえ、今の状態が、居心地が良かった…
天邪鬼だが、居心地が良かった…
皆、黙々と食事を取っている…
変に会話もない…
これが、いつもなら、普通におしゃべりする…
私は、彼女らに、連れられて、いっしょに、食事を取っているが、なかなか、会話の中に入ることが、できない…
率直に言って、これならば、いっとき、世間で話題になった便所飯ではないが、トイレの中で、一人で、食事を取った方が、マシ…
誰にも、気を使う必要が、ないからだ…
だから、天邪鬼だが、今、誰もが、おしゃべりせず、黙々と食事に集中する、この状態が、私にとって、最高…
私にとって、実に、最高だった…
天国だと言っても、いい…
私は、そんなことを、考えながら、食事を取った…
食事を取りながら、彼女らの顔色を窺った…
皆、一様に、表情が暗い…
当たり前だった…
自分が、クビになるかも、しれないのに、表情が、明るい人間が、いるはずが、なかった…
そして、誰もが、黙々と食事を取っていると、一人の女性社員が、いきなり、口を開いた…
それは、
「…前沢さん、どうしたのかな?…」
というものだった…




