恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 第3部 111
自分自身、まさか、こんなことになるとは、思わなかった…
夢にも、思わなかった…
まさか、私が、透を説得することになるとは、夢にも、思わなかった…
だから、それを、考えると、落胆したといいうか…
一気に、気が重くなった…
正直、ここに来るんじゃなかったと、思った…
水野良平に、連れられ、ここへ、やって来るんじゃなかったと、思った…
今さら、言っても、仕方がないが、思った…
思ったのだ…
そして、それが、良平にも、わかったらしい…
まあ、目の前にいるから、当たり前だ(苦笑)…
良平は、私とは、対照的に、ニコニコしていた…
肩の荷を下ろした様子だった…
きっと、目的を果たしたからだろう…
私に、透を、説得させるという、目的を果たしたからだろう…
目の前の良平は、穏やかな表情で、コーヒーを飲んでいた…
それまでの表情とは、一変した、穏やかな表情で、コーヒーを飲んでいた…
私と良平が、この席に座り、注文したコーヒーが、運ばれてきて、かなりの時間が経つ…
コーヒーは、もうだいぶ冷めているだろう…
にもかかわらず、良平は、実に、おいしそうに、冷めたコーヒーを飲んでいた…
要するに、良平が、満足しているのは、コーヒーの味ではなく、私の返事だからだろう…
私が、透を、説得することを、了承してくれたから、それに、満足しているのだろう…
それゆえ、コーヒーが、冷めようが、どうしようが、関係ない…
そういうことだ…
そして、そんな良平を見ると、私は、どうして、いいか、わからなかった…
怒って、いいか、笑って、いいか、わからなかった…
正直、どうして、いいか、わからなかった…
良平を助けたことで、私に負担ができた…
ちょうど、ポーカーで、言えば、ジョーカーのようなもの…
それまで、ジョーカーを、持っていた良平が、私にジョーカーを渡した…
だから、良平は、肩の荷が下りた…
真逆に、私は、肩の荷が増した…
そういうことだ…
良平は、ホッとした表情で、コーヒーを飲み干した…
それから、
「…高見さん、会社は、どうですか?…」
と、聞いた…
私は、どう答えていいか、わからなかった…
だから、
「…なんとか、やっています…」
と、だけ、言った…
それを、聞いた良平が、
「…高見さんの置かれた状況は、わかります…」
と、だけ、言った…
おそらく、前沢から、報告を受けていたに違いなかった…
が、
良平が、次に口にしたのは、実に、意外な言葉だった…
「…しかし、平造も、性格が悪い…」
と、呟いたからだ…
「…性格が、悪い? どうして、悪いんでですか?…」
「…米沢さんという女性ですよ…」
「…米沢さん?…」
やはり、知っていた…
この良平は、米沢さんのことを、知っていた…
前沢から、報告を受けていたからだろう…
「…彼女を、高見さんと、同じ職場に、いさせるとは、性格が悪い…」
「…どうして、性格が悪いんですか?…」
「…彼女、米沢さんは、平造に憧れているんです…」
「…平造さんに、憧れている? どうして、ですか?…」
「…平造が、彼女の高校や、大学の進学費を負担している…だから、彼女は、平造に、恩を感じているし、感謝している…」
思い出した…
彼女は、米倉報公会の出身…
たしか、父親が早くなくなり、その父親が、米倉の経営する大日産業の従業員だったから、平造が、彼女の学費のみならず、生活費も、支援したと、聞いた…
「…でも、それが、高じて、好子さんを、憎むようになった…」
「…えっ? 憎む? どうして、憎むんですか?…」
「…きっと、羨ましいのでしょう…平造は、好子さんを目の中に入れても、痛くないほど、溺愛した…次の米倉の後継者として、溺愛した…自分と血が繋がってないにも、かかわらず、溺愛した…それを、聞いて、自分が、その位置に立ちたいと、思ったのでしょう…好子さんに、取って代わって、平造に溺愛されたかったのでしょう…」
「…」
「…その彼女を、高見さんと、同じ職場に、送り込むなんて…平造も、意地悪です…」
「…意地悪?…」
「…好子さんに、良い感情を抱いていない、女性を、高見さんと、同じ職場に、送り込めば、どうなるか、わかっているでしょう…」
「…」
「…二人とも、同じ顔を、している…よく見れば、違うが、姉妹レベルで、似ている…」
「…」
「…だから、平造が、意地悪だと言ったんです…」
穏やかな表情で、良平が言う…
私は、それを、聞いて、内心、驚いた…
というのは、平造が、自分の会社に、スパイを送り込んでいるのを、良平が、知っていることに、驚いたのだ…
私の勤務するM商会は、この良平の水野グループ…
当たり前だが、最高権力者は、この水野良平だ…
にもかかわらず、部外者の米倉平造が、自分のグループ会社の人事を動かしている…
つまりは、自分の知らないところで、人事の担当者が、平造の意向を汲んで、米沢京子を、私と、同じ職場に押し込んだということだ…
そして、それを、この良平は、知っているということだ…
私は、思った…
そして、私が、そんなことを、考えていると、
「…何事も、自分の思うようには、できません…」
良平が、ポツリと言った…
「…高見さんも、知っているかどうか、わかりませんが、水野にも、平造と通じているものが、それなりに、います…」
「…」
「…だが、それが、わかっていても、私には、どうすることもできない…」
「…」
「…そして、これは、平造も同じ…米倉の大日産業内部にも、水野と通じている人間が、多数いる…でも、平造は、それを、知っていても、どうすることも、できない…」
「…どうして、できないんですか?…」
「…ひとの心を縛ることは、できない…」
「…心を縛ること?…」
「…そうです…これは、変な話、男女の不倫と似ている…」
「…どう、似ているんですか?…」
「…結婚した男女が、互いに不倫しても、家庭に影響がなければ、いい…夫も、妻も、家庭を、壊さない程度で、遊んでいる…これが、夫が、家庭にお金を入れなくなったりしたら、大変…家庭が、壊れる…でも、そこまでは、いかない…それと、同じです…」
「…」
「…米倉にも、水野にも、互いに相手に、自分のいる部署の情報を流したりするものが、いても、それが、互いに経営に影響は、まるでない…だから、私も平造も互いに目をつぶっている…」
「…」
「…誰もが、同じです…すべてが、自分の思う通りになんか、なるはずがない…」
良平が、静かに、言った…
そして、静かに、言ったからこそ、心に響いたというか…
余計に、私の心に、刺さった…
水野良平と、米倉平造…
共に、著名な財界人…
ウン十年前に、出会って、意気投合したと、聞く…
それは、互いが、置かれた状況が、似ているから…
互いに、水野、米倉の一族だが、傍流の出身…
本家出身ではない…
にもかかわらず、水野、米倉、双方のトップになれたのは、二人が、優秀だったから…
二人が、一族の中で、優秀だったから、本家の跡取りのお嬢様と、結婚して、本家を継いだからだ…
その境遇が、二人とも、同じだった…
だから、互いに、出会って、まもなく、肝胆相照らす仲になった…
が、
それより、なにより、二人が、気が合うのだろう…
いかに、境遇が似ていても、気が合わなければ、仲良くなるはずがない…
当たり前のことだ…
そして、おそらくは、この水野と米倉…
互いに、従業員同士も、交流があったのだろう…
互いに、協力して、事業をしたことがあったのかも、しれない…
そうでなければ、互いに、相手の会社の従業員を知るはずもない…
そう、思った…
そして、互いに、相手の会社の従業員と親しくなり、その従業員から、情報を得るようになったのでは?
私は、考えた…
それまで、一面識のない人間が、相手の会社のトップのために、いかに、金銭を得ようと、行動することは、ないからだ…
だから、そう、思った…
そして、おそらく、そういった下地があったから、水野と米倉は、合併しようとしたのではないか?
そう、気付いた…
まったく、相手のことを、知らないで、合併するのは、リスクが高過ぎるからだ…
それでは、まるで、見合いで、写真だけで、相手のことを、知って、結婚するのと、同じだ…
写真だけで、相手のことは、なにも、知らない…
知っているのは、相手のプロフィールだけ…
どこの高校や大学を出て、今、どんな会社に勤めているか?
それだけだ…
それだけ、知っているだけだ…
金遣いや、性格など、なにも、知らない…
それで、結婚するのと、同じだ…
それでは、リスクが高過ぎる…
ある程度は、交際して、どんな人間か、判断して、それから、結婚するのが、普通だ…
それと、同じで、水野と米倉も、以前は、互いに、共同で、事業をしたことがあったのではないか?
そう、考えた…
それゆえ、この良平も、平造も、互いに、相手の従業員を知っている…
そう、思ったのだ…
そして、それを、発展させた形で、互いに、合併しようとした…
が、
失敗した…
それが、現実だろう…
私は、思った…
私は、考えた…
そして、この良平は、おそらく、平造のことが、今でも、嫌いでは、ないのだろう…
息子の透を、そそのかして、サウジアラビア政府と、共同で、事業をする…
下手をすれば、水野が、倒産するかも、しれないことを、そそのかしたにも、かかわらず、平造を、嫌いには、なれないのだろう…
そう、思った…
それは、この良平の言葉に現れている…
とても、米倉平造を、心の底から、嫌っているようには、思えない…
そして、互いの会社に、相手に通じているものがいる…
それを、知っていても、目をつぶっているのは、やはり、米倉平造を、心の底から、嫌っていないからだろう…
かつて、豊臣秀吉が、バテレン追放令を出したときに、配下の諸大名に、キリスト教を辞めろ!
だが、オマエのたちの心の中までは、禁止しない…
と、言ったそうだ…
要するに、形だけは、キリスト教を、信奉するのは、辞めてくれ…
心の中では、どう思っても構わない…
信奉しても、構わないということだ…
おそらく、秀吉が、そう言ったのは、いくら禁止していても、キリスト教を捨てないものが、いることが、わかっていたからだろう…
要するに、言っても無駄…
そう、思っていたからに、違いない…
それと、同じで、この水野良平も、すでに、米倉平造と、気脈を通じている社員が、水野グループにいることが、わかっているにも、かかわらず、処分しないのでは、ないか?
そう、気付いた…
そして、それは、秀吉同様、言っても、平造と気脈を通じている人間がいて、その関係を断つことが、難しいと、考えているからだ…
そして、もし、平造と通じている社員を処分しようとすれば、大事になることが、わかっている…
平造と通じている社員は、当然のことながら、平社員ではない…
水野の幹部社員に違いない…
その幹部社員を大量に、処分でもしたら、水野の事業が、揺らぐほどなのかも、しれない…
だから、良平は、我慢している…
わかっていても、なにもしない…
それが、
「…誰もが、同じです…すべてが、自分の思う通りになんか、なるはずがない…」
という言葉になったのではないか?
私は、思った…
思ったのだ…




