恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 第3部 110
それゆえ、なんと、答えていいか、わからなかった…
なんと、返答していいか、わからなかった…
だから、黙った…
なにも、言わなかった…
すると、
「…高見さん…」
と、いきなり、私に頭を下げた…
「…お願いします…ぜひ、力を貸して下さい…」
と、良平が、言った…
実に、切実な声で言った…
私は、どうして、いいか、わからなかった…
これまで、33年生きてきて、こんな場面に遭遇したことは、一度もなかったからだ…
だから、どうして、いいか、わからなかった…
ただ、困った…
困ったのだ…
良平は、頭を下げたまま、
「…お願いします…高見さん…」
と、繰り返した…
それゆえ、私は、
「…会長、頭を上げて下さい…」
と、言った…
「…それでは、高見さん…引き受けて、もらえますか?…」
私は、嫌だったが、それを、口にするわけには、いかない…
いや、
口にすることは、できない…
それゆえ、
「…わかりました…」
と、言った…
「…お引き受けします…」
私が、答えると、良平が、頭を上げた…
私は、良平が、頭を上げたのを、見て、実に、ホッとした…
自分の父親と同世代の男に、頭を下げられるのは、嫌だった…
なにより、他人の目がある…
誰もいない、二人だけの密室で、頭を下げられるのも、嫌だが、今のように、衆人環視の場所で、頭を下げられるのは、もっと嫌だ(苦笑)…
これは、誰もが、同じだろう…
頭を上げた、良平は、ホッとした表情だった…
きっと、目的を遂げたからだろう…
なにより、すっきりとした顔をしていた…
その顔を見て、私は。つい、遠慮なく、
「…でも、会長…」
と、言った…
「…なんですか? 高見さん?…」
良平が、口を開く…
「…いくら、透さんが、独断で、サウジアラビア政府と、水野グループが、ビッグプロジェクトをやると言っても、会長の許可がなければ、できないんじゃ、ありませんか?…」
私が、言うと、良平は、
「…」
と、沈黙した…
「…でしょ?…」
私は、追い打ちをかけるように、再度、聞く…
すると、どうだ?
良平は、困った顔になった…
それから、
「…それは、そうですが…」
と、しどろもどろになった…
「…でしょ?…」
私は、追い打ちをかけるように、さらに、再度言った…
すると、良平は、表情を変えた…
至極、真面目な顔になった…
そして、
「…高見さん…綸言汗のごとしという言葉を知っていますか?…」
と、言った…
「…ハイ…たしか、中国の皇帝や、日本の天皇陛下のような偉いひとは、一度、言ったことは、簡単に取り消せないということですよね…言葉を汗に置き換えている…出た汗は、戻せないように、一度言った言葉は、取り消すことができない…」
「…その通りです…」
「…」
「…そして、それは、僭越ながら、透にも、当てはまります…」
「…透さんにも?…」
「…透は、水野グループの後継者です…その後継者が、記者会見を開いて、サウジアラビア大使と、いっしょに、水野グループが、サウジアラビア政府と、共同で、プロジェクトをすると、ぶち上げた…」
「…」
「…いかに、私でも、それを、簡単に取り消すことは、できません…なにより、サウジアラビア政府という相手がいる…」
「…」
「…さっきまでは、透と、好子さんの、結婚と離婚のことを、言いましたが、これも、それと、同じです…」
「…同じ?…」
「…相手があると、いうことです…自分ひとりの問題ではない…だから、勝手に、取りやめることは、できない…」
「…だったら、一体、どうする、おつもりですか?…」
「…落としどころです…」
「…落としどころ?…」
「…ハイ…双方が、納得する形で、終わらせる…もちろん、サウジアラビア政府になんらかの華をもたせて、終わらせることです…」
「…だったら、私の役目は?…」
「…透の説得です…サウジアラビア政府と、共同のプロジェクトを中止させるよう説得することです…」
「…」
「…透だって、バカじゃない…水野が、サウジアラビア政府と、対等な立場で、プロジェクトを行えるなんて、これっぽっちも考えていないでしょう…ただ、私たち夫婦が、子供扱いし過ぎたから、暴走した…そんなところです…」
「…暴走ですか?…」
「…そうです…暴走ですよ…一般道を六十キロで、走るところを、百キロどころか、二百キロも出そうとしているのと、同じです…」
「…」
「…まあ、それも、平造が、透にサウジアラビア政府と、橋渡しをしたから、いけないんですが、今さら、それを、言っても、仕方がないことです…」
「…」
「…とにかく、今は、透を、止めること…説得することです…」
「…」
「…だから、それを、高見さんに、お願いしたい…」
「…今、透さんは、どこに?…」
「…会社に姿を見せていない…」
「…えっ?…」
「…だから、今、どこにいるかも、わからない…」
「…でも、それじゃ、どうやって、透さんを、説得を…」
「…大丈夫です…」
「…大丈夫って?…」
「…好子さんや、正造くんですよ…」
「…えっ?…」
「…おそらく、彼らなら、知っています…」
「…どうして、知っているんですか?…」
「…彼らは、透の幼馴染です…ご存じかも、しれませんが…」
「…ハイ…それは、承知しています…」
「…だったら、話が早い…おそらく、透が、一番、気を許せるのが、彼らだからですよ…」
「…彼らだから?…」
「…ほら…誰もが、そうでしょう…社会に出て、親しくなった人間よりも、学生時代に仲の良かった友人の方が、気が許せる…」
「…」
「…変な話…就職して、仲の良くなった同僚と、十年過ごしたとします…でも、それよりも、中学や高校時代に、2年や3年いっしょに過ごした人間の方が、気が許せる…」
それは、わかる…
私も、同感だった…
どうしても、大人になって、知り合って、仲の良くなった人間よりも、子供の頃から、見知った人間の気が許せる…
いや、
さほど、親しくなくても、中学や高校時代のクラスメートの方が、安心する…
これは、以前も言った、子供と、大人の時間の長さの違いだろう…
5歳の子供の一日は、50歳の大人の十日に匹敵すると、言った…
その違いだろう…
それゆえ、学生時代に過ごした2年や、3年は、社会に出て知り合った人間よりも、長く付き合ったように、感じる…
その違いだ…
だから、それを、透に当てはめれば、透は、正造や、好子さん、その好子さんの弟の新造さんに、気を許していると、言いたいのだろう…
透は、好子さんと、結婚して、離婚した…
短期間で、離婚した…
だが、それを、抜きにしても、好子さんには、話しやすいのかも、しれない…
元の奥さんという立場ではなく、幼馴染として、話しやすいのかも、しれない…
私は、思った…
思ったのだ…
そして、私が、そんなことを、思っていると、良平が、
「…透にとって、好子さんや、正造くん、それに、新造くんが、一番、気が許せる相手なんですよ…」
と、漏らした…
これは、意外だった…
なぜなら、いかに、透にとって、好子さんたちが、幼馴染といっても、他に親しい友人が、いるのが、普通だからだ…
だから、意外だった…
「…透も、他に、友人が、いないわけではないが、彼らが、一番気が許せる相手なんです…」
良平が、力を、込める…
「…きっと、透が、物心つくか、つかないか、わからないぐらい幼い頃から、私と平造が、互いに、お互いの家を、行き来したからでしょう…それゆえ、まるで、親戚付き合いのように、互いの家族に接した…だから、透と、好子さんや、正造くんや、新造くんは、親戚…仲の良い、従弟か、なにかのようです…」
「…従弟ですか?…」
「…そうです…それに、おそらく、彼らも、根っこの部分で、気が合うんでしょう…いくら、幼いときから、親戚同様に付き合っていても、気が合わなければ、付き合いませんから…」
至極、当たり前のことを、言った…
「…だから、申し訳ありませんが、高見さんから、好子さんや、正造くんや、新造くんに、連絡を取って、それから、彼らから、透の居場所を聞いて、もらえませんか? おそらくは、透は、どこかのホテルに、いると、思います…」
「…ホテルですか?…」
「…そうです…」
良平が、言う…
私は、それを、聞いて、やはり、お金持ちは、違うと、思った…
良平の言うことは、普通だが、私には、できない…
なぜなら、お金が、かかりすぎるからだ…
ホテルに何泊も、すれば、目の玉が飛び出るほど、お金がかかる…
よく、芸能人や、政治家や財界人など、著名人が、なにか、やらかし、都合が悪くなると、ホテルに泊まって、身を隠すが、それは、お金があるから、できる…
普通のひとは、できない…
お金が、かかり過ぎるからだ…
だから、できない…
一般人なら、おそらく、友人、知人の家に、寝泊りするだろう…
ホテル暮らしは、あまりに、ハードルが高すぎる…
お金が、かかり過ぎる…
私は、思った…
思ったのだ…
そして、私が、そんなことを、考えていると、
「…高見さんは、正造くんや、好子さんの連絡先は、知っていますね? ケータイの電話番号は、ご存じですよね?…」
と、良平が、聞いた…
私は、
「…ハイ…」
と、頷いた…
頷かざるを得なかった…
そして、それが、私が、この件を了承した返事になった…
透を説得することを、了承したことになった…




