恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 第3部 102
正直、パニックった…
なにが、なんだか、わからなかった…
なぜ、前沢が、逮捕されたのか、わからなかった…
容疑は、収賄容疑…
会社の金を、横領したと、報道された…
私は、最初、前沢が、逮捕されたことが、わからなかった…
ただ、家に、戻って、母が、
「…このひと、ちづると、同じ会社のひとじゃ…」
と、言ったから、気付いた…
母は、なぜ、気付いたのか?
それは、会社の名前…
M商会と報道したから…
M商会なんて、会社の名前…
率直に言って、ありそうで、ない(笑)…
だから、わかった…
母が、そう、言ったから、わかった…
そして、なにより、逮捕容疑が、収賄…
要するに、会社の金をちょろまかした(苦笑)…
一番、わかりやすい…
また、どこの会社でも。ありがちが容疑だった…
そして、それを、見た私は、すぐに、思い出した…
前沢が、出張で、どこかに、行ったことを、思い出した…
あのときは、そんなこと、露ほども思わなかったが、ホントは、あのときは、警察に捕まっていたのかも、しれない…
そう、思い直した…
しかし、これは、本当なんだろうか?
本当に、前沢が、会社の金を横領したのだろうか?
疑問だった…
甚だ、疑問だった…
今、私が勤める営業所は、前に勤めていた金崎実業と同じ…
基本は、他社から、製品を買いあげ、それを、自社で、振り分けて、他社に売る…
いわば、問屋のようなもの…
流通の中間業者だ…
それゆえ、当然、金を扱うから、その金をちょろまかすことができる…
実際にかかったお金を、ごまかして、自分の懐に入れることができる…
が、
本当に、前沢が、そんなことを、したのだろうか?
疑問がある…
私が見た前沢は、実直な男だった…
率直に言って、不倫も、収賄も、縁もゆかりもない男だった…
しかし、船見さんは、前沢と不倫していると言い、いままた、収賄で、逮捕された…
すると、やはり、これは、事実だろうか?
ひとは、見かけによらないというか…
見た目では、わからない…
おとなしく見える人間が、真面目とは、限らないし、その逆も、またしかり…
いわゆるヤンキー系でも、仕事に真面目な人間も大勢いる…
それは、33年生きていれば、誰でも。普通にわかること…
それが、わからない人間は、普通はいないだろう…
だが、前沢が、それに当てはまるかと言われれば、答えに窮する…
私の見た前沢は、とても、そんなことができる人間ではない…
いや、できる、できないではなく、人間性の問題だ…
とても、そんなことを、するような人間には、思えなかった…
そして、そう、考えれば、あの船見さんの告白も、疑わしくなってくる…
前沢が、ホントに、船見さんと、不倫をしていたのか?
疑問になる…
そう、思った…
そう、思ったのだ…
そして、翌日、会社に出社した…
M商会の営業所に出社した…
当たり前だが、パニック…
営業所は、パニックだった…
なにしろ、営業所長が、逮捕されたのだ…
営業所全体が、パニックになって、おかしくはない…
営業所に勤める人間全員が、パニックになって、おかしくなかった…
…まさか、あの前沢が、会社の金を横領するなんて…
営業所では、その話題で、持ち切りだった…
当たり前だ…
とりわけ、女の間では、かまびすしかった…
なにしろ、女は、スキャンダル好き(笑)…
この手の話題が、大好きだ…
だから、余計に、かまびすしかった…
かまびすしい=やかましかった…
私自身、驚いて、言葉もなかったが、女たちの意見は、辛辣だった…
いわく、
「…前沢は、以前から、なにか、怪しいと思っていた…」
とか、
「…前沢は、どことなく、陰気なキャラだから、いずれ、なにか、やらかすと思っていた…」
だとか、そんな具合だ…
一方、男たちは、それ以上に、
「…今度、誰が、この営業所の所長として、やって来るのか?…」
それが、話題の中心だった…
男たちも、前沢が、会社の金を横領したことに、興味はあるが、それ以上に、誰が、後任の営業所長として、やって来るのか?
それが、話題の中心だった…
そして、それが、女との違い…
男と女との最大の違いだった…
そして、それは、やはり、サラリーマンだからだろう…
男は、サラリーマンだからだろう…
そう、思った…
男は、女とは、違う…
なにが、違うかと言えば、大抵の男が、この先も、この営業所に勤めているだろう…
いや、営業所は変わっても、このM商会に勤めているだろう…
それゆえ、前沢が、逮捕されたのは、驚きだが、それ以上に、興味があるのは、前沢の後任…
営業所長として、誰が、やって来るのか?
それが、問題だった…
男たちは、誰が、営業所長として、やって来るかで、大げさに言えば、サラリーマン人生が変わるからだ…
営業所長との相性等で、自分の評価が、変わる可能性がある…
自分を良く評価してくれれば、いいが、悪く評価されれば、給与やボーナスが下がるし、サラリーマンとしての価値が下がる…
ハッキリ言えば、今後のポジション…
昇進等の今後のポジションに関わるからだ…
それゆえ、どうしても、前沢のことは、どうでもよくなり、今度、誰が、この営業所に、所長として、やって来るか?
その話題が、主流になった…
そして、さまざまな男たちが、いろいろなひとの名前を挙げた…
しかしながら、それを、そばで、聞いていた私は、チンプンカンプン…
誰一人、知っている人間は、いなかった(苦笑)…
なにしろ、この会社に転職して、まだ、一か月弱…
この営業所以外に、知っているM商会の人間は、誰一人いない…
だから、男たちの口から、さまざまな人物の名前が挙がっても、誰一人、知らなかった…
それゆえ、つまらないというか…
この営業所の中で、私だけ、部外者気分だった…
それを、象徴したのが、なにより、私が、ほぼ一週間ぶりに、出社して、
「…高見さん…風邪で、入院したんだって…大丈夫だった?…」
と、誰一人、言ってくれないことだった…
なにしろ、前沢が、逮捕されたことで、営業所内は、てんやわんや…
私の入院が、話題になることどころではない…
しかしながら、それは、わかっているが、それでも、この営業所内で、誰一人、私に、
「…高見さん…大丈夫だった?…」
と、聞いてくれないのは、痛かったというか…
心底、寂しかった…
これでは、まるで、転校生…
小学生や、中学生で、学校に、転校してきたような気分だった…
私は、この営業所で、ひとりぼっち…
実に、ひとりぼっちの気分だった…
が、
しかし、それは、あの米沢京子も、同じ…
同じだった…
元々、彼女は、この営業所の誰とも、つるまない…
だから、ひとりぼっち…
ひとりぼっちだった…
それゆえ、彼女を見ると、安心した…
私同様ひとりぼっちの彼女を見て、安心した…
彼女にシンパシーすら、感じた…
まさか、私を憎んでいる彼女に、シンパシーを感じるなんて、思わなかった…
これには、自分自身、驚いた…
そして、もう一人…
もう一人は、船見さん…
彼女が、気になった…
なにしろ、船見さんは、逮捕された前沢と、不倫している…
それゆえ、彼女が、どんな態度を取るのか、知りたかった…
が、
彼女は、休みだった…
会社を休んでいた…
だから、彼女が、どんな態度を取るのか、知りたかったが、それは、わからずじまいだった…
だが、当然、前沢の逮捕を知れば、慌てたはず…
ただし、それが、どんな態度に出るのか?
知りたかった…
そういうことだ…
そして、朝、私が、出社したときは、営業所の中は、そんな感じだったが、それでも、仕事の時間になると、誰もが、皆、仕事を始めた…
前沢のことは、気になるが、それと、仕事とは、別…
なにより、外回りに、営業に出る社員は、いるし、営業所内に、頻繁に仕事の電話がかかってくる…
それゆえ、仕事をしないわけには、いかなかった…
たとえ、前沢のことは、気になっても、仕事をしないわけには、いかなかった…
そして、その日は、まだ、お昼休みも、会社が、終わって、会社を去るときも、前沢のことを、多少は、話す社員が、いたが、翌日は、もう、いなかった…
きれいさっぱり、前沢の話は、しなかった…
私は、それを、見て、
…随分、冷たいな…
とも、思ったが、世の中、そんなものかも、しれないとも、思った…
以前、勤めていた金崎実業でも、そうだったが、男でも、女でも、会社を辞めるものが、それなりにいて、それこそ、その人間が、辞める当初は、誰もが、
「…ウソ! あのひと、辞めるの?…」
とか、
「…辞めて、今度は、どこの会社に行くんだろ?…」
とか、話題になったが、それも、やはり、数日…
せいぜい、二日、三日で、そのひとの話題は、終わり…
誰も口にしなくなる…
まるで、そんなひと、最初から、いなかったかのように、そのひとの話題を誰も、しなくなる…
だが、まあ、世の中、そんなものかも、しれない…
仮に、これが、夫婦でも、別れた当初は、相手のことを、思うかも、しれないが、いずれ、忘れるというか…
思い出さなくなる(笑)…
それこそ、まるで、そんなことが、なかったかのように、次の相手を見つけようとする…
世の中、そんなひとが、大勢いる…
だから、それを、考えれば、普通と言うか…
このM商会で、誰も、前沢の話をしなくなったのも、おかしくないのかも、しれない…
そして、なにより、仮に、前沢の話を誰かが、したくても、誰も、前沢の話をしなければ、自分から、前沢の話をするのは、しにくい…
そういうことだ…
これは、変な話、アイドルと同じ…
昨今は、推し活といって、自分が、好きなアイドルを熱心に推す動きが、顕著だが、これもまた、前沢の話と同じで、自分が、それまで、熱心に推していたアイドルが、人気が、なくなって、自分だけが、そのアイドルを熱心に推すのは、なんとなく、恥ずかしいというか…
そんな気持ちになる…
結果、自分も、他のファン同様、そのアイドルを推すのを、やめる…
そういうことだ…
要するに、横並び…
周りに倣って、自分だけ、突出しない…
自分だけ、他の人間と違う行動をしないということだ…
私は、思った…
私は、考えた…
そして、前沢の話題は、もはや、社内で、誰も、しなくなったが、それとは、別に、船見さん…
前沢と不倫していると、私に告白した船見さん…
彼女もまた、会社に来なくなった…
これは、一体、どういうことか?
謎が、深まった…




