恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 第3部 10
だが、だ…
真相は、わからない…
ただ、前沢が、私を誘ったのは、驚いた…
いや、
あるいは、驚きは、ないのかも、しれない…
前沢は、今の会社の営業所長…
つまりは、実質的な最高責任者だからだ…
だから、驚きはない…
今の会社に転職して、一か月弱…
そろそろ、今の会社に慣れてくれたかな?
とでも、聞きたいのかも、しれない…
そう、思った…
そう、思ったのだ…
が、
違った…
前沢と、会ったのは、近くのカフェだった…
駅前のカフェ…
話すのには、もってこいの場所だった…
当然、私は、前沢と、二人きりで、話すのは、初めて…
緊張した…
そして、それは、前沢も、同じだったようだ…
前沢が、私と同じように、緊張しているのが、手に取るように、わかった…
そして、それが、わかると、安心した…私が会話の主導権を握ったわけでも、なんでもないが、安心した…
これから、私と会話する相手が、私と同じように、緊張しているのが、わかって、相手も、自分と同じだと、思って、安心したのだ…
「…どう、会社は?…」
前沢は、当たり障りのないことから、聞いた…
「…やっていけそう?…」
と、しばしの間を置いて、続けた…
これが、前沢の聞きたい本音だった…
営業所長として、聞きたい本音だったろう…
私は、前沢の期待に、応えるべく、
「…なんとか…」
と、曖昧に返答した…
ここで、
「…ハイ…大丈夫です…」
とか、
「…大丈夫…なにも、心配いりません…」
とでも、言うのは、なんだか、違うと思ったのだ…
違うというのは、私は、子供ではないから…
子供=高校生や大学生ではないからと、言いたい…
なにもわからない高校生や大学生では、
「…どう? この会社で、やっていけそう?…」
と、聞かれて、
「…ハイ…大丈夫です…」
とか、
「…ご心配はいりません…」
とか、言えばいい…
いわゆる、空元気…
根拠のない、自信を示せばいい…
そうすれば、とりあえず、やる気だけは、あるんだと、相手が、納得するからだ…
しかしながら、この私も、33歳…
そんな高校生や大学生と同じ答えを言うわけには、いかない…
だから、あえて、曖昧に、
「…なんとか…」
と、言った…
自信なさげに、言った…
その方が、真実味が、あるからだ…
その方が、ウソっぽくないからだ…
「…ハイ…大丈夫です…」
とか、
「…ハイ…やって、いけそうです…」
とか、言っても、大抵は、それは、空元気…
職場での本人の顔を見ていれば、大抵は、わかる…
その職場に馴染めない場合は、大抵が、顔に出ているからだ…
顔=表情に出ているからだ…
だから、わかる…
簡単に第三者にわかる…
そういうものだ…
私の言葉を聞いて、前沢は、考え込んだ…
考え込んで、少し間を置いてから、
「…やっていけないことは、ないと、思う…」
と、慎重に、言った…
「…ボクも転職して、今の会社に入った…だから、高見さんの気持ちは、わかるつもりだ…」
と、続けた…
「…転職? …ですか?…」
私は、聞いた…
前沢から、自分も、転職したと、言われたのは、意外…
あまりにも、意外な展開だったからだ…
「…そう…転職だ…」
と、前沢が、口を開いた…
「…ボクも、高見さんと、同じ転職組…プロパーじゃない…」
「…プロパーじゃない?…」
「…つまりは、転職組は、色目で見られる会社とそうでない会社がある…この水野グループは前者…色目に見られる会社だ…」
「…」
「…なにしろ、会社の歴史が古い…戦前から、続く会社だ…ある意味、名門企業だ…ただ、世間にそれほど、社名が、浸透していないから、そう見られてないだけだ…」
「…」
「…だから、正直、やりづらい…下手に目立つわけにも、いかないし、やりづらい…」
前沢が、吐露する…
ということは、どうだ?
前沢の話を聞いて、思った…
前沢が、おとなしくしているのは、会社で、目立つわけには、いかないから?
そうも、思った…
やはり、転職組は、難しい?
そうも、思った…
日本の歴史ある、企業で、転職組は難しい?
そう、考えた…
どうしても、日本の歴史ある、企業…
例えば、三井や三菱を例にとっても、転職組は、難しいだろう…
例えば、課長や部長になるのも、難しいかもしれない…
今の時代、転職は当たり前…
しかしながら、歴史ある企業で、出世するのは、プロパーが、多い…
新卒で、会社に入社したプロパーが、多い…
思えば、母が言っていた…
母は、バブル時代に就職した…
今から、三十年以上前に就職した…
そのときも、転職が盛んだったそうだ…
つまり、今と同じ…
同じだ…
バブル=景気がいいから、どこの企業も、人手が足りない…
仕事が、いっぱいあるからだ…
だから、人手が足りない…
人手があれば、もっと、仕事をすることができる…
もっと、会社が、儲けることが、できると、考える…
だから、どこの会社も人を募集する…
良い条件で、募集する…
その結果、転職が盛んになるからだ…
が、
その結果、例えば、日本を代表する企業の社長が、バブル時代の転職組という話は、聞いたことはない…
おそらくは、大手に転職しても、プロパー組のような扱いは、受けなかったに違いない…
歴史ある企業ほど、転職組に厳しい…
仮に、課長や部長を選別するとき、途中入社組は、不利になる場合が、ほとんど…
だから、転職組は、新興企業の方がよい…
なぜなら、新興企業は、会社を大きくするために、中途入社組=転職組が、大半だからだ…
だから、差別されない…
大半が、転職組だから、差別されない…
が、
その新興企業も、ある程度、規模が大きくなると、やはり、新卒を重視するようになる…
新卒のプロパーを重視するようになる…
新卒のプロパー=生え抜きを重視するようになる…
それが、日本の企業の大半…
もちろん、これからは、どうなるか、わからない…
誰にも、わからない…
今から、三十年後に、企業が、どういう形になっているか?
誰にも、わからないからだ…
昨今の例で言えば、リモート出社だ…
リモート出社=リモートワークで、働く…
会社に出社せず、自宅にいながら、パソコンで、仕事をする…
つい先日まで、そんな働き方が、これからの主流になるような、世の中の論調だったのが、今また、一気に揺り戻しが、起きた…
つまりは、従来のように、会社に出社するのが、主流になりつつある…
会社に出社せず、自宅で、仕事をしていては、社員同士の交流が、図れず、さらに言えば、上司が、部下を監視することが、できない…
いっしょの部屋で、仕事をしないから、部下が、なにをしているのか、わからない…
それが、理由だと言う…
そう説明されれば、納得できないことも、ないが、現実に、例えば、東京の会社に勤務していて、
「…これからは、リモートワークの時代だ!…」
と、言って、地方に家を買ってしまったものは、どうするのか?
と、言いたい…
例えば、リモートワークが、主流になれば、会社に出社するのは、週に一回で、いいと、会社が、言ったから、東京の郊外に家を買ったとする…
郊外でも、二時間で、会社に出勤できるからだ…
二時間かけて、通勤するのは、しんどいが、週一回ならば、それほど困難ではないからだ…
それが、今や、元に戻った…
だから、勢いで、郊外に家を買ったものは、大変だ…
が、
私が、ここで、言いたいのは、リモートワークですら、こんなに簡単に覆されたことだ…
つまりは、先のことは、わからないということだ…
転職が盛んになっても、出世するのは、プロパー社員…
新卒で、その会社に入社した社員で、なければ、出世できない…
あるいは、課長や部長になら、将来なれるかも、しれない…
しかしながら、役員など、トップクラスは、無理…
時代は、変わっても、無理かも、しれない…
転職組は、無理かも、しれない…
私は、横沢の話を聞きながら、そんなことを、思った…
思ったのだ…
そして、そんなことを、思っていると、前沢が、それに、気付いた…
おそらく、自分の話を聞いていないことに、気付いた…
それゆえ、前沢が、
「…聞いてる? 高見さん?…」
と、私に呼びかけた…
私は、前沢のその言葉で、一気に現実に戻った…
前沢の話に戻った…
その証拠に、即座に、
「…聞いてます…」
と、答えた…
速攻で、答えた…
すると、
「…そう…」
と、前沢は、言った…
が、
どこか、上の空というか…
実に、適当に言った感じがした…
だから、私は、慌てて、
「…いえ、今、前沢さんのお話を聞いていたら、中途入社について、考えてしまって…」
と、言った…
「…中途入社について、考えた? …どういう意味?…」
前沢が、食い気味に聞いてくる…
「…やはり、今の時代にあっても、中途入社は、不利な会社が、多いのかと…」
私が、言うと、前沢は、
「…そうか…そういうことか…」
と、納得したように、呟いた…
「…高見さん、ボクの話を聞きながら、そんなことを、考えていたんだ?…」
「…ハイ…」
「…そうか…やはり、高見さんは、子供じゃないね…」
前沢が、あっさり言う…
「…子供じゃない? …どういう意味ですか?…」
「…ほら、子供と大人の違い…なにか、わかります?…」
「…いえ…」
「…反応する箇所が、違うんです…」
「…反応する箇所?…」
「…ほら、高見さん、今、中途入社は、不利かなと、言ったでしょ? でも、例えば、高校や大学の新卒は、そんな質問は、しない…」
「…」
「…つまり、そういうこと…」
前沢が、言った…
実に意味深に言った…




