五月二十日 午後十一時十分
私は書斎を出た。
気付けば雨は止んでいた。
屋敷の廊下を歩く。
足が勝手に動いていた。
向かった先は仏間だった。
祖父の遺影。
父の遺影。
母の遺影。
三人が並んでいる。
私は正座した。
何を言えばいいのか分からない。
謝罪か。
怒りか。
恨みか。
そのどれでもなかった。
「何だったんだよ……」
それだけだった。
十年間。
私の人生。
私の復讐。
私の憎しみ。
全て何だったのか。
答える人はいない。
その時。
背後から声がした。
「恒一」
振り返る。
叔父だった。
俊介は静かに立っていた。
その顔はひどく疲れて見えた。
「聞いた」
短い言葉だった。
静香から聞いたのだろう。
私は立ち上がれなかった。
「……」
何も言えない。
謝罪する資格もない。
顔を見る資格もない。
そう思った。
だが俊介は違った。
「私は」
叔父はゆっくり言った。
「兄さんを助けられなかった」
父のことだった。
「お前も助けられなかった」
「……」
「だから同じだ」
私は顔を上げた。
俊介は泣いていた。
初めて見る涙だった。
「叔父さん……」
その時。
何かが切れた。
私は泣いた。
子供のように。
十年間分。
いや。
事故の日からずっと止まっていた時間の分だけ。
泣き続けた。
叔父も何も言わなかった。
ただ隣に座っていた。
夜が明けるまで。
そしてその夜を境に。
高城恒一という人間は少しずつ壊れ始める。
真実は明らかになった。
だが。
人は必ずしも真実に耐えられるわけではない。
むしろ。
耐えられないことの方が多い。
私はまだ知らなかった。
この先、自分が何を失うのか。
私は外に出た。
そして、車に乗った。
どこに行こうとしていたのか?
。。。。今は思い出せない。




