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五月二十日 午後五時十分

 耳鳴りがしていた。


 聞き間違いだ。


 そう思いたかった。


「違う」


 私は立ち上がった。


「そんなはずがない」


「私が犯人だと言うんですか」


「違う」


 老人は即座に否定した。


「私はそんなことを言っていない」


「なら何なんです!」


 思わず怒鳴った。


 老人は深く息を吐く。


「君の祖父は、君を守ろうとした」


 私は凍り付いた。


「先代様は言った」


『あの子から記憶を消してくれ』


「……」


「少なくとも、事故に関する部分だけでも忘れさせてくれ、と」


「そんなことが」


「完全にはできない」


 老人は首を振った。


「だから私は記憶を封じ込めようとした」


「だが」


 そこで言葉が止まった。


「失敗したんですか」


 老人はゆっくり頷いた。


「結果として、もっと悪いことになった」


 私は何も言えなかった。


 祖父。


 静香。


 精神科医。


 全員が知っている。


 知らないのは私だけだった。


 そして。


 私はまだ一番大切なことを聞いていない。


「先生」


 声が震えていた。


「私は何を忘れているんです」


 老人は答えなかった。


 ただ窓の外を見た。


 雨が降り始めていた。


 十年前と同じように。


「その答えは」


 老人は静かに言った。


「私ではなく、黒川さんが持っている」


 私は立ち尽くした。


 ついに見えてきた。


 十年間追い続けた復讐の先にあるものが。


 だが同時に。


 私は本能的に理解していた。


 その真実を知れば。


 もう二度と、元の自分には戻れない。

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