五月二十日 午前十一時十五分
私は再び書庫へ向かった。
今度は瀬川に鍵を借りている。
堂々と調べるためだ。
祖父の机。
書棚。
金庫。
何時間も探した。
だが目立ったものは見つからない。
夕方近くになり諦めかけた時だった。
本棚の一角に違和感を覚えた。
古いアルバムが並んでいる。
その中に一冊だけ背表紙が新しいものがあった。
手に取る。
写真帳だった。
開いた瞬間、
私は思わず息を飲んだ。
幼い頃の私が写っていた。
五歳か六歳。
祖父に肩車されている。
母と笑っている。
父と釣りをしている。
どれも覚えている。
いや、
覚えているつもりだった。
ページをめくる。
そこで手が止まった。
知らない写真だった。
ガレージ。
私は床に座り込んでいる。
何か工具を持っている。
後ろには父の車。
写真の端に日付がある。
事故の三日前。
「……何だ、これ」
記憶にない。
その時だった。
「それを見つけましたか」
声がした。
振り返る。
入口に一人の老婦人が立っていた。
黒川静香。
祖父の秘書だった女性だ。
葬儀の手伝いで何度か見掛けている。
だが祖父以外と話している姿を見たことはない。
「あなたですか」
私は立ち上がった。
「何がです?」
「匿名電話をしているのは」
静香は答えない。
代わりに写真帳を見た。
そして静かに言った。
「その写真は、本来なら残っていないはずのものでした」
私は眉をひそめた。
「どういう意味です」
「先代様は処分するよう命じました」
先代様。
祖父のことだ。
「なぜ」
静香は少しだけ目を伏せた。
「あなたを守るためです」
私は思わず笑った。
「守る?」
「父と母を殺した犯人からですか」
静香は首を振った。
その表情を見た瞬間。
胸の奥で何かが冷えた。
今まで見たことのない顔だった。
同情でもない。
悲しみでもない。
罪悪感。
そんなものに見えた。
「高城様」
静香は初めて私の目を真っ直ぐ見た。
「あなたは、ご両親が亡くなった日のことを、どこまで覚えていますか」
私は答えようとして、
言葉を失った。
覚えている。
はずだった。
雨。
救急車。
泣いている祖父。
だがその前は。
事故の前日は。
三日前は。
何をしていた?
ガレージで何をしていた?
写真の中の私は、
何を持っていた?
頭の奥に鈍い痛みが走った。
その瞬間。
忘れていたはずの記憶の扉が、
わずかに軋み始めた。




