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五月十九日 午後七時二十五分
その夜、私は古い書庫へ向かった。
祖父がほとんど一人で使っていた部屋だ。
祖父の死後、まだ整理されていない。
親族も近寄らない。
私は机の引き出しを開けた。
帳簿。
手紙。
会議資料。
古い写真。
その中に一冊の大学ノートがあった。
黒い表紙。
日付は十年前。
私はページを開いた。
そこには祖父の筆跡でこう書かれていた。
『静香には迷惑を掛ける』
『だが、この件だけは俊介にも話せない』
『恒一が知れば、あの子は私を憎むだろう』
私は固まった。
俊介にも話せない。
その一文が頭から離れない。
叔父も知らない?
では一体、何を。
ページをめくろうとした、その時だった。
廊下で床板が軋んだ。
ギシッ。
誰かがいる。
私は反射的にノートを閉じた。
足音は一度止まり、
そして静かに遠ざかっていった。
追い掛けて廊下へ飛び出した時には、もう誰もいなかった。
ただ、窓の向こう。
雨に濡れた庭の先で。
黒い傘を差した人影が一瞬だけ見えた。
男か女かも分からない。
だが、その人物はこちらを見ていたように思えた。
そして次の瞬間、闇の中へ消えた。
私は無意識に呟いていた。
「お前が……匿名の通報者なのか」
しかし答える者はいなかった。
ただ、私の知らない真実だけが、少しずつ近付いてきていた。




